――時は昭和六十三年。世の中は浮き足立っていた。バブルによる金銭感覚の崩壊、海外進出を狙う起業、世界最長の青函トンネルが開通し、東京ドームが完成、地方博の大ブーム。そして某有名RPGゲームの発売。
 
 金と娯楽、発展が著しい頃であった。しかし、侮れるなかれ。私はそんな時代に易々と魅了される女ではなかった。
 
 何せ、生まれて五歳なのだから。
 
 その頃の私は所謂、子どもらしい子どもではなかった。朝に流れるアニメは構成が幼稚で私の方がうまく作れると信じて疑わず、時代劇に夢中であったし、ケーキやアイスクリームは軟弱者の食べ物であるからと、決して食べず煎餅をバリバリと噛み砕いていた。
 
 両親はそんな私の将来を案じて、誕生日にぬいぐるみやドレスなど買い与えたが、そんな物は要らぬと一蹴して、甲冑と一国のお城を要望した。心は既に武将であったのだ。
 
 それは中学二年生の春頃まで続いた。
 
 何故ゆえ、そこまで私の武将魂が長持ちしたのか、それは我が妹にあった。私が幼少期から、ギラギラとした並々ならぬオーラを放っていたせいだろう。妹もいつの間にか、魔法のスティックに夢を馳せるより、一本の刀に熱中していたのだ。
 
 ……これがあかんかった。
 
 幼い我々は呪いを掛け合うが如く、お互いに武将として高めあってしまったのだ。姉妹という近しい関係ということもあり、その効果は計り知れない。これが後の武将スパイラルである。
 
 斯くして、阿呆姉妹が二人揃ってしまった。両親はいよいよ娘逹の社会適合を不安に思い、何とか時代感覚を現代まで引き上げたく、ある計画を企てた。
 
 これが第二のあかんかった。
 
 就寝時、我々は両親に川の字で挟まれて布団を被り、永遠と乙女の可憐さと現代科学の素晴らしさを伝えようと子守唄のように聞かされた。これは何と驚くことなかれ。二時間続いたのだ。幼い我々、姉妹には苦行と言う他ないだろう。お陰で、あまり眠ることは出来なかった。両親は話を終えると満身創痍だったのか一瞬でイビキをし始めるから、余計に腹立った。
 
 我々は瞼を閉まって夢の世界に入門することに勤めたが、覚醒した脳みそは興奮状態にあった。
 
 ――そして事件は起きた。
 
 始めに気づいたのは隣で寝ていた妹であった。夜、両親が寝静まった頃に妹はモゾモゾと動き始めたのだ。私は何事かと思い、瞼を開けると妹は歌舞伎俳優のようなポーズを決めて立ち上がっていた。
 
 「ややっ! 姉者、如何されたで候う!! 」
 
 ……お前がどうしたで候う。
 
 その時、私はようやく意識を手放そうかとしていたこともあって機嫌が頗る悪かった。
 
 「妹よ。母上も、父上も寝静まっておるではないか。叫ぶなかれ」
 
 私は重い瞼を擦って布団から出た。足を出すとき、何かしら冷たい感触がした。「これは、あかん! 」と思い布団を剥ぐと、そこにはシルエット調の一枚絵が出来上がっていた。
 
 「やってもうた! これはお漏らしだ!! 」
 
 妹は神妙に頷いた。
 
 「……そうであろう。我の陣地まで濡れておったぞ。如何される所存だ? 」
 
 「何とか隠さねばならないて。父上と母上に折檻は受けとうない」
 
 私は布団を睨みながら言った。
 
 「承知した。我も協力しようぞ」
 
 「それは真であるか!? 」
 
 私は感極まって妹に抱きついた。パジャマもお漏らしで濡れていたため、妹は「ぎゃー! 」と叫んで突き放した。
 
 しばらくして妹は再度、調整を整えた声で言った。
 
 「姉妹であるからな。かの豊臣 秀吉も弟という素晴らしい側近があってこそ、成り上がれた。だから秀吉が弟を殺した後、朝鮮出兵なんて暴挙に出てしまったのだ。故に姉妹、兄弟の縁は絶対なのだ。……我に任されよ」
 
 「……かたじけない」
 
 「よしてくれ、姉者。よし、早速だが、これに絵の具を塗りつけよう」
 
 妹はお漏らしの濡れた部分に指を指した。
 
 どんな理由でお漏らしの布団に絵の具を塗るだと? きっと妹は狂ったに違いあるまい。思えば、目玉焼きを卵ふりかけで食べたり、カレーライスに醤油を掛けたりと、常人離れした理を見いだしていた。
 
 「妹よ、阿呆なのか? 」
 
 妹はやれやれ、といった風にため息をついた。
 
 「まてまて早合点が過ぎるぞ、姉者。合理的な理由があるのだ」
 
 「……と言うと? 」
 
 「お漏らしでは母上、父上から怒られるだろうが、これが芸術として昇華したらどうだ? たちまち高尚な行為になると思わんか? 」
 
 「……うーむ、怒られないかもしれない。いや、逆に誉めてもらえるかも」
 
 「そうであろう! そうであろう!!」
 
 妹は腰に腰に手をやってうんうん、と頷いた。その溢れ出る自信は、私を強気にさせた。
 
 「……もとより、折檻される身。やってみるか。しかし、朝までに完成できるだろうか? 」
 
 「安心なされよ! 豊臣 秀吉は一夜にして城を築いたのだ。それに比べれば絵を描くなど、容易いことではないか!? 」
 
 それに私も深く納得し、我々は幼稚園で使っている絵の具を取り出した。結果、パレットの上で混ざり合う絵の具は奇妙な色を醸し出し、筆で描かれた布団は余計にお漏らしが際立ってしまった。
 
 朝になって両親に叱られるのは言うまでもない。
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