Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第十話 最悪

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【8日目:未明 本校舎屋上】

 上から下を見るというのは、とても気分が良いものだ。
 それが、この学校の中心に立地する本校舎の屋上ともなればなおさらだ。
 ましてや今は、たった三つの椅子を巡って、生徒同士が殺し合い、奪い合っている最中であり、それを高みから見物するという行為は、なかなかどうして優越感を駆り立てる。
 本校舎の屋上で、煙草を吹かしながら、彼――羽藤焔(はどう・ほむら)は、愉悦の笑みを浮かべた。
「『議長』とかいう野郎はいけ好かねえが、この状況は悪くねえな。お前もそう思うだろ? 水夏」
 焔にそう呼びかけられたのは、外ハネのショートヘアの女子生徒だ。
 どちらかというと小柄で童顔なほうなのに、物憂い気だるげな表情が、やけに様になっていて、どこか妖艶さすら感じさせる。
 彼女は、焔のほうをジトッと見やり、その眠たげな目をさらに細めた。
「君みたいな生まれつき良心が備わっていないような人間にはそうかもしれないけどね。今こうして僕たちが話している間にも、惨たらしく殺されている人がいると思うと、僕は心が苦しいよ」
 肩をすくめる彼女に、焔はニヤッ、とさらに笑みを深めた。
 歪めた口元から漏れる、隠そうともしない邪悪な本性。
 彼女が言う通り、羽藤焔にはおおよそ良心というものがない。
 裕福でも貧しくもないごく普通の家庭に生まれ、人並みに愛情を注がれて育てられたはずの焔だったが、両親に対する親愛の情を抱いたことは皆無だった。
 焔にとってこの世の中の人間は、究極的には二つにしか分けられない。
 自分と、それ以外。
 人生を歩む中で、焔は友人を作り、恋人を作り、時に部活や委員会にも所属し、端から見ればそれなり以上に充実した日々を過ごしているように見えたはずだ。
 しかしその実、焔は友情も愛情も夢も実感したことがない。
 どういうモノなのかは、理屈ではわかる。
 だが、焔にあるのは、ヒトである以上生まれつき備わっている三大欲求と、他人を害することによって得られる愉悦と幸福だけだった。
 焔にとって、自分が人間であることを実感できる唯一の行為は、他人を踏み潰し、蹴り落とすこと。そのときだけは、自分も三大欲求に基づくもの以外の、強い感情を経験することができる。
 サイコパスと呼ばれる人種とは、また違った性質なのだろう。
 良心が欠落しているという点では似るが、焔には他人への害意がある。
 サイコパスが自分の利益や目的のために他人を害するのとは異なり、焔にとっては、他人を害すること、そのこと自体が利益となる。そして目的だ。
 だから焔は、表向きは普通の学生生活を送ってきた。
 ――陰で犯してきた罪は、一つや二つではないが。
 それらすべて、決して露呈しない状況であると確信した場合のみ犯した罪だ。
 他人を傷つけたり、貶めたりするのは楽しいが、もしそれがバレて刑務所や少年院に入れられたり、周囲の目が厳しくなったりすると、『いつでも他人を害せる自由』が失われてしまう。
 だから、ほどほどに『息抜き』をしながら、これからも生きていくつもりだった。
 だが――幸か不幸か、焔の人生には転機が訪れた。
 それが、この生徒葬会だ。
 この箱庭の中でなら、自分はどこまでも自分らしくいられる。
 そしてそれは、隣で常識人を気取る彼女とて同じこと。
「嘘つけよ、水夏。そんなことしといて、どの心が苦しいってんだ?」
 焔は、水夏と呼んだ女子生徒の正面――本校舎に水を供給するための貯水タンクを、親指で示した。
 ――そこにあったのは、この生徒葬会の中でさえ、恐らくは比肩するものはないほどの、見るも無惨な光景だった。
 貯水タンクには、一人の女子生徒が磔にされていた。
 両手首と両足首に、直径三センチはある鉄製の杭を打ち付けられ、大の字の形で磔にされた彼女は、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔を、恐怖と絶望に歪めたまま、ヒュウヒュウと微かに呼吸していた。
 失血と苦痛のあまりなのか、意識が朦朧としている。
 衣服はすべて剥ぎ取られ、晩秋の夜風に全裸で晒されている彼女の顔は、寒さのせいか失血のせいか、とても青白く、心なしかこけて見える。少女はだいぶ前に失禁しており、足元はもちろん、太腿や足首も尿で濡れていた。
 水夏と呼ばれた女子生徒は、そんな少女のお腹に、愛おしげに頬ずりした。
 尿で濡れた太腿にも、構うことなく指を這わせる。
 その仕草一つ一つには愛が満ちていた――お人形や愛玩動物に対する類の愛だが。
「人聞きが悪いよ、焔。この子を素っ裸にして磔にしたのは君じゃないか」
「生徒葬会が始まって一週間、お前としかヤってないからな。たまには胸のでかい女とヤリてえんでよ、俺も」
「酷いこと言うなあ、これでもぎりぎりBカップあるんだからね? それにこの子、泣き叫ぶし痛がるしで大変だったじゃないか。やっぱり強姦はダメだよ、和姦が一番。現にこの子も、君としたときよりその後僕としたときのほうが気持ちよさそうだったしね」
「お前の能力でそうさせただけだろ。『生体標本(サンプリング)』、俺が言うのもなんだけどおっぞましい能力だぜ」
 焔は吐き捨てるようにそう言った。
 そもそも、この二人の会話内容自体があまりにもおぞましいが、そのことを指摘できる人間は、今この場にいない。
 焔と水夏の歪んだ欲望の捌け口として、その生を冒涜され蹂躙された彼女は、すでに致死量の失血をしているのだが、それでもなお、死ぬことを許されない。
 水夏――陽炎坂水夏(かげろうざか・すいか)の能力『生体標本』は、その名の通り他人を『生きた標本』と化してしまう能力だ。
 もっとも、能力の対象にできるのは、瀕死あるいは身動きの取れない状態に陥った生物のみで、その上で直接水夏が触れる必要がある。
 この場合は、焔によって少女が磔にされたことで、発動ができたというわけだ。
 生きた標本に変えられた人間は、次第に感情や感覚が鈍化する。
 しかしそれは、副次的な効果であり、真の効果は、死ななくなること――否、死ねなくなることだ。
 標本なので、動けない。
 しかし、生きた標本なので、死ぬこともない。
 さすがに肉体を徹底的に破壊し切ってしまえば、話は別だが。
 水夏が能力を解除しない限り、標本とされた彼女は、このままの状態でいつまでも生き続ける。体中の血が流れ切っても。冷たい夜風に体温が奪われても。朦朧とした意識のままで。ホルマリンに漬けられたかのごとく。
「君の能力も大概だけどね。『死杭(デッドパイル)』、名前といい効果といい、びっくりするほど殺意剥き出しで、実に君らしいよ」
 水夏は、麻痺したように動かない少女の体を、なおも撫で回しながら言う。
 それだけでは飽き足らず、少女の乳房に舌を這わせ始めた。
 その舌はじっくりと、それでいて滑らかに少女の柔肌を滑り、やがて下腹部に辿り着く。ほどなくして、水夏の吐息に混じり、淫猥な水音が聞こえてきた。
 そんな異様な光景を、愉悦の笑みで眺めたまま、焔は答える。
「『議長』の野郎は、本当にランダムで能力を配ったのか、疑問だな」
 もしランダムなのだとしたら、運命というものは本当にあるのかもしれない。
 自分に『死杭』が、水夏に『生体標本』が与えられたことは、この生徒葬会において、あまりにも不幸なことだろうからだ。
 これから何人、何十人の生徒が、自分たちの犠牲になることか。
 ――焔は、手帳の入った左胸のポケットを、チラリと見やる。
 焔と水夏はこの一週間ですでに、十九人の生徒を殺している。
 深夜零時の放送で『議長』が、八十一人の生徒が死んだと言っていたので、そのうちの四分の一ほどは自分たちの仕業ということになる。
 その事実が、焔をさらに愉悦させたものだ。
 この生徒葬会という、一世一代の晴れ舞台で、自分は他の誰よりも成果を上げている。
 その事実に比べれば、能力説明ページを回収していなかった後悔など、あってないようなものだ。
 なあに、五枚分なんてすぐに集まる。
 これまでと同じように、他の生徒を探して殺して奪って回るだけだ。
 焔はそう軽く考えた。
 そして実際、軽く実現できるだけの能力と精神性が、彼には備わっている。
 ――――羽藤焔と陽炎坂水夏。
 生徒葬会において、現時点で最も『投票』に近い、最悪の二人組だった。

       

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