Neetel Inside 文芸新都
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ゆれるキモチ
第六話「キモチにナイフ」

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ドラマなどでよく見る場面でも、実際、その場面に遭遇してみた時、どうすればいいか分からない。
まさにそんな場面だ。合宿帰りで疲れているので家でゆっくりしようと思っていた矢先、川本とまさかの遭遇。
さらに、二人っきりになってしまった。
「先輩晩ごはん食べました? 」
川本が唐突に聞く。疲れているが、食欲はある。
「まだだけど」
「じゃあ、私が晩ごはん作りましょうか? 先輩のお母さん帰ってくるの遅いんでしょ?」そう言って、川本は照れくさそうに笑う。
恐らく、母親の帰宅が遅いことは、テーブルに母親が残したメモを見て知ったのだろう。
「別に作らなくていいよ。合宿帰りで疲れたんだ。一人でゆっくりしたいんだ」
「じゃあ尚更、私が晩ごはんを作ります。疲れた時ほど、栄養のある物を食べないと駄目ですよ。私、晩ごはん作ったら帰りますから。いいでしょ?」
川本の雰囲気を見ると、本当に俺の体を気遣って晩ごはんを作るつもりなのだろう。
まぁ、晩ごはん作ってもらうだけならいいか。
「いいよ。美味しいご飯を頼む」
「やったー、じゃあ、まず材料を調達しなきゃ。先輩は何か食べたい物とかあります?」
「特にないけど」
「分かりました。じゃあ、近くのスーパーまで行ってきますね」
「待てよ。俺もついて行く」
疲れていたが、夜に女の子を一人で買い物に行かせるほど、俺も冷酷な人間じゃない……
いや、本当は今一人になりたくなかった。一人になると台本のことを思い出しそうな気がしたからだ。

          *

 世間話しをしながら、と言っても、川本が一方的に話していただけだが、俺たちは近所のスーパーに着いた。
料理をあまりしない俺は近所とはいっても、このスーパーに来たのは久しぶりだった。
確かクラスの誰かがバイトをしているはずだから、見つからなければいいのだけど。
俺は川本の横をカートを押しながら歩く。
「今日は肉じゃがにしようかな」じゃがいもを慣れた感じで吟味しながら川本が言う。
肉じゃが? 肉じゃがって、じゃがいもが煮くずれして難しいとか、母さんが言ってたっけ。川本って結構料理できるのか……
「先輩……肉じゃが嫌いですか?」
「いや、別に嫌いじゃないけど」
「良かったー。私、肉じゃが作るのが一番得意なんです」川本が自信満々に答える。
今まで鬱陶しいとしか思っていなかったけれど、川本って意外としっかりしているんだな。
俺たちは、それからも雑談をしながら買い物をし、帰宅した。
「すぐに作るから待ってて下さいね」ポニーテールの髪を解いて、川本はキッチンで料理を始める。
「おう」
――自分の家にいるのに落ち着かない。変な感じだ。その気分を紛らわすために俺はテレビをつける。
適当にチャンネルを変えて番組を見る。内容は、クイズ番組形式の所謂バラエティ物だ。旬の芸人が笑いを取る回答をして、番組を盛り上げている。
「先輩ー。料理できましたよ」
「おう、今行く」
俺たちは、テーブルに向かいあって座った。いただきますをして、俺は早速、川本の得意料理である肉じゃがを食べてみる。
「どうですか、まずくないですか?」心配そうに川本が尋ねる。
「いや、普通においしいよ。俺の母さんの料理よりもおいしいかな」
「本当ですか? 嬉しいです」川本は飛びっきりの笑顔で答える。料理を褒めるだけでこんなに喜ぶものなのか?
「ところで先輩はなぜ、演劇部に入ったんですか?」川本が箸を休めて聞く。
俺はすぐに答えることができない……なぜなら、そんなことは今まで一度も考えたことがなかったからだ。
確かに、小説を書くのが好きだったから、脚本を書いてみたいという思いはあったけれど、
本当の一番の理由は……華美。
「んー、脚本を書いてみたかったのと、昔からの友達の関川がいたからかな」
「ふーん、そうですか。本当は、華美さんが演劇部にいたからじゃないですか?」大きな黒い瞳が真っ直ぐ俺を見つめる。
川本の唐突な質問に驚き、ご飯を喉に詰まらせてしまう。
俺のキモチは、川本に見透かされている? とてもそうは思えないが。
「まさか、そんな理由じゃないよ。ところでさ、川本は演劇部に馴染めたか?」
俺は早くこの話題を変えたかった。とにかく早く。
「嘘です。先輩は、華美さんがいたから入ったんですよね。そんなことぐらい、ばかな私だって分かりますよ。
それを分かってて私は、先輩に迷惑かけて、でも、私は先輩のことが好きだったから……」
何と答えればいい? こういう場面で、どうすればいい? 先輩として、男として。
俺のキモチを川本に伝えるべきなのか?
……川本の泣き声が聞こえてくる。本当にどうすればいいのか分からない。
「先輩……私、もうお家に帰りますね」
「待てよ」
俺はその時、川本を抱き締めた。そっと、優しく。
これが正しいのかは分からない。ただ、今の俺ができることはこれぐらいのことだけだと思う。
「川本、ごめん。お前は悪くないよ。悪いのは俺の方だ。俺は、確かに華美のことが好きだ。
川本のキモチを傷つけてしまってごめん。俺は、最低な男だ」
「せ、先輩は、最低な男なんかじゃありません。でも、やっぱり先輩は華美さんのことが好きなんですね。
分かりました。でも、私。絶対に諦めませんから。今日はもう帰りますね」
そう言って、俺の胸から川本の柔らかい感触が離れていく。
「家まで送っていくよ」
「大丈夫ですよ。一人で帰れますから」
「でも、もう夜遅いし」
「一人にさせて下さい」そう言うと川本は家を出て行った。
家に一人、残された。
男と女。先輩と後輩。俺と川本。好きじゃない人と好きな人。恋ってなんだ、恋ってなんなんだ? 誰が幸せになる? 誰を幸せにする?
なにも分からないよ。
ただ、今の俺に分かることは、一人の女の子を傷つけた最低な男になった、ということだ。


       

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