Neetel Inside ニートノベル
表紙

エスト
忘れたかった現実

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 村が死んだ後、自分は恐怖で震える手で看板に貫かれた弟をおろして、
目を閉じる瞼がないから人形のような体を抱いて家に帰って、
手拭いで目をかくして、どうしたらいいかわからなくてベッドに寝かせた。
意味もなく子守歌を歌って、いつもやっていたように寝かしつけた。
 ベッドのそばで座って、どれほど呆然としていたのだろう。
何も飲まず食わずで、背中の窓から太陽がじりじりと自分のうなじを焼いてきて、
熱くて仕方がなくてやっと立ち上がった。

 静かな村に、また馬が走ってくる音が聞こえて、
自分の身体が無条件に震え始めるのを感じた。
逃げなきゃ!ってとっさに考えて、できるだけ音を立てないようにそっと二階に上がって、
母さんの横を通ってまたクローゼットの中に入り込む。
 息をひそめて外がどうなっているかもわからないまま、
扉のほんのちょっとの隙間から、部屋の中を見ていた。

 しばらく、何の音もしなかったけれど、やがて足音と男の人の声が聞こえてきた。
さらに息をひそめて、何の意味もないのにクローゼットの奥に背中を押し付ける。
足音は複数名分どかどかと乱雑に部屋に入ってきて、
「ひでえありさまだな。」とか、「よくやるぜ」とか、
目の前のかあさんの死体がなんともないように話している。

 さっきまで差し込んでいた細い光がさえぎられて、嫌な予感がする。
ぱかんと扉が開かれて、一気に光が入って、
自分の目の前にひげ面でバンダナをした、ぎょろぎょろとした目の大男が現れた。

「おお!生きてる!子供だ!」
「マジかよ、これはいいぞ!」

 恐怖で身を固める自分の腕を、力ずくで引っ張ってクローゼットから出そうとするので
大きな声を上げて必死に蹴って抵抗したけれど、力で勝てるはずもなく抱き上げられ、
思いっきり殴られて、そこから記憶は全くない。
 次に目覚めた時は、暗くて冷たい、石畳に敷かれた布の上で、誰かに膝枕をされていた。
 
 殴られたところがずきずきと痛んで、頭を抱えながらながら膝の主を見てみると、
白いワンピースに肩ぐらいの黒い長い髪で、自分と同じくらいの年の、
きれいな顔の女の子が銀色の瞳をまん丸にしてこちらを見ていた。

「いてて…」
「だいじょうぶ?」
「うん…」

小さな手で自分の頭を心配そうになでてくる。
自分でも痛む頭をなでながら体を起こすと、カビのにおいが鼻をつく。

「…ありがとう」
「きみの名前は?」
「…ゼル。きみは?」
「んふふ、よろしくねゼル。
 ぼくは、ジルベール。」

とろん、と口を開かずに笑って、右手を差し出してきたので、
自分はそれを握って握手した。
周りを見回すと、じめじめとした石の床に大人が何人も薄い布を敷いて眠っていて、
天井近くに鉄格子のはめられた小さな窓があって、
月の光がうっすらと入ってきている。
自分含め、全員首輪をされていた。

     


「ここは、どこ?」
「商都サライールの奴隷部屋だよ。」

 村のそばの森の奥に行っては行けない理由を思い出した。
きっと奴隷商人たちは騒ぎを聞きつけて、森の奥から出てきて、
こうして生き残った人間をさらって来たようだった。

「…他に、連れてこられた人はいる?」
「ゼルだけ。」
「そっか…」

 本当は自分以外にも、誰か生き残りが連れてこられたんじゃないかと期待した。
ジルベールは突然、ぺたりと自分に抱き着いてくる。
びっくりして、どうしたらいいかわからなくて困っていたら、
耳元で鈴を転がすような笑い声が聞こえる。

「年の近い子が来て嬉しいな」

 周りが大人ばかりでさみしかったんだろうと思って、背中に手をまわして、
弟にいつもしていたように、とんとんと優しく叩いたら、
ジルベールはさらに自分を強く抱きしめた。

 ジルベールは自分が来る2,3日前にここに来たらしい。
父親から虐待をされていて、母親がそんな父親に耐えきれず
無理心中しようとして家に火をつけて、一人で命からがら逃げだしたところで、
奴隷商人に捕まったのだという。

 自分を連れ去ってきた商人は少し変わっていて、
”病気になられてはこまる””そこそこ小綺麗じゃないと売れない”という理由で
毎日身体は洗えたし、ちゃんとトイレも用意されていて、
他で売られている奴隷よりも、最低限清潔な生活を送ることができた。
 
 朝になると街の裏路地にある檻の中に入れられて、売られていた。
薄暗くてじめじめした檻の中で、暴言を吐かれることもあったし、
奴隷を買った偉そうな大人が、自分たちに見せつけるように、
買った奴隷を目の前で折檻したり暴力を振るったりするのなんてよく見た。

 自分も買われたらああなるんだと思うと、誰にも買われたくなかった。
 
 夜、月光が入る場所で寝るようにしていたけれど、
眠れば村の惨状を夢で見て、さらにストレスと寝不足で
部屋の隅の真っ暗なところから目のない村人たちが自分の目を求めて
襲い掛かってくる幻覚が見えてさらに眠れなくなった。
 このせいで今も、夜の広くて暗い部屋も、夜の街を歩くのも、
陰から何か出てきそうですっかり苦手になってしまった。

 ジルベールはそんな自分とずっと一緒にいて、ちょっと変わった子だった。
寝るときなんかはぺったりとくっついてくるし、
となりに座ると腕に手をまわしてくるし、さみしがり屋なんだな、って思っていた。
正直、女の子にこんなに触られることがなかったからちょっとドキドキした。
 でも、その距離感のせいか、大人たちに気持ち悪いと言われて避けられていた。

ある日、とんでもなく大雨の日があった。
雨漏りがすごくって、できるだけ濡れないようにみんなで過ごしていたけど、
ものすごい音を立てて、屋根が崩れた。

     

 雨水と泥、木材なんかが押し寄せてきたから、とっさにジルベールの腕を引っ張って、
部屋の隅に避難しようとして泥に滑って転んでしまった。
そのせいでジルベールも転んでいたけれど、どうにか屋根につぶされずに済んだ。
 自分はこの頃からちょっとどんくさかったんだな…

「大丈夫?ゼル」
「大丈夫…ジルベールは?」
「大丈夫だよ。
 …ふふ、あはは、ゼル引っ張るんだもん、ぼくまで転んじゃった!
 こんなに泥だらけになったの初めてだよ。あはは」

 泥だらけの顔で、珍しく歯を見せて笑う。
そのとき、八重歯が見えていつも口を閉じて笑うのは隠すためだったんだな、って思った。
楽しそうに笑うから、自分も苦笑いする。

「はは、ごめん、ケガはない?」
「うん、平気。んふふ」

 誰か下敷きになったようで、駆けつけた商人たちや他の奴隷の大人たちは大騒ぎしていた。
 このまま混乱に乗じて逃げられたらよかったけれど、
運悪く壁と崩れた屋根に囲まれて、自分たちに脱走はできなさそうだった。
 屋根をなくした建物の中で、ざあざあと大雨にあたって、
商人が一生懸命木材をどけている様子が見えた。

 逃げられなかった自分たちのような奴隷は、首輪に鎖をつながれて、
狭い裏路地をぞろぞろと縦に並んで歩かされて、別の小屋に連れていかれた。
商人が言うには、”超高級奴隷しか居られない小屋”らしかったけど、
違うところと言えば鉄格子がちょっと新しそうだったのと、
雨漏りが少なかったことくらいで、前の小屋との違いはあまりわからなかった。
 特に泥だらけでひどかったから、自分たちは一番初めに水浴びすることになった。
水浴び部屋の前で、ジルベールの背中を押す。

「先行っておいでよ。」
「…ゼルは?」
「おれは次でいいよ。」
「一緒に入らないの?」
「いや、女の子と一緒はちょっと…」

 ジルベールはまた口を開けずににやりと笑って、自分に顔を近づけてくる。
自分よりも少し背が低くて、上目づかいで目を見てくるのでドキッとする。

「…ぼく、男だよ?」
「えっ」

長いまつげ、白い肌、キラキラした瞳、真っ黒な髪もその時伸ばしっぱなしで長くて、
声変わりもしていなかったし、身体が華奢だったから全く気付かなかった。

「あ、ごめん、ずっと女の子かと…」
「あはは、お父さんが女の子が欲しかったって言うから、
 女の子らしく振舞ってたせいかも。」
「いや、ごめん全然きづかなくて…」

ジルベールはちょっと寂しそうな顔をして、自分の顔を両手で挟んで、
さらに体をくっつかせるから、下まつげまで一本一本見えるほど顔が近くなる。

「…ゼルはぼくが女の子じゃなくてがっかりした?」

     

「そんなことないよ。」

ちょっとびっくりした顔をして、また口を開かずに笑顔になると、

「ゼル、ぼくは君が好きだから、ずっと仲良くしてほしい…」

と、うっとりとした顔をするのだった。
もちろん水浴びは一人でしてもらった。

 当時の年齢にしては、ジルベールは色気のあるというか、
ちょっと危険な雰囲気をまとっているというのは、子供の自分でもわかった。
でも、自分に害があるわけじゃないから、特に距離を取ったりするでもなく、
そのまま変わらずに接した。

 幸か不幸か、自分たちはなかなか売れなかった。
もう少し大人にならないと、力仕事もできないし躾から始めなければならない、
という理由からのようだった。

 自分がここにきて1年と数か月程経った頃、檻の中で壁に寄りかかって座っていたら、
ジャラジャラと宝石をつけて立派な服を着た、背の高い男が鉄柵から覗き込んでいた。
商人は、”おお!かの貴族の!”とか言いながらわざとらしく近寄っていく。

 自分の膝を枕にして寝ているジルベールをみて買いたいといったらしく、
奴隷商人はいやらしい笑顔で手をもみながら、”本当は小さな国の王子でね”だとか、
”きれいな目でしょう!薄いグレーは希少価値が高くて”だとか、嘘ばっかりの説明をしていた。
 男はニタニタしながらこちらを見ていて、嫌な感じだなあと思ってジルベールを見たら、
目を開けて男のほうを見ているようだった。

「…貴族だって。ぼく、買われるんだったらゼルも一緒がいいな」
「それは難しいだろうなあ。」

 数カ月前に一度、緑の目だって買おうとした人が、値札を見た瞬間にやめていたから、
多分自分にはとんでもない高値が付いていたんだと思う。
だから自分はまだしばらく売れないと思っていた。
 ジルベールは体をおこして、男のほうに寄って行ったので、
何をしゃべっているのかとその場で聞き耳を立ててみる。

「ね、ぼくがほしいんでしょう?あの子と一緒がいい。緑の目の子。だめ?」
「こらっ、おまえは黙ってなさい」
「ぼく、別に王子でもないし瞳の色も特別じゃないよ。
 おじさん、買うならあの子も一緒に買って、いい子にするから。」
「こ、こら!」
「なんだ、言ってたこと全部嘘かい」
「嘘だよ、でも」

 続く言葉は男の耳元で言っていて聞こえなかったし、結局自分たちは買われなった。

 その日の深夜、いつものように横になって寝られずにぼんやり壁を見ていると、
ジルベールが呼ばれて外に出て行って、数時間してなんともなかったかのように戻ってきて、
また自分にピタリとくっついて寝ていた。
翌朝、目が覚めると先に起きていて、自分が起きていることに気づくと、
とろんと笑って抱きつき、耳元でささやいた。

「ねえ、ゼル、昨日の人、一緒に買ってくれるって。」
「え、そうなの?」
「うん、一緒に居られるの、うれしいな…」

 また弟にしていたように、背中をとんとん、と優しくたたく。

     

正直言って、買われたことは全く嬉しくなかった。
 ジルベールみたいに見た目がいいわけでもなかったから、
他の奴隷たちと同じように蹴られたり殴られたりして言うことを聞かされるだけで、
自分が幸せになれるとは全く思わなかった。

 その日、自分とジルベールはガシガシ石鹸で洗われて、
白いおそろいの服を着せられて、”お屋敷でも良い子にしていろよ”と言われると
帆馬車に乗せられた。
 自分たちが逃げないようにと、剣を持ったごつい見張りの男の人も一緒だった。
御者と見張りの話を聞いていると、本当はサライールから目的地まで
本来なら5時間で着けるけど、荷物の都合で回り道をしなければならないし、
途中で数時間の休憩も必要ということで、もっとかかるという話だった。

 そんなにずっと馬車に揺られているなんてつらいし、
その後のことも考えると憂鬱だったけど、
隣で鼻歌を歌いながら自分に寄りかかって手を握ってくるジルベールは
そんなことはどうでもよさそうだった。

 昼前から出発して、寝ても覚めてもたくさんの荷物が乗った固い帆馬車の荷台の上で、
休憩時間も馬車から降りることは許されなかった。

「馬車、あきてきたね、ゼル。」
「そうだね」

しりとりも連想ゲームもやって、思い出話も早々に底をついて、
無言になる時間が増えて、ぽつりとジルベールが口を開いた。

「早く着かないかな」
「ジルベールは、早く行きたい?」
「うん、素敵な服着て立派なお屋敷でゼルと一緒に住みたいもの。」
「そっかあ。」

 自分は殴られながらよくわからない雑用をしている想像しかできなかった。
 外は太陽が真っ赤な夕日になりかけているころで、
2時間もすればとっぷりと夜になりそうだった。

 3度目の休憩の後、突然大きな音がすると馬車が大きく揺れて、
自分たちのいる荷台が横に倒れた。
ものすごい衝撃に、自分は外に投げ出されて、
ジルベールはなんとか荷物に潰されずに帆馬車の中に入ったままだった。
 見張りはこちらに走ってきて、逃げないようにと腕をつかんできたけれど、
どこかの国の軍隊のものであろう真っ黒なウォーワゴンから、
何人も兵士が下りてきて大きな声で御者に何かを言っていた。

 どうやら、自分たちが乗っている荷台部分がぶつかったらしい。
見張りが自分の腕を放して御者のほうに走っていくと、
兵士と何か言い合いを始めたので、ジルベールに駆け寄った。

「ジルベール、大丈夫?」
「いたた、だ、大丈夫…ゼルは?」
「大丈夫。…ジルベール、行こう」
「行こうって、どこに?」
「どこでもいい、行こう。」

手を握って馬車から離れようとする自分に、ジルベールは困惑した顔でしがみつく。

     

「ぜ、ゼル、でももう夕方だよ、このまま逃げても真っ暗な中魔物たちに殺されちゃう」
「でも、それでも、貴族のところに行ってこき使われるよりましだ。」
「だ、だめ…ね、大丈夫だよ、貴族は僕たちにひどいことしないって言ってたもん」
「そんなの信じられないよ、檻の中から、奴隷たちの扱いを見てたじゃないか。」
「あ、あ、だめ、ゼル待って」

 ぼろぼろと涙を流しながら足にしがみついてくるのを、優しく引きはがす。
大人たちが大きな声を上げて、殴り合いをしているのが見えた。
逃げるなら、今しかないと思った。
肩をつかんで、目を合わせる。

「おれは行くよ、きみは来ないの?」
「ぜ、ゼル、いや、いやだいかないで」

 泣きながら差し出した手を握ったまま、
その場でぺたりと座り込んで動く様子がなかったから、そっとハグをした。

「…さようなら、ジルベール」
「まって…」

 ぐしゃぐしゃの顔で引き留める少年を置いて、自分はそっと走りだす。
荷台のほうから見張りの大きな声が聞こえて、後ろを振り返らずに全速力で、
近くの森に飛び込んだ。
 息が上がって、何度も転んでつらかったけれど、
捕まるよりましだととにかく走った。

 夕日はどんどん沈んでいって、気温はだんだん下がっていった。
ジルベールを捨てて、遠くへ遠くへ逃げた。

 そうして、イースの畑にたどり着き、
泥だらけでボロボロの自分を見つけ保護してくれたのは、
南区域でおじいさんと2人で住んでいたラエおばあさんだった。



 ジルベールを置いていったことを
忘れていたのかと言われれば嘘になる。
でも、見殺しにしたかもしれないと思って、
この記憶にふたをしていたのは確かだ。

 彼に寄り添わなかったこと、
一緒にいてあげなかったことを
ずっと後悔していた。

 ラファエルを見た時、悲しいことに彼の無事よりも、
自分は見殺しにしていなかったんだと安心してしまった。
 そして同時に、彼はあの時置いていったことを怨んで、
このまま自分を殺すのではないかと思った。










       

表紙

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Neetsha