人類史の最後に、お菓子が大好きな国家が存在した。国民の殆どが甘いものだけを毎日食べており、話題もそればかりで他のことには興味がないのだ。政治家もそればっかりで、防衛費や教育費より、いかに国家予算を駄菓子に費やすのか、という議題ぐらいしか真面目に議論しなかった。そのくせ、この国家の歴史は人類のどの共同体よりも長く続いた。

 お菓子にもたくさんあるが、その中でも金平糖が多くの国民に好まれた。そしてその派閥の者で人口の9割が占められ、金平糖秘密結社という、金平糖嫌いな人間の家にこっそり金平糖を投げ入れたり、スパイさせて金平糖愛好家になるように唆す組織まであった。

 この組織のメンバー員であるトト君は、もちろん大の金平糖好きであったのだが、この日、組織を脱退することを決めた。無論、仲間たちは彼を引き止めたり、脅してみたりしてみたのだが、彼の揺るがない決意に諦めることになった。しかし、メンバーで一番の実力者、ミス・クールちゃんだけは粘り続けた。彼女はトト君を喫茶店に誘うと、「お金は私が出すわ」と言い、この日もクールに相手を誘導した。しかしトト君はお礼を言うと、メニュー表を長いこと睨んだ後、チョコレートジュースを頼んだのだ。これにはさすがの彼女もむっとしたが、できるだけ温和であろうと心がけ、やってきた金平糖ジュースをストローで飲んでから話した。

「……あなた、まさかチョコが好きになったわけじゃないわよねえ? 」

 トト君はぎくりとした。しかし顔を引きつらせて微笑みながら、慎重にこくりと頷いた。

「僕、チョコの方が好きみたいなんだ。だからさ、もう脱退を認めてくれないかな? 」

「ふざけないで」とミス・クールちゃんは言った。「あなた、これまで散々人の家に金平糖を投げ入れといて、チョコ好きですってえ? 」

「ご、ごめんよ、クールちゃん。だけど、僕……」

「言い訳はやめて、私は怒たの! 」

 ミス・クールちゃんは舌足らずに言うと、両手を威嚇するように天井に向けて上げた。そして腕をぴんと限界まで伸ばしてから、ゆっくりとその手をテーブルの上に戻した。

「これで私がどれぐらい怒っているのかわかってくれたかしら? 」と彼女は得意げに言った。「つまりね、すっごく怒てるの」

「うん」とトト君は頷いた。「君はすっごく怒っているんだね」

「そうよ、あなたがチョコ好きなせいでね」

 トト君は困惑した。だが、彼の考えはとうに決まっているのだ。

「あのね、クールちゃん」とトト君は大きな声で言った。

「なあに? 」

「僕、今年の選挙はチョコレー党に入れようと思うんだ! 」

「な、な、な、なんですってえ! 」

 ミス・クールちゃんはまた手を天井に向けて伸ばし、しかも爪先立ちでジャンプまでした。あともう少しで天井まで届きそうだった。

「私は怒たわ! 」と彼女は舌足らずに叫んだ。「これぐらいね! 」

「わあ、すごいなあ。こんなに人は伸び伸びできるんだね」

「ふざけないで、私は怒てるの! もう一度さっきと同じ事を言ってみなさいよ? 」

「僕、今年の選挙はチョコレー党に入れようと思うんだ! 」

 彼女はさっきよりも高くジャンプした。そして「怒たわ」と怒鳴り、天井に指先を当てた。

「わあ! 」とトト君は感心しながら言った。「すごいねえ」

「ちょちょちょチョコレー党に投票ですってえ! 」

「うん」

「じゃあ、金平党は見捨てる気なの? 」

「だって、僕はチョコ好きなんだもん」

 彼女はため息をついた。

「……このユダめ。この報いは必ず被ることになるわ。私、許さないから」

「そんなあ、酷いや」

「許して欲しかったら、改心することね」

「じゃあ、こういうのはどう? 」とトト君は言った。「クールちゃんもチョコ派になりなよ」

「……あのねえ、この国でチョコ派なんてあなたみたいな味おんちと、チョコレー党員ぐらいのものよ。誰がなるものですか」

「でも、僕はチョコレート秘密結社にこれから所属する気だけれど、かなりの人数がいるんだよ。これから、大々的な革命を起こすらしいし、もっとチョコ党員は増えるだろうね」

「革命って? 」

「飛行船からチョコレートの雨を降らすのさ」とトト君は叫んだ。「その名もチョコレート革命! かっこいいでしょ?」

「そ、そ、そ、そのまんまじゃない! 怒たわ! 」

 ミス・クールちゃんはそう言うと、また飛び跳ねた。トト君はあまりの飛び跳ね具合に感動し、思わず拍手をした。

「そこでさ、僕としては君にもチョコ派になって欲しいんだ」と彼は落ち着いてから言った。「だって、一人じゃ心細いんだもん」

「嫌よ、チョコなんて」

「じゃあ、少し飲んでみない? 」

 トト君はカップを掴むと、そっと自分のチョコレートジュースを彼女に差し出した。ミス・クールちゃんは眉を寄せながら考えていたが、やがて一口だけチョコレートジュースを飲んだ。そしてすぐにカップから唇を離し、トト君に返そうとしたが、その手を引っ込めてまたジュースをごくごくと飲み始めた。

「……美味しい。これ、うま」

「でしょ? 」とトト君は自慢げに言った。「これ、カカオが入ってるんだぜ? 」

「わ、私もチョコの方がいいかも」

「そうでしょ、そうでしょ? というか、なんで金平糖のジュースなんか流行るんだろうね。ただの砂糖水じゃないか。カブトムシじゃないんだから、もっと美味しいものがいいよ」

「でも、ジュース向きじゃないってだけで、金平糖の方が美味しいわよ! 」

「でも、『チョコの方がいいかも』って言ったじゃないか? 」

「もう、そうやって意地悪なこと言う気なのね? 」と彼女はぴょんぴょん飛び跳ねた。「怒たわ! 」

「そ、そんなあ。怒ることないじゃないか」

「あんたなんて……その……あの、あれよ、ばーか! 」

「ば、馬鹿だって? 」

「そ、そ、そうよ、ばか! 」

「ああ、そうかい! 」と普段から温厚なトト君もついに怒った。「そんなに好きなら、一生金平糖食ってなよ! ……こ、この分からず屋……じゃなくて、えと、その……金平糖女! 」

「それならねえ……あ、あ、あ、あんたなんてチョコボーイよ!」

 トト君は顔を真っ赤に染めると、「あほ」と叫んだ。そして席から立ち上がり、もう一回だけ「あほ」と言って、急いで店から出て行った。

 一人になったミス・クールちゃんも、怒りのあまりに顔が真っ赤になっていた。もしくは周囲からの注目のせいで、恥ずかしくて身が悶えそうだった。しかし、彼女はそんな素振りを見せないようにトト君が残したチョコレートジュースを眺めていた。そしてそれを静かに手にとって、気を落ち着かせるように全て飲み干した。それにしても、と彼女は思う。なんでこんなに美味しいものを今まで知らなかったのかしら?

 ミス・クールちゃんの中で何かが崩れつつあった。それは苦くありながらも、どこか甘いチョコレートに似ていた。しかし彼女はまだ若くて、全てを知ったわけじゃないのだ。