Neetel Inside 文芸新都
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ゆれるキモチ
第十話「俺と私とあいつのキョリ」

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 土曜日の昼下がり、小さな薄暗い空間に男と女が二人、
身を寄せ合うほどではないにしろ、至近距離で時間を共有している。
     *
俺はこの狭い空間の中でメロンソーダーを飲みながら、隣にいる川本の様子を伺う。
彼女は慣れた手付きで曲を予約する。画面に映るのは最近の流行歌。
俺はなんとか曲名を知っているぐらいだ。
川本は、右手にマイクを持って歌っている。
……人が歌っている間、何をすればいいのだろうか?
普通の人間なら多分、大人しく歌を聞くのだろう。
もちろん普段の俺ならそうするのだが、なぜだろう、歌を聞くことに集中できていない。
 原因は一つだ。
「先輩は歌わないんですか?」その声で我に返った、もう一曲終わったのか。
川本にリモコンを手渡された俺は、その返答に困った。今までずっと川本が歌っているのだ。
「ああ、俺あんまり歌うの好きじゃないからさ」
 川本はその返答を聞いて、少し考えるような仕草をする。
「そうですか……でも私ばっかり歌うのも悪いし、先輩の曲が聞きたいな」
 そう言って川本が俺の顔をまじまじと見つめる。
そんな仕草が微笑ましい、川本の前なら、歌ってもいいかなとさえ思う。
だけど、やっぱり人前で歌うのは苦手だ。
「いや、俺は歌下手くそだし、人の歌を聞くの好きなんだ。だから気にしないで歌ってくれよ」俺はリモコンを川本に返す。
次の予約が入っていないので、カラオケルームの中は、歌手の新曲紹介の声だけしか響かない。
……沈黙は苦手だ。カラオケ屋で男と女が二人で沈黙するなんて、気まずいにもほどがある。
 俺はどうすればいい?
このひたすらに長く感じる沈黙の中で、微妙に二人の距離が縮まっているのだ。
 少しずつ、少しずつ、川本が俺に近づいてくる。
 家で二人になった時から、俺のキモチは揺れていた。
俺が一番好きな人は華美だ。それは揺らいでいないのだが、
その俺の「好き」という感情が川本に対しても芽生えつつあった。
 俺はどうすればいい?
そんなことを考えている間にも二人の距離は肌が触れ合うほどの近さになってきている。
静かに川本は、目をそっと閉じる。
……川本から放たれたボールを、俺は受け止めた。
だけど、俺はボールを返さない。
「ちょっと、ジュース取ってくる」
俺は逃げるように部屋を出る。
 真っ直ぐ歩くとドリンクバーがある。セルフサービスで好きなジュースを飲むことができる。
そこで俺は気分を変えようと、普段は飲まないジンジャエールをコップに注いだ。
 ため息が思わず出てしまう。
なぜ俺は逃げたのか? 川本が好きじゃないから? いや、そうじゃない。
じゃあ、華美に悪い気がしたから? いや、そうじゃない。
 さっきから頭から離れないのだ、好きじゃないはずなのに村山のことが。
自分の優柔不断さに嫌気がする。二回も俺は川本を傷つけた。
最低な男だよな、分かってる。だけど、俺も傷つけられたんだよ、同じように女に。
 携帯が無機質に音を立てて鳴った。新着メールが一件。
 差出人は村山からだ。

       

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