Neetel Inside 文芸新都
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見えなくなったもの
第二話 心を読むもの

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二話 心を読むもの

 このトクサと言う男は、十数年前に突如皇帝陛下に仕える者として現れ、他の文官や貴族の汚職を摘発したり、奴隷とされた者達の謀反計画を阻止したりと、『正義の為政者』として絶大な支持と陛下の信頼を得たと言う。
彼が不祥事を摘発した話を聞く度、何故そんな事が易々と出来るのか、何故その証拠がいつも彼の手に渡るのか、不思議に思っていた。
ともかく、まるで人の心を読み、その中の闇を引きずり出す事が出来るようなそんな男が、こんな真夜中に、傘も差さず隠れるようにして此処へ来たのは、只事では無い事には違いなかった。
 メイド達にも見つかりたくないのか、裏口に案内して欲しいと言われたので、頭の回転が上手くいかず、彼の言うままに動き、メイド達の目を裏口から逸らさせた。

「大変、恐縮でございます。殿下にこのような事をお願いするなど……」

 裏口の扉に入る前に、先ず彼は濡れた該当を外の柵に掛けておいた。彼自身は濡れていないらしく、屋敷の絨毯をポタポタと濡らしていく訳にはいかないと、そう言った。
それにしても、やはり今宵の"彼等"は、いつもより騒がしい。まるでこの男が来るのを、心待ちにしていたかのようだった。小人達が騒ぎ立てながら、嬉しそうにこちらに手を振っている。

「如何なさいましたか?」

あまりに怪訝な顔をしていた為か、彼が不安げに訊いた。
 ふと、あの獏の顔を思い出した。万に一つ可能性があるとすれば、この男が他者の闇を見抜けるのは、"彼等"と同類であるからではないかと、そう思った。
しかし、どうも"彼等"の事など目に入っていないように見える。ただ見えないだけのか、或いは見えない素振りをしているのだろうか。
父に取り継ぐ前に、どうしても確認しておきたかったので、自分が見えるという事は言わず、"彼等"の存在の話を持ちかけてみた。

「……現在、我が国が征伐を行なっている国は、精霊国家と呼ばれている事はご存知でいらっしゃいますね?」

すると、彼はその話を否定も肯定もせず、全く違う話を持ち出した。
彼の方を見る目が、あまりにも丸くなっていた為か、彼は苦笑して続けた。

「魔術を使用する際は、精霊の力が必要であり、彼の国の者達はそれが見えているのだと聞いた事があります。恐らく、殿下の仰る"彼等"も、その類なのでしょう」

顔が熱くなった。この男が"彼等"と同じかも知れないと、少しでも思ってしまった自分を恥じた。
確かに精霊が魔術の基となっているが、それを使う父に"彼等"が寄り添っていた事など一度も無い。やはり彼も普通の人間なのだ。
 足早に廊下を突き進み、客室へと案内した後、父を呼びに行った。

「夜分遅く、誠に申し訳ありません。しかしながら、一刻も早くフォルカー様のお耳に入れなければならぬ事でございましたので」

 彼の濡れた裾を見て、父は顔を顰め、とにかく座るよう促したが、手短に済ませる故と、それを断った。
彼が此処へ来た痕跡を、残さないようにしたいのだと判断した父は、漸く彼の言葉に耳を傾ける事にした。
 父に取り次いだ直後、部屋に戻るように言われていたものの、何の話をするのか気になっていたのと、"彼等"が妙な騒ぎ方をしていた為に、嫌な予感が止まずに扉の向こうで部屋を覗き込みながら、話を聞く事にした。

「お話をさせていただきます前に、見ていただきたいものがございます。いえ、このお話を信じていただく為にも、必要な事なのでございます」

 彼がそう言った途端、目を疑う事が起こった。彼の頬に妙な紋様が浮かび上がったと思えば、彼の額にすうっと縦線が入り、そこから第三の目がぎょろりと開いたのだった。
父も一瞬、何が起こったのか分からない様子で、唯彼の姿を凝視していると、彼は少し寂しそうな、しかしながら安堵しているような顔をした。

「お察しの通り、僕はこの力で相手の心を読み、汚職や謀反を摘発しております。いやはや流石、皇族へ迎え入れられる程の聡明なお方でございます」

父は更に瞠目した。何の話かと思ったが、つまりは父は彼の姿を見て、彼の能力に納得していたらしかった。人間でない彼は、実際に父の心を読んでみせたのだ。

「僕は覚と言う、生まれながらに読心術を扱える亜人でございます。人間こそ至上であるというこの国に在る為、人の姿を借りておりますが、ある方の恐ろしい内心を知り、此処へ馳せ参じた次第」
「それは一体何です? 迫害されるどころか、周りからの信頼を考えれば、皇帝陛下への裏切りと見なされ、貴殿が処刑される事は分かっておいでだろうに。その危険を省みずしてまで、私に伝えなければならない事があると?」

 父の顔が険しくなり、彼は静かに頷いた。

「貴方様の事は、僕のこの力で他言なさらないお方だと承知しておりました。故にこうして告げに来たのです。……貴方様の奥方、カタリナ内親王殿下の暗殺計画を!」

 思わず声を上げそうになった。母の暗殺計画もそうだが、声を潜めていた"彼等"が、突然一斉に笑い出したのだ。
げらげら、げらげらと。下品な笑い声が父達の居る部屋と、この廊下中に響き渡った。
一体何が可笑しいのか、そう問おうにも、父達にまだ起きている事がバレてしまうし、何より"彼等"が自分にしか見えないと分かってから、こちらから"彼等"に話しかけた事は一度も無かった。
 見開き切った父の目が、彼の目から離せないようになっていた。彼は口に出すのも恐ろしいらしく、また暫く黙り込んでから、ゆっくりと言葉を連ねた。

「…主犯は、皇位継承権序列の第一位に坐するお方。この戦で内親王殿下の支持が上がり、皇帝陛下に魅入られる事を、危惧しておいでのようです」

そして、彼は母を暗殺する為の計画を、事細かに話し始めた。父は前のめりになり、只管彼の言葉に耳を傾けていた。
 一度母がこちらに戻り、次の陣地へ向かうまでの間、母が仮眠を取るテントのみ、燃えやすい素材にすり替えられる事となるらしい。深夜そこに火矢を入れ、母ごとテントを焼き尽くす手筈なのだそうだ。

「フォルカー様は、防御の魔術を得意とされているとか」

そこまで話してから、ふと彼は父の魔術について尋ねた。恐らくは母に付き添い、母を守るべきだと言いたいのだろう。
しかし、そこで父は止めさせた。彼の言わんとしている事が、分かっていたらしい。

「……我が身を顧みず、此処まで報せに走って下さった事、深く感謝致します。トクサ卿、私の妻は、私が守ります。どうかお気を付けて、お帰り下さい」

 それを聞いて、彼は本当に安堵したような、力無い笑みを見せた。
父の真意を知ってか知らずか、否、人の心を読む者なのだから、知らぬ筈は無かった。だがそれでも、彼は敢えてこう言ったのだった。

「僕に出来るのは、ここまででございます。何分僕は軍部の所属では無い。暗殺者共を、カタリナ内親王殿下の元へ近付けぬよう、指示する力はございません。後の事は、フォルカー様ご自身で」
「承知しております。貴殿ならお分かりだろうが、私も貴殿が亜人であるが故に、追い払おうとしているのでは無い。此処の使用人達も、皆口が固い訳では無いのです。妙な噂が立つ前に、どうかお引き取りを」

 彼は深くお辞儀をして、その部屋を去った。
その直後に、"彼等"と共に笑っていた壁の肖像画が、こちらを見て話しかけた。

「やい小僧、お前の母は助かると思うか? お前の母は守られると思うか?」
「あの覚を信じるか? 獏の言葉を信じないお前が、覚の言葉は疑わぬのか?」
「目に見えるものしか、お前達は信じられぬのだから、何とも哀れな事よ!」

 肖像画に続き、壺や甲冑も語りかけてくる。
普段なら相手にしないのだが、この時は"彼等"を凝視せざるを得なかった。唯唯奇怪だった。
何故、いつも此方の事など気にもかけず、好き放題に騒ぎ散らす"彼等"が、こんな事を訊いてくるのか。
何故、誰にも話していないのに、自分の夢の中で起こった事を、自分が獏を信用していない事を、"彼等"が知っているのか。
奇妙で、奇怪で、何とも不気味だ。

「仕方無かろうなぁ、目に見えぬものしか信じられぬのは、お前の父母も然り」
「見えぬが故に、我が子の言葉を信じられぬ。何とも哀れで愚かよのう!」

"彼等"がそう言った直後、気付けば壺が大きな音を立てて壁にぶつかった。
自分が、壺を"彼等"の居る壁へ、投げつけたのだ。そう気付いた頃には、父が何事かと扉を開けていた。

「カール、まだ起きていたのか」

 幸いにも、子供の力で投げつけられた壺は割れず、床の上で転がっているだけだった。
振り向いた自分の顔を見て、父は彼との会話を聞いていた事を悟った。

「大丈夫、母上は強い人だ。私も力の限り母上を守る。だから安心して、もうおやすみ」

 膝をつき、肩に手を乗せて、ジッと目を見つめて父はそう言った。いつか枕元で、同じ事を言って聞かせてくれた事を思い出す。
だけど、父はきっと知らない。自分がこんな事をしたのは、彼の話を聞いた所為では無い事を。
先程あった事を話したところで、きっと父は信じはしない。父には何も見えないのだから。
"彼等"の存在を知らしめる為の物的な証拠は、何一つとして在りはしないのだから。
 寝床に連れられ、ベッドに入ると、父はいつもの優しい笑顔で頭を撫でてくれた。
しかし、おやすみと告げて父が自室へ戻ろうとした時、ふと父は足を止めて、振り向く事も無くこう言い残した。

「カール、お前はあの男に近付くな」

       

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