Neetel Inside 文芸新都
表紙

ゆれるキモチ
第二話「憂鬱な頼み」

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 翌朝も、目覚めが良かった。ベッドのすぐ近くにある携帯を見る。
華美のアドレスゲット……か。ちょっと照れくさいな。
 カーテンから光が漏れている。朝の光でも浴びるか。
俺がカーテンを開けると、光よりも先に大きな声が入ってきた。
「先輩! おはようございまーす」うちの制服を着た、なんとなく見覚えのある女の子が家の前に立っている。
「お、おう。もしかして……川本?」
「ピンポン、正解です。先輩! 私ずっと待っていたんですよ。朝早くに、チャイム鳴らすのは悪いと思って、ここでずっと。だから早く学校行きましょ」
時計を見てみると、まだ六時半だ。
「まだ早いし、俺飯食ってないからさ、家帰っとけよ」わざと冷たい口調で言った。
「えーと、じゃあ、先輩。私の家まで迎えに来てくれるんですか?」突き放したつもりなのに、川本は動じない。
「いや、今日は友達と一緒に学校に行く約束してるから、無理だ」ばれるような嘘をつく。
「その友達は男の人ですよね?」ポニーテールの髪型がまだ川本の幼さに似合っている。
「あぁ、もちろんな」
「……わかりました。今日の所は諦めておきます。先輩」そう言って川本は笑顔で手を振った。
 笑った顔は、正直、可愛い。
「おう、バイバイ」見送る言葉もそっけない俺は少し冷たいのだろうか?
 川本、もうあいつが高校生になったのか。
俺だって、三年になるんだからな。
窓から入ってくる四月の風を感じながらそんなことを思った。

          *

 昨日は、あんなに気持ちの良い通学だったのに、今日は気分が乗らない。
だけど、正門から自転車置き場まで続く満開の桜が盛り上げてくれた。
俺は授業中も、教室の窓から見える桜を見ていた。
休み時間も、もちろんそうするつもり……だったのだが。
 チャイムが授業の終わりを告げる。
その音を聞いた俺は、窓から見える桜を誰にも邪魔されず堪能しようと思っていたのに、背中を叩かれた。
振り向くと、関川がいた。
「痛いじゃねーか、なにすんだよ」
相変わらず、鬱陶しい奴だ。180cmを超える長身に、体育会系のような体つき。
こいつは加減というものを知らないから困る。
「いやあ、実はお前に大事な話があるんだ」そう言いながら関川は俺の背中をまた、ポンポンと叩く。
「じゃあ、もうちょっと優しく呼びかけろよ!」
「まあまあ、そう怒るなって。つーか、お前大事なこと忘れてねーか?」関川が真剣な表情で俺を睨む。
「大事なこと?」何も見当がつかない。
「クラブだよ、ク ラ ブ。お前も演劇部だろ?」
「まぁ、俺は脚本と裏方担当だけどな」嫌な予感がする。
「部長として、お前、いや、杉浦に頼みがある。新入生向けのクラブ紹介が来週にあるんだ。それに出てくれないか?」
「出るって、スピーチするだけだろ。確かうちの演劇部は、クラブ紹介の時は演劇をせずに、
ゴールデンウィークの時に軽い演劇をするんだよな?」
この演劇は毎年、部員を確保するために、客寄せのためのくだらない劇をする。俺が一番参加したくないイベントだ。
「よく分かってるじゃないか。もちろん、出てくれるんだよな?」関川は俺の肩を強く揉む。これがすごく痛い。
 俺が選ぶ選択肢は必然的に一つになった。
「わかったよ。じゃあ出るよ」関川の気迫に負けてしまった。
「よかった。じゃぁ頼むぞ、杉浦はクラブ紹介に出るだけでいいからな。じゃ、じゃあな。宜しくな」
 関川は体に似合わない軽快なスキップで教室を出て行った。



       

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