巧妙に計算しつくされた作為と自然とのあいだには、いったい何があるのだろう。わたしにはわからない。優しさ? だったら、なおのこと。作為と自然の境目をぼかす闇色のファンデーション。カクテルライトとピンスポットと、それを受けて鈍く輝き返す無数の目だけがわたしを照らす空間。

 ギターの音が響いて、フレーズの終わりの「ジャーン!」でライトが点く。仰々しさはグループ・サウンズのにおいすら起こさせる。水色のスポットライトが、わたしの入った大きな真珠の貝殻を照らしているはずだ。かぶり席で観ている老人たちには誰の曲かもわからない。興味もない。トップでなく、トリでもトリ前でもない二番手のわたしに求めているのは、正真正銘ナマの女性器だけだ。安心しな、あとでまんこで窒息死させてやる。匿名の存在に噛みついても空いばりに終わる。客席なんて見えない。見えるようで見えない。深くて、遠い。
 太い弦がイントロを弾きはじめたタイミング。わたしは貝殻の中から立ち上がる。拍手も聞こえない。耳が狂えばバランスが取れなくなる。一歩目を踏み出すまでの長い助走。
「音をしっかり聞いて」
麗香姐さんの声。客席の後ろで腕を組んでいるような気がする。とにかく、十六分間、わたしを受け入れてください。

  空が太陽を抱き まどろむ君は僕に
  しつこいほどディープな キスをせがみ

貝殻から脚を出す。かぶりの席の視線は生ぬるい。轟音を浴びてなお、三時の方向の爺さんは船を漕いでいる。お盆の端から足を出せば蹴れそうだ。まず右腕を胸のまえに、それからゆっくり伸ばす。指先を確認する。皮膚がつっぱる感覚。手のひらの汗が引かない。
「どうして伸ばせない?」
これは麗香姐さんではない。わたしが長く拒んできた声。胸の奥、かさぶたが自然と割れる音。
 デビュー週にかけて以来、踊ってこなかった演目。引っ張りだしてきた水色のブラは背中がすこし突っぱって、振り起こしの初日に着けていたら肩に擦り傷ができていた。三年でこんなにも肩まわりが大きくなったことに、今更ながら気づく。同じものはもうネットには売ってないから、ユザワヤで肩ひもだけ作りかえた。麗香姐さんに教えてもらったミシンの使い方、上から布をおさえてくれた柔らかな手。
 ヒールが床を噛む感覚が、いつもの劇場と全然違う。お盆に布が張ってあって、ステップを踏むたびわずかに滑る。こらえたときにひざの裏がぴくりと動く。ゆみか姐さんのような健やかな脚が欲しい。縮こまって、伸びる。まわりに空気がないみたいに、踊りに手応えが感じられず、いっぱいに伸びようと力むと腱を傷めそうでこわい。
 後ろを向くと、いつもより長く伸びる影。
「シルエットがエロいかどうか、よく見て踊りなさい。シルエットがエロくなかったら、しょせん生身の踊りにも大した魅力は出てないと思って」
麗香姐さん。いま、わたし、独りきりです。

 東京の劇場で踊るときの二倍はあろうかというわたしの影。大きくても、決してたくましくはないそのかたち。綺麗な曲線のイメージを必死に追いかけるマリオネットになる。
「ストリップはいつも曲線。手の届く距離にあるものをいかに時間をかけて掴むことができるか。そこに命かけなさい」
「そう、もっと沈んで。最長距離で。つま先をさわるくらい腰を折っていいよ。お尻に丸み出るからね。あとでビデオ見たらわかるから…………はい、そこで髪さわって」

  やわらか乱れ髪に 指をからめて
  泳いでく 誘惑の海に

外側から胸のほうへ、湿った手を微かに髪の毛に触れさせてゆるく円を描く。指を追いかけていた目線を、ひと思いに前へ。客の顔……なんて、見えるはずがない。印象派の絵画のようにゆるくつながる色彩。わたしの眼球が溶けだしたことに気づいていないだけ、かもしれない。

  まぶしい身体に この胸を焦がして
  溺れてくどこまでも 時を止めたまま

右を向いて光をつかむ。最長距離で左下へ手をやる。そのあいだにも曲線。今だけでも踊るために生まれてきたのだと信じたい。今、ここにいるみんなに、見られるために生まれてきたのだと。
「お前は、歪んでいるよ」
かたく目をつぶって、その声を拒む。あの頃あなたが期待していたわたしは、山の向こうにすべて置いてきたから。皮のよじれたランドセルや、黄ばんだ毛布を愛して、一生を終えて欲しい。わたしはもう、風俗街のはずれにある、歪んだ円形劇場の上にしか存在しない。
「違う。どこへ行っても、お前はお前だよ。今だってほら、買ってやらなかったトウシューズの代わりに、ずいぶん高いヒールで踊ってる。ポアントのつもりかい」
汗をかいた背中が震えるほど冷たい。踊りが小さくならないか、それだけを必死に探る暗闇。あえぐように仰向くと、青い光を投げかけている投光さんの顔、そして不釣り合いに太った体。もっと闇がほしい。わたしのおぞましさを、みんなには見せないように。
 ポアントーーつま先立ちという言葉を聞いたのは何年ぶりだろう。それも自分の内から出てきたことに、驚きを通り越した戦慄をおぼえる。

 わたしは、ほんとうにあの頃から何も変わっていないの?