Neetel Inside ニートノベル
表紙

エスト
交差する思惑

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 ゼルがふと目を覚ますと、手触りの良い椅子の豪華な馬車の中でした。
目の前にはディルトレイが眼鏡をかけて本を呼んでいて、ぱちりと目があいます。

「おや、目が覚めたのかい」
「はっ、すみません!」
「いやいや、気持ちよくなるのもわかる。」

がたがたと心地よく揺れる馬車は、ロストール帝国に向かっています。
 朝早くに起きたせいか、口をぽっかり開けてすっかり眠っていたようでした。
日光が窓から入ってきて、レースのカーテンごしに外を見ると、
日差しにキラキラ輝く女騎士が真っ黒な馬に乗って、
風にシルクのマントをなびかせているのが見えます。
 まだ朝の優しい日差しではありますが、マージュの着ている白金の鎧の中はきっと
暑くなっているはずなのに、すっと背筋の通った姿は涼しさすら感じさせます。

 ゼルは進行方向とは逆向きに座っていましたから、
正面を見るには身体をねじらなければなりません。
背中の小さな窓を覗くと、御者と馬の向こうには街に入っていくたくさんの荷物を載せた馬車や、
人々の往来が見えています。
門のあたりには国旗がはためいて、イースとは違う重たい空気を感じました。

「もう少しで国内に入るね。緊張するかい?」

本から視線を外してこちらを見るディルトレイに、
ねじった体を正して、苦笑いをします。

「はい、やっぱり、少し…」
「まあ、皇帝は悪い人物ではないよ。問題はゼルを探している者かな。」
「はい…」

 ゼルは昨日、王と外交、そして王子に帝国で自分の事を知っているであろう人物の話をしました。
王子は”外見と言動から、ゼルのいう人物はラファエルだと思う”といい、
結局、ゼルを探しているのではラファエルではないかという結論にはなりましたが、
薬を持ち出し、助手だと言って貴族のそばで堂々と歩きまわるような男を、
外交は見たことがないと不思議がっていました。

 皇帝がゼルを呼んだことに関係があるとしたら、
”皇帝をうまく使っている”のか、それとも
”皇帝のたくらみに乗っている”のか、
だとしたら何のためなのか謎は多く残ります。

 そして想うのは、緑の目を探して死んでいった少年と、
いつも親切にしてくれていたジョージのことです。
今日で、色々なことが分かれば。
今日で、全部が解決してくれれば。
ゼルは願わずには居られませんでした。

 馬車は門へと差し掛かり、広く、ごちゃごちゃとした街を真っ直ぐに進みます。
家と家の間は狭く、そこかしこに人はひしめきあって、
立派な服を来ている人、機械油で真っ黒の人、
元気いっぱいに井戸端会議をする女性たちもいれば、大声で客引きする商人たちもいます。
 大都会の活発な様子の中、路地や狭くて暗い道のよどんだ空気と、
ボロボロの姿で売られている子供や、浮浪者の姿も見えました。
 王は、何とも言えない表情のゼルをじっと見ています。
やがて、お城にさらに近づいて、少し開けてくると豪華な家々が並び始めます。

     


「…すごいお屋敷ですね。」
「そうだね。もうすぐ、この国を牛耳っている貴族たちの家の前を通るだろう。」

 ゼルが、窓の外に目を奪われていると、貴族たちのお屋敷が見えてきました。
他の家とはうって変わって大きな敷地に門があり、
お屋敷には、その地位を誇示するかのように、大きく紋章の入った旗が入り口に飾られています。
 そして、ある家を通り過ぎる時、目が釘付けになり、思わず身体を窓に寄せます。

赤と緑の、大きな旗。

住んでいた村で殺戮が起きたときに、
自分の部屋から見えた赤と緑の旗が、
エメラルドの瞳に映ったのです。

 目を大きく見開いて、息をのむゼルの脳裏に、夢でも見た記憶が呼び起こされます。
ゆっくりと身体を引いて胸のあたりをおさえ、
自分が悲しさに支配されないよう、目を閉じて耐えます。

「ゼル」

その姿を見た王は、神妙な面持ちで声を掛けます。

「はい」

少しの間の後、ほとんど空気のような苦しそうな声で返事をします。

「旗に見覚えがあるのかい」
「…はい。」
「…あれは緑の瞳を売り飛ばし財力を得て、
 この国の貴族に成り上がったハイン家の旗だ。」

ひたすらに自分の悲しさがあふれ出ないよう、
ゼルは返事もできずに口をつぐんでしまいます。

「だがゼル、今は怒りと憎しみを抑えてほしい。
 ここで、ゼルが何かを起こしてしまっても、
 我が国は帝国の数万の兵に太刀打ちできる兵力はないのだ。
 …できるだろうか。」
「…はい、ディルトレイ様。自分はもう、故郷を失いたくありませんから。」

小さな声で、自分に言い聞かせるようにいうと、
ディルトレイは、ゼルの苦しさを感じ取ったように目を伏せました。
 馬車は、お城へ入ります。













     

 さて、イースは白っぽい外壁に明るい雰囲気なのに対して、
ロストールのお城は灰色掛かった外壁にたくさんの彫刻が施され、
ガーゴイルの像や兵士たちの黒っぽい服装も相まって、なんだか重苦しい空気です。

 さっきの旗を見たショックから抜けきれないせいで、
ゼルは馬車から降りてもなんだかしゃきっとしていない様子だったので、
兜を取って、ディルトレイを馬車から降ろしたマージュが背中を小突いてきます。

「寝ぼけているのか知らないが、しっかりしろ。」
「は、はい。」

むりやり、きりっとした顔を作って背筋を伸ばすと、
周りのぴんと張った空気に気づいて今度は緊張が襲ってきます。
 深呼吸をしていると、お城の奥からガチャガチャと音が聞こえてきました。
現れたのは、背も高く恰幅もいい30代ほどの、
真っ白なマントに青い塗装のされた鎧を身に着けた男で、
どうやらこの国の将であることは見てすぐにわかるほどでした。
顔が見えるように兜を小脇に抱えています。
 イーギルも身長もあって鍛えていますから身体は大きいのですが、
縦も横も彼よりも大きいので、なんだかゼルが相当貧相に見えるほどです。

「いらっしゃいませ、イース国王のディルトレイ様、そして円卓のお二人。
 お待ちしておりました。」
「お出迎えありがとう、ゲオルギウス将軍。」
「は、名前を覚えていただけて光栄です。
 では、ご案内いたします。」

 将軍は、思わず女性であるマージュをエスコートするかのように手を差し出しますが、
マージュは氷よりも冷たい目でその手を一瞥し、
人形のように動かないので、ディルトレイが苦笑いします。

「…将軍、彼女は我が国の騎士、ここでいう貴殿と同じ立ち位置でね。
 エスコートする側の人間なので、そういった気遣いは不要だよ。」
「は、はあ、それは失礼いたしました。ははは、あまりにもお美しいので」
「見た目は美しいが中身は獰も…ああいや、気が強いのでね。」
「早くご案内ください将軍殿。」

 2人の取り繕うような会話を、無表情のマージュが鋭い一言が強制終了させます。
将軍は苦笑いしてくるりとマントを翻したので、
後を、ディルトレイ、ゼル、隣にマージュと並んで、
深紅の絨毯の敷かれた廊下を進みます。

 広い廊下の両側にも彫刻が置かれていて、外からの光はなく、
壁に掛けられた豪華な燭台がいくつも並んで床を照らしていました。
 がちゃがちゃと鎧の擦れ合う音と自分たちの足音、
自分たちの後ろを歩く兵士の足音を聞きながらしばらく歩くと、
真っ黒な、紋章の描かれた扉が現れ、将軍が力を込めて扉を開きます。

 中に入ると、深紅の絨毯から漆黒ので金縁の絨毯にかわり、
その先には2段ほど高くなった壇上に、金の装飾に黒いクッション付きの豪華な椅子に
足を組んでひじ掛けに寄りかかり、手の甲に頭をのせて堂々と座る皇帝が待っていました。
 皇帝の両横には色鮮やかなつぼに花が活けてあり、
背中には5角形の国章が飾られて、身が引き締まるほどの威圧感です。

 将軍が皇帝の目の前で跪きます。

「イース国王、円卓の3名をお連れしました」
「ああ」

     


短い返事を聞くと将軍は立ち上がって、皇帝の横に立ちこちらに向き直ります。
 後ろにいたディルトレイが堂々と2,3歩前に進んで立ち止まると、
騎士と側近は両脇で跪きます。

「久しぶりにお会い出来て嬉しく思います、皇帝陛下」
「敬語を使うような間柄じゃないだろうディルトレイ。
 俺は皇帝になっただけで何ら変わりない。」

 けだるそうにひじ掛けに寄りかかったまま、ニヤリとしてこちらを見ています。
ディルトレイは、いつもの微笑みをたたえたままです。

「そうか、では以前と同じく。」
「構わない。顔を上げろ、パラディンとエスト。」

 声がかかって皇帝を見ます。
銀色の髪に、紫の瞳。目は切れ長で何を企んでいるかわからない笑み。
ディルトレイと比べると随分若く、どちらかというとマージュと年が近そうに感じられます。

「早速だがディルトレイ、場所を移動する。
 こんなところで久しぶりの友人との会話がゆっくりできると思わないからな。
 そして、俺に色々聞きたいことがあるだろう?」
「そうだね、皇帝の予想通りの質問を考えていたよ。」
「さて、本当に俺の予想通りかな。」

 鼻で笑って玉座を立って壇を降り、
ゼルの横を通り過ぎようとしたところで立ち止まります。

「緑の目、よくこの国に来たな。
 おまえの村を滅ぼした貴族はここでのうのうと暮らしているぞ?」
「は、い。存じております」

 ゼルは、皇帝がまるで、自分を怨めとでもいうように煽って来たように思えました。
でも、自分を見透かす紫色の瞳に、不思議なことにイグジクトを思い出します。
怖じ気づく様子もなく目を見てくるゼルに、皇帝は目を細めています。
女騎士はほんの少しだけ心配そうな視線を送ります。

「皇帝陛下」

将軍が声を掛けると、皇帝はちらりと将軍を見て、
視線をひざまずく側近に戻します。

「エスト、おまえには教会に行ってもらう。」
「え?」

思わず声をあげる側近は、まずい、と自分で口をふさぎます。
皇帝はそれが面白かったのか、愉快そうに口の片端を吊り上げます。
王が皇帝を見据えます。

「皇帝、彼だけ別行動ということだろうか。」
「そうだ。」
「理由を。」

王と皇帝は、微笑んだ顔のまま見つめ合います。
女騎士は跪いて、無表情のまま鋭い視線で見上げています。

     

「心配か?」
「我が国の王子も気に入っている、大事な円卓の一人なのでね。」
「そうか。
 …エストを一連の騒動の原因と会わせてやる。」

 女騎士の顔がこれ以上ないほどに険しくなります。

「わ、わかりました。」
「ゼル!」

 身を乗り出して抗議しようとする女騎士に、側近が静かに口を開きます。
王は、黙ってそれを見ています。

「マージュ様、大丈夫だと思います…あの、皇帝陛下は…その」
「俺がディルトレイに喧嘩を売るようなことはしないと?」
「は、はい。そう思います。」
「だそうだ、ディルトレイ。フフ」
「…逆だよ、ゼル。」
「はっ!」

 大笑いする皇帝と苦笑いするディルトレイの顔を見て、ゼルは青ざめます。
イースは帝国に比べて人口も国土も小さな国です。
攻め入られて負けるのが目に見えているのはイースなので、
どちらかというとディルトレイが皇帝に喧嘩を売らないように
慎重に行動しているといっても過言ではありません。

「し、失礼しました…」
「いい、クク、そのマヌケさがなければ国民の信頼は受けられまい。
 だが今後は気をつけろ、俺もディルトレイも一切の失言を見逃さんぞ。」

さっきまで面白そうに笑っていた顔を元の涼しい顔に戻して、
優しい声色になり、王を真っ直ぐに見ます。

「エストの安全は俺が保証する。
 ゲオルギウス、教会へ案内しろ。」
「かしこまりました。」

 不満そうな女騎士を横目に、強制的に将軍が側近を案内していきます。

「失礼したね。
 さて、何を考えているのか聞かせてもらえるのかな」
「説明する。
 ディルトレイ、思っていたよりも面白いなあの緑の目は」
「何を企んでいるのかな、皇帝陛下は。」

 踵を返して玉座の間を出ていく皇帝を王が追いかけ、
さらにすこし間を開けて、心配を隠しきれない顔の女騎士が後ろについて歩き、
ばさりという白と青のマントが翻る音が玉座の間に響きました。

 不安でいっぱいのゼルは、ゲオルギウスのマントを追いかけながら、
ぐるぐると皇帝の言葉が頭の中を回り、自分の大失言にうんざりしているところです。
 玉座の間を出てから、入り口のほうに歩いて行って、
廊下を曲がったら、外の光がたくさん入る渡り廊下を進んで行きます。
雲が多く、太陽はよく隠されつつも、青空も見えていい天気です。

「エスト様」
「は、はい」

     


将軍が歩きながら、こちらに少し振り向いて話しかけてきます。

「エスト様は何というか、良い意味で普通のお方なのですね。」
「普通、ですか?」
「わが皇帝陛下もそうですが、そちらの国王様も女騎士殿も、
 すこし常人離れしている感じがしまして。ははは」
「…確かにそうですね。」

 明るく話しかけてくる将軍に、ゼルは少しほっとします。
帝国に入ってから緊張しっぱなしでしたから、
こうして話しかけてくれることがとてもうれしく感じました。

「あの、教会では自分は何をするのですか?」
「ああ、ご安心ください、ラファエルが会いたがっていただけです。」
「ラファエル?」
「あっ、あれ?もしやご存じない?」
「すみません、多分、お会いしたことなくて」
「ええ、そ、そうでしたか。
 ラファエルはあなたの事をよく知っているようでしたが、
 気のせいかな…」

 困った表情で笑うゲオルギウスに、
唯一の思い当たる人物の顔を思い出しながら、ゼルも困った笑顔で返します。
微妙な空気が流れるままに、渡り廊下の途中にあるドアから外に出ると、
広い中庭に出て、レンガで整えられた道を進みます。
 大きな噴水の横を通っていくと、建物の奥に教会のシンボルが見えてきて
さらに建物の中を通り抜けていくと、立派な大聖堂が姿を現しました。

「す、すごい…」

 イースにはない大聖堂に、思わず感動して声が出ます。
正面のほうに回ると、細かな彫刻が壁いっぱいに掘られ、
くらくらするほどに高い屋根と装飾、たくさんの窓にもステンドグラスが施されていて、
思わずまた声をあげてしまいます。

「ははは、我が国の大聖堂は、自分も何度見ても見ごたえがあると思います。」
「そう、でしょう…」

 入口に近づくと、オレンジ色の髪をおさげにしたかわいらしいシスターが
緊張の面持ちでこちらに駆け寄ってきて、勢いよく一礼します。

「ゲオルギウス様、ごきげんよう」
「ああ、シスター、後はよろしく頼む。」
「は、はい!もちろんです!」
「ではエスト様、あとはこちらのシスターがご案内しますので。」
「は、はい」

 何が何やらわからないまま、自分の案内係はシスターにバトンタッチされました。
シスターは嬉しそうにこちらに身体を向けお辞儀をするので、
ゼルもつられてぺこりとお辞儀します。

「わたくしシスターのガブリエルと申します。
 みなからはリエル、と呼ばれておりますので、どうかそのようにお呼びください。」
「は、はい、自分は王国イースのエスト、ゼルです」
「わあ、ラファエルが言っていた通り、
 ゼル様はとてもおきれいな緑の目なのですね!」
「あ、ありがとうございます…」

目を輝かせながら覗き込まれて、ゼルはちょっと恥ずかしくなります。

     


「どうぞ中へお入りください」

 元気いっぱいのリエルは大きな扉を開いて、大聖堂の中へ案内します。
中にはオルガンと聖人であろう人の彫刻、
真っ白な壁に濃いブラウンの椅子が並んで上品な色使いです。
たくさんの真っ白な百合の花と薔薇が飾られて、百合の花の香りが自分の鼻にも届きます。
前方一面の色鮮やかなステンドグラスは、日光を通して床を色鮮やかにしています。
 天井の窓にも細かな彫刻が施されていて、たくさんの光が大聖堂を満たしています。
ぽかんと口を開いて見とれるゼルに、シスターは嬉しそうです。

「素晴らしいでしょう?」
「は、はい、イースにはこういった大聖堂はないので新鮮です。」
「そうなのですね。
 とっても素敵なところだと伺っているので、
 いつかわたくしもイースに行ってみたいです!
 さあ、こちらにどうぞ。」

 入り口からすぐに右に曲がって廊下をしばらく進んでいくと、
時々子供たちとすれ違って、元気いっぱいに挨拶されます。

「リエルさん、教会には子供たちがたくさんいるんですね」
「ええ、孤児院も併設しておりますから。毎日お祭り騒ぎなんですよ!」
「それは楽しそうですね。」
「はい!」

 出会ってからずっと元気いっぱいに話すリエルに、ゼルは思わず笑顔になります。
やがて、廊下の途中のドアから少しかがみながら外に出ると、ひらけた中庭に出ました。
きっと休み時間になれば、子供たちやシスターがやってきて思い思いの時間を過ごすでしょう。
 花壇はきちんと整備され、色とりどりのスミレの花が咲いて、
数本の木が空に向かって枝を伸ばしていますが、
中庭自体がそんなに広くないこともあって、少し狭そうに感じました。
リエルは、木の根元においてあるベンチに案内すると、
ゼルを座らせて、風を受けてざわめく木々を見上げます。

「この木は、パロサントといって、幸運を運ぶんですって。
 ゼル様のような緑の目も、幸運を呼ぶと聞いたことがあります。
 わたくし、今日はとってもいいことがありそうです!」
「あはは、自分の目にそんな力はないと思うんですけどね。」
「うふふ、では、この木が、貴方に幸運を運んでくれますように。」
「ありがとうございます。」

 風が心地よく吹いて、シスターのベールがふわりと浮き上がります。

「ああ、いけません、ラファエルが待ちくたびれてしまうので呼んでまいりますね。
 ここで少々お待ちください。」
「はい」

 またせわしなく小走りで建物に入っていくシスターを見送って、
暖かな陽の入るベンチで空を見てぼんやりとしてしまいます。
 皇帝は、ラファエルを”一連の騒動の原因”と言っていました。
自分はラファエルが来たとき、どんな顔をするのだろうか?
そして、相手は自分にどんな顔をするのだろうか?
もし、自分が想像していた人だとしたら…

     


 会えばわかることを考えながら、肘を膝の上に乗せるようにして前かがみで座って、
自分の皮靴のそばをちょろちょろと歩く蟻を見つめます。
もう一匹やってきて、靴を登り始めると、はじめの一匹を靴の上に呼ぶように並走します。
そして、もう一匹が靴に登り始めたところで、
背中に、どんっと衝撃があって、視界の端に真っ黒な髪が見えます。
ゼルは誰かに、後ろから抱きつかれてしまったようです。

「うっ!」
「久しぶりだね、ゼル?」

 鼻にかかった低い声が吐息と一緒に耳にかかり、
ぞわりとしたゼルは自分に巻き付いている腕に手を添えて振り返ります。
真っ黒な髪、銀色の瞳、長いまつ毛に白い肌。
んふふ、と嬉しそうに笑いながら頬ずりしてくる青年に、
ゼルは一言だけ発することができました。

「…ジルベール?」

       

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Neetsha