Neetel Inside 文芸新都
表紙

要するに短い話なんだよ
山小屋にて

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 寒中の夜、月明かりが世界を照らすこの時。人の手が届くことのない深緑の森に、一人の少女が姿を現した。
 金色の長い髪をなびかせ、音も無く森を歩いている。……何も知らない者が一目見ようものなら、白いワンピースに身を包むだけの彼女が幻影か何かかと思うことだろう。
 12月、空気も風も肌寒いこの季節に、布切れ一枚の格好で歩いているともなれば、存在を疑がおうにも仕方が無い。
「――――はぁ」
 その少女を視界に捕らえる男が居た。吐けば白いこの空気に見合う格好をしている。
 ウールがふちに飾られている帽子、動物の皮で出来ているのであろう固めのジャケット、動きやすさと生地の耐久性を追及したジーンズ。……そして、その手には一丁の猟銃が握られていた。
 壮齢を思わせるしわの多い顔、何を生業にしているのか手は分厚い皮膚で覆われ、その鋭い眼光は少女を捉え離さない。
 男は迷い人だった。この季節になるとふもとまで降りてくる熊を狩ることで、生活を立てている狩猟者。しかし、今日に限って成果は思わしくない……いや、おかしかった。
 いつもなら耳を傾けると鳥の鳴き声が聞こえ、小動物の足音がそこらから聞こえてくるこの山。それが今日に限って、何も聞こえなかった。聞こえないだけならまだいい、生き物の姿がなかったのだ。
 こんなこともあるのだろうと、山を降り始めた。……それが今から五時間ほど前。
 さすがに男もおかしいと思った。いつもならば遅くても一時間ほどで降りれるはずが、五時間歩いても家に着かないのだ。依然生き物の気配がしないこの山を、五時間も歩き続ければ気も狂おう。
 そう、ならばこの少女も幻影だ。虫ですら存在していないというのに、この場に相応しくない格好の少女が現れたのだから、これはもう自分の気が狂ったとしか思えない。
 しかし、男は目が離せなかった。幻影だというのに、年端もいかない少女の姿形だというのに、ソレは圧倒的な存在感を辺りに放っていたのだ。その、殺気にも似た感覚を猟師が無視出来るはずもなく、気付けば猟銃を幻影に対して構えていた。
「――――はぁ」
 吐く息が白い。
 少女は猟銃を構える猟師に気付いてないのか、はたまた気にもしていないのか、まるで猟師が存在していないかのように目の前を音も無く歩いている。
 猟師もまた、猟銃の引き金を引くことが出来なかった。カタカタと猟銃のバレルが震え、歯がガチガチと鳴り、気付くと猟師の体は激しく震えていたのだ。少女の姿を見る。猟師は見たくない、けど目が瞑れない、体が動かない、少女が目の前を歩く。
 少女は薄らと笑みを浮かべていた。そして、その手には何が握られているのか最初はわからなかった。……しばらくして自分の職業柄、目にすることが多いある物だと認識。
 ――――心臓だった。






 ――僕は生まれてこの方、“青”というものを見たことがない。
 他人が口々に言う「青い空」というものも、僕が見ればいつもと変わらない灰塵色の空。「綺麗な海」と呼ばれる景色も、僕が見れば埃色の水が広がるだけ。

 ――共感覚、そう医者が言った。常人ではありえない五感の感じ方をするというそれは、僕にとっては当たり前のことだった。
 ピアノの“ド”を鳴らすと、口に塩の味が広がる。一度音楽を聴けば、それは一度の食事以上に多彩な味が口中に広がる。ひらがなの“あ”はいつも赤色。新聞を読むと、そこにはカラフルな文字が羅列される。そして、皆が青というその色は、灰色でしかない。
 一つの感覚しか使用しない事柄でも、何故か複数の感覚が作用してしまう。また、他の人間が常識だと思っている共通の感覚を、僕は感じることが出来ない。
 ……そんな僕は、やはり都会で暮らすことは出来なかった。
 深夜になれど響き渡る車の騒音。あの音は錆のような味を出すため、非常に聞きたくない音の一つ。目に優しいという街灯も、僕が見れば極彩色。とても見ていられないピンク色。
 とりわけ、僕を非常に悩ませる要素が、“人間”だった。
 人間が発する言葉は一言一言異なっている。その度に僕は無限に連なる味覚を感じることになるのだ。……それだけなら耐えれもしよう。音楽ならば、むしろ心地よいのだから。……これは心の持ちようなのか、はたまた神が定めたことなのか。人が暴言を吐くたびに、僕はある味を感じることになる。
 ……血の味。ただの感覚を飲み干せるわけなどなく、暴言が続く限りあの鉄が混じる濃厚な液体の味を感じ続けなければいけない。

 人間というのは異端を排除するように出来ている。……いや、人間に限らずほとんどの動物には、そんな行動がインプットされているらしい。
 そんな動物の群れに、会話すらも成立しないような僕という異端が紛れ込めば、排除するのは当然といえる。哀れ僕は普通の学校に行くこともままならず、かと言って施設では心無い大人に虐げられていた。
 そう、そんな僕にも家族は居る。家族は普通なんだな、これが。共感覚というのは遺伝性がないらしく、先天的と後天的、そのどちらであるか、これすらもわかっていないらしい。……わからないはずだ。何故ならば、共感覚を持つ人間はそれが当たり前だと思っているからだ。
 これは色々なことがあった後に知ったんだけど、共感覚を持つ人間は4000人に一人、これくらいの割合で居るらしい。単純に計算すると、全人類で100万人は下らないと言うことだ。……僕の他にも100万人、同じ悩みを抱えた人がいる。そう考えて精神の安定を図った時期もあった。

 話が逸れた。
 つまり僕は俗世間を離れ、まるで高齢者の如く山に隠居することになった。家族はここにはいない。僕一人だけ。
 この、人に忘れられた山小屋に一人、僕は住んでいた――。


『山小屋にて』


 鳥の鳴き声が聞こえる。そう頭が理解した途端、容赦ない日差しが目を襲う。……覚醒。鳥の鳴き声は味がしない。これが人々が言う“水の味”なのだろうか。
 そんな、幾度となく経験した葛藤とも取れる考えを払い、体を起こす。
 季節は冬。エアコンなんていう気の利いた物がこの山小屋にあるはずもなく、結果、こうして肌をさすような冷気が部屋に充満している。しかし、物は考え様という。この身を凍らす空気も、最近の正された生活サイクルに一役買っているのかと思えば、そこまで憎たらしいものでもない。
 ……前述の通り、この小屋には近代的な、いわゆる機械じみた物はほとんどない。まず電気が通っていないこと、これがこの状況に拍車をかけているのだろう。……次に水道もない。これは結構な痛手となっている。顔を洗うにはこの季節、水面が氷に覆われている井戸を使わなければならない。というか、生活用水は全部井戸から汲むしかない。なんとも面倒極まりないと思うのだが、ここに暮らし始めてから既に五年、今では当たり前のようにこなしている自分を見ると、人間の慣れという力を思い知らされる。
 布団を整え、普段着に着替える。そのまま木製の扉を開け、外に出る。
 なんとも清清しい朝である。太陽の光は適度な温もりを与え、依然衰えることのない冷気は意識を鮮明にしてくれる。……と、いつもと変わらない灰色の空の下、うんと伸びをした。




 施設でよくしてもらった人に提案された“引越し”。これは僕に衝撃を与えた。
 幼少の頃から不自由な暮らしをしていた僕は、自然な流れで施設に預けられることになった。しかし、その後の施設でもうまくやれず、気付けば心身共に消耗しきっていた少年が一人。
 その頃の僕は全てを諦めていたように思える。人々の話すことは、僕にとっての“嘘”でまみれており、肯定出来ることはほとんどなかった。……首を横に振るたびに吐かれる“血の味”、それは若干12歳の少年を消耗させるには充分だったと言えるだろう。……そんな中で、一人の“おじさん”に出会った。
 彼は自分の事を“先生”と呼べ、初めて会ったときにそう言った。だが、そんな先生に対して最初は視線を傾けることさえしなかった。仕方がない、他人との会話が僕にとって一番の苦痛だったのだから。
 そんな心を一向に開く素振りを見せない僕に対して、先生は怒るわけでも何かを言うわけでもなく、ただ、黙って傍に佇むだけ。
 と、ここまで話しておいてなんだけど、途中は割合する。ここからは見ていて顔を背けたくなるほどのハートフルな物語になってしまう。……まぁ、いろんなことがあり僕は先生と打ち明けた。
 打ち解けてから二週間ほど経ったある日のこと、先生は僕にこう言った。「引越しをしないか」、と。そんなこんなで何故か僕は山小屋に捨てられてしまった。いや、別にそれをした先生が憎かったわけじゃない。ただ、良く言えば住みなれた施設を簡単に離れると言える先生に、子供じみた反発、そして憧れを抱いたのだ。
 引越しをしてから最初の一年は、先生と共に暮らした。先生はとてもじゃないが先生と呼べないくらい、とてもサバイバルに長けていた。その意味では彼は僕の先生だったかもしれない。とにかく、最初の一年はこの山のふもとでどうやって生きるか、これだけを生きていくことで学んでいた。
 と、ここでまた中略。ここからはまたお涙頂戴的なストーリーになってしまうので、割合する。……まぁ、いろんなことがあって僕は一人で暮らすことになった。
 食料は? 自給自足。山の動物を狩り、山の植物を採り生きている。狩り? 猟銃を使用。
 猟銃を扱うには色々なしがらみが存在する。対して、狩猟自体は対象にもよるけど、特に資格がいることなどはない。……そんな僕は色々と法を逸脱していると考えるべきだろう。考えると途方もないので、割合する。
 さて、現在。不便なことは多々あれど、苦痛とは無縁なこの山小屋。そんな僕は、今日も元気に暮らしています。




 ――鳥の鳴き声が森に木霊する。木々は呼吸し、辺りには濃密な森の匂い。地面では細かな生物が蠢き、そして。
「な、んじゃあ、こりゃあ……」
 一人の男が目を見開いている。その視線を追うと、地面。そこには動物や虫に食い荒らされたのだろう、無残な姿となった亡骸が一つ。
 木々の間に、白いワンピースが見えた気がした。


     





 一日の生活サイクル、これは生きるということに於いて極めて重要な要素だ。動物というものは“生態”に則って行動している。
 人間である僕もまた例外ではないのだけど、ここで違ってくるのがまた人間。……人間は行動するに当たってまず思考する。考え、自分なりの答えに到って初めて行動するのだ。
 指を動かす、さすがにこの程度じゃ考えるも何もないけど、“一日”というマクロな視点で考えると“予定”ということが重要になってくる。しかしながらこの状況、山小屋で生きるというのは兎にも角にも何をするにしても“暇”、これに尽きると言ってもいい。
 そう、長々となんだったけど、要するに暇。暇!
「暇だー」
 


『森の中にて』



「うーむ……目がちかちかする」
 新しく持ってきてもらった小説を読む。しかしこの小説、何かと蛍光色の字が多い。話が面白いだけに食い入るように読んでいるんだけど、それが仇となるとは。
 眉間を押さえながら、知らずとため息が出る。ロッキングチェアを無意識に揺らしながら、ふと考えてしまったのだ。いつまでこんな暮らしを続けるのか、と。
 施設から引越しをし早五年。気付けば少年から青年と呼ばれる年になり、体付きもしっかりとしてきた。……しかし、変わらない生活。
 人と接することは一ヶ月に一度。たまにやってくる猟師との挨拶を加えても十に満たない人とのコミュニケーション。とてもじゃないけど、数えれるほどしか人と接していないのは、不健康ではないのか。
「ふふっ」
 と、そこまで考えて急に可笑しくなる。あそこまで人を毛嫌いしていた僕が、人恋しいと。抱腹絶倒とは言わない。けど、とても皮肉めいたその事実に僕の口は堪えられなかったらしい。
 でも、と。また考える。確かに回数は少ないけれど、人との接触は苦痛じゃない。けど、それは“あの味”を忘れてしまったからじゃないのか。あの濃厚で芳醇な香りがし、金属めいた味のする液体を。
 
 ドンドンドン!

「おぉーい! いないのかい!」
 深く考えていたのだろう、ノックの音と誰かの声、それに今気付いた。どうりで舌が刺激されていると思った。
 気付いたからといって慌てるわけでもなく、非常にマイペースにドアを開ける。
「はい、どちらさ――」
「おぉ、いたのか! よかったよかった!!」
「ちょ……距離が近いし、声が大きいですよ……」
 ぐ、この人は……。
「……っとと、すまんね。取り乱しちまったい」
 悪びれることなく、軽々と謝罪をするこの人物。容姿は見るからに猟師。もこもこという可愛らしい擬音とは正反対に暑苦しいその格好は、この山での冬を外で過ごすには必須といえる。
 しかしながらその格好、さらにヒゲ面という暑苦しい組み合わせで近付かれるというのは、正直同性としては躊躇われる。……だからと言って異性が好むのか、と聞かれても答えれるわけじゃない。
「どうしたんです、そんなに暑苦しくなってしまって。近くに寄らないでください」
「心配するのか拒絶するのか、せめてどっちかにしてくれい。わしはそんなに頭が良くないんだ」
「自分で頭の悪さをカミングアウトするのは結構ですが、さっさと用件を言いやがってください」
「冷たいのう」
 お互いに玄関を挟んで立つこと三分、会話が進まないとはこのことだ。
 ……別に好きで冷たく対応しているわけじゃないんだ。ただ、その、本能というか……そう、遺伝子がそうしろと命じているに違いない。さながらトムとジェリーのように、本当は仲良しなんだ。……多分。
「っとまぁ、ふざけるのはこれくらいにしようじゃないかの。…………ふう」
 ジジイが深く息を吐いた。そういえばさっき扉を開けたとき、とても焦っていたように見えたような。なるほど、まだ落ち着いていなかったのか。
「落ち着きました?」
「あぁ、すまんの。……心して聞いてくれ」
「どうぞ」
「いつも通り、わしは山に登り狩りをしておった。ブルタールを連れてな」
 ブルタール、猟師が我が子のように可愛がっている犬。人それを猟犬と呼ぶ。
 ちなみにブルタールとは独逸語で“果敢な”という意味らしい。似合わないから日本語に直せと言ったら本気で泣かれたことは記憶に新しい。
「半刻ほど経ったとき、ふとそれを見つけたんじゃよ」
「いいから結論を言えジジイ。前置きが長すぎるんです」
「――山で人が死んでおった」
「……っ」
 先程までの和みを含んだ周りの空気が、一気に変質する。重苦しい、恐怖を含んだ空気に。
 僕は地面を見て、ジジイは僕を見て。時間の感覚が狂ったのか、何十分も経っているかのように思える。そんな中、ジジイが再度口を開く。
「どうやら仏さんはわしと同じ猟師のようじゃった。……というのもだな、その、なんというか、亡骸が動物に食われたのか、それはもう無残なもんでな。かろうじて近くに落ちていた猟銃と、原形をとどめていた服で判別できたんじゃ」
「猟師、ですか。見つけたのはどこらへんです?」
「山の中腹あたりじゃな。……思うに、わしゃ山で迷って眠ったところをクマかなんかに襲われたと睨んどるんだが」
「おかしいですね」
「むう?」
 ジジイは自分の考えしかないと思っていたのだろう。その考えを否定すると、なにやら間抜けな顔で見てくる。
「まずですよ、この僕が住む山小屋位置、わかりますか」
「ちょうど山の中腹とふもとの境目じゃな」
「はい。で、この山小屋より上には民家どころか建物すら建っていません。となると、その死んだ猟師はふもと側から歩いて中腹まで行ったのだと推測されます。……そこで問題です。冬になったというのに山で狩りをするほどの手馴れた猟師が、片道一時間もかからない距離で迷うのでしょうか」
「そりゃ山じゃからの、何があるかわからんわい」
「それは否定できません。次に寝ている間に襲われたという話ですが、その猟師の周りに火の跡は無かったのですか?」
「あるわけないじゃろ…………む、おかしいのう」
「今の季節は冬。それに加えて猟師の場合、動物避けに焚き木をするのは常識と言っても過言ではないこと。ならば導き出される答えは?」
「もっとわからんくなったわい」
「実は僕もです」
 長々と推理小説の解決シーンよろしく話していたにも関わらず、話していた当の本人もわからなくなってしまった。
 ……それにしても、見つけたのは山の中腹。具体的な場所はわからないけど、ここからなら三十分かかるかどうか。とどのつまり、近い。半端なく近い。
「で、話は戻りますが、それを僕に伝えに来てくれたってことですね」
「うんむ。しかし、わしも取り乱しておったからの、ひとまずは人に会いたかったというのもあった」
「まぁ、丁度いいと言ったら丁度いいですね。不謹慎ながら、暇だった僕にこれから一ヶ月は飽きそうにもないネタをもってきてくれたのですから」
「気に入ってくれたのなら何よりじゃな。わしゃ早くかーちゃんが待つ我が家に帰りたいわい」
「ははは、じゃあ帰ってください。色々と不都合が出来てきたので」
 眉間を軽く押さえる素振りを見せると、相手の返事も待たずに僕は扉を一方的に閉めた。ジジイが直前に何かを言っていたような気がするが、今はそれどころじゃない。
 ふらふらとした足取りで、ベッドの傍にゆく。すぐ横に添えられた引き出しの取っ手を引くと、力加減をあやまったのか中身が床にぶちまけられてしまった。床に落とした物の中に、お目当てのブツを見つける。すぐさま箱から中身を取り出し、水も用意していないのに飲み込んだ。

 薬、鎮痛剤。感覚を常人よりも多く使う僕は、それに耐えられない体質だったらしい。共感覚を持つ人の中にはそんなことはない人が多いらしいけど、僕は珍しい例の、そのまた珍しい例だったらしく、生まれてこの方薬は手放せない物となっている。
 ちなみに今飲んだ薬はイブプロフェンとアセトアミノフェンの二つが配合されている。……そのどちらかがやさしさで出来ているらしい薬、というのが通説らしい。
 ……そう、市販の鎮痛剤だ。“先生”が言うには、僕の共感覚はほとんどが“気の持ちよう”だという。つまり、飲めば収まると自分で暗示すればいいということ。……情けないながらも、それで収まってしまうのがこの頭痛。最初の頃はこれが悔しくて先生に突っかかったものだ。
 ほっ、とため息をつく。久々に長時間人と話した。だけど、これが僕の限界なのだろう。必然的に人との会話が必要とされる街では、まだ生きていけないらしい。その事実は落胆を思わせるが、反して僕は安堵を感じていた。






 深夜、全てが寝静まる丑の刻。新月のこの日、比喩ではなく本当に何も生きていないのかと思わせるこの森。都会から離れ、近代社会から取り残されたこの森。
 人間の手がほとんど入らないこの森では、純然たる食物連鎖のピラミッドが形成されている。虫は鳥に食われ、鳥は肉食動物に食われ、肉食動物は大型肉食動物に食われ、大型肉食動物は土に還り、それを虫が食う。また、草花や木の実は草食動物に食われ、それを含んだ草食動物は肉食動物に食われ、そして土に還った大型肉食動物は草花の養分となる。同じように頂点には大型肉食動物が君臨する。美しい、ある種の完璧主義を思わせるその一連の流れは、確かにこの森が生きているということの証であった。
 そこに異物が一つ、二つ。
 一つは人間。猟師を生業とした霊長類。彼等は草食動物、肉食動物、大型肉食動物を食すのに対し、地に還らない。この森に還元していないのだ。森に確立された意識があったとすれば、彼らのことを許さないのだろう。森には略奪者としてしか映っていないのだから。……しかし人間は奪う。例え森と意思疎通出来たとしても、奪うに違いない。
 二つ目は理解が不可能。動く生物、動物ならば生きるということ=他の生物を殺すことに繋がる。しかし、この二つ目の存在は何もしない。食物連鎖からかけ離れている。……森には敵対心を抱くことは出来なかった。その存在は先日、人間をものともせず、殺した。ならばその存在が食物連鎖の頂点に立つのでは、とも思う。けど、その存在もまた人間と同じく森に還元していなかった。それと同時に、森から奪うこともしない。木の実を食べるわけでもなく、動物を狩るわけでもなく、木を殺すわけでもなく、虫を踏み潰すわけでもなく。ただ、“彼女”はそこに存在していた。
「はぁー。はあー」
 そんな彼女は今、自分の体温と外の温度差で生じる“白い息”を見て楽しんでいた。となると、やはり彼女は生きているのだろう。
 視覚出来るようになった水蒸気を見て喜ぶその姿は、TPOを考えなければ年相応の少女のものだと認識できる。






「――ッ」
 照準を合わせ、ゆっくりと引き金に添えた指を折る。ターン、と。森に木霊する銃声。その度に僕の口の中では記憶にない味が広がる。
 一ヶ月に一度、街のほうから保存食を持ってきてくれる人がいるのだけど、それだけでは足りない場合が多い。基本的に僕は大食らいだ。結果、保存食は半月ほどで消費されてしまう。
 狩り、山に住む小動物を狩る程度(大型肉食動物……熊などは基本、一人で狩るような標的ではない)だが、それでも何の準備もしていない人間が野生の動物を殺すことは困難だろう。そこでこの猟銃が活躍してくれる。猟銃の使用に関しては、特に問題はない。弾は十分山小屋にあるし、銃の調整は先生に教わってから自分でやるようにしている。
 パキパキと小枝を踏みおりながら、そこに存在するであろう野兎の死骸を探す。……発見。足などが痙攣している様を見るとまだ生きているようにも思える。しかし、死んでいる。黒い色がそれを示していた。

 ……これは長年この感覚と付き合ってわかってきたことなんだけど、僕が感じる色は“心の持ち様”に左右されるらしい。つまり、他人が感じている色が等しく同じに見えるわけではなく、物・場合、平たく言えばそれらから成る感情によって違う。しかし、そこに共通点がある。
 目の前に横たわる野兎の死骸、かろうじて細部がわかるほどまでに濃い黒。これは兎に限ったことじゃない。死後の生物は全て黒と認識されるようなのだ。共感覚を研究している人には大変興味深い事例らしい。僕にゃ関係ないけど。
 しかしながら黒。銃創から流れる血まで黒。黒いペンキを上からぶちまけたようなそれは、正直食欲を刺激しない。それでも慣れるのが人間なのだから、例え氷河期が来ても人間は生き残るのだろうと確信に到らせる。
 ……と、死骸を予め用意していた布袋に入れる。兎一羽から摂取できる肉の量はたかが知れているが、僕一人で食すとなるとその量は十分に足りている。
 夕方、黄色に染まる空を見て軽く眩暈。太陽の光は眩しいと言うが、それだけは同意できる。なんとも目に優しくないこの色に慣れたのは奇跡と言えよう。
 猟銃に備わったベルトを肩にかけると、不自由の一言に尽きる我が家への帰路に着いた。





 ――――それが、五時間前。





 既に歩く気概は失せ、心身ともに疲弊しきっていた。
 ……山を降り始めて既に数時間。僕は未だ小屋に着くこともなく、既に日が沈み気温が下がったこの森に一人佇んでいた。
 闇というのは常人と共通の感覚だ。目を凝らせど見えるのは先の見通せない森。……最初の一時間は特に疑いもしなかった。さらに一時間が経って、異変を感じた。さらに一時間、常に携帯しているコンパスを頼りに一直線、曲がることなく山を降り続けたはずだった。さらに一時間、片手に持っている兎の死骸が妙に重くなった気がして捨てた。依然小屋に辿り着かない。……そして一時間。
「――――はぁ」
 吐いた息が白い。
 長年この山に住む者として、装備は万全のはずだった。外気を感じさせないほどに重ねた衣服。頑丈で保温性能も高い手袋。登山用の靴。……なのに、なのに何故。この魂まで凍てつきそうな冷気はなんなんだ。
 一度不穏なことを考えると、思考はそう簡単には止まってくれない。
 目に付くのが、動く物の少なさ。夜になると夜行性の動物が動き出すはずなのに、その気配を全く感じさせない。ふと地面を見ても、虫の一匹いやしない。まるで悪夢だ、そう思う。世界に忘れられ、時という概念からも捨てられ、残されたのは在るのかどうかさえもあやふやな人間が一人。
 いつもならばオレンジ色の暖かい光を投げかける月も、今夜は姿が見えない。新月なのだろう、それだけで心細い。
「――――はぁ」
 寒い。とても寒い。
 この取り残された感覚は、昔を思い出させる。何をいっても肯定されず、やることなすことを否定され、最後にはこの世に落としてくれた両親でさえも……。
「あぁ」
 涙が頬を伝う。もう駄目だと自分でもわかる。体温を奪われ肉体的にも、孤独に晒され精神的にも、このままだと死んでしまうだろうと。……よく考えれば求めるものは理由が二つに対し、一つだった。……“暖かいもの”、ただそれ一つ。暖かい飲み物が欲しい。暖かく僕を迎えてくれる人が欲しい。
 何の因果でここまでの瀕死状態に陥ってしまったのか。いつも通りの行動の中に、突然現れたイレギュラーな因子。それを僕が分かるはずもなく。
 考えていることが支離滅裂なのは自分でもわかっている。けど、思考をやめちゃいけない。今重要なのは、意識を手放さないことだとわかっていたから。
「…………」
 ――なのに、僕は思考することをやめてしまった。
「あら、一昨日に続いて今日もお客さん? ……こんばんは、おにいさん。今夜はいい新月ね」
「……あ」
 全てがどうでもいいと思えるくらい、何もかもが矮小に感じれるくらい、それほどまでの存在感を放つ存在に、心を奪われてしまった。
 そう、少女がどんな格好で山にいようと、どんな理由でここにいようと、そんなことは既に僕の頭にはない。……唯一つ、“それ”から目が離せなかった。
 見たことがない、だけど求めていたに違いない、――その青い瞳に。




     





(ちゅうい ! この おはなし は たしょう じゅうはっさい みまん に
そぐわない ないよう が あります !  みるひと は かくご を もって
よんで ください !)




 世界を二元化することは出来ないけれど、それでもわかりやすく説明するときはそれを余儀なくされることが多々ある。それは極論とも言われるが、それでも“善い”・“悪い”の二種類で考えることは決して間違ったことじゃない……基準さえ誤らなければ。
 自分を基準にすると、社会に反してしまう場合が多い。それは自己中心的と言われたり、刹那的な快楽を求めていると言われたり。つまりは、あまり推奨されない基準である。
 いつか説明した群れ。群れは少数の反分子を除くことで均衡を保っているといえる。とどのつまり、群れで生活しているからには“群れの基準”に則って行動しなければならないということになる。しかし、それは人間以外での話だ。
 人間は高次に位置する存在じゃないにもかかわらず、無視できない程の知性を持ってしまった。十人十色の考え方、個性、行動がある。そこに生まれる基準とは、はたして如何様なものなのだろうか。異端を排除するか、純粋なる弱肉強食か。愚かにも人間という種は他の動物と変わらない、規律で支配する群れを選択してしまった。結果、知性があるゆえに生まれる数々の磨耗と葛藤。
 どのような基準を寄り代にしていいかわからない人々。それらの人は大抵、受動的に定められた規律に従ってしまう。……この世は受動的な人々で満ちているからこそ機能しているといえる。
 じゃあ、その規律に反すると判断された人はどうすればいいのだろうか。それは、無い。“どうすればいい”、なんていう模擬的な例は規律に反していないからこそ与えられるものであって、反分子にそもそもの社会的人権は皆無に等しいだろう。
 世界を二元化することは難しい。善し悪しで計ったとしても容易いことではないということを、僕は理解しているつもりだった。――その少女に会うまでは。




「あら、一昨日に続いて今日もお客さん? ……こんばんは、おにいさん。今夜はいい新月ね」
 そう言うと彼女はワンピースの裾を持ち上げ、映画の中でしか見たことが無いような挨拶を僕に向けた。
「あ……」
 言葉が出ない。普通ならばここでパニックに陥ることが正解なんだと思う。しかし、彼女の“瞳”を見てしまった。いつか見ることを焦がれていたその色に、僕は感動とも言える感情を感じている。
 金色の髪が地面まで垂らされ、かといってそれが汚れているわけでもなく。山の中だというのに靴を履かず、かといって汚れているわけでもなく。……そう、彼女は美しい。その言葉が自然と浮かび上がるほどの神々しさを辺りに放ち続けていた。
「なぁに、怖すぎて声も出ない? これだから人間って愚かしい。不条理に恐怖を感じるなんて」
 機嫌が悪そうな口調なのに、顔は少しも不機嫌さを見せない。見るからに幼い容姿だというのに、その表情はある種の妖艶さを秘めている。
「……ちょっと、ほんとに私が怖いだなんて言わないわよね?」
 その妖艶さがふっと消え、途端に年相応の雰囲気になる。
 なんなんだ、この子は。落ち着け、落ち着け僕。確かに彼女の瞳は気になるけれど、それよりも気にしなきゃいけないことがあるだろう。例えば、彼女の素性とか。
「君は、その、誰ですか?」
「誰……と言われてもねぇ。なにを以って誰とするのかがわからないわ。強いて言うなら、人間じゃないことは確かねぇ」
「人間じゃ、ない? 何をふざけて」
「何をふざけたこと、ね。これを真実と取るか虚偽と取るかあなたにまかせるけど、私、嘘は嫌いなの」
 素性を知ろうとして、ますますわけがわからなくなってしまった。
 何を言っても理解が出来そうにないと思えてしまうこの空間、あぁ、確かにTPOを考えると人間とはとても思えない。しかし。
「あらあら、もっと怖がらせちゃったかしら。そうよねぇ、こんな山奥で人間以外のものと出会ったら怖いわよねぇ」
「その、別に怖くはないんです。どうでもいい理由でびっくりしちゃっただけで。人間じゃない、と言うけどそれはどうでもいいことなんです」
 そう言いながら、僕はまだ彼女の瞳に見入っていた。深い悲しみを湛えているようで、それでいて悲壮感を表すことなく。一目見て美しい色だと感じた。
 そんな僕に不信感を抱いたのか、彼女の顔が若干険しくなる。
「あなた、なに?」
「なに……と言われても。それこそ何を以ってなにとするのかわからない。強いて言うなら、人間だということは確かです」
「へぇ」
 先程のまでのからかうような仕草から一転、探るように僕の体を視線が嘗め回す。その目は肉食獣を思わせるかのように、爛々と輝いている。
「あなた……気は狂っていないようね。中々どうして、世の中は不条理だらけってことか」
「初対面の人に気が狂っていると言われる道理はないですね。それはそうと、君は何故ここに? 君みたいな子がこんな山奥でうろついていい程、この時間の山は優しくないですよ」
 素性を知ることは最早諦め、この場に収拾をつけようと図る。確かに彼女と話し続けることは魅力的だが、それでもこの体が……あれ。この体が、そう、この体だ。
「何故、はお互い禁句としましょうよ。答えが返ってくる気がしないわ。私も含めて、ね」
 やはり、味がしない。無味の声。これが当たり前なのだろうとは思う。しかし、そうかんたんに受け止められる事実ではない。
「君の髪は金色かい?」
「な、なによ急に。疑問に思えるほどの金髪だと言いたいわけ? さすがにそれはレディに対して失礼だと……」
 あぁ、なるほど。確かに僕は気が狂っている。僕が見えている彼女の“色”は、正真正銘の真実、つまりは一般常識に当てはまる感覚を僕は感じてしまっているらしい。
 それはありえないこと。そう、ありえない。非常識の中で生きてきた僕にとって、常識である彼女こそが異端。
「君はおかしい存在だね。僕にはそれがわかってしまった」
 その異端がゆえに、彼女が言う“人間じゃない”という言葉が真実味を増す。
 疲労した果てに見た幻だろうとなんだろうと、この状況はまずいと言える。幻覚だったとしたら僕は既に末期状態だ、衰弱死してもおかしくない。反対にこれが現実だったとしたら、だったとしたら……。
 じっと、彼女を正面から見据える。僕の言葉に返答するわけでもなく、ただ僕と同じように真っ直ぐ視線を向けてきている。
 彼女がもし僕に害をなすとして、それで僕はどうするというんだ。肩に下げた猟銃で撃つ? 馬鹿馬鹿しい。これでも社会的な常識、真っ当な倫理観は備えているつもりだ。……だから、如何するという話。
「どうして、そう思ったのかしら」
 悶々と思考しているうちに、彼女が口を開いた。感情を感じられない声色。その表情は先程から変わらず、僕を正面に捕らえている。“逃がさない”という意味にも取れるし、“真摯に話し合い”をしているとも取れる。……思考の堂々巡りだよ。
 意を決して、僕は初対面の彼女に“初めて”口を開いた。
「――共感覚って、知っていますか?」



 長々とどこの箇所を省くわけでもなく、自分の人生を話し終えた。何故と聞かれても答えようのない、強いて言えば話したくなった。ただそれだけ。
「これで僕の話はおしまい。何故かわからないけど、話したくなったんだ。最後まで聞いてくれてありがとう」
 嘘偽りのない素直な気持ち。思えば、他人に対して自分の本質を話したのはこれが初めてかもしれない。
「そう。病気についての知識は持ち合わせていないから理解は出来ない。でも、なるほどねぇ。その“共感覚”とやらが私を見透かしたってわけ、か」
「あらためて聞くけど、君は本当に人間じゃないのかい? 見ている限りじゃ、どう頑張っても幼い女の子にしか見えないよ」
「えぇ、こちらこそ何度も言うけど、本当の話。こう見えて、あなたよりも確実に長生きしていると思うわ」
「ちなみに、何歳?」
「89歳」
 …………油断した。てっきり常識の範疇に収まる範囲だと思っていたのに対して、彼女の返事はそれを逸脱していた。なんてことはない、そんな感じでその幼い外見が89年の時を過ごしていると言ってのけたのだ。
「そ、そう。僕は14歳」
「14歳……随分大人びた印象を受けたけど、へぇ。それにしては中々にいい男じゃない」
 どう見ても年齢一桁台にしか見えない彼女にそんなことを言われる。特に嬉しいという感情が湧き上がらない以上、僕はまだ一線を越えてはいないように思えてホッとする。
「いい男は置いといて。自分でも驚くほどに楽しく会話できたのは嬉しかったけど、僕はそろそろ家に帰りたい。でも帰れない。この状況について何か知ってることがあったら教えてくれないか?」
「知ってるも何も、この状況は私が創り出しているのよ」
「……」
 またもや、なんてことはないといった風に彼女は言う。続いてどこかのお嬢様よろしく、手櫛で自慢の金髪を梳いたかと思うと、なにやら挑戦的な視線でこちらを見てきた。
「あなた、帰りたいのね。でも残念、私、この結界に迷い込んだ人を逃す気はないのよ」
「は、はぁ。つまりどういうことですか」




『最終回にて』




「ここで新展開、実は私って吸血鬼だったのよ~。ご愁傷様、ここは虫で言う蜘蛛の巣のような場所よ。運悪く迷い込んだ人を、私が食べちゃうわけ」
 もはや驚くまい。同じように彼女はなんてことはないと言わんばかりに、僕に向かってその言葉を述べた。……つまり、僕は蜘蛛の巣に引っかかった蝶の如く、いわゆるエサ的な立場というわけだ。
 全く以って、非常識。しかし、非常識だからこそ僕はその事実を受け入れる。
「吸血鬼云々はともかくとして。僕を食べるとは、やはり、その」
「心臓取り出して食べちゃう」
「そ、そうですか」
 一応僕も年頃の育ち盛りな男の子。女事やこんなことにも興味を持っちゃったりなんだりして、この“食べる”という意味は、実はトンでもなくアレな方法で僕の股間に位置する聖剣エクスカリパーからほとばしる光波を摂取することが彼女の“食事”なのだろうかとか何とか考えちゃったりして。
「でも……んふふ、あなたみたいな若い子って、凄く珍しいのよねぇ。ちょっと味見しちゃおうかしら……」
 なんという空想具現化能力。間違いなくこの不条理な状況で僕の特殊能力が目覚めたに違いない。心なしか共感覚も治っているようだ。間違いない、これは主人公にのみ与えられる特権、第一インフレーションだ。
「ど、どうするつもりだ」
「いやねぇ、お姉さんの口からそんなこと言わせないでぇ」
 彼女は撫で声で僕を挑発するかのように近付くと、有無を言わさず僕の頑丈に着込まれたジーンズを剥いでしまった。
「な、なにをするだーッ!」
「あらあらぁ。あなた、いまだにブリーフなのね。その少年から脱し切れてない感じ、好みよ」
 そんなことを言いながら、その手が僕の性器に位置する部分をブリーフ越しに撫ぜる。丁寧なようで力強いその動き、僕の聖剣を隆起させるのは時間の問題と言えた。
 沸き上げるものを押さえ込むのに必死な僕がそんなに可笑しいのか、彼女は目を細め、視線を僕の顔に向けながら笑みを浮かべている。
「我慢する気ぃ? 駄目よう、年下の男の子がお姉さんに逆らうだなん、て!」
「あうっ」
 ゆるやかに擦る動きから急に、ブリーフ越しながらも僕の聖剣が?まれる。急な感覚に僕の聖剣は隆起を余儀なくされた。
 彼女はと言うと、聖剣の影響で発生した山を見て恍惚としている。
「う~ん、いいわねぇ。ブリーフに作られるテントを見て恥じる少年の図、これほどそそるものはないわ。……と言うわけで、そろそろご対面といきましょう。えいっ」
 年相応とはとてもじゃないが言い難い、その小さな体が僕のお腹の上に飛び乗る。ちょっと苦しかったけど、聖剣が外の冷たい外気に触れたことによって拭われる。
 白いワンピースに透けて見える健康的な体躯。それにどうやら、彼女は下着を着用していないらしい。……それが僕の素っ裸となった下腹部に乗せられている。……僕は既に一線を越えていたらしい。
「あはっ、よかったぁ。まだ剥けてないのねぇ。痛がる男の子のそれを無理やり剥いちゃうなんて、考えただけでも濡れてきちゃうわぁ……」
「そ、そうですか……」
 事実、彼女はその未踏の地と思われるクレパスを濡らしていた。地球温暖化による弊害なのか、クレパスも例外ではなかったらしい。……それが僕の下腹部に乗っている。だ、だめだ、考えるな。
「ん~、んん~? おかしいわね、さっきよりも大きくなってるわ」
「気のせいですよ。そんなわけないじゃないですか。言いがかりは止めてください」
 これも事実、僕の聖剣は立派に成長していた。触られてもいないというのに、考えただけで僕の聖剣は成長してしまったのだ。これで触られたとしたら……。
「じゃ、握っちゃいましょう」
「うぁあ!?」
「んぁ~ん、この寒空の下じゃ暖かいというより熱いって感じねぇ。中々どうして、口調とは違ってこっちは熱いじゃないの」
 くにくにと最初は何かを確かめるかのように柔らかく、そして徐々に力を込めて。他人に扱かれると言うのはこうも刺激的だったのかと思い知らされる。
 彼女は僕に背を向けるようにして聖剣を弄っているため、表情は確認できない。ただ、依然クレパスからは環境的に重大であろう量が濡れており、僕の下腹部をこれでもかとぬるぬる擦ってくる。
 そんな図らずとも二回攻撃スキルを発揮されている僕が喘ぎ始めるのは必然といえよう。
「う、ぁ……気持ちいい……」
「そ~お? あっと、忘れてた。久しぶりに弄ったから夢中になってたけど、剥き剥きしなきゃいけないわよねぇ、ふふっ」
 扱く動きを止めたかと思うと、一瞬で僕の聖剣は強制的に脱皮させられてしまった。
「い、いたっ、いたいよ!」
「ごめんねぇ。でも、一瞬だったでしょ? ……じゃぁ、とりあえず綺麗にしましょうか」
「え?」
 僕の戸惑いに答えることなく彼女の柔らかそうな尻、略して柔尻が濡れそぼったクレパスを従えてどんどん僕の顔に近付いてくる。
 ちょうど彼女の伐採跡地とも言える股間部が目と鼻の先に位置した時、形容しがたい快楽が僕を襲った。
「うわっ、あっ、熱い」
「んむ、ん、じゅぷ……ぷぁっ。どう、お口の中は気に入ったかしらん?」
「……」
 脱皮したばかりの敏感な聖剣に、この刺激は強すぎた。ただでさえ聖剣を鞘に収めたことは無かったというのに。脱皮後と初体験という二つの要素が相乗効果を生み出し、僕の頭は真っ白同然となっていた。
「そ、応えられないくらい良かったのね。それじゃ……あむ、ちゅっ」
 鞘が僕の聖剣を咥え込むだけでなく、やわやわと持ち手の部分を扱かれている。
「すごく……気持ちいいです…・・・」
「あぁ……なら次はお前、俺のクレパスを弄ってみろ」
 言われた通りに朦朧とした意識の中、彼女のクレパスに下を突き入れる。
「ん……ちゅぷ……んんっ、ぷあっ…あんっ、いいわぁ……もっと深く入れてもいいのよ……」
 深く、穿る様に舌をグラインドさせる。その度に彼女の体がびくんと痙攣して、ちょっとした優越感に浸れる。……そんな僕を見透かしているかのように、鞘の動きが激しくなる。
「はぷっ……ちゅっ……じゅるるっ……くぷっ」
「うぁ、あぁ……そろそろ……」
 初めてにしてはよく耐えた方だろう、聖剣の必殺技ゲージは既に振り切っており、いつ光波を噴出してもおかしくない状態だ。
「んふっ……んっ……んんっ」
「ほんとに、もう」
「んっ……じゅっ……んう!」
「うぁあ!」
 ドクッ……ドクッ……
 僕の制止も聞かず咥え続けた鞘に、聖剣からの光波が勢いよく放たれる。鞘を離すかと思いきや、ずっと銜え続けているどころか光波を吸収しているようだ。
「んっむ……ん…………はぁ。ご馳走様」
 仕事を終えた土方のおじさんよろしく、一仕事終えたような顔で僕の方に振り向く。見れば彼女のクレパスは手に負えないほど濡れており、それがまだ満足していないと強調している。
「それじゃ、そろそろ本番といきましょうか。よかったわねぇ、私のようなお姉さんに筆卸ししてもらえて。こんな幸運滅多にないわよぉ」
「は、はぁ」
 一ゲージ消費して光波を出したにもかかわらず、僕の聖剣はいまだ衰える素振りを見せない。
 そんな僕を他所に、彼女は僕の上、馬乗りになる形で僕に跨ぐ。その顔は妖艶な笑みで染まっており、否応無しにこの先に期待させる。
「さぁて、君の初めてを奪っちゃうんだけど……何か言うことはある~?」
「その……出来れば優しく……」
 彼女はその言葉に満足したのか、右手で自らのクレパスを広げてみせる。真っ直ぐ腰を下ろすと、僕の聖剣が突き刺さる位置だ。
 そのまま彼女は何も言わず、僕の聖剣をクレパスで包み込みながら腰を下ろした。
「ん……あぁんっ……中々、どうして……加え甲斐のあるもの、持ってるじゃないのよ」
「うぅ」
 姿にたがわぬその狭さ。明らかに許容範囲外である僕の聖剣を咥え込むクレパスが、強引に上下し始める。
「はあ、っ……んっ、いい……やっぱり、久しぶりだと感じ方も……くうっ、強烈なのねぇ」
 僕の目の前で、彼女が跳ねる。太腿まで届くその髪は乱れ、青い瞳は虚空を彷徨い、幼い体躯が快感に打ち震えている。そんな僕も感じたことのない快感に身を震わせ、気付けば彼女の腰に手を添えて自ら率先して腰を動かしている。
「――っ、はぁっ、はあっ、はあっ……うぁっ、や、はうっ……ッ」
 じゅぷじゅぷと淫猥な音が森の中へ溶けてゆく。お互い玉のような汗を振りまきながら、一心に繋がり続ける。……ゲージMAX。
「――――――ッああああっ! あぁっ、う、ぁあああっ!!」
「く、うっ……出…………っ!」
「ああっ、うあああっ……! ―――――――ぁ…………」
 ゲージ最大まで溜めた光波が、クレパスの最奥で放たれる。どくどくと脈打ちながら放たれたそれは量が多すぎたのか、結合部から次々に溢れ出てくる。
「………ん、ふふっ。よくもまぁ、出したものねぇ」
 そう言うと彼女は、腰を浮かして立ち上がった。



「で、感想はどうだったのよ。私? よかったわぁ」
「…………」
 ひどく、後悔。僕の聖剣エクスカリパーに無言の非難を送る。返事が返ってくるわけも無く、事後の虚しさだけが僕を包む。
「さて、それじゃ食事タイムね」
「え? 本当に食べちゃうの?」
「当たり前じゃない。最初に言ったわよ、ちゃんと。久しぶりのエサを目の前にして、ただでさえお預けを食らってるというのに、そんな状態であ~んなことをしてあげたんだから。文句はないわよねぇ?」
「大ありだ」
 たとえ僕が受け入れていたとしても、強制されたことは事実なんだ。むざむざ死ぬわけにも行かない。……死にたくない、その気持ちが強まるにつれて、僕の体が輝き始める。
「うぉぉおおぉお!!」
「な、なんなのっ!? ……まさか、そんなことって……戦闘力が…10000…15000……30000……! ば、馬鹿な! まだ上がっている!?」
 ボフン、彼女のスカウターが爆発する。それもその筈だ。今の僕は聖剣エクスカリパーの力を借りて非常にパワーアップした状態だからだ。吸血鬼だろうがなんだろうが、負ける気がしない。
「もう終わりだ。既に貴様の負けは決定している。……せめてもの情けだ、塵も残さず消し飛ばしてやろう」
 どかーん
「やった! 勝った!!」








 ちゅん……ちゅちゅん……
 早朝、太陽が昇り始めるその時。眠り静まっていた草木は呼吸を始め、風は冷たい空気を運ぶ。徐々に上へと昇る太陽の日差しが、木々の葉から差し込む。
 地面に横たわる一人の少年。その顔は安らかな表情で満ちており、一目見るだけでは死んでいるようには見えない。……そう、少年は横たわりながら死んでいた。楽しい、楽しい夢を見ながら――。



 完

       

表紙

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Neetsha