Neetel Inside 文芸新都
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ゆれるキモチ
第九話「あいつのこと、私のこと」

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 あいつの自己紹介が始まった。
「新入生のみなさんは、はじめましてー。上級生の皆さんは、お久しぶりー。
私は、村山絵里(むらやま えり)と言います。実は一年生の頃、演劇部に所属していました。
だけど二年になってから今までずっと幽霊部員でした。前にやっていた演劇を見て感動したので、戻ってきました。皆さんよろしくお願いします」
パチパチパチ、俺も一応拍手はした。
だけど、俺にとって、あいつが復活したのが嫌で仕方がない。
うざったいぐらいに甘ったるい声、そして男を誘うかのような厚い唇に、胸元を大きく開けた服装。
そして、俺くらいの背丈に一重の細長い目が、同じ学年であるのに一層大人の女の風格を漂わせる。
久しぶりに会った村山は、あの日よりも、大人の女になっていた。
そう……あの日よりも……。
思い出したくないのに、あの日の出来事が頭から離れない。
俺は、この気分を変えるためにジュースを口に含んだ。
炭酸が口の中で弾ける。
――あいつは、村山はあの日のことをまだ覚えているのだろうか? まだ、忘れていないんだろうか?
          
          *

「おい、杉浦。お前の自己紹介の番だぞ、早くしてくれ」
関川にそう催促されるまで、俺はあの日のことを頭に浮かべていた。
すまん、と関川に一礼して自己紹介を始める。
「自分は杉浦大地、高三です。役職は主に脚本を担当しています。皆さんよろしくお願いします」
たった十秒ぐらいだろうか、どの部員よりも短い自己紹介だったと思うが、
俺にとっては、誰よりも長い自己紹介に感じた。よく、こんな性格で演劇で主役をやったものだ。
そして、次の人の自己紹介が始まった。他の部員は全員自己紹介を終えたので、この子が最後になる。
外見は一言でいうと地味だ。まず服装、上は水色のシャツに、下はジーパン。
髪の毛はショートカットだが、前髪だけが異様に伸びていて、まぶたの上辺りまでかかっている。
さらに、ファッション性がほとんど感じられない、古臭い黒ぶちのメガネが余計に地味なのを強調している。
「私の名前は、本田愛(ほんだ あい)と言います。中学の時は文芸部に入っていました。
人前に出るのはあまり得意ではないので、脚本とか裏方の仕事をしたいと思っています。三年間宜しくお願いします」
パチパチパチ、いつものように拍手が起きる。拍手の後、関川が質問した。
「文芸部で何してたの?」
彼女、本田さんは急に質問をされて戸惑いながらも答えた。
「えーとですね、部員皆で週に一回図書室で本を読んだりするのがメインでした。
もちろん、読んだ本の感想を言い合ったり、小説とか書いたりしている人もいましたね」
文芸部か……。俺の中学にもあったら確実に入っていただろうなあ。

          *

 部員たちの自己紹介も終わり、それからは各自好きな人と話をして楽しんだ。
俺も、もちろん何人かの部員と話をした。
初めは乗り気ではなかったが、新入生とある程度打ち解けることができたのは正直嬉しかった。
楽しい時間が過ぎるのは早いもので、お開きの時間がやってきた。
関川がまとめて会計を済ましている間に、俺はトイレに向かう。
そして、用を足してすっきりした後、皆の所に戻るべくトイレを出る。
「うわっ」思わず声が出てしまう。
俺の目の前に川本が立っている。
「先輩遅いですよー。皆待っているんだから早くいきましょ」
そう言って川本の小さい手が、俺の手を引っ張る。
「俺手洗ってないから汚いぞ」
「先輩、冗談も言うんですね」川本が笑う。川本はいつも笑ってくれる。
川本と二人で皆の所に向かう。
「待たせて、ごめん」皆に俺は謝る。そうして、関川を先頭にして店を後にした。
さて、これからどうするか? 
俺はこれからの予定を考えながら、自転車に鍵を入れる。楽しかったし、久しぶりに新しい脚本でも書こうか。
「先輩、今からカラオケ行きません?」振り向くと川本がいる。
「二人で行くのか?」俺が聞くと若干照れくさそうにしながら、そうです、と答えた。
「カラオケは嫌いなんだ」
そう俺は言ったのに、川本は気にすることもなく、
「それなら今日、私と一緒に行って好きになりましょうよ、カラオケと……私のことも」川本が照れくさそうに笑った。


       

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