Neetel Inside 文芸新都
表紙

オナニーした後声上げて泣いたことあるか?
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自分の歩んできた道を振り返ったとき、そこにあるものとないものを見て、綺麗な景色だと思えるかどうか。選んだものと選ばなかったものの組み合わせによって人生は構成されている。今日の昼食にカップ麺を選んで電気ケトルで湯が沸くのを待っている時間、振り返れば吉野家の食券機の前で悩んでる俺や、つまらなそうにカロリーメイトを頬張っている俺が居る。俺はカップ麺を選び、それ以外を選ばなかった。それに後悔したり、しなかったりして食べ終えたとんこつスープにパックご飯をぶち込む。選んだものと選ばなかったものの組み合わせによって人生は構成されている。でも、そうじゃないと気付く瞬間がある。ふと気が付くと、俺は満漢全席の机を前にして涎をたらしている。気が付くと、俺はアメリカ行きの飛行機の中でビーフかチキンかを選んでいる。気が付くと俺は家の前を通った幸せそうな子どもを殺している。気が付くと俺は好きだった人とセックスをしている。俺は振り返って目を凝らす。そこには透明な、選択肢から消した人生が、亡霊のように佇んでいることに気が付いてしまう。

二年前の春、俺は大学に入学する。くそったれな地元から電車で一時間、新幹線で三時間。四時間かけて俺は、俺の生まれたつまらなく何もない町と引き離され、つまらなく何もない田舎街に辿り着く。来る前から観光地として名前を聞いたことがあるぐらい有名な土地だったから、俺はこの街がそれなりに栄えているものだと思い込んでいて、期待もしていた。だが、いざ住んでみれば何もない。イオンもマクドナルドも無い。ラウワンもカラオケも。高校生が近所に欲しがる施設は何もない。無論それは遊び盛りの大学生も欲しがる施設だ。「観光地は観光するための場所で住みよい場所じゃねえんだ」と大学の友人が言っていた。そうだろうか。この街が住みよくないだけではないのだろうか。

大学に入りたてのころ、俺は誰もがそうであるように怯えていた。知らない土地、無尽蔵に湧く知らない顔、知らないイントネーションの言葉。誰にも知られず誰とも話せず、誰にとっても誰でもない俺。俺は早急に自分の居場所を作らなければならなかった。そこで俺は吹奏楽部に入部した。中学高校と、好きでもないのに続けていた部活だが、結局大学でも続けることを選んだ。楽器を吹いている間は、コミュニケーションさえおぼつかなくても、自分の居場所を主張することが出来た。大学の吹奏楽部などどこも人材不足だ。俺はコミュニティの必要にも応えていた。経験則でもあるが、無口であるが一見善良そうな人間(俺のことだ)が、狭いコミュニティの中でずっと孤独であることは少ない。孤立している人間を目に見える範囲で見過ごし続けることは、大なり小なりストレスフルなことだからだろう。俺は一、二カ月もすれば吹奏楽部というコミュニティに馴染んでいた。

吹奏楽部で俺は俺が好きになる女と嫌いになる女に出会う。吹奏楽部というのは女の園だ。女の園ならではの良いことも悪い事も起きる。良いこととしては、俺は部内の数少ない男子としてやたらとチヤホヤされた。チヤホヤというのは、あらゆる所作を好意的に受け取られ、美化され、一定の距離を保ちながら、「優しい人間」として常に高い評価を受けた。その立場を愉しんでいたことを俺は否定しない。俺は女子にチヤホヤされて舞い上がった。その結果、俺の認知も果てしなく歪んだ。自分は女にモテる人間であり、その気になれば簡単に彼女ぐらい作れる人間だと錯覚した。ゆえに、俺は二年次の半ばに仲の良かった女に告白して、「あなたのことは恋愛対象として見れない」とフラれる。「ぬいぐるみペニス」という言葉をご存じだろうか。性的な対象でない男性から突然性的アプローチを仕掛けられることを、ぬいぐるみからペニスが突然生えてきたような感覚だと、女性の側から揶揄した言葉らしい。俺はペニスの生えたぬいぐるみだった。この話はこれぐらいでいいだろう。俺が嫌いになった女のことは、ここでの本題ではない。ちなみ女の園ならではの悪い事としては、三年間で二度部内の人間関係が破滅している。だがそれも、本題とは関係ないので割愛する。

俺が入部したとき、二つ上の先輩にみさ先輩という人が居た。みさ先輩は綺麗で、品があり、喋ると訛りの強いところが可愛らしい女性だった。それ以上にみさ先輩について言えることは俺には無い。俺はみさ先輩についてろくに知らない。どこ出身で、学部では何を専攻していて、何が好きで、何が嫌いか。何も知らない。俺はみさ先輩と一対一で喋ったことでさえ、一度か二度あったかどうか覚えていない。それは仕方のないことで、どうでもいいことだった。人間関係は巡り合わせで、出会った人間と大した関わりもなく別れていくことは、ただ当たり前のことだ。時は過ぎて、三年生の春になる。世間では件のウイルスが騒がれ始めた頃だ。学校から卒業式が中止になったというメールが送られてくる。俺はそれをどうでもいいことだとして、メールボックスを閉じる。それからしばらくして、生活の趨勢のなかで俺がふと、この街にもうみさ先輩が居ない可能性に気がついたとき、俺はスーパーの広い店内を見渡して、そこから失われた気配に静かに胸を痛めていた。俺は、みさ先輩のことがなぜだか好きだった。

大学生活の集大成とも言われる三年次の時間は、低速に退屈に、それでいて恐ろしい速度で過ぎ去っていった。いつの間にか俺は十二月の寒空の下で、就活の準備を進めなければいけなくなっている。つまらない一年だったな、と思うことはある。出来るはずだったこと、やりたかったことのいくつかが失われて、その埋め合わせにオンデマンドの授業資料をメモ帳にコピー&ペーストさせられている。吹奏楽部の活動も休止を余儀なくされ、毎年恒例だった定期演奏会は中止になった。楽しみにしていたゼミでの活動もほとんど停止状態だ。それが虚しいような、悔しいような気持ちになることは当然ある。だが、俺はそこまで沈み込んでいるという訳では無かった。オタクの俺にとってコロナ禍が作った一人の時間は大した苦では無かったし、自分について落ち着いて考える時間にもなった。この三年間で、俺はほんの少しだけ自分に自信が持てるようになった。人に誇れるような作品も書き上げることが出来た。数は少ないが気の合う友人もでき、毎週集まってはコタツの上でボードゲームをして夜を更かす。部屋に帰ると俺は買って積み上げた漫画や本に囲まれていて、眠る前に詩を読んで、眠れない夜はTwitterを眺めてやり過ごす。将来に不安を感じることは多々あるが、それでもこれは俺が望んでいた大学生活そのものだった。だから、俺はそれで幸せだった。

だってそうじゃないとおかしいじゃないか。俺は幸せになるために生きている。俺の信条は「人生は放っておくと最悪にしかならない。だから自分の手で最高にしていかないといけない」だ。だから俺は欲しい本を食費を削ってでも買う。友達との遊びには貯金を切り崩してでも行く。第三波など気にせず鬼滅の映画を見に行くし(無論、感染症対策はしていく)、カフェインと一緒に脳が気持ちよくなるサプリを飲む。オナニーもする。オナニーを多くするために亜鉛のサプリも飲む。あとは安くて美味い飯を食って、Vtuberの配信を見ながら酒を飲んで笑う。幸せだ。不幸自慢が出来るような人生じゃないのは分かっている。じゃあなんで心に虚しいって感じる部分が残ってるんだ。生きてるってなんで意味がないんだ。あってしかるべきだろ。

dlstiteで音声作品を買っている。エロのやつだ。エロの音声作品を聞いたことはあるか。可愛い声やエロい声の声優に耳を舐められたりエロい言葉を言われたりして、最後に「ぴゅっぴゅ~」などの言葉と共に射精する。そういう類いの音声だ。俺は昨日、新しく買った音声作品を聴いていた。それは夢の中で女の子にオナニーの指示をされるという設定で、寸止めを繰り返して最後に盛大に射精するという趣向の作品だった。俺は音声作品が好きだ。音声作品を聴いている間、俺の存在はこの世界から消える。俺の意識は自分の手によって与えられる快楽にのみ集中され、俺の精神は肉体を遠く離れて、グラビアイドルの姉に耳を舐められ射精するショタなどに重ねられる。カウントダウンで焦らされたあとに射精をしている俺は、生きていることの全ての苦痛から解放されている。だから俺は音声作品が好きだ。「それじゃあ、私がシコシコって言うから、自分のペースでシコシコしてね。でも、自分の意思で射精しちゃだめ。絶対に我慢してね」俺は布団の中でパンツを脱ぐ。エアコンをつけていても、半裸では少し冷え込む夜だった。

三十分ほど、俺は耳を舐められながら自分の手を動かしていた。長丁場になることは分かっていたので、手を動かす速度は遅く、射精感はまだ遠い。音声は第三パートに入り、俺は声優が演じる女の子と一緒に、夢の世界の中に居るということになっていた。「じゃあ……好きな人のこと思い浮かべてみよっか」俺はそのとき、作品の真の趣旨を理解した。これは、おそらく実在の人物の淫らな姿を音声によって想像して、それで射精するという趣旨の作品だ。事実、作品はそのような筋書きで進んだ。俺は困った。俺には今現在、恋愛対象としている相手はいない。かといって身近な異性を思い浮かべるのも、後で何か実生活上の不都合が生じては困る(話していて勃起しそうになったりとか)。困った末に、俺は良く行くスーパーの美人な店員さんを思い浮かべることにした。「その人の顔を思い浮かべて」「服を脱がせてみよう」「乳首を舐めてみようか」俺は言う通りに店員さんのあられもない姿を妄想する。妄想しながら、もっと適した相手はいないだろうかと想像する。Twitterでフォローしているグラビアアイドル、自分を慕ってくれる後輩、友達の友達の胸の大きい女。俺はふと、みさ先輩のことを思い浮かべる。二度と会わないであろう人。好きな人の顔。好きな人の背の高い体。店員さんの顔が、ときどきみさ先輩の顔に変わる。別にそれでもいいかと思いながら、俺は寸止めを繰り返し、下半身がびくびくと震えるのを感じる。射精感はまだ遠い。皮かむりの陰茎が、摩擦でヒリヒリと痛みだす。結局、俺は店員さんで射精することに決めた。想像の中で、店員さんは少しと垂れた乳と、陰毛の無いツルツル下半身を、俺の体の上に打ち付けていた。女性の裸体を実物で見たことが無い。俺が想像する裸体は、ウルビーノのヴィーナスによく似ていた。西洋絵画でしか女性の裸体を知らない。俺は死んでも風俗に行かないと決めている。だから、俺は死ぬまで女性の裸体を見られない。射精感が近付いていく。カウントダウンが始まる。「ねえ、その好きな人の名前を呼んで」俺は、スーパーの店員さんの名前など知っているはずが無かった。

「みさ先輩」

仕方が無かった。仕方が無いのにその名前を口にしたとき、自分が恐ろしく興奮していることが分かった。俺は何度もその名前を呼ぶ。その度に快感が体の内側を駆け巡る。同時に、自分がしてはいけないことをしているのにも気が付いていた。「みさ先輩、みさ先輩」カウントが縮まっていく。カウントがゼロなって「射精」と言われたら俺は射精するらしい。「7、6」「みさ先輩、みさ先輩、みさ先輩、みさ先輩」くりかえす。くりかえすたびに、俺は何も考えられなくなっていく。「おまんこ気持ちいい」声優はその言葉をしきりに繰り返していた。くりかえす。退屈だと俺は少しだけ思っていて、「3、2」もう俺は何も考えない。想像の世界にみさ先輩が居た。みさ先輩は裸になって俺の上で腰を振っていた。ロングの髪を時々掻き上げて、高い声で喘いでいた。脳の中で、みさ先輩は俺を犯していて、俺はみさ先輩を汚していて、「射精」俺はそのとき射精できず、「射精」二度目の宣告でやっと射精した。凄まじい快感だった。ため込んだだけある。脳と心と体がぐちゃっと潰れる。気持ちいい。ティッシュで自分の出したものをふき取りながら、それを握りながら、声が出たのと、涙が出たのとどっちが先か分からなかった。俺は半狂乱になって咽び泣いた。気持ちいのか悲しいのか寂しいのか恐ろしいのかもなにも分からず、声を上げて自分の体をベッドに叩きつけた。それから五分ほど泣いて、「なんだこの人生」とだけ呟いて、眠った。

「望まずにいることが私の人生だった。それに気が付きたくなかった。手に出来なかったのではなく最初からなかったことにしていれば、今が一番幸せであることに出来た。私が望む人生が、今ある形でないなど、認めたいはずが無かった」

そのときの自分の感情をメモしたものを抜粋する。俺と同じテンプレのオタクに近い人生を歩んでいる人間なら、一度ぐらいは考えたことがあるのではないだろうか。マトモな人生を送りたかった。彼女を作って、他愛もない時間を過ごしたり、子供を作って家庭を持つことや、車や服に金を費やすことに幸せを感じたい。でも、それは出来ない。コミュ障、陰キャ、チー牛顔。服に金を使わず、髪は三カ月に一度しか切りに行かない。恋愛には興味がない。陽キャと言われる人種を馬鹿にしている。オタクの人生が楽しくて仕方が無いし、今の人生が幸せである。しかし、そうやって俺はあたかも自分が望んでここに居るよう振る舞いながら、その実「ずっとこんな人生を望んでいた」のだと自分で自分を欺き、自分の望みを軌道修正しながらここまで来たのではないのか? 俺の望んだ人生は最初からこうだったのか? 違うんじゃないか? 中学生のころ、空を見上げて俺は漠然と、いつか自分はオタクをやめてフツーの人間になって、フツーでマトモな人生を送ることを望んではいなかったか? 俺は、好きだった人とセックスが出来る人生を望んでいたのではないか? その望みは、今も俺の内側で、虚しいって気持ちを産みだし続けてるんじゃないか。


そんなことに気付いたのだ。今日は昨日よりずっと冷え込む夜だ。読んでくれてありがとう。私は自分が気分の悪い人間であると自覚しているし、それで不快になったら申し訳ない。読んでくれて本当にありがとう。

せっかく読んでくれたなら、もしよかったらでいいけど、コメントに自分がなんのために生きてるって思うか書いてってくれると嬉しい。一言でも良い。こんな人生だけど、俺は本当は生きてるって美しくて意味のあることだと、出来ることなら信じていたい。
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Neetsha