Neetel Inside 文芸新都
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ゆれるキモチ
第四話「劇はキモチを揺らす」

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華美が近づいてくる。
「脅かせんなよ。つーかこんな時間に何してるんだよ?」華美の肩にかかるくらいの黒髪が風に揺れる。
「寝付けなくてね。でも、大地だってこんな時間に?」
「俺も寝付けなくってさ。涼もうかなあと思ってね」宿泊センターの森の暗闇の中にぼんやりと見える華美はなんだか幻想的だ。
「私と同じだね」
「そうみたいだな」
「ねえ」
「ん?」
「あの、さ、二人っきりになる機会……最近少なくなったよね?」心地良さそうに黒い髪が揺れる。
「そうだなあ、部活以外はほとんど会わないもんな」
「うん、小学生の頃なんて、大地と、公園やお家とか、本当に色んな所で遊んでたのにね」
「そうだね」そう答えてから、少し沈黙があった。二人になると驚くほど話すことがない。
いや、話すことがあっても、なぜだかうまく言葉にできない。会話がぎこちなくなってしまうような気がした。
「ところでさ、」華美が俺の隣まで寄り添ってきた。女の子の匂いがする。
「大地、こうやって並んでみたら、大分背伸びだよね?」華美は背伸びして俺を見上げる。
「そうだっけ? いつも一緒にいる関川が背高いしさ、あんまり気づかなかったな」視線の少し下に華美がいて、目が合う。
「中二までは、確か私の方が背、高かったのにな」そう言いながら、華美は爪先立ちをしている。
「背伸びしても……届かないね。なんだが、背が遠くなったね」爪先立ちをやめた。
田舎だからか、星が綺麗に見える。アルクトゥルス、スピカ、デネボラ。
「星よりは近いよ」俺は笑ってみる。少し、ぎこちなかったけれど。
「春の大三角」
「え?」
「本当に三角形なんだと思って。都会じゃあんまりよく見えないから」華美はそう答える。
「北斗七星もよく見える」星が本当に綺麗。綺麗だ。
「あの、さ」華美が、星からこちらに視線を変えて話す。
「ん?」
「大地って好きな人とかいるの?」
星が綺麗だ。今、俺の視線は華美に向いている。
「いないんじゃね?」
「ふふ、自分のことなのに疑問系なんだ」
「分からないんだ、自分の気持ちが。華美はどうなの、好きな人とかいるの?」
「いないんじゃね?」悪戯っぽく彼女は笑った。自分の気持ちすら分からない奴に、人の気持ちなど分かるはずもなくて。
「ところでさ、大地は今回の台本もう読んだ?」
「いや、まだ読んでねーけど」
「まだ見てないの?」華美は少し驚いたのか、声のトーンが変わる。
「おう、俺だけ別メニューで発声練習ばっかしてたからさ。だから台本はまだ貰ってないな」
「そ、そうなんだ。なら、別にいいんだけど」
「あー俺も早く台本読みてー」
「あれ? 大地主役するの嫌じゃなかったの?」
「そりゃ、乗り気じゃねーけど、発声練習ばっかだとつまんないだろ」
「そうだね、大地頑張ってるんだね。あ、私もう十分涼んだし、風邪引いちゃたらいけないから、先に戻るね」小さな手を横に振って言った。
「お、おう」俺も同じように手を振る。
空を見上げると、スピカが青く、白く、光っている。

          *

 結局寝付けないまま、朝がきた。
朝食を食べ終わると、すぐに練習が始まる。
「杉浦は、今日も発声練習だからな。がんばれよ」関川が俺に声を掛ける。
「お、おう」またスパルタな一日なんだな。
 発声練習が始まった。
昼休み以外は、基本的に休みなし。本当に関川は鬼のようだ。練習はしんどいが、驚くほど早く時間は過ぎていく。
「よし、今日の発声練習は終わり。最終日の明日も、楽しい発声練習が待っているからな」
「ハッ、ハハ。楽しみだわ」笑うしかないだろ? 最終日も発声練習だけなんて。
「嬉しそうでなによりだわ」
「あのさあ、台本ってないの? 俺、主役だしさ、一応見ておきたいなあとおもって」一番気になっていることを話した。
「杉浦は、まだレベルが低いから発声練習だけでいいの」
「でもさ、セリフ覚えないといけないじゃん。だから、ちょっとだけ見せてよ」手を合わせて頼む。
「セリフなんて帰ってから覚えりゃいいの」
「でも、演劇発表までもう時間ないんだぜ」
「バカ、焦るな。焦るとなにもかも上手くいかなくなる」関川は、部屋を出て行った。
――焦るな、か。

          *

 関川の言葉が頭に残ったまま、夕食を食べ、そして風呂に入った。
 風呂上りに休憩所で、ジュースを飲むことにした。気分転換になるだろう。
「なんだこれ、見たこともないメーカーのジュースしかないのかよ」俺は渋々、聞いたこともない会社のサイダーを買った。
その時だ。誰かに手で目をふさがれ、視界が消えた。
「だーれだ?」少し手が暖かい。
「……どうせ、川本だろ?」
「当たりです。さすが先輩」手が離れて、視界が広がる。ジャージ姿の川本がいた。
「ジャージ姿を先輩に見られちゃうのはちょっと恥ずかしいですね」
「しらねーよ。じゃあ、俺に会わなきゃいいじゃん」
「そんな冷たいこと言うと、いいことしてあげませんよ?」無邪気に川本は笑う。
「いいことってなんだよ?」
「どうせエッチなこと考えているでしょ先輩?」
「なんで、そんなこと考えなきゃいけないんだよ」
「まあいいです、実はですね、先輩のためにいい物もってきたんですよ。はい、これが今回の台本です」ホッチキスで綴じられた台本を渡された。
「お、これが待ち望んでいた台本か」思わず笑みがこぼれてしまう。
「えっと、見せてあげてもいいんですけど、条件があって、先輩がキスしてくれるのなら見せますよ」台本を手に持って上にかざしながら言う。
「え? 無理に決まってるだろ」そう言いながらも、直球でキスしたいと言う川本に動揺してしまう。
「もう、冗談ですよ。私は、先輩の笑顔が見れただけで十分ですよ。まだ私、読んでないんですけど、先輩が先に見て良いですよ」
「サンキュー、川本」すぐさま俺は台本をめくった。
 内容は、どこかで見たことがあるような、童話みたいな話だった。
俺は、どんどん台本をめくる。だがしかし、台本をめくる手が止まってしまった。
「どうしたんですか先輩?」川本が台本を覗き込む。
しかし、台本を見たとたん、川本は驚いた表情を見せた。台本の中には、
――主役同士がキスをする――ということが書いてあるからだろう。
つまり、俺と華美がキスをするということだ。
 その時、休憩場に華美がやってきた。
「なにしているの大地?」
しかし華美は、俺が台本を読んでいるのを見た途端、小走りで去っていった。

       

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