海があって風があって糞みたいに大きい山がある田舎町にようこそ。俺はミスター・フランスパン。町の奴らからは怒ると頬が赤くなるから、トマトヘッドと呼ばれている。加えて、この緑色の帽子を被っていることも渾名の由来だ。戸籍上の名前は岸田忠嗣。好きな食べ物はフランスパン。
 
 この町の名前はマルクスエンドだ。都会と違ってビルもなければ、人口152人しかいない小さな世界で成り立っている。住民はどいつもこいつも陰険で挨拶もしない連中ばかりなのに、隣の家の動向をいつも見張りあっているヤバい奴らだ。(マジでクール!)ちなみにここに新しく就任したネジの足りない町長は、観光施設を作りたいみたいだが、こんなクソ山にかこまれている辺鄙なところに遊園地ができたって誰も来たりしない。俺だって、たとえその日の飲み代を奢ってもらってもこんなところ来たくない。君の見てきたどんな都会よりも治安が悪いし、都会のゴミが『俺たちの最新の利器!』って喜んでいる無知で貧相な連中に囲まれるなんて誰だって嫌だろう。こんなところに来るなんて、なあ君――マトモじゃないぜ?
 
 君がカマンベールチーズ事件の夏樹くんだってことは俺だって百の承知だ。とても有名な事件だったし、このクソ町にだってテレビぐらいはあるものな。だから余裕で知ってる。修学旅行中、同級生のヘルベルン・レンと共に雪山で遭難して、たまたま見つけた小屋に逃げ込んだ夏樹くんは君だってことをね。とにかく、二人は頑張って生き残ろうとしたわけだ。健気なことに、ポケットに入っていたチョコレートを二人でちびちび食べながら隅っこで抱き合っていた。でもヘルベルンは先に凍死してしまった。で、きみはガキがガキを演じるみたいにわんわん泣いた。だけどすぐに死が押し寄せて、それを無視するわけにはいかなくなった。君は泣いている暇なんてなかったんだ。賢い君はそれをちゃんと理解していた。そうじゃないと、ヘルベルンが死んだ五分後に彼を素っ裸にして、彼の服を着込みながら、彼の肉をそのまま噛み千切って食べたりしない。最初に飲み込んだのが左頬だって? やるじゃねえか。俺だったら右からいくね。いや、本当のところ、俺は隣の奴がどんなに太っていてもそいつを食べたりしないだろうなあ。そんなことしてまで人間やりたくないもの。君、やっぱりとんでもねえ奴さ。ここに来るだけのことはある。
 
 まあ、とはいえさ、俺は夏樹くんを悪者扱いしたいわけじゃないんだ。もし君がそう感じたなら、そいつはとんでもない誤解だぜ? ヘルベルンの頭部から囓った君を責める権利なんて誰も持ってないさ。ヘルベルンの死後、きみは小屋のなかに隠されるようにあった食べかけのカマンベールチーズと空のワイン瓶を発見したけど、先にそれを食べなかったからって、俺からすればなにも問題ないさ。だってヘルベルンは死んでるんだものな。それに君がチーズがめちゃくちゃ苦手だってことも知っている。そんなもん食うぐらいなら、ヘルベルンの冷えた脳ミソの方が新鮮だし栄養になるからいいって話さ。まあ、彼の脳がどれくらい大きかったかはわからないけど、少なくともチーズより腹も膨れるだろうしね。ある側面では合理的な決断でもあったわけだ。夏樹くん、君の行動は人間として正しいよ。(少なくとも俺はそう思うね) 苦手なものは食べないに限るもんな。俺だってピーナッツバターは死んでも食べたくない。たとえ、熱々のフランスパンの表面に塗ったとしてもね。
 
 夏樹くんがどう思うかわからないけれど、マルクスエンドは君を歓迎するよ。このクソ田舎町の住人は愛想がなくて、陰険で、世間知らずで、ゴシップ好きだから、君はここにいてもあまり面白くないだろうけどね。それでも奴らは君みたいなクレイジーな奴を求めている。異分子の話は尽きないし、そいつを嫌悪することで生まれる団結力によってこの町は強く繋がっていられるからさ。ようこそ、マルクスエンドへ! ここは君を受け入れ、無視するだろう。人食いにはもってこいの町さ。