うれい姐さんは初日を休んで、わたしの入院の手はずを整えてくれた。麗香の一番弟子だから、あたしが面倒見ないと、と言葉にして伝えてくれる。心根の清くてやさしい人なのだろう。公演に穴を空けるわけにはいかないから、うれい姐さん以外が見舞いに来ることはほぼなかった。
「仕事、辞めたくなった?」
「いや……そうじゃなくて」
黙っていたら、姐さんが立ちあがった。
「ちょっとごめんね」そう言って靴を脱ぎ、ベッドに入りこんできた。スタンドに吊るされた血液と点滴が揺れる。
「本当はね、楽屋でこうしてあげてればよかったんだよね」手をつないでくれる。
「あなた、すみっこで正座しかしてなかったでしょ。あと袖のゴミ箱かトイレで吐くか。デビューしたときのあたしを見てるみたいだったよ。楽屋にあった強いお酒あおって出たことあったもん。自分をおかしくしないと出ていけない舞台なんて、狂ってるよね」
「狂ってます、ね」同意してもいいのだろうか。
「いや、あたしは今でもそう思うよ。でもね、」姐さんを見る。ぼんやりとした表情で、それでも目だけは強く、天井を刺すように見つめている。あの日、抱きしめられた背中から香ったのと同じ、ミルクの匂いの混じった香水。
「十六分間、あなたの世界を自由に表現していいですよってあんな舞台与えられたら、あたし狂ってでも出ていかないとって気持ちになるんだよね。だからまだストリップやってる」
 うれい姐さんの手は温かい。丸いもの、細長いもの、無数の穴ぼこの空いた天井を見ながら、初ステージの前に抱きしめてくれた、あの日の体温とこの手を接続させようと試みる。何が嘘で、何が本当だったろう。あの老人の言葉は、聞き間違いではない。でもそれと同時に、姐さんの言うとおり、わたしは十六分の自由を与えられた。ストリップは自由ーー麗香姐さんにも、なんども言われた言葉だ。あの、舞台に乗ったときの震えや鳥肌は、はたして恐れや緊張だけが生んだものだっただろうか。その背後でちらちらと光る、涼やかな原石にわたしは触れた。あれは都合のいい記憶の捏造だったろうか。
「気持ちが落ち着いたら、連絡ちょうだい。もう一回だけ、劇場においでよ」
そう言い残してうれい姐さんが帰った。

 退院したあと、事務所と劇場に謝罪に行った。
「ちょっと、踊ってよ」うれい姐さんに言われて、誰もいない根岸の舞台に立った。投光さんの席に座った姐さんが、マイクを通して「じゃ、はじめるよ」と言うと、青い光と何度も聴いてきた音が劇場を包んだ。下手から焚かれるスモークと、劇場全体に染みていくにおい。身体が振りをおぼえている。踊りだすと、手拍子が聞こえはじめた。盆に近づくと、客の温度すら感じられた。かぶりの席で、涙をひとすじ流してこっちを見ているのは、キャメルのロングコートをひざ掛けにしたあの日のわたしだった。顔を真っ赤にしたわたしに、話しかけてみる。
「ねえ、踊ってるわたしって、どう?」

 あ…………好き、です。
 すき? ほんと? ……あたしも。どう、一緒に踊る?

熱狂していた小さな劇場を思い出して身体が震えた。わたしは次の週から、また踊りはじめた。



 二番のサビが終わって、長い間奏に入る。ベースソロの跳ねるような音に身を委ねる。サビで思い切りポーズを切るための、長い助走のようなもの。麗香姐さんは舞台に出しながら作っていると言っていた。わたしはコンテンポラリーダンスの振り付けを観ながら、動きのストックをつくり、そこからいくつかのパターンを編み出していく。抑制の効いた身体も、ベッドショーの構成要素には大切なのだ。いまならそう断言できる。そして、その身体あってのポーズ。最後のサビがくる。きょうしか出せない気持ちを、ぜんぶ身体から放っていくように。
 わたしには、ストリップと、生と、死さえももはや同義だ。あの真っ暗な劇場や、タバコ臭いロビーや、ごちゃごちゃした楽屋をはなれて「まともな生活」が存在するのなら、わたしはまともじゃなくていい。

  優しく殺めるように

 最後のフレーズが終わって、伴奏のなかでわたしはレヴェランスをする。右、左の順に羽のように手を広げて、ゆっくりと身体ごと沈みこむ。バレエ風のお辞儀に拍手をもらう。一秒前のことをおぼえていない。踵をかえして、広い舞台の奥までゆったり歩き、振り返り、光に手を伸ばす。照明が、落ちる。ふっ、と息をつきかけて、あわててお腹に力を入れる。
「ありがとうございました」