Neetel Inside 文芸新都
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ゆれるキモチ
第八話「再会への序曲」

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 キスした後のことは、ほとんど覚えていない。
記憶に残っているのは、劇が終わって幕が閉まり華美が格好良かったよ、と声をかけてくれたことだけだ。
俺の通う高校では、五月の第一週から第二週まで仮入部期間になる。
演劇部の劇は好評だったようで今年は新入部員が沢山入るだろうと期待していたが、
結局入部したのは例年通り数人だった。
その中に川本もいる。

          *

 ある日の部活が終わった時のこと、関川がある提案をした。
「今週の土曜日、新入生歓迎会を開こうと思うんだがどうだ?」
賛成、と真っ先に華美が答えた。他の部員も同様に賛成と言った。
「よし、じゃあ土曜日の午後一時に駅前のサイゼリアに集合な」
 他の部員達は、新入生歓迎会が楽しみな様で、どんなメニューを食べようかとか、そういう話をして盛り上がっていた。
だが、俺は参加するつもりはない。こういうノリが苦手だからだ。
「先輩」背中を叩かれた。振り返ると川本がいた。二人で向き合うのは久しぶりだ。
「川本か、久しぶり。元気にしてたのか?」
「昨日まではつらかったですけど、今日久しぶりに部活に来て、先輩をみたら元気になりました」川本は何事も無かったように笑う。
「まあ、元気になったなら良かった」
「相変わらず、冷たいですね、先輩」でも川本はまた笑った。手を口元に当てて。
「悪かったな。ガキの頃からこういう性格なんだよ」
「それより先輩、新入生歓迎会いくんですか?」
川本は部員全員に聞こえるくらいの声で言った。その言葉を聞いて、関川が近寄ってくる。
「おい、杉浦。もちろん参加するよな?」
「いや、参加しないよ」
「なんでだよ、参加しろよ」関川の気迫に少し動揺してしまう。俺には拒否権がないのだろうか?
「いや、俺ああいうの苦手なんだ、悪いけど」
「苦手なら、馴れるためにも参加しろ。あ、これ部長命令だからな」
「そうそう、部長命令だからね、大地」華美にも釘を刺された。

          *

 新入生歓迎会の朝。俺は行く気が無かったが、なぜかこういう日に限って目が覚めてしまう。
母親はまだ寝ているので、テーブルの上にあったパンを食べながら適当にテレビを見る。
そうこうしていると、家を出る時間になった。
俺は自転車をこいで駅前のサイゼリアに向かう。ここのドリアは安いし、結構旨い。
テスト前はドリアとドリンクバーで粘って勉強をよくする。もちろん一人で。
そんな俺にとって、大人数でサイゼリアに行くなんて初めてだ。
小さな部ではあるが、全学年合わせると二桁にはなる。それだけで、俺にとっては多い。
駐輪場に自転車を止めて、辺りを見回すと二、三人すでに集まっていた。
ピンクのワンピースにパープルのカラータイツという姿の川本と目が合った。
「よお」俺から川本に話しかける。
「こんにちは、先輩」
「そういや、川本は何で最近までクラブに来てなかったんだ?」
しまった、と思った。言ってすぐにこんな質問をするべきではなかったと気づいた。
なぜなら、その理由が間違いなくあの事件だからだ。
「えっとですね、実は私、バスケ部に勧誘されてたんですよー」そういって川本はシュートポーズをする。
「バスケ部に勧誘? そうか、川本はバスケ上手かったもんな」
正直ほっとした。理由が、家での出来事だと言われたら俺はなんと謝っていいか分からなかったから。
そして、俺の中で少しずつ、川本を傷つけてはいけないというキモチが芽生えていた。
このキモチは華美に対するキモチとは違う。でも、川本を大切にしたい。今の俺はそう思える。
「なんてね。バスケ部に勧誘されたのは本当ですけど、理由はそれじゃないですよ」
理由は痛いほどに分かる。痛いほどに。
「あっ、皆集まってますし私たちも行きましょうよ、先輩」
皆が居る所に集まると、関川がいた。関川を先頭にしてカウンターに向かうと、どうやら予約していたらしく、
すぐに案内された。こういう所は、部長らしいと素直に尊敬できる。
俺たちは、窓際の奥の席に案内された。そこにはちゃんと部員全員が座れるだけの席がある。
俺は窓際の端の席に座る。隣に華美が座った。向かいは川本が座った。
皆が席に着くとすぐに関川が乾杯の音頭を取る。
「よーし、新入生が入部したことを祝って乾杯」
「かんぱーい」
お互いのコップとコップを合わせる。もちろん未成年なので、飲み物はジュースだ。
それでも、盛り上がれるのは高校生という時期だからなんだろう。
周りの連中が盛り上がっている中で、俺は黙々とドリアを食べていた。

          *

「よーし盛り上がってきた所だし、自己紹介しよーぜ」関川の発案に、あちこちから歓声が上がる。
自己紹介は部員のことを知る良い機会なので好きだ。
ただ、自分がするのは嫌いだが。
「まずは、俺から自己紹介するから」その言葉に、皆の視線が関川に集まる。
「関川浩二(せきかわ こうじ)、役職は部長です。中学の時からずっと演劇部に所属していますので、
演劇に関してはある程度自信を持っています。なので、分からないことがあればなんでも質問してください。以上」
パチパチパチ、拍手が起こった。
「えーと、次の人からは、ちゃんと趣味とか好きなタイプとかそういう話しもすること。これ部長命令。
順番は時計周りでいこうか」
……さすが関川。自分は簡単に自己紹介を済ませたくせに、人にはいろんなことを強要する。
まあ、俺は無理やりでも簡単に済ませるから関係ないが。そうして、自己紹介は順調に進んだ。
あいつの自己紹介が始まるまでは……

       

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