Neetel Inside 文芸新都
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ゆれるキモチ
第五話「二人」

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それから、俺は部屋に戻った。関川は起きていたが、敢えて台本のことは聞かなかった。いや、聞けなかったのだ。
結局、今日もなかなか寝ることができなかった。
 最終日の朝も、相変わらず発声練習が中心だった。他の練習もしたような気がするが、あまり覚えていない。
そして、昼過ぎに退所式を済ませて、俺たちはバスに乗って帰る。
席は確か、行きと同じ川本の横だ。俺は、バスに乗り込み自分の席に向かった。まだ川本はいなかった。
「隣座るよ?」華美がやってきた。
「別にいいけど。川本は?」
「優香ちゃんは、気分が悪いから一番前の席に座るって。先輩の隣に座れないって残念がってたよ。大地モテモテだね」華美が軽くひじで俺のわき腹を触る。
「そんなんじゃねーよ」
「なんか、大地元気ないよね?」
「疲れてるんだよ。俺、もう寝るから」
「そっか、ごめんね」
「別に気にしてないよ」本当は、もっと話したいことがあった。クラスのこと、演技のこと、星を見ていた時のこと、そして、昨日のこと。
「私、自分の席に戻るね」華美に俺は返事をしてから目を瞑った。

          *

 バスが学校に着いてから、体育館横の自販機でジュースを買って、少し休憩してから家に帰った。
「ただいまー」
玄関にバッグを置く。ピンク色のヒールが一つある。さらに、見慣れない女物の靴も。
俺がいない間に、母親はまた無駄な買い物をしたのかなと思いつつ、リビングのドアを開ける。
「おかえりー」甲高い声がする。姉貴の声だ。
「大学は?」姉の服装は相変わらず派手で、大きな胸元まで見える。
「たまには、家に帰ってきたって別にいいじゃない?」姉は背中までかかる長い茶色の髪を弄りながら答える。
「そんなことより、大地、彼女できたんだったら言ってよね」
「彼女なんていねーよ」俺がそう言うと、姉貴は、リビングのソファを指差した。
 川本がいる。
「なんで、川本がいるんだよ」少し頭がずきずきする。合宿の間、ほとんど寝ることができなかったからだろうか。
「こら、彼女にそんな口の聞き方しない」姉貴は、俺の頭をぐりぐりする。この姉貴の必殺技には敵わない。
「彼女なんて、ただの後輩ですよ」川本が顔を赤くして答える。
「つーか、なんで川本がいるんだよ?」
「忘れ物届けにきてくれたんだって、良い子じゃん。それで、私も暇だし、上がってもらったのよ」
「お邪魔でしたか?」
「そんなことないわよ、それよりさ、せっかく三人いるんだし、トランプでもしない?」姉貴はそう言いながら、トランプを取り出した。
 おそらく、いつもの「あれ」をするんだろう。
「大地は知ってると思うけど、今から大富豪します。罰ゲームは、負けた人が大富豪の言うことはなんでも聞きます」
「おもしろそうですね」川本は乗り気だ。
無邪気な川本が羨ましく思う。姉貴は、大富豪で負けたことがない、無敗の女王なのだから……

          *

 それからのことは思い出すだけでも寒気がする。
圧倒的な強さで姉貴は勝ちまくり、罰ゲームは、ある意味いじめに近いほどだ。
驚いたのが、地味に川本が大富豪に強いこと。
 次は絶対勝つ。
その信念が何かに通じたのか、俺は最高の手札をゲットし、勝利を収めた。
「さぁて、姉貴をどうしようかな」
その時だ。
イケメンアイドルの着メロが流れた。ワンコールで姉貴が電話に出る。話し方から電話の相手は彼氏だろう。
姉貴は数分ほど話した後、電話を切った。
「ごめんねー優香ちゃんと、大地。今から彼氏の所行くね。そういう訳で、あとは大地よろしく!」
「ちょ、ちょっと」姉貴はあっという間に家を出て行ってしまった。
罰ゲームできねーじゃないかよ。
そんなことより、俺は重要なことを忘れていた。姉貴は、彼氏と会うと、ほぼ間違いなく朝まで帰ってこない。
そして、父親は単身赴任中。母親は、中学校の同窓会で当分帰ってこない。



つまり、俺は川本と二人っきり、だ。

       

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