ある街でアヒルが闊歩していた。信号機の白線を渡り、黙々と歩を進めている。周囲の人々はそれに奇っ怪なものを見るような視線を向けていたが、アヒルがあまりにも真っ直ぐに歩いているから、このアヒルには何かしらの目標があるのだろう、とやがて思うようになった。
 
 しかし当のアヒルはそんなものを持ち合わせてはいなかった。いつも住んでいる池から離れたところを散歩していると、だんだん込み入った道になって、ついには迷っただけなのだ。その結果、アヒルは街まで降りてたしまったのだが、生来から能天気であるため、たとえ池に戻れなくとも何とかなるだろうと思っていた。
 
 そんなことを露知らず、人々は不思議に思い、アヒルを追いかけた。迷うことなく、自信たっぷりと歩き続けるアヒルに、何かしらの意図があると信じて疑わなかった。この鳥の求めているものがどんなもので、どこを目的地としているのかを知りたかったのだ。
 
 ある男はこう言った。
 
 「きっと、あいつは誰かのペットで、捨てられてしまったのだ。だけど飼い主の場所を知っているから、戻ろうとしているんだな」
 
 これに一人の女の子は反対した。
 
 「違うわ、あの子は恋人のアヒルと離れ離れになって、探しに出たのよ。そうじゃないと、こんなにも真っ直ぐで、惑うことない歩みはできない」

 ある大学生はぽつりと呟いた。
 
 「きっとこいつは食べ物が欲しくて、街まで降りたんだ。……これも人間が生態系に及ぼした影響だなあ」 
 
 こうして人々が面白おかしく話題を盛り上げる間も、アヒルは黙々と真っ直ぐに歩き続けていた。どんな期待にも、不信感にも、アヒルは気にもしていなかった。ひょこひょこと二本足で歩くだけ。ついには人々も飽きてしまい、無駄に疲れただけだと後悔して、アヒルを馬鹿にし始めた。しかし、その時にアヒルがひょいと後ろを振り向いた。今まで前しか見ないアヒルが振り返り、人々の期待は再び戻ったが、アヒルは目を丸くしているだけだった。そしてアヒルは嘴を大きく開けると、興味深そうに言った。
 
 「まあ、人間がこんなにいるとは驚いた。……あんた達も暇だねえ」
 
 
 
 
 
sage