Neetel Inside 文芸新都
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要するに短い話なんだよ
モンスターハンター外伝:闇の料理人・第二話

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「うぼぅうぇええ」

 口に入れた物体の所為か、脊髄反射のレベルで胃の中の物を吐き出す。
 心の内まで晴れ晴れしそうな晴天、吹き抜ける風に合わせて揺れる草花、どこまでも広がる草原……そんな全てに於いて清らかな場所で、一人の男が汚物を盛大に撒き散らしていた。

「く、くっくっく、まさかこの俺の胃に収まらない食物が存在していようとは……うぶ」

 一体どこをどう間違えて食べようと思ったのだろうか、彼が食べたものは飛竜のフン…その名の通り、何の捻りも無い飛竜の排出物である。それをご丁寧に料理していたというのだから、見ている者が驚きを通り越して呆れてしまうのも無理はない。

「あの、貴方がその、闇の料理人さん……ですわよ、ね?」

 そう、初対面の人物に闇の料理人? なんて疑われても仕方がないのだ。まさか、とてつもない料理の腕を持つ者がフンを自ら食べて吐いていようとは夢にも思わないだろう。

「あぁん? 確かにうっぷ、俺がその闇の料理人とやらだが……何か用う、ま、待った、第二波が、波が、うぶぅええええ」
「ひっ――――あ、いやぁぁぁぁ!」

 対して当の本人、闇の料理人はと言うと……初対面の人物に遠慮なく汚物をお見舞いしていたのであった。



第二話「闇の料理人?」



 場所は移動して、ミナガルデの酒場内。
 昼間だというのに中は人で満ち溢れ、酒を飲み合っている。……というのも、飲んだくれが昼間からアル中よろしくやっているわけではなく、ハンター達がクエストを無事終了させ祝杯を挙げているのだ。
 そんな騒がしい空間の一角で、見るからに気まずい雰囲気を漂わせている二人がいた。

「それでだな、そろそろ何の用か教えてくれる気にはなったのか?」
「……ふんっ」

 片方は言わずと知れた闇の料理人。先程からハンターたちから声をかけられるのを適当にあしらっているが、その口調は明らかに不機嫌。「おいおい、犯罪はだめだぜ? 闇の料理人さんよう」、「アンタが女の子を連れているなんてな……明日は雪でも降るんかね!」と、そんなことを言われれば機嫌が悪くなるというものだがそれとはまた違う……そう、もう片方のこれまた先程から機嫌がよろしくない少女が原因らしい。
 その少女が不機嫌な理由は、冒頭の出来事があっての事だというのは言わずとも。

「俺だって暇じゃあねぇんだぜお嬢ちゃん。用がねぇなら、何も言わなくていいからこのままお家に帰ってくれや」
「……私、家が無いんです」
「へあ?」

 さっきから強気な態度をとっていた少女が急にしおらしくなる。その不意打ちに驚いたのか、間抜けな声を出してしまう闇の料理人。

「ごほん。家が無いってのはどういうことだ。見れば立派なお召し物も着ていることだし、相当の名家と踏んでいたのだがな」
「それが貴方にある用ですわ。その、私の家を取り戻してくださりませんか?」
「ぶふぅ!」

 これにはさすがの闇の料理人もビックリだ。しおらしい態度から強気な態度への転換の速さにもビックリだ。

「お、お嬢さんよう、さっきから話が見えないのだが、取り戻せってのは一体全体どういう」
「私の家は代々レストランをやっていますの」

 もはや誰にも止められまい。なんせ、誰の目で見ても分かる人助けフラグが立ってしまったのだから。
 それを理解した、してしまった闇の料理人は仕方なく話に耳を傾ける。

「先日、店の看板をもらいに来たという無礼な方が店にやってきて、料理勝負をすると勝手に言い出したんですの。最初はお父様も、あ、もちろん私のお父様がオーナー兼シェフをやっておりますのよ?」
「ほう」

 そんなことはどうでもいいという考え丸出しの返事である。

「こほん。それで最初はお父様も勝負を断っていたのですが、ある中傷に激怒してしまい、結局勝負をしましたの」
「結果はどうなった」
「……負けましたわ。最初にしていた約束通り、お父様は店を明け渡し、路頭をさまよう羽目に……うぅ」

 つーっと、少女の頬に涙が流れる。これにゃ闇の料理人もビックリを通り越して慌ててしまう。何か拭くものをと探したが、生憎自分はそんな気の利いたものを持っていないと思い出す。

「ボソボソ(わっ、闇の料理人が女の子を泣かせてやがる)」
「ぼそり(鬼畜やな、あれは)」
「ボソボソ「だから言ったんだ、ありゃ犯罪だってな)」

 言いたい放題なハンター達である。
 だが、むさくるしい――女性のハンターもいるが――この酒場で女の子が居ること自体珍しいというのに、それと相席しているのが闇の料理人と来たら、これはもう犯罪の臭いしかしないのも頷ける。

「ちっ、どいつもこいつもよう、俺だって好きで評判落としているわけじゃあ……」
「わぁぁぁん」

 とうとう本泣きに突入した少女。闇の料理人も半ば投げやりで、慌ててこう言った。

「わ、わかったわかった! 家を取り戻すために俺に料理対決しろってぇんだろ! 畜生! これだから女子供はよう!」
「ありがとうございますわ。もし成功したら、それ相応の報酬はお父様から出るかと思われますわ。……それでは早速行きましょう」

 嘘泣きか、嘘泣きなのか。闇の料理人は何とも言葉にし難い悔しさを胸に押し込めながら、早々と歩き出す少女についてゆくしかなかった。

「これだから女子供は……」





 狩人都市ミナガルデ。ハンター達の為にあるといっても過言ではないこの街には、料理店が無数に存在している。ハンター達は皆大喰らいであり、それだけ料理店というのは需要があるのだ。
 そして中でも無数に存在する料理店が密集している道、通称グラトニウズ・ストリート。その名の通り大食漢達が集う道でもあるそこには、数ある料理店の中でもレベルの高い店が多く建っている。
 その道に、またしても気まずい雰囲気を漂わせた二人が歩いていた。

「ところで名前を聞いていなかったな、なんて言うんだ」
「名前を知りたければまず自分から、ですわ」

 先程の涙はやはり嘘だったのか、いや、そうに違いない。闇の料理人がそう確信に到るまでに、少女の態度は腹立たしい。……しかし、投げやりな言い方とはいえ“やる”と言ってしまったからには突き放した態度は相手に悪いだろう。そう思いコミュニケーションの第一歩を踏み出そうとした時点でこれだ、先が思いやられる。……それでも答えるのが漢、闇の料理人だが。

「俺か、ならば言わねばなるまい。。――ある者は俺をハンターと呼び、またある者は俺を料理人と呼ぶ。そしてまたある者は、この俺を“闇の料理人”と呼ぶッ!」
「――そのまんまじゃありませんの。私は名前を聞いたんですわよ?」

 この切り替えしは想定していなかった。そう言いたげな闇の料理人のリアクションに、少女が笑いをこぼす。

「ふふっ、仕方がありませんわね。私はクリスティーヌ・フランベルジュ。クリスでよろしくてよ、“闇の料理人”さん」
「クリスか。……早速で悪いんだがクリスさんよ、その親父さんを負かしたってのはどんな奴なんだ?」
「……思い出すのも汚らわしいですわ。言うなれば、そう、正しく闇の料理人という表現が一番合いますわね」

 闇の料理人はムッと気に入らない表情になる。料理人をやっていれば自然と耳に入る言葉がある。それが“闇料理会”、世界の実権を料理で握ろうとする輩が集まった組織だ。
 どこがどう闇なのか、それはとてもじゃないが口に出せるようなことではない。……いずれにしろ、後に見るだろうが。

「どうやら退屈はしそうにない相手らしいな……くっくっく、存分に腕を振るえそうだぜぇ」
「変にみなぎっているところへ申し訳ないですが、着きましたわよ」

 ――ドーン。デーン。スババギューン。

 思わず脳内で凄まじい擬音を再生してしまう程までに、あぁ、そう、ここは豪邸だ。レストランどころか、社交パーティーなんて洒落たことも催せるんじゃないのですかね、なんて見ているものすらも洒落た思考にさせてしまうくらいの威力。
 恐るべしはその広さ、煌びやかさ、なんと言ってもこの豪邸レストランで住んでいたというクリス。……少しでもクリスの言うことに偽りがあると思ってしまった事を、闇の料理人は恥じた。

「どうかしましたの? ……今じゃ憎きあの男の所有物ですけど、それでも私の家だったことに変わりはありませんわ。堂々と行きますわよ」
「正に我が道を行くタイプだな。そりゃあお嬢様にお似合い――――くっ、あぶねぇ!」
「――きゃっ!?」

 突然クリスを突き飛ばす闇の料理人。……後ろを見ると、そこには毒々しい青色を身に纏った生物、ランポスが地面に爪を突き立てていた。

「おいおい、ここは街ん中だぜぇ? なんでランポスがこんな所に――」
「――ペットのラン丸ですわ」

 静止する時間。

「…………はっ! 待て、それは無理があるんじゃねぇか? 百歩譲って街中にランポスが居ることを肯定するとしよう、そんでも、主人を襲うペットがどこの世界にいるってぇんだ!」
「いやですわ、これはスキンシップ……ペットとのふれあいと言うものでして」
「だぁーから、あぶねぇっつーのぉ!!」

 明らかにクリスの頚動脈を狙う爪が、間一髪で避けられる。全く以って、主人の頚動脈を狙うとはペットの風上にも置けない奴である。

「くそ、これじゃ無闇に入ることも出来な…………む。一つ聞いておくが、そのペットとやらは何匹居るんだ」

 闇の料理人は目を疑う。確かにさっきまでは一匹だったはずなのに、目の前にはランポスが2匹。これはおかしい。

「ラン丸とラン坊とラン子とラン吉とラン太郎、ラン次郎ラン三郎ラン四郎ラン――」
「っだぁぁあ! もういい、突っ切るぞ!!」
「え、ひゃあ! ちょっと、何をしますの!? さっきから言っているようにこの子達は無害ですと」
「ごーちゃごちゃうるぜぇ! 無害な奴が急所に凶器を突き立てようとするのかぁ!!」

 二匹から三匹、三匹から四匹……ペットだと言い張るものを殺すわけにもいかず、仕方がなく闇の料理人はクリスを肩に抱き上げると一目散に屋敷の入り口へと走り始めた。
 闇の料理人は振り向かない。振り向いた場合、この不条理な展開を認めてしまうと確信しているからだ。故に、全力で駆けるッ!

「だっしゃー!!」

 助走のエネルギーを十二分に加えたドロップキックが扉に炸裂する。結果、気持ちいいと思えるくらいの破壊音と共に、勢いよく扉が開かれる。
 ラン丸その他大勢は屋敷の中には入れないのか、これ以上追いかけてくることは無さそうだ。

「……く、くっくっく、俺は料理をしに来たんだぜぇ」
「そんなこと、百も承知ですわ。わかっているのならば、こんな所で足踏みをしている場合ではありませんわよ」
「お前が言うな!」





 ここミナガルデで、どのようにすれば身分を高くできるか。……一つはハンター。何年もつらいクエストをこなす事により、その位は徐々に上がってゆく。行く行くは宮殿に仕える者も出てくるだろう。その場合は既にハンターという職業の範疇に収まりきらず、俗に言う政治家紛いの仕事も与えられるようになる。
 二つ目は、どれだけ街に貢献したか。手段は選ばず、どの様な形でもいいので貢献すればいいのだ。それが降り積もり、ある一定の基準に達すると位が与えられる。その者達にはお偉いさんが所有する土地を与えられ、自由に使うことが出来る。……つまり、土地が与えられるまでの地位を持っている者は自然と金も持っているため、俗に言う豪邸を建てたり、新たな店を創設したりとするのだ。
 この、クリスティーヌ・フランベルジュの住む家はその二つを巧く合わせた物で、豪邸としての迎賓性能を併せつつ料理店としても機能しているのだ。

「よくもまぁ、こんなにも金が有り余っているねぇ……俺ならばもっとこう、有意義に使うってぇもんだが」

 所々に豪華な装飾が施されている廊下。そこに見るからに場違いな男が一人と、その空気と完全に馴染んでいる少女が一人。

「この家も十分有意義でございましてよ? 少なくとも、この家に来られた方々は皆笑顔で帰られていきますもの」
「ほう……ま、知ったこっちゃないがな。ところで、いつになったら着くんだ? いつになったらと言うより、どこへ向かっているかも検討がつかねぇぞ」

 それもその筈。二人は既に半刻ほど、この豪邸の中を歩いているからである。それも延々と真っ直ぐに歩いているというのだから、一体どれだけの広さになるのか。

「もうそろそろですわ。……ほら、見えてまいりましたわよ」
「む」

 何ともベストなタイミングで見えてくるものだ。闇の料理人はそう思いながらも目を凝らすと、確かに、確かに前方3km先辺りにひらけた場所があると辛うじて認識できる。
 いや、え、もうすぐなのか? そもそもなんでこんなに広いんだ? 3kmとか、さっきまでもっと歩いていた気がするぞ。さすがに広すぎるというか、不自然なのではないのか? ……闇の料理人の疑問は尽きない。

「……えぇい、面倒だ。走るぞ嬢ちゃん!」

 返事を聞く間も無しに、闇の料理人jはクリスの腰に手を回すと強引に抱えて走り出す。

「きゃっ――――一度ならず二度までもこのような無礼を働くなんて、どうかしてますわ!」
「聞く耳持たん!」

 この男、なんと足の速いことか。3kmほどあると言っていた目的地も、見ればもうあと僅か。……なんともご都合主義な廊下だ。

「ふっ、ゴールだぜ」

 ズサーッと、どこから出たのか土煙を巻き上げながら減速する闇の料理人。

「とんでもない人ですわね。全く、せっかくのドレスが台無しですわ」

 対して、どこから出たのかも分からない土煙でドレスを汚されるクリス。
 着いた場所は大広間。遥か高く位置する天井に特大のシャンデリアが飾られて、綺麗な曲線を描いた階段が二つ、二階へと伸びている。……と、その二階に位置するバルコニーに、一人の男が立っていた。

「あ、あの男! あの男がこの家を奪った張本人、倒して欲しい相手ですわ!」
「――やぁ、よく来たねクリスちゃん。……やっぱり考え直してくれたのかい?」

 クリスの言葉に対して返答する男。金髪のオールバックに貴族が着るようなフリル付の服……そこまではいいのだが、顔がいただけない。その、如何にも実家で農業やってました、今年も稲は豊作でした、やっぱりこの仕事が一番だべ、なんて言い出しそうな顔なのだ。
 確かに、この組み合わせはカオス、混沌。クリスの第一印象が“闇”というのも別の意味で頷けるというものだ。

「は、話が良く見えないのだが、その、“アレ”は笑っていいもの、なのか?」
「はぁ……存分に笑ってくださいまし。……何度も言わせないで欲しいですわね、ゴサクさん。私は貴方と結婚する気なんて、さらさら無いでありましてよ」
「結婚だとぉ?」

 闇の料理人は思う。もしや、料理勝負に自分が勝ってしまった場合、この縁談は無かったことになってしまうのではないかと。それは実に後味が悪い。しかし、どちらかと言えば自分は純愛主義者だ。片方が嫌がっている縁談など破棄して当然。――案外と闇の料理人は良い人だった。

「ははは、そのツンデレ具合が素晴らしいよクリスちゃぁん。是非、このいつも持ち歩いている秘蔵のメイド服を着て欲しいッ!」

 バッ、と某4次元ポケットばりに素早く取り出されたそれは、まさしくメイド服。白と黒のモノトーンで構成された、ゴシックロリータに近いものだ。……所々に変な染みが付いているのはこの際、突っ込まないであげて欲しい。

「そもそもメイド服を着るということ自体が間違っていますわ。高貴な私が、どこを間違って仕える者の服を」
「――――よし、話はあまり理解はしていないが、考えはまとまったぜぇ。そこのフュージョンに失敗したような男! この俺と料理勝負をしろッ!」

 スババァーンと意味も無く闇の料理人のバックにわけのわからん映像が――多分雷の類だろう――演出される。

「お前、誰だよ。僕はねぇ、今クリスちゃんと愛の語らいをしているんだよぉ? 野暮な真似はしないで欲しい……なッ!」

 その動き、正に神速。貴族ジャケットの内ポケットから目にも留まらぬ速さでアイスピックを闇の料理人に投げるゴサク。目にも留まらないはずなのに誰もがもう駄目だと思った……が。
 闇の料理人の1m先の、そう、何も無い空間でアイスピックは弾き返されてしまった。ゴサクだけではなく、クリスでさえも驚愕の表情を隠せないでいる。

「ふん、この程度か。随分とまぁお粗末な攻撃だなぁ、えぇ? 田吾作さんよぉ?」
「な、く、僕の不意打ちが……それに、僕を田吾作と呼ぶなァー!!」

 たごさく 【田吾作/田五作】<農民や田舎者を軽蔑していう語。(エキサイト国語辞書より)

「おぉ、すまねぇすまねぇ。お前を田吾作だなんて呼んだら、それこそ農家の人に失礼だよなぁ? がっはっはっは!」
「もう許さないぞ……クリスちゃんとの結婚は後回しだ……先に、お前を血祭りに挙げてやるゥ!!」

 既に彼の脳内では結婚直前にまで進んでいたのか。何とも気の早い。
 当の本人であるクリスはどうしているかというと、未だアイスピックを弾き返した正体は何なのかと、頭を悩ませているのであった。

「お膳立てはこれくらいだなぁ。そんじゃ、料理対決に相応しい場所へと赴こうじゃないか……くっくっく」





「うォォォ! 血が滾り、肉が躍り、そして舌が脈動するゥ! やって来たよ皆の衆! 第324回料理対決がァ!! ……司会は僕、ボブソォンがいつも通りやらせてもらうよォー!」

 ドンドルマ大闘技場。今宵もこの場所は、活気と熱気で満ち溢れている! 客が期待するのは料理、それもただの料理じゃない。観客を目で、耳で、鼻で、楽しませてくれることを望んでいるのだ。
 ――それが料理対決。個々の料理人が持ち得る全てを出し切り、この場にいる全員を満足させようと死力を用いて、料理(や)る……そう、正に魂の真剣勝負。

「今日も闘技場は熱い、熱い。そんな皆に朗報だ! 今日はなんと、闇の料理人が来ているYO!」
「「「オオオオオォォォオオォオォ!!!」」」

 個人に対して最大限の喝采で応える観客。
 闇の料理人……詳しい素性は誰一人と知らず、たまに闘技場に現れては次々と見たこともない料理を作り、闘技場を沸かせる。その腕は確かなもので、人のソレを逸した離れ業を毎回やってのけるのだから、否応無しに期待してしまうというものだ。

「すぐにでも勝負を始めたいところだけど、ちょっと待ったァ、いつものお約束……審査員のご登場だァー! 今回は審査員きっての頼みということで、特別に二人で来てもらったァ! …………ん? あ、すみませんチーフ、これはこのまま読んででいいんっすかね? え、あぁ、はい。ういっす。…………んんううぅぅううう師匠と、弟子ィーッ!!」

 ぶわっと、正面入り口から霧が立ち込める。観客は今か今かと審査員が出てくるのを待ち受けていた。色々と突っ込みたい衝動を抑えながら。
 ……しかし、出てこない。いつもならここで社交辞令とも言える歓声が闘技場に響くのだが、いくら待っても一向に出てくる気配が無い。……いや、気配はあった。

「ふ…ふ……ん」
「こ、これはどうしたことでしょうかァ! 審査員が出て来なァーい! ……んん? これは、なんだかいい匂いが……」

 何かの肉を焼いているような、香ばしい匂い。匂いにつられて、審査員であろう声も聞こえてくる。

「ふんふふん・ふ・ふ・ふ・ふんふふん・ふ・ふ・ふ・ふふふん・ふふふん・ふふふん・ふふふん・ふんふんふんふんこらせっさぁーっ!!!」
「師匠ぉー! 今回の肉焼きも素晴らしいです! あまりの素晴らしさに肉が天高くへとすっぽ抜けてしまったことも忘れさせてくれるくらいっすよぉーーーー!!」
「ぬぁにーーー!? ――はっ、肉うううううう!!」
「……あのー、肉なんか焼いてないでこっちに来てくださァい。……ねぇ、来てくださいって。……来いって。…………さっさとこっち来て紹介させェてくださいYOOOOO!!」

 闘技場の騒ぎならぬ、司会者の騒ぎようにようやく気付いたのか、まるで何もわかっていないような顔、それでいて根拠の無い自身が満ち溢れた顔をして現れたのが、今回の審査員。一に師匠、二に弟子。

「おや、そのような事を聞いておったか弟子よ。我等がジャッジメェントなのか?」
「おっす! そうじゃなきゃわたくしめ、こんなとこにいないで大自然の最中で肉を焼いているでござるよ!!」
「そうだな弟子よ! 肉は良いものだ!! 対して、肉はとても良いものじゃあ!!」
「どっちも肉っす師匠ぉーーーー!! でも同感です!!」

 あまりのマシンガントーク。あまりの濃さ。どれくらい突拍子がないかと言うと、今まで一度も欠かしたことの無い審査員に対しての歓声を観客自身が忘れてしまうくらいに突拍子がない。

「元気のいい審査員さんでし、た。……それじゃあ、やってまいりました……料理対決ですYO……」

 司会者。それはイベントを進行させる上で必要不可欠な存在。場の台詞の9割を喋る勢いでなければいけないのに、言わば今、その存在意義が失われているのだ。……すべての生きる希望を失ったような声を出しているのも頷ける。

「ちぇけらぅ」

 それにしても、やる気の無い掛け声である。

「……ふ、こんなことで挫けるようじゃ司会者失格だよな。だよな。――――いよォーッし!! 転んでも泣かない、ボブソンが改めて司会をy」
「ふぉおおおお!! なんと見事の食材の山じゃ!! 見ろ弟子よ、世は正に大海賊時代じゃーーー!!」
「素晴らしいです師匠! 涙がゴミも入っていないのにナイアガラっす!!」
「…………そォれでは青コーナァー、我らが持ち望む絶対唯一ゥ!」

 審査員を無視するという、司会者にあるまじき行為。しかし、そうしなければならないのも事実。一人汚れ役を引き受けるボブソンに、漢を見た。

「闇の、料理人だァーッ!」
「「「ウォオォオおお、お、おぉ?」」」

  同時に登場する闇の料理人。いつも通り凄まじい歓声で迎えられ……なかった。観客の視線を集めているのは、その傍らにいる一人の少女。名はクリスティーヌ・フランベルジュ。その年齢、実に14歳! 犯罪と言われるのも頷ける。観客が素直に歓声を送れないのも頷ける。

「はぁ、やぁってらんねぇ」

 額に手を当てながらやれやれと首を振るのは闇の料理人。半ば全てを諦めているようだが、この大勢の観客に犯罪っぽいということを肯定されるのは、中々に堪えたらしい。
 クリスの方はまるでどこ吹く風というように、一人闘技場の中心へと我が物顔で歩いてゆく。

「I・YA・HA・YA、突然のことに僕もビックリしたけど、やっぱりこの男、闇の料理人! 僕達の想像できないことを平気でやってのけるゥ! ……そして、その闇の料理人に対する者は、む、これは、なんとォ! こちらも“闇の料理人”だァーッ!! 赤コーナァー、闇の料理人、ゴサク・カラドボルグ!」
「「「うぉぉぉおおおおぉおおおお!!」」」

 本日初となるまともな歓声を浴びて登場するのは、ゴサク。屋敷内に居た時のようにふざけた格好はしておらず、全身を黒い装備で統一している。そして、そのはだけた胸には――。

「あの刺青、やはり間違いねぇな。……あの野郎、正真正銘の“闇の料理人”だ」

 闇の料理人がまるで汚らしいものを見るような目で、その刺青を見る。
 黒龍、ミラボレアス。飛竜とは根本から異なる生態系であり、また、知能も飛竜のそれとは比較にならないほどだ。その四足で地面を踏みしめるその漆黒の体はあらゆるものを弾き返し、爪はあらゆるものを紙のように切り裂くという。
 その龍が胸に刺青として彫られている。それはあることを意味しており……。

「え、それはどういうことですの?」

 予想もしなかった突然の言葉に、クリスは疑問の言葉を投げかける。

「料理人となるからにゃ、一度は耳にする言葉がある。それが闇料理組織だ。奴らは世界が料理を中心に回っていると信じている。故に、料理を支配すれば世界を支配したも同義という、それがやつらの思想だ。そして組織に属するものは皆、決まって胸に刺青を彫っている……黒龍の姿をな」
「闇料理、組織……」

 ごくりと、生唾を飲み込むクリス。いつもは気が強いクリスが柄にもなく怖がっている様を見て、闇の料理人はにやにやしている。確かに、犯罪に近いものを感じる。

「話は聞かせてもらいましたYO! でもいい、言ってもいい? 僕はゴサークよりも闇の料理人のほうがよっぽどらしく見えるNE!!」
「な、なんだと! もう一度言ってみろヘボ司会者ぁ! この僕が、あんなむさっくるしい男に劣るとでも言うのか!?」

 ゴサクが物凄い剣幕でボブソンに食って掛かる。
 司会者はお前が一番むさっくるしいと言ってしまうのを寸前でこらえると、少し深く息を吸った。

「YAYAYA! 長らくお待たせしましたァー! 皆も段々痺れを切らしてきたことだろう。各々の思惑を内に秘めた役者は、今揃ったァ! いくぜェ、準備がまだとは言わせない! レディー、ファイッ!」





 闘技場の全員が勝負を見守っている中、観客席の中で熱気を放っていない席が一つ。皆が応援し、野次を飛ばしている中で一人、その男は見ていた。

「――――ゴサクの奴、このような大きな場所で醜態を晒してみろ……四天王であろうとも、消されるぞ」

 呟くように言うとこの喝采が入り乱れる場所から、掻き消えるかのようにその男は姿を消した。





「へぇ、君、闇の料理人って言われてるんだ?」

 初っ端から相手を挑発するような口調。ゴサクのそれに対し闇の料理人は我存ぜぬと言った風に、無視を決め込んでいる。

「くっ……ふ、ふふふ。君のような奴、組織じゃ見たことがないんだけどなぁ。ひょっとして下っ端? あっはっは、ごめんねぇ! 僕ってば“四天王”だからさぁ! 下っ端のことなんて目に入らないんだよねぇ」
「さっきからうだうだと、余裕だな。……それに、えぇ? 四天王だぁ? くっくっく、そんじゃあその四天王様とやらがこの俺に倒されるというわけだ。こいつぁお笑いだぜ」

 ギリッと歯軋りをするゴサク。なんだコイツは、本当に組織の人間なのか? 組織の人間ならば、四天王と聞いただけで恐れ戦くはず。なのにどうして! ……こうしてゴサクが考え込んでいる間に、闇の料理人は既に素材を手に握り締めていた。

「今回はこいつを使うか……くっくっく」
「おォーっと! 闇の料理人が素材を選び終わったようだァーッ! ……むむ、遠目では見えないので、ちょいと近くに」
「――来るんじゃねぇ! 怪我ァしてぇのかッ!」
「ひィ! す、すすすSU! MI! MA! SEN!」

 物凄い剣幕でボブソンに怒鳴りつけたかと思うと、慎重に素材に手を加え始める闇の料理人。怒鳴られたボブソンは腰が抜けたのか、地面にへたり込んでいる。
 対してゴサクのほうはいつの間にか、既に料理を開始していた。

「あっはっはっはー! この会場の無知な奴らはこんなむさい男程度の料理で喜んでいるみたいだけどさぁ、僕のほうが凄いってことを見せ付けてやるよぉ!」

 そんな事を言いながらおもむろに取り出したものは、赤い片手剣。――火竜、リオレウスから成る灼熱の剣、コロナ。触れるものあれば一瞬で焼き尽くし、その炎は刃があることを忘れさせるほどの物らしい。

「あ、あれは私の家に代々伝わる宝剣ではありませんの! あの男家を乗っ取るだけではなく、物まで……きぃぃい、許せませんわ! 闇の料理人、殺っておしまい!」
「殺るもなにも、これが料理対決ってこたぁ忘れないでくれよお嬢ちゃん」
「わかっていますわ。まったく、この場のノリというものを理解して欲しいですわね」

 そんなやりとりがゴサクヴィジョンだとバカップルが人前を気にせずにイチャイチャしているように映ったらしく、持っている剣をも凌駕するほどの獄炎を体にまとっている(※イメージ映像です)。

「許せない、あぁ、許せないよねぇ僕。……えぇい、見るがいいクリスちゃん! これこそが組織に古くから伝わる奥義、“飛翔する灼熱の肉塊《フライングホットミート》”だッ!」
((センスの欠片も感じない呼び名だぜ……)ですわ……)

 あまり好評とは言えない技の名前を叫ぶと、ゴサクは天に向かって肉の塊――8つの肉塊を放り投げた! 同時にゴサク自身も跳躍する。

「す、凄いぞこれはァー! このJUMP力、もはや人間業じゃなァーい!」

 肉塊を8m近く空へ放り投げた力もさることながら、その高さまで跳ぶとは。その姿を見て、司会者やクリスが唖然としている様を見れたからであろう、ゴサクは妙に満足した顔をしながらコロナを強く握り締めた。

「はァ!」

 ――――刹那、風の斬れる音がした。
 時間にして最小単位。常人が見ればゴサクは何もしていなかったように見えたであろうその動きは、既に神速。観客が見た物と言えば、その数秒後に現れた炎の太刀筋だけだろう。

「なんなんですの。……そこの闇の料理人、一体何が起こったのか、説明してくださる?」
「み、MEも屈辱ですが、説明して欲しいでェす」

 闇の料理人も上を向いたまましばらく呆然としていたが、すぐに正面を向き……その顔は笑っていた。――この者は自身の全てを出してもいい相手だと確信する。それを歓喜していた。

「ありゃあ特別に訓練されていたんだろうなぁ。あの動きならちょとした名のあるハンターにでもなれるだろうに。……闇料理組織による料理だけに特化した料理人だ。あれを平たく言えば、超高速で肉をぶった切ったんだよ」

 闇の料理人が言い終わるか終わらないかの瀬戸際、肉が空から落ちてきた。まるで用意してあったかのように――そりゃしてあったのだが――肉の着地点に皿がおかれており、綺麗に盛られた状態になった。
 遅れて、ゴサクがこれまた綺麗に着地する。その顔は満足も満足、予は大満足じゃなんて言うような顔だ。

「ふっ、見てくれたかいクリスちゃん? これが僕の、僕の愛の力さっ!」

 決まった、とさらに満足した顔でゴサクはクリスの顔を見ると、あぁ、話を聞いてすらもなかった。ゴサクショック。

「I・YA・HA・YA、闇の料理人以外にもこんな素晴らしいパフォーマンスをする料理人がいたとはァ! 世界は広い、広いですYO!」
「そいじゃ、そろそろ俺もおっぱじめるかねぇ。……“今回も”危ねぇから、外野は離れてなぁ、くっくっく」

 そう言って手に持ったものは、

「これは、な、なんなんだァ!? 白い、そう、これは白い肉だァ!」

 筋も脂身もない、純白の肉。闇の料理人がニヤリと笑ったかと思うと、それを強く握り締めた。――瞬間、その肉から凄まじい雷が放たれる!

「きゃっ、危ないですわよ!」

 間一髪で、クリスが雷を避ける……が、避け損なったのか着ているドレスの裾が少し焦げてしまっている。
 目にも止まらぬ速さで、あたり構わず飛来する一筋の線。気のせいではなく観客も襲っているが、闇の料理人はそのような小さき出来事など気にも留めない様子。

「WAO! この雷、私のことを狙ってくるんDEATHけどォ!!」

 ……闇の料理人は気にも留めない様子。

「くっくっく、だぁから言っただろうが、“危ない”ってよぉ」
(なんという闇の料理人よ……まさかこの僕のパフォーマンスをも凌駕する演出を、こうも簡単にして見せるとは……。しかし、ここまで腕の立つ男、組織に居れば四天王として君臨していてもおかしくないはず。それが、何故)

 ゴサクは闇の料理人が行う一挙一動を、疑心に満ちた表情で見つめている。それもそうだろう、今ここに居る男は、この世界でも有数の実力を持っている。そして、どう見ても組織には属しているようには見えない。
 自身にも襲い掛かかってくる雷撃を容易く避けながら、ゴサクはそんなことを思っていた。

「師匠! あれはもしや幻の!!」
「おぉ弟子よ! 今まで存在を忘れ去られていた所為か、意識が別次元に飛んでしまっていたわ!!」
「そんなことはどうでもいいんっすよ師匠ぉおおおお!! それよりも! それよりも!!」
「うむ、あれはキリンの肉で間違いあるまいよ! 幻と言われるその肉、一度は食してみたいと思っておったわ!!」
「あれが食えるんっすよね!? 俺、俺、生きててよかったっすよ、師匠ぉぉぉお!!」
「弟子よぉぉおおお!!」

 暑く(誤字ではない)抱擁しあっている御二人方は置いておくとして、そう、闇の料理人が手に持っているのは、紛う方無き幻の存在、キリンの肉。
 その存在は半ば神話化し、神の如きその姿は崇拝の対象にもなっている。全身純白に包まれたその身には、絶えず角から供給される雷が纏われているという。

「ハ、ッハァー……まさかまさかの、料理の素材にデストローイされるとこでしたYO……」
「これくらいで驚いてもらっちゃ困るな。なんだかんだでさっきまでのは“素材”の当たり前な反応であって、“俺”がしでかしたことじゃないからな。……くっくっく、そんじゃ、いくぜぇ!」

 そう言った闇の料理人は、まるで先程のゴサクのように手に持っていた白い肉を上へ放り投げた。
 



闇の料理人は勝った。完!!111

       

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