Neetel Inside 文芸新都
表紙

色なき旅
盾と矛

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「なんだろ、あの人達」
 初めに気付いたのはアトの腰で暇を持て余していたナイアだった。
 食料の補充を終え、巨大なリュックを背負って歩いていたアトが、道端に注意を向ける。舞い上がる黄土色の砂で霞む人だかりが見えた。

 強い日差しの下、砂利道に大きなリヤカーが停められていて、その横に露店が開かれていた。
 露店では、商人らしき人物が剣、斧、ナイフ、多節棍、クロスボウなどの大量の武器を並べていた。
「さて、お立会い。この盾はどんな攻撃でも防げる最強の盾だよ。買わないと損だよ損」
 そう言いながら、商人は円い盾に巨大な斧を思い切り振り下ろす。金属のぶつかる重い音が辺りに響き、斧の刃が粉々に砕けた。
 取り巻いていた群衆から感嘆の声が上がる。
「さあ、次はどんな物でも壊す最強の矛だよ。買った買った」
 その矛で丈夫そうな甲冑を突く。矛は易々と甲冑の背まで貫通した。
 やはり群集がどよめく。
 ナイアも感心して、
「へぇ……ってあれ? アト、どうしたの?」
 ちょっとね、と言って、アトは人垣をかき分けて露店へと向かっていた。

 パフォーマンスが効いたのか、盾と矛は飛ぶように売れていった。
 アトは商人から数歩離れたところでナイフを手に取って眺めていた。
「どうです? 旅人さんも。これがあれば何かに襲われた時も安心ですよ。もちろん襲う場合もね。もし性能に間違いがあったら値段の倍額返しますよ」
 少し考え、アトは遠慮しておきますと答えた。

「おい、さっき言ったことは本当だろうな」
 突然、アトの横から人相の悪い筋肉質の男が商人に声をかけた。腰には柳葉刀を吊っている。
「と、言いますと?」
「性能に間違いがあったら倍額、って言っただろ? まさか口から出まかせって訳じゃないよな」
 アトを含め、武器を見ていた人々が振り向く。
 商人は、出まかせなどとんでもございませんと自信たっぷりに言った。男はにやりと笑い、盾と矛を一組買った。
 そしておもむろに、買ったばかりの盾を近くの壁に立て掛け、全身の力を込めて矛で突いた。甲高い音を立てて、盾は砕け、矛は柄の半ばから折れた。
 男はゆっくりと振り向き、大仰に肩をすくめてみせた。
「おいおい、どういうことだ? どっちも壊れちまったじゃねえか。さあ、金を頂こうか」
 商人は落ち着き払って、
「いえ、その盾と矛は確かに謳い文句の通りの働きを見せましたよ」
「はあ? お前馬鹿か? そこでぶっ壊れてるのは何なんだよ。あ?」
 男が少し興奮して詰め寄る。群集もざわめきながら遠巻きに見守る。
 アトは既に騒動には興味を失ったように、一人珍しい形のナイフを矯めつ眇めつしていた。
「ですから、言った通りですよ、お客さん。矛は確かに盾を破壊しました。矛の性能に嘘は無いでしょう?」
 何か言いたそうな男を無視して商人が続ける。
「盾もきちんと攻撃を防いでますよ。後ろの壁には傷一つありません」
 男の顔がみるみる紅潮していく。
「詭弁だ! 適当なこと言いやがって、この詐欺師野郎!」
「そんなことはありませんよ。ほら、このように」
 商人が右手に持った矛で露店の後ろの壁を軽々と貫く。
「性能は折り紙付きです」

 男はしばらく、その場で悪態をついていたが、引っ込みがつかなくなったらしく、柳葉刀を抜き、凄んだ。
「どうしても金を払わねえっていうのか? おい」
 商人と男は十歩程度の距離で向き合い、間ではアトがかがみこんでナイフを選んでいる。人々が息を飲む音。
 商人は柳に風とばかりに微笑み、
「ええ、お買い上げありがとうございました」
「――ッ、てめえ!」
 瞬間、男は刀を振りかざして商人に突っ込んだ。アトはバックステップで商人と男を結ぶ直線から外れる。商人は慌てるそぶりも見せず、流れるような動作で最強の盾をつかんだ。
 大上段から頭上に振り下ろされた柳葉刀を、体の重心を落としつつ軽々と盾で受ける。刃が砕け、同時に商人の右手から雷光が奔る。
 群集が気付いた時には、男の胸に矛が生えていた。男は口から大量の血液をこぼしながら仰向けに倒れた。砂利が血を吸い、赤黒く染まっていく。
 商人は矛に付いた血を拭きながら、
「ね、性能は折り紙付き、でしょう」

「いやはや、危うく旅人さんを巻き込むところで……。申し訳ありません」
 商人は少しはにかみながら謝る。アトは気にしていませんよと軽く返す。
 男の死体は既に片付けられ、露店の周囲には人がまばらにうろついている。
 ナイアがアトにだけ聞こえるように囁いた。
「強かったねぇ。もしかしてアトより強いんじゃない? ちょっと戦ってみなよ」
「ナイア、私は戦闘狂じゃないんだけど。戦わないよ。……あ、すみません。このナイフを頂けますか?」
「はい、どうも。ところでどうです? やっぱりこの盾と矛、買っていきませんか?」
 買ったナイフを指先で器用に弄びながら、アトは首を振る。
「これを担いで旅は出来ませんよ」
 正論ですねと言って、商人は引き下がる。
「さて、そろそろここでは店仕舞いですかね。では旅人さん、良い旅を」
「ええ、お元気で」



「うーん、残念」
「何が?」
「アトがあの矛で敵をバッタバッタと倒していくところが見れるかと思ったんだけど」
 アトが呆れた声を上げる。
「武器というものは必要な時に必要最低限の働きをしてくれればいいんだよ。さっきみたいにね」
「そうだけどさ、ほら、そこは男のロマンっていうか何て言うか」
「私は女だから。それより次は向こうの町の鍾乳洞を見に行くよ。宿の人に是非見ておけって言われたんだ」
 巨大なリュックが砂塵へと消えて行った。

       

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