Neetel Inside 文芸新都
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見えなくなったもの
最終話 共に居るもの

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最終話 共に居るもの

 幸い、近しい者達は皆無事だった。家に着けば血相を変えた父が飛び出して、すぐさま抱擁してきたものだ。
聞けば不審な死を遂げた者も、正気を失い周囲を殺して回った挙句自害した者も、軍のある小隊に所属していた者達の血族であるらしかった。
そしてその小隊は、騒動が起こる直前に敵国の緋い三つ足の化け烏を討伐していたのだそうだ。
更に詳細を調べると、化け烏はミゲルの言っていた夫婦神の妻神側に仕える者であったらしい。
つまりは、あの子の言っていた祟りは迷信などではなかった。神の使いを殺した者達の血は、そこで途絶えてしまったのだ。
 当然、国中がどよめいた。これ以上敵国に手を出せば、皆があのような死に様を晒す羽目になるのではないかと恐れ始めた。
逆に反戦派の者達は、これが終戦の兆しとなると踏んで胸を撫で下ろしていたようだった。百人余りが謎の死を遂げた中、その徹底した思想には畏敬の念に打たれる。
軍の指揮官達は、祟りや呪いなどという曖昧な概念を否定し、敵国が士気を下げる為に講じた罠だと言い回っていた。実にご苦労な事だ。
 それから数日して、再びミゲルの屋敷を訪れた。また影法師にバロンブルーメを貰いたかったし、"彼等"がどんな反応を示していたかをあの子に確認したかった。
だがミゲルはその時影法師に突然影の中へ引き込まれたため、タチアナに聞かされるまで何が起こっていたのかさえ分かっていなかったらしい。
影の中は濡れない水中のようで、息苦しいと言えば影法師の術で何とか呼吸が出来るようにしてもらえたそうだ。
そして漸く影から出られるようになった時には、全てが終わっていたのだと言う。

「どうしてミゲルを、影の中へ引き込んだ?」

 あの時と同じように、二輪のバロンブルーメを手に取る前に影法師にそう訊いてみた。
やはり答えは返って来ない。沈黙だけの影法師に呆れ笑いを向けたが、次の問いにだけは答えて欲しいと言ってみた。わざわざ訊かずとも分かっていたが、どうしても確認したい事だった。
すると影法師は、バロンブルーメを持つ手とは逆の手で覆面を外し、初めて目の前で口を開いた。
その表情は、笑っているようにも見えた――。

「お誕生日、おめでとうございます」

 ――その日は、ククイが祝いの挨拶に来てくれた。両親は父の事もあってか、娘だけをこの屋敷に向かわせたようだ。こちらとしてもその方が有難い。
父に挨拶を済ませた後で、またバルコニーに案内して二人でキルシュトルテを突いていた。
そこで父から聞いたのか、軍に入るのかと訊かれたので偽り無く頷いた。
人々を死なせない為に必要なものは、武力などではなく情報だ。それが足りなかったが為に、あのような惨劇が起こったのだ。
そう説いてみせると、ククイは納得はいったようだが未だに不可解な表情をしていた。

「フォルカーおじ様、怒らなかったの?」
「怒りはしないよ、あの人は」

そしてミゲルと全く同じ事を訊いてきたので、思わず笑ってしまった。
 ふと、ククイはテーブルの真ん中に飾っている一輪のバロンブルーメに目を遣った。この地方では咲かない花である為、物珍しそうにしていた。

「カール、これは何の花?」
「命の恩人……、いや恩花?」
「ふざけないで」

ふざけているつもりは毛頭無いが、質問に対する返答の言い方がまずかったのかククイはこちらを睨みつけた。
 仕方が無いので、親にも内緒にして欲しいと釘を刺してから或る友人の話をした。
顔はまともに見えず、変わった訛り口調で飄々と話し、けらけらと小馬鹿にしたように笑う事もあれば、少し声を荒げれば直ぐに竦み上がる小心者だった。
その友人が話す事に、何の信憑性も無ければそこに生まれる矛盾にも答えようとしなかった。
後に会う機会はぱたりと無くなったが、それからも友人は奇術を使ってずっと見守ってくれていたのだ。

「その友人は、死んでしまったの?」
「さぁ? 生きているのかもあやふやな奴だったから、最初から死んでいたのかも知れないね」
「どういう事?」

途中で彼女が口を挟んできたが、その問いには答えられそうになかった。何せ夢の中でしか会った事が無いのだから。
 会えなくなってしまってからも友人は気分が沈んだ時はそれを和らげてくれていたし、憶測だが悪夢を見る事が一切無かったのもその記憶を消してくれていたからだろう。
そしてその友人は、根拠の無い話はしても嘘を吐いた事など一度も無かった。
最後に会った時の「守ってやりたい」という言葉すら、その友人はやり遂げたのだ。狂人に散弾銃を向けられた時も、はっきりも「手を出すな」と言ってくれたのが聞こえた。
見えなくなってしまってからも、友人はずっと共に居てくれていたのだ。

「随分と素敵な友人をお持ちのようだけれど、それとこの花と一体何の関係があるの?」
「ガトー・ド・フォレノワール」
「え?」

そしてまた話の途中でククイが予想通りの問いかけをしてきたので、以前この場所での会話を引用させた。その方が、彼女にとっても分かりやすいだろう。
 目を瞬かせる彼女に対して、思わず笑みが零れた。あまり表情を出さないようにしてきたが、その時はとても嬉しそうに話していたと後々彼女から聞いたものである。

「此処からが内緒にしておいて欲しい話なんだけど、薄々分かってるだろうけどその友人は人間じゃないんだ。だから"彼等"特有の言語があるんだよ」

そこまで話してテーブルのバロンブルーメを花瓶から引き抜いて、満面の笑みをククイに見せた。

「この花はね、この国での呼び名はバロンブルーメ。"彼等"の言語では――」

そして影法師から聞いた答えを言った後で、キキョウの花をククイの髪に差してやった。
それが友人の名なのだと言うと、彼女も少し照れ臭そうに笑った。

       

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