Neetel Inside ニートノベル
表紙

灰の凍る夜
故郷平野

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 六年後――

 黒い荒野に土埃が舞い上がる。
 友軍の騎馬隊がいそいそと目の前を慌ただしく横切っていくと、やがて空気がしんとして視界が開けた。向こうの地平線を遮っているのは、西ヴァロワ王国軍だ。敵も味方も、もうすぐ陣形が出来上がる。

 今に殺し合いが始まる……

「助かりっこない、こんなの」リュカがつぶやいた。

 すると前で敵陣を見やっていた老兵が振り向いて、じろじろとこちらを見返してきた。白髪頭で、顔のあちこちに傷跡がある。よほどの古参兵だろうか。

 助かりっこないよ、とリュカは思った。村でやった訓練では型をみっちり叩き込まれたけど、それさえもすっかり忘れて頭が真っ白だ。槍をうまく握れている気がしない。
 やっぱりだめだ、こんなの助かりっこない。

「ぼうず」と老兵がリュカに呼びかけてきた。

 顔は知ってる。けど名前は思い出せない。もうすぐ死ぬんだと思いながら、他人のことなんて覚えていられるわけがない。

 岩と枯れ木だらけの故郷平野に展開した敵軍――西ヴァロワ王国軍の隊列は、とても整然としていた。かつて〈灰より生まれし勇者〉の生まれ故郷がここあったからこの名前が付いたらしいけど、何千年も前の話だ。今は帝国の主戦場で、最後の抵抗者となった西ヴァロワを倒すため、軍が集結している。
 あちらは前衛に短槍兵、その後ろに長槍兵という並びで、両脇には弓騎兵までいる。敵の鎧はいかにも硬そうな金属製で、馬上の指揮官のものは特に輝いて見えた。
 ぼくらのは……身体と合わない革の胴着。錆びた鉄帽。そして丸盾には双頭の鷹――帝国の紋章。
 でも、なんでぼくは戦っているんだろう? 何年か前、村の教会で文字を教わっていた頃、まだぼくらは東ヴァロワ人だった。どうして帝国の侵略軍なんかに、ぼくたちは加担しているんだろう? 東西ヴァロワも昔は一つだった。どうして兄弟同士で争わなきゃいけないんだろう?

 もうすぐ殺し合いが始まる。ドラゴンの炎に焼かれる――そう思った途端、リュカの脚が震え、胸がばくついた。これは現実だ。しかもぼくは臆病者だ。こんなところ来るんじゃなかった。口減らしだなんて言われて家から切り捨てられたわけだけど、それでもこんなところに来るんじゃなかった!

「ぼうず」老兵がリュカの肩を小突いた。「お前、まだ子供か?」
「十六。戦は初めてです……ぼく、これから死ぬんでしょう?」
「わしはガレスだ」老兵はあごひげをいじりながら、しわだらけの顔でリュカを見つめた。「ぼうず、名前は?」
「……リュカ」
「よし。リュカ、お前は死なない。少なくともまだ死んじゃいない。分かったら思い切り息を吸って、すっと吐くんだ!」
「で、でも! ぼくは一月前までぶどうの収穫を手伝ってたんです!」味方の隊列も揃ってきているらしく、辺りで鎧ががちゃがちゃと響いていた。嫌だ。もうすぐ始まる。「こんなの生き残れっこない。もう死んだのと同じだ……!」
「大丈夫だ」
「どうして、です……?」
「どうしてだと? がっはっは、馬鹿め。そりゃ、俺たちはアーセン首領の〈不死小隊〉だからさ!」

 ガレスはそう言うと、やけに自信ありげに口をニッとさせた。

 リュカは訝しげに目を細める。アーセン。ぼくたちの村の領主様はそんな名前だった。
 噂では屋敷で本ばかり読んでいる若い貴族らしいけど、そんな人が、どうしていつも皇帝の出兵要請には応じてるんだろう? お父さんはフェアリオンはとても小さな里だと言ってた。確かに辺りを見回すと、他の旗の部隊たちはもっと大所帯みたいだ。なら僕らみたいな弱小部隊、居ても居なくても一緒じゃないのか?
 見渡してみると、敵は千も二千もいるように見えた。こちらも同じくらいだろうけど、このフェアリオン子爵の部隊は、運悪く右翼部の前線に配置されてしまったのだ。勝ち負け関係なく危ないことに変わりはない。

 ――と。

「ガレス! ガレス兵総長!」

 一人の男が隊列の後ろからやってきた。
 長い金髪の青年で、ぼくよりはいくらか年上みたいだけど、とても三十を超えているようには見えない。革鎧の上に古びたマントをつけている。腰にショートソードを差しているだけで、それ以外の武器はなかった。

 もしかして、これがそのアーセン様? こんなに若い人が子爵?
 盾どころか、槍の一本も持っていない……しかもこう言っては何だけど、ぼくみたいに弱そうな、細の長い身体つきだ。兵士というよりは神父見習いとでも言ったほうが似合っているくらいに。

 しかしガレスが「首領殿!」と背をぴんと伸ばしたので、リュカもそれに習った。辺りの兵士たちも嬉しそうに青年のほうに寄ってきて、彼を中心とした総勢四十人ほどの半円ができる。

「同郷の者たち! 今回こそは当たりくじを引いてやったぞ、久しぶりの前線だ。しかも今回の総大将は帝都の皇族ときた。手柄を残せば面白いことになるな」
「しかし首領殿! 西ヴァロワ方の虎の子、騎竜隊の姿がどこにも見当たりませんなあ」ガレスはひげをいじって言った。「どうやら騎手共はクソに時間がかかっているようで」

 ガレスは「がはは!」と笑い声をあげると、それにつられてフェアリオン隊で明るい声があがった。どうかしてる……こんな時に笑うだなんて!

「ふむ……あいつらは古き羊飼いの末裔だしな」アーセンはすました顔でいった。「きっと羊肉ばかりじゃモノが硬くなるんだろう。連中は不摂生だ、とても長生きできそうにないな」

 またしても隊で下卑た笑いがどっと起こる。リュカはどんな顔をしていいのか良いのか分からず、かすかに後ずさりした。
 不思議だ。顔のあちこちに傷をつけた兵士たちが、こんな青白い顔をした若者を慕っているようだ。ガレスはこの部隊を〈不死小隊〉といった。つまりこの人は何者で――いや、ぼくらはいったい何なんだろうか?

「とはいえ――」

 すると突然、笑っていたアーセンが険しい表情を見せる。
 一瞬にして兵たちは静まり返り、誰もが神妙な面持ちで注目したので、リュカも背筋を伸ばした。

「お前ら、いつだって死は一歩先にある。たとえ連中が今日はドラゴンを寄越さず、この戦がいかに楽なものであったとしても、だ」

 近くの部隊でもそれぞれの指揮官が簡単な演説を始めていて、総軍がざわついている。そろそろ帝国軍でも整列が始まるのだろう。兵士たちは興奮で浮つき、盾とブーツの音ががたがたと鳴っていた。リュカは心臓を吐き出しそうなくらい、ばくばくとした自分の鼓動を聞いた。

 アーセンはショートソードを抜くと敵方のほうへ向けて、

「行って、生き延びて、そして殺せ! 殺すことは罪だが――」首領殿と呼ばれた青年は再び笑みを広げる。「けどな。罪ってのは、神に恥をかかせる行為なんだ。奴の創造物である俺たちが、どれほど罪深い出来損ないかってことを示してやれる。こんなクソみたいな場所へ俺たちを送り込んだ神様の名前に、うんと泥を塗ってやるのさ。さあ行くぞ傭兵ども!」
「〈原初の灰神〉にかけて! 首領殿万歳!」部隊が歓声をあげて、槍を高く掲げた。

 この男は狂人だ――リュカは思った。軽薄そうな見た目をしているが、こんなのを帝都の正教会が聞きつければ、貴族でも間違いなく火あぶりだ! 街で焼かれた女の人を見たことがある。肉が焼けたあの臭いは忘れられない。

「ぼうず」横にいたガレスがリュカに言った。「大丈夫だ。こう見えて、首領は味方の命だけは大切にする」
「まずいですよっ。こんなのが教会に知られでもしたら――」

 ガレスは肩をすくめた。

「ここは戦場だ。生きたいのか? それでもさっさとくたばって、坊主どもに聖句を唱えられながら身体を焼かれたいのか?」
「もちろん、死にたくなんかないですよっ」
「だったら死んだ後の心配なんてするな。集中しろ。隊から離れるな」

 隊列を組み始めると、ガレスはリュカの腕を後列の方まで引っ張って自分の隣に置いた。気にかけてくれるのは嬉しかった。けど戦いが始まれば、きっと足手まといになってしまう。
 やがて――両軍は息を殺したように静まった。

     

 皇歴一二七年、五月七日、旧東ヴァロワ領、故郷平野――

「全軍突撃! 者共、私に続きなさい!」

 指揮官であるアリエル皇女の号令で、帝国軍は雪崩を打ったように陣地を下り始めた。
 リュカに選択の余地はなく、彼は隊の仲間にひっついて、乾いた荒野を走り始めた。中央で戦場太鼓が鳴り始め、無数の「うおぉーっ!」という雄叫びが空気を震わせる。しかし間もなく、千もあろうかという矢が曇った天空を切り裂き、太陽をさえぎって飛来してきた。

 ――やっぱり死ぬんだ。

 足がすくんだ。リュカの恐怖が最高潮に達して、丸盾で頭を覆おうとしたところ、

「速度上げ、一時の方向へ切れ!」

“首領”のアーセンが真ん中で号令し、四十人の隊列は息を切らしてペースを上げた。
リュカは方向感覚をつかめず夢中でついていくだけだったが――矢の雨はこちらではなくリュカ頭上を通り越し、中央の騎士隊に降り注いだ。軍馬の悲痛な金切り声が聞こえる。

「え? なんで――」

 リュカが上ずった声を漏らすと、老兵ガレスがしたり顔でこちらを見る。

「弓兵は兵が密集したところを狙う。一番強いところを狙う。俺達は、そのどちらでもない」

 なるほど――とリュカは思った。だからさっきの号令で、この小隊は敵の左翼部に流れて中央から離れていくような体勢を取ったんだ。

 横目で見ると、帝国軍も負けてはいなかった。中央の騎兵が前進しながら投槍を放ち、無数の線が荒野の空気でひゅうひゅうと音を立てた。その後も敵の弓兵は矢を走らせたが、フェアリオン小隊は突出気味に先行し、位置を小刻みに変えることで器用に避けていく。

 そして両軍の距離は詰まり、相手の顔が見え始めた。フェアリオン小隊の正面には、敵左翼を陣取る軽装の弓騎兵が群れをなしている。

「接触! 槍構え!」

 こうなったら伸るか反るかだ。
 リュカは槍を敵兵に向け、力いっぱい突進した。

「でやああああ!」

 気持ちだけで突いた槍は、いなないた馬が高く竿立ちしたので避けられた。
 馬上の弓兵は怯えた目つきで弓矢を引き、至近距離でリュカの胸をめがけ――寸前のところで彼はガレスに突き飛ばされ、矢は地面を突き刺した。

「わぁっ!」

 倒された衝撃で低い耳鳴りがした。

 鎧の重さ。
 干からびた土の臭い。
 金属音と悲鳴の鳴り響く空間。
 感覚が戻ってくると、少年は前後不覚のままよろりと膝をついて、見上げる。そして自分を殺そうとした男の首に槍が刺さっているのを見た。

 馬が暴れ、男の亡骸は地面に振り落とされる。ガレスが槍を抜き取ると同時に、その穴から赤い液が噴水のように漏れ始めた。

「間違えればお前がこうなる」と、ガレスが土だらけのリュカを片手で起こす。

 ぼくがこうなる。
 ああ、灰神様――男の首に開いたどす黒い穴を見て、とっさに口を抑えた。

「けどよく槍を出したな。初めての時、なかには盾を構えて縮こまるような奴もいる。もう自分を臆病者だと思うな」
「嘘です……こんなんじゃ、やっぱり足手まといです」
「うじうじするな、まだ何も終わってないぞ!」

 リュカたちのいる帝国軍右翼部は、恐慌した騎兵を追い回して奥へ奥へと追撃した。ある者は短剣を投げつけ、ある者は敵の落とした弓を拾い上げて矢をお見舞いした。それはほとんど狩りのようなもので、弓騎兵が背を向けて逃げ始めるまで長くはかからなかった。

 だがやがて、自分で自分がどこにいるのかすらもわからないほどに戦況は混沌としていった。二千対二千の戦争だったものは、やがて数多の小競り合いに分かれ、まるで一度に何百もの戦闘が行われているようだった。ついさっきまでは弓騎兵と戦っていたのに、気づかぬうちに部隊は移動を繰り返し、槍兵同士の組み合いになっていた。

 リュカは息をのんだ――戦争というものが、ここまで不格好な乱闘になるものだとは思わなかった。事前にやった訓練では隊列の組み方を習ったが、この場ではそんなものは全く意味をなさなかった。入り乱れれば掛け声などはすぐにかき消される。胸当てだけで敵味方の区別するのは困難で、一度崩れた隊列はもとに戻せない。

 先にこちらの刃を敵の肌に届かせる――それが、戦場を支配するたった一つのルールだった。

 少年は必死に隊列の最後尾で走り続ける。時間も忘れて走り続けた。
 フェアリオン小隊は一歩も退かず、妨害する敵の部隊を死体の山に変えながら前進したが、激戦が終わる気配はなかった。

 中でも、先頭に立った首領アーセンは水の踊り子のように戦った。身体を反転させ、敵の槍はいつも寸前のところで空を突いた。剣には詳しくないけど、領主様は剣の達人みたいだ。短い剣を使いながら、敵の急所に一撃を当てている。

 だが変化が起こったのは、六回目に敵の小集団を蹴散らした時だ。突然アーセンが隊を停止させたのだ。何で今になっていきなり?
 見たところ、部隊に死者はいないみたいだ。怪我をして悪態をついている者人はいたけど、すぐに携帯用の包帯を雑に巻きつけていた。

 隊員たちがアーセンを見る。
 首領は思慮深そうな目で遠くを見つめていた。リュカは彼の目線を追って見たところ、向こうから、まばらに散開した兵たちがこちらに向かって走ってくるのが見える。
 敵か?――いや、胸当てには双頭の鷹。帝国兵だ。逃げてきているんだ!

 リュカの心臓がばくついた。まずい、早く逃げなきゃ。

「何があったかは知らんが、負け戦のようだ」アーセンがつぶやいた。

 足を引きずりながら逃げてくるような兵たちを見て、初めてリュカはこの戦いが劣勢なのだと気づいた。誰もが必死な形相で、少しでも速く走ろうと武器を投げ捨てる者までいる。

「ずらかるぞ。手柄はお預けだ」

 帝国兵たちに並んで、フェアリオン小隊も退却体勢に入った。
 だが他の逃走兵たちは元いた隊からはぐれたような者ばかりで、全体はほぼ潰走と言ってもいい有り様だ。敵はそれを見て、獲物を目にした猟犬さながらに目を輝かせていた。そして未だ集団で行動しているこの小隊は、敵からすれば手頃な獲物でしかない。

 だからこそリュカも必死に走った。まだ死にたくなんかない。そうだというのに、すぐにまた小隊は急ブレーキをかけた。今度はなんなんだ!
 ――前方のはるか遠くに騎馬隊の影だ。あれは先程まで戦っていたはずの、弓騎兵だ。

「ちっ、回り込まれた!」前に出ていたアーセンが舌を打った。「奴ら、さっきの騎兵を深追いしすぎたんだ。偽装退却なんて安い罠に引っかかりやがって」

 リュカはどういう意味か分からずガレスの方を向くと、彼は落胆した表情でリュカの疑問に答えてくれた。

「わしらは最初、右翼にいた。だがぼうずも戦っていた弓騎兵が逃げるのを見ただろう? もしあれを友軍と一緒に追いかけて距離を離されていたら、遠くからハリネズミにされるのは明らかだった。だから首領殿は、あえて中央を横から攻めたんだ」
「え、じゃあ一緒に両翼にいた味方は……?」

 その質問には、ガレスは首を振った。

「まだそう厚い包囲はできていまい。突破は十分に可能だ」アーセンはショートソードを振って風の音を鳴らした。「この戦でほとんどの部隊は壊滅するだろう。だからここで生き残れば〈不死小隊〉の名が売れる。帰ったあとの報奨金の額が楽しみだな」

 そばにいた兵士たちがうんうんとうなずいた。彼らは言われるまでもなく隊列を整え始め、リュカはガレスに引っ張られるままだった。

 ――みんなはこうまでして手柄なんて欲しいのか?

 フェアリオン隊はまた方向を変え、これまでにも増して激しい白兵戦に飛び込んだ。何百もの怒号がとどろく中で、無数の盾と槍がぶつかりあう。リュカは味方かも敵かも分からぬ身体の押し合いに揉まれ、その度に怯えながら槍の穂先を向けた。

 ――ぼくはこうまでして生きたいのか?

 よろけかかって、はっとして我に返った。しかし近くで戦っていたガレスの背後に、敵が槍を突き立てようとしていたのが見えたのだ。“逃げろ”――心がそう叫んだ。でも、さっきこの人に助けてもらったばかりだ。いやガレスだけじゃない。みんなに守ってもらってる。ここでぼくが何も出来なきゃどうなる? いずれ見捨てられちゃうだけなんだ。

 ――戦わなきゃ。

「やぁあああああああ!」

 リュカは叫びながら槍を敵の鎧の隙間に突き立て、全体重をかけた一撃が横腹を一突きした。
 何秒くらいそうしていただろうか。それとも、一瞬だっただろうか。

「はあ、はあ……」

 人を刺した。
 何とも言えない空虚感、嘔吐感――そして快感が入り交じったような衝動を覚えて、鳥肌が止まらない。怖かったことも、悲しかったことも全部その一瞬で忘れた。

 ――いや、ぼくは生き残るんだ。

 それからは、後になって何も覚えていられないほど夢中だった。隊に合流し、必死に戦場を駆け抜けた。また無心になって槍を突いた。突然上手くなったというわけではない。ひたすら自分に気づいていない敵を狙ったのだ。今のリュカにとっては、それが生き残るということだった。

「はぁ……はぁ……」

 息も感覚も、空気の中に溶けていきそうだった。

 そして隊が安全な場所で停止した時でさえも、少年はどこに敵がいるのかを必死に目で追っていた。辺りが敵兵ではなく死体だけが転がっていて、戦の喧騒がはるか遠くなったのを見て、やっと逃げ切ったのだと分かったのだ。

「ぼうず!」ガレスがリュカの尻を小突いた。「まさか新入りに助けられるとはな。今日は酒を驕ってやらなきゃだ」
「見過ごすわけにはいかなかった。仲間がいなきゃ、生き残れない気がして……」
「正しい判断だ」とアーセンが歩み寄ってきた。「〈不死小隊〉はそういう風に考える者を歓迎する。今日からお前も一員だな」
「閣下……変な感じです。ぼく、ほんとうに槍を握ったのは最近なんです」
「ハッ、閣下?」とガレスが大げさに笑った。「あんた、最後にそう呼ばれたのはいつです?」
「さあ。こんな地位になってまだ二年だし、もしや初めてかもな」
「しゅ、首領殿……」リュカははにかんで、首筋を掻く。

 アーセンはニッと微笑を見せた後に、戦場の方に身体を向けた。向こうの戦いは一層激しさを増しているように見える。
 ――そうだ、味方は包囲されているんだ。一体あの中のどれくらいが生き残れるんだろう?

「帰還の青旗を上げろ。ガレス、お前は隊を連れて軍営地に戻り――百人程度でもいい――救出隊を至急よこすように伝えてくれ。必ず必要になる」
「はあ、救出隊?」ガレスは半ば驚いたような声を上げた。「おいおい、友軍は包囲されているんですよ。救出も何もありやしませんぜ」
「必ず必要になる」
「それで……首領殿は?」
「もうひとっ走りだ。よく見ろ――手柄を上げる絶好の機会じゃないか」

 アーセンの目線の先には、未だに包囲されている帝国軍が残っていた。帝国軍とは言ったものだが、今回編成されている内のほとんどは旧東ヴァロワ諸侯たちの軍だ。アンジュール家、ルアン家、ブリアン家……どれも神父様に覚えさせられた旗だ。
 でも、一人でいって何をしようっていうんだろう?
 
「お前ら、俺が帰るまでに金の使い道を考えておけ」
「バカのすることだ、首領殿。俺たちは不死なんじゃないのか?」
「……そのつもりだがな」黒髪の青年はニヤリとして、戦場に向かって駆け出していった。

 でも、手柄?――リュカはあっけにとられた。やっぱりあの人は狂人だ。そうまで手柄にしがみついて、一体何をしたいのだろう?

「あれだ。紺色の大将旗がまだある。双頭の鷹」ガレスが遠くを見ながらいった。「帝国の総大将がまだ向こうにいらっしゃるんだ。いまだに残ってるとはとんだ猪武者だな。だが確かに、あれをどうにか連れ出したら報奨金どころじゃ済まないぞ」

 お金なんていくら稼いでも――とリュカは思った。家に帰って家族を楽にしてあげられるだけだ。口減らしだけのために、ぼくを戦場に送り込んだような家族を。

「ガレスさん。首領は……ぼくたちは、何を目指しているんですか?」
「分からない」ガレスが答えた。「だが首領殿が大手柄を上げて、もし国でも手に入れれば――俺たちは、城を守る近衛部隊になる。直接あの人に育てられた、精鋭だ」

 国とか、城とかそういうことはよく分からなかった。
 けど、生き残った。リュカにはそれが満足だった――と。

 空気を引き裂くような叫び声。戦場ではない、空高くからだ。
 あれは――

「ドラゴンだ!」と、兵士の誰かが口にした。

 雄々しい羽を翻し、竜のシルエットが三つ、遠くの空を舞っていた。ドラゴン一頭は三千の軍にも匹敵するという。それが誇張かどうかは置いておいて、一つ言えることは、その口が炎を吐けば百人でもまとめて焼き払えるということだ。

「あいつら、長いクソだったな。さっさと軍営地に戻って助けを呼びに行くぞ!」ガレスが声を張り上げた。「首領殿が危ない!」

       

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Neetsha