Neetel Inside 文芸新都
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要するに短い話なんだよ
イケメンになれる薬

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イケメンになれる薬


「ちょいとそこのお兄さん。そうそう、アンタだよアンタ」
 ただでさえ今朝は知らない男に“不細工”だと罵られ、気が立っているというのに。追い討ちをかけられたようにパチンコで有り金全部をスってしまい、人の波に乗りながらこのやるせない気持ちを紛らわせていた時、不意に声をかけられた。
 最初は気のせいだと思ったけど日の当たらない路地裏の方に視線を向けてみれば、そこにはこの季節に似つかわしくない、頭から足の先までローブに身を包んだ女性が立っていた。見ればその女性は俺に向かって手招きをしており。
 今日一日、ニートである俺は何の予定も入ってなかったんで、暇つぶしにでもなればいいかと、そんな軽い気持ちで招かれるままに路地裏へ身を投じた。
「ついてきた俺が言うのもナンですけど、なんか俺に用事でもあるんすか?」
「いえね、お兄さん、とっても“不細工”じゃあないですか。見た瞬間、私自身が悲しくなってしまうくらいに、そりゃあもう」
「……帰る」
 まさか見ず知らずの人間から、いきなり“事実”を面と向かって言われるとは思わず、俺は憤慨して陽の当たる歩道へと戻ろうとする。と、後一歩で日向に出るというところで後ろからTシャツを引っ張られる。持ち前の三白眼で後ろを睨みつけると、案の定見ているだけでも暑くなる格好をした女性が、俺のTシャツを掴んでいた。
「離してください。俺ぁ帰ります。もうちょっとデリバリーというものを知ってから人に話しかけてくださいよね」
「それを言うならデリカシーじゃないですかね、“お客さん”ー」
「……人の揚げ足を取らないでください。というか、なんすか“お客さん”って」
「あなたこそ、人の話は最後まで聞くべきだと思いますよお。ふっふっふ」
 俺も人のことを言えた口ではないが、この女性は非常に性根が腐っている。ここまで人にコケにされたのは初めてだ。
 なんだかこのまま帰るほうが癪に思えてきて、俺は女性の言う“最後まで”を聞こうと、後ろに向き直る。そんな俺を見て満足したのか、女性は手招きをしながらゆるゆると路地裏の奥へ進んでいった。
 しばらく生暖かい空気が流れる路地裏を歩いていると、曲がり角の向こう、そこに煌びやかなネオンが過剰に飾られている小さな店が見えた。どうやら女性の行き先はそこだったようで。俺は怪訝な表情で店をもう一回見ると、ここまで来たら、という気持ちで扉を開けた。
「さあさあ、ここに来てもらったのは他でもない、あなたの“不細工”についてでございます」
「……帰る」
「まあまあまあまあ、とりあえずそこに椅子があるので座ってくださいな。……はい、今お茶をお入れしますんでね」
 筆舌にし難い、醜悪なモンスターの口を象った椅子に座らされる。女性はお茶を入れると言って、カウンターの向こうへ姿を消してしまった。
 ……なんで俺はこんな所に来てしまったのか。周りを見れば、いつ何時サバトが始まってもおかしくないような代物がこれでもかと“商品”として並べられている。大きな張り紙に“山羊の頭お売りします!”と、これまた大きな文字で書かれている辺り、真っ当な店じゃないことは確かだ。
 いつまで待たせるつもりなんだと、俺は手元にあった藁人形を手に取ってみる。……“注意! 体の一部が藁人形に付着するため、触る時は手袋で!”。
 見なかったことにして元の場所に置いた。
「いやいや、すみません、お待たせしました」
「待たせすぎですよ」
「まあまあまあ、とりあえずこれを見てくださいな。話はそれからですよ」
 黒猫を模したトレイにティーカップを乗せて戻ってきた女性が、もう片方の手に持っていた小瓶を俺に渡してくる。……見た感じは女性用の香水なんだけど、中に入っている液体がおかしい。熱くないのに、ヘドロ色の液体が沸騰しているように泡立っている。見たところでわかりゃしない。
「これが一体なんなんですか。まさか、こんな得たいの知れない物を見せるためだけに、俺を不細工と罵りながらここまで連れてきたなんて言うんじゃないでしょうね」
「ところがどっこい、その通りなんですよ“お客さん”!」
「……帰る」
 今度こそ堪忍袋の緒が切れたと、俺は悪趣味ないすから立ち上がり、店を後にしようと出入り口に向かう。……と、背後で慌てるように女性が畳み掛けてきた。
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいよ。実はこの液体、イケメンになれる薬なんですよ!」
「はあ?」
 あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて、扉の取っ手を回そうとしていた手共々、俺は脱力してしまう。頭を抑えながら振り向けば、キラキラとしたトーンを貼りたくなってしまうくらいに満面の笑み――女性の顔は口元しか見れないが――を浮かべた女性が立っていた。正面に出された掌の上には、さっきの小瓶が置かれている。
 ……ああ、なるほど。これは何かの勧誘なのだろう。この店を見る限りじゃ何かの新興宗教か。もしくはアレな業者か。どちらにせよ関わればろくなことにはなるまい。と、俺は肩をすくめて捨て台詞を吐く。
「まさかこのご時世、そんな魔法じみたもので“勧誘”してくる業者がいようとは思いませんでしたよ。ギャグとしては秀逸だったけど、こんどからは手法を変えて誘うべきだと――」
「じゃあじゃあ、一口でいいから飲んでみてください! それで何も起こらなければ、帰ってくださって結構ですよ」
「……ううむ。わかりました、一口だけですよ。毒とか入ってませんよね?」
「えぇえぇ、大丈夫です、ちょいと見てくれは悪いですが、味には気を使ったつもりです」
 このまま強引に帰るよりは、この女性の言うとおりにしたほうがスムーズに事が運ぶだろうと、俺は女性から小瓶を受け取る。……見れば見るほど飲む気の失せるヘドロ色が、まるで俺の口に入ることを喜んでいるかのように、ゴポゴポと粘着質の泡を浮かべている。
 ……ええい、南無三。
 ごくごくと喉を鳴らす――程ではなく、ほんの一口。大さじ一杯もあればいいほどの液体を一気に飲み込む。女性の言っていた通り、見た目に反して味のほうはまんまハチミツといった具合に甘かった。むしろハチミツで味を誤魔化しているのではないのかと逆に勘繰ってしまう。
「はい、これでいいでしょう。俺はもう帰らせて頂きますよ」
「……それは構いませんが、どうでしょう、少し休んでいかれては? 足元が覚束ないようですが」
「え? ……ああ、本当、だ」
 女性の言葉を聞いて、それに返事をして、それを最後に、俺は気を失った。



「うーん、ん」
 くらくらする頭を抑えて、いつの間にか寝ていたらしい体を起こす。……ここはどこだ?
 なにやらスプラッターな絵柄が刺繍されているソファで、俺は寝ていた。周りを見渡せば、見覚えの無い場所。どこをどうかんがえても、俺の家じゃあない。
「おや、目が覚めましたか」
「え? ……あんたは」
 頭から足の先まで、全身をローブで覆った女性。この季節に似つかわしくない――と、そこで思い出す。
「そう、そうだよ! いったいあの変な液体は何なんだ、飲んだら急に眠くなって」
「まあまあ、細かいことは気にせずに、はい、鏡」
 と、俺が怒っているのをお構い無しに、女性が目の前に手鏡を出す。なんだと思って自分がうつっているだろう鏡を見れば、そこには知らない顔がうつっていた。いや、見覚えがあるようなないような。…・・・いや、やっぱり知らない顔だ。
 ひどく混乱してしまい、俺は自分の顔を触る。鏡に映ったその男も、同じように動く。わけがわからないといった風に、俺は女性を見つめた。
「だから言ったじゃありませんか。イケメンになれる薬だって。ね、正しかったでしょう?」
「……これ、ほんとに俺なのか」
 もう一度鏡を見る。鏡をコツコツと叩いてみても、普通の鏡だ、なんの仕掛けも無い。そこにあるのは、一人のイケメン。女性はこれを俺だというのだから、そう、それはつまり。
「本当だったのか……」
「ええ。別にこれをだしにお金を取るなんてことはしませんよ。どうぞ、帰りたいのならば帰ってもいいですよ」
「あ、ああ……」
 信じられない。まだ信じられない。
 店の外に出ると、外はすっかり陽が落ちてしまっていた。店の周りはネオンの所為で明るいが、奥を見れば何の光も無く、成人している俺ですらちょっとした恐怖を感じてしまう。……ただそれよりも、俺はすぐに確認したかった。少し早めに足を動かしながら、俺は全身が映る場所を探す。
 歩道に出る。俺が知っている、いつも歩いている場所。確かこの通りに銀行があって、そこは大きなガラス張りだったはず。夢でも見たんじゃないのかと、早く確かめたくて、俺は駆け足で向かった。
「――ほ、本当にイケメンになってる」
 夜中なのだろう、人の通りが少ないこの場所で、俺は一人ガラスに向かって驚いていた。ご丁寧にもセンスの悪い私服から、この顔にこそ似合うであろう高そうな服に変わっている。……いや、それはもしやあの女性が着替えさせたということなのだろうか。それは少し恥ずかしい。
 なんにせよ、夢ではなかった。まだ頭のどこかで信じ切れていないが、しかし、目の前にうつる自分の姿を見て、無理矢理納得させる。
 そんな時だった、コツコツという靴音が背後から聞こえ、振り向けば綺麗な女の人が二人、煙草を吸いながら俺のことを見ていた。……な、なんだろうか。
「……へー、しけた街だと思ってたけど、中々イケてる子もいるんだー」
「え、いや……」
「お姉ちゃん、なんかこの子の反応可愛いんだけど。ねぇねぇ、お姉さん達と一緒に遊ばない?」
 普段、女の子とは話さない――あの店の女性は顔を隠していたのか、気にならなかった――ため、お姉ちゃんと言うからには妹なのだろう、その子が俺に言い寄ってくるのだが、反応に困ってしまう。
 ガラスに映った自分を見る限り、そこそこ遊んでいそうな姿格好をしていた。俺の嫌いな部類であると同時に、羨ましい種類の人間。だからだろう、女の子たちは俺がたじろいでいるのを見て、くすくすと笑っている。
「やだ、なんでそんなうぶな反応するのー?」
「当てが外れたっちゃ外れたけど、これもこれで面白そうじゃない。それじゃ、行きましょう? こんな時間にそんな格好で歩いてたってことは、それなりに期待もしてたんでしょ?」
「あ、いや」
 これがイケメンの持つ力とでも言うのか。昨日までの俺なら、この時間にうろついているだけで警察に職務質問されてしまう。けど、今の俺なら……。
 そう、今の俺は昨日までの俺じゃない。今まで叶わなかったことも、今なら。そんな大きな自信と期待を胸に、女の子二人を両脇に、俺は未だ眠らない町に向かった。



 あの店に行ってから三日三晩、俺は文字通り眠らずに遊び呆けていた。家にも帰らずに、勝手に泊めてくれるという女の子を相手にして。
 四度目の朝日が昇る頃、俺はベッドの隣で眠る女の子を残して、街に繰り出した。外に出ればサラリーマンが忙しそうに出勤している姿が目立つ。今まで吸わなかった煙草をふかしながら、俺はそんな朝の町を歩いていた。
 そんな時、見覚えのあるパチンコ屋が目に留まった。いつまでだったかの俺なら、イベントがあると喜んで朝から並んでいた店だ。今の俺はそんなギャンブルに必死にならなくとも、女の子が勝手に金を出してくれる。ヒモと言えば聞こえは悪いが、あまり悪い生活じゃあない。
 眠気で重く垂れる瞼と戦いながら、そのパチンコ屋の隣を過ぎ去ろうという時、前から思い出したくない顔をした男が歩いてきた。……そう、見れば見るほど変わる前の俺に瓜二つ、この道を歩いていることといい、まるで以前の俺。そんな男が、見るからに挙動不審な動きでパチンコ屋の前に連なる列に並ぼうとしていた。……眠気と戦いながら、俺はたまらなくイライラして、その男を呼び止めた。
「おい、お前」
「……え? なんですか?」
「お前、ほんっとに不細工だな。そんな顔でよく外に出られると思うよ」
 ふーっ、と煙草の煙を吹きかけて、盛大に笑ってみせる。プルプルと震えながら、何かを言いたそうにしている男。それに対してまた笑ってやろうとした時、俺は不意に急激な眠気に襲われる。外の音が聞こえなくなるくらいにくらくらと、まるで脳自体が頭蓋骨の中で暴れているかのように、前後不能になってしまい、俺は地面に座り込んでしまう。
「な、なんだ……眠く……」
 そりゃあ三日も遊んでいれば眠くもなるだろうと、俺は勝手に納得してしまい。……意識が途切れた。



 目の前で寝てしまった男を見て、対する男が変な物を見るような目で地面に頬を擦り付けている男を見下ろす。“なんなんだよ”と一言残し、男は本来の目的であるパチンコ屋の列に並びに行った。
 そうして男が地面にほったらかしにされること十分ほど。建物と建物の間から、一人の人間が顔を出した。頭から足の先まで灰色のローブに身を包んだ人間。その人間が、頭を覆うフードを剥ぎ取った。下にあったのはこの世のものとは思えないほどの綺麗な面持ちをした女性で。
 その女性が“よし”と一言漏らすと、まるでたった今見つけたかのように、慌てて地面に突っ伏している男の下へ駆け寄った。
「あっ、あの、大丈夫ですか!」
「……ううん」
「よかった、目が覚めたみたいですね」
「え、あ、あれ? なんで俺こんなとこで寝てんだ。……つぁー、頭いてえ。なんだ、昨日飲みすぎたかな」
「大丈夫ですか? その、どこか調子の悪いところは?」
「そりゃあ大丈夫だけど、おや、すっげぇ美人ちゃんじゃん。どう、よかったら今から俺と遊ばない?」
「ええ、いいですよお。それじゃあ、私、行きたいところがあるから、ついてきてくださいな」
 そう言って、女性は建物と建物の間、陽の当たらない路地裏に身を投じると、男を手招きする。
(あの不細工さんには悪いですが、もう少し魂を削らせてもらいましょう。まあ、一番気の毒なのは、一時的な不細工さんの入れ物になっちゃうこの人なんですけどね)
 路地裏に魔女が一人。自らの美貌のためにと人の魂を削っては、自らの肌に塗りたくっているとかなんとか。
 今日も一人の不細工と一人のイケメンが、一人の魔女によって路地裏に誘いこまれてゆく。

       

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