……コイツだ!
俺が立っている位置から十歩程の先。
両腕を組んで仁王立ちしている、妙に余裕そうな顔の男だ。
歳は俺と大して変わっているようには見えないから、たぶん高校生。
「お前が、魔眼持ちだな?」
お前がトマトか?みたいな感じで聞いてくる相手の能力は……確か多岐眼使い。
しかし多岐眼とは一体なんなのか、名前からじゃぁさっぱり掴めない。
ま、俺の持つ侵略邪気眼程のミステリヤスさは無いがな。
お互い名乗ってすら居ないが、今から潰し合う相手に名乗る名前なんて無い。
「突然だが、死ね!」
だから俺は、挨拶代わりに『第三の手』を突っ込ませた。
が。
「多岐眼発動!」
地面から突然、七支刀のように枝分かれした棒状の物体が現れ――
「うっ痛ぁ!?」
第三の手が、それに串刺しにされる。
先制攻撃こそ、最強の攻撃だ。
そう思ったから放った一撃ではあったが……そう、予想通りにはいかなかった。
「痛ぁっ」
じわりと、右肩の神経が貫かれたような痛みが感じる。
どうやら触覚だけではなく、俺は自分の力と痛覚までも繋がっているらしい。
小学校の頃、家庭の授業でマチ針を指に刺してしまった時よりも熱く鋭い痛みを覚える。
「自業自得。いきなりのおかえしだよ」
男は痛がる俺を見て、まずはこちらの出鼻を挫いた余裕から笑みを浮かべる。
良い気なものだと恨み言を言いたかったが、痛みに睨むだけに終わってしまう。
まさか本当に痛いとは、思ってなかった。
知ってはしていたが……実感するまで分からなかった。
だが、これで実証させられた。
俺が痛いということは、相手も俺の妄想で痛がるということが。
「畜生、戻れ!」
『第三の手』の状態から、通常の塊の状態に変化させて手元に呼び戻す。
液体に近い塊の状態ならば、貫かれた事等お構い無しになる。
何故なら、『第三の手』は手という状態を作っているために……その形を壊されることが負傷に繋がった。
だが液体という不特定な形状ならば、斬られようが刺されようが、液体に変わりないのだからノーダメージ。
それが俺の持論であり、そのまま俺の邪気眼の特性になっている。
「なかなか素早いな」
枝分かれする凶器を前に、余裕そうな男が言った。
「それに結構、よく動く」
その間、敵の凶器はゆっくりと地面にその姿を沈めていく。
あれが必要な動作だとすると、マリオなんかにいるドッスンみたいな仕組みなのかもしれない。
つまり、近づくと作動して離れると作動するまでの動作を自動で整える。
となると攻略法は、機会を見て、誤作動させたところを攻撃するってことだ。
今のところその特性に確証をもてないが、試してみる価値はあるだろう。
そうして、出方を覗うべく微動した瞬間。
「が、俺には勝てない!」
敵の足元から、またも多岐眼と呼ばれた枝分かれする凶器が、引き上げられた錨のように勢いよく俺へと向ってくる。
ゲームじゃないから、敵はこっちのターン終了を宣言するまで待ってくれないのだ。
しかしもう少しこっちの出方を覗ったり、俺の攻撃を誘うくらいのことはして欲しかった。
――なんて、つべこべ考えてる余裕もなさそうだ。
もう敵の凶器は目の前まで迫ってきている。
「行けェ、『第三の手』!」
そこでもう一度、黒い塊を右腕に接続させて『第三の手』へと変化させる。
そうして目標に目掛けて射出し――蛇が獲物を締め付けるように、向ってくる枝分かれした凶器に絡みつかせた!
形の不特定さを利用し、そうすることで動きを止めてやるのだ。
すると向ってくる凶器は面白い程簡単に止まり、方向を地面に変えて停止する。
これで確実に俺に向って攻撃される可能性なんて無くなった。
「っハ、ざまぁねぇ!」
その鮮やかな手際に、俺は今の状況を鼻で笑ってやる。
「諦メロン、お前の負けだ!」
相手は、俺の邪気眼の力に言葉もでないだろうと見てみると、違う。
奴は、目の前の敵は確かに……笑っていた。
「いや、俺の勝ちだ」
「は?」
自分の台詞だと言わんばかりに、相手はそう言った。
勝ちだって? この状況にも関わらず?
敵の邪気眼能力らしき枝分かれした棒は、今や俺の力によって止められている。
芯を硬く封じており、確かな手ごたえが動く事はできない事を伝えてくれていた。
それなのに、奴の笑みは一向に揺るぎ無い。
「俺の力の本領を見せてやる」
奴の静かな言葉が、俺に予感を告げる。
今のままでは、この次の瞬間の結果は……拙い、と。
「しっかり縛れ!」
その予感から、自らの使い魔に指示を送る――がしかし、それは根本的に間違っていた。
「そんなんじゃー意味ないぞ! 多岐眼、発動!」
敵の一声で、急激に状況は変化する。
一瞬で、一本の真っ直ぐ形からブリッジ状になっていた棒の芯からさらにニ、三本。
新たな棒が飛び出し、こちらに向って飛んできた!
多岐。
奴の能力は、名前通りの多岐!
伸びる二本の鋭い先端が、俺を襲う。
「おっぶぅ」
無防備な体は成されるがまま、敵の攻撃を受けてしまった。
鳩尾に、右胸に、右足ふともも、それぞれに一発。
打撃を受けた点を結ぶと、逆『く』の字に見えるような攻撃だった。
「これは……!」
昔DQNに絡まれて鳩尾を殴られた時のように、地面に膝をついてしまう。
体に力が入らないという問題では無く、何よりも意識が集中できない。
幻覚の癖に、凄く痛いと脳に訴えてきた。
これは、先ほどの針の傷みの比ではない……!
全く、妄想とは思えない生々しさである。
本体から分断されたため、襲ってきた枝は小さかったが、こう何箇所にも当たれば痛い。
「それなりに痛いようだが、いいのか? 気を抜くと、本体が自由になるぞ?」
ふと、捕まえている黒い塊の方を見てみると、芯の縛りが緩みだしている光景が見えた。
さきほどより確かに、ブリッジ上の『枝』の本体が近づいている。
俺が強く縛っていると認識しなかったからだろう、束縛が緩くなってきているのだ。
「ここで、逃がすかよ!」
邪気眼と意識をリンクさせるために、自分の右手を突き出して握る。
そして、肉体のイメージと想像のイメージをリンクさせる。
これでだいぶ、イメージのし易さの違いがでた。
俺が右腕を握っている限り、能力の手が縛りを解くことはないだろう。
咄嗟の判断が、良い効果をもたらす。
「その足掻きがいつまで続くかな……!」
しかし、そんな俺の行動をむざむざ許してくれる敵でも無い。
新たに芯から数本、根を生やすと俺に目掛けて再び飛ばしてきた。
「っぅあ」
今度もなす術無く繰り出される打撃を全て食らい、そのほとんどが右腕に集中していた。
右腕が痺れたように、感覚が剥奪されていく。
結果として、ゆっくりと右腕が開いていき――つられて、絡んだ高速も緩まり、枝の本体がギリギリと近づいてくる。
「さぁ、どこまで耐えられる?」
野郎は、完全に今の状況を楽しんでいる。
ふざけやがって、絶対に負けないとでも思ってるのか?
いや結構、思ってそうだ。
こんな奴に負けるのは、嫌だな。
ならどうするか、そう考えた場合。
出てくる答えは一つ。
それは冷静になって、突破口を探すことだ。
まず敵の能力である、多岐眼。
これをいままでの一連の戦いの動きから、把握しよう。
これは一つの芯から多岐に枝分かれ、攻撃を仕掛けてくる。
この能力は本来、自分は何かであるっという設定を持ってくる邪気眼とは違い。
自分以外の何かを操って人に影響を加える……あえて定義するなら『召還系』の能力だ。
その点では、俺も同じカテゴリーに属している。
この属性の決定的な弱点は、本体が全くの一般人であるという事。
最強の力を持っているのはあくまで自分以外で、自分ではない。
自分の弱さを否定できないから、自分と繋がりのあるものに最強を求めてしまう。
とりあえず簡単な話、敵本体を叩けばいいんだ。
「ま、肝心のそれが無理っぽいんだけど……」
むしろ今のところ、逆にそれをされているのは俺だ。
多岐眼の枝は体に刺さってるは、さらに枝の攻撃を繰り出されて、対処に困っている。
俺の攻撃の方はどうかと言えば、相手の本体の攻撃を止めるのが精々だ。
せめて本体に届けば、攻撃を開始できるってのに……あれ?
「いや、無理でもないか」
そこでふと、閃いた。
本体に届けば、なんて拘る必要なんて、ないじゃないか。
「触れてさえ、いるんだから」
敵が多岐眼と云い、多く分岐する魔の力を持つならば、そう。
俺の能力は侵略邪気眼。
侵略はとは何か?
それは、邪気眼を犯し、染めて、我が物へと変えてしまう――魔の力だ!
「そうだよ、そう。それが俺の、邪気眼じゃないか!」
突き出す右手を開き、俺のイメージの中でこれを口に見立てる。
「な、なんだお前のソレは!?」
すると可愛い召使いはそれに習うように、縛り上げている状態から己が口を空ける。
それが食事の準備は万端だと言う合図であろう。
「俺のペットだよ」
実のおぞましい姿であるが、だからこそ素晴らしい俺のペット。
「今から餌の時間にするんだ」
敵は何かを感じ取ったのか青ざめるが、こちらは逆に満面の笑みだ。
ああ、慈悲なんて必要無いし、良心だって全然痛まないね。
今から行われるのは、食事であって殺しでは無いからだ。
強い奴が弱い奴を食う――ただそれだけの弱肉強食の光景、それは世の摂理なのだ!
「多岐眼発動、仕掛けろ!」
ここで敵が始めて、焦っていた。
しかし遅い、ここで動くのは遅すぎる。
「全く、活きの良い食材はまだ動くか」
目の前まで、多岐眼の能力で向ってきた打撃が迫る。
が、それも目前で止められると、黒い塊の触手に絡め捕られる。
邪気眼の戦いにおいて動揺し、相手の能力に脅威を感じてしまうと妄想の力はそれだけ弱くなってしまう、そのことの証明でもある。
俺はこの戦いで重要な、肝心なのは相手に呑まれず、自分が飲み込むことの大切さを感覚で理解した。
だからあとはもう、やることは一つ。
俺の邪気眼は多岐眼の芯にきつく絡み終え、いくつかの触手を派生させた。