Neetel Inside ニートノベル
表紙

生徒総会あらため、生徒“葬”会
第九十六話 切札

見開き   最大化      

【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 暁陽日輝と四葉クロエが、燃え盛る本校舎から出てきたとき、霞ヶ丘天は、高さ二メートルほどの瓦礫の山の上に佇んでいた。
 右の翼と右目を失い、滴り落ちた血で肌や制服を濡らしながら立つその姿は、沈む直前の朱色の夕陽によって照らされ、凄惨ながらも美しい。
 死んでいたはずの陽日輝が、見知らぬ女子生徒と共に姿を現したことに、天は目を見開き――すぐに、「……はあ」と低い声で溜息をついた。
「しつこい。そのまま死んでてよ」
「あいにく、諦めが悪くてな」
「……どのみち。私が飛べば、あんたじゃ私に触れることもできない。それとも、そこにいる子の能力ならそれが可能だったりする?」
 やはり、その可能性は一番に懸念しているらしい。
 クロエに横目で視線をやったが、特に反応は無い。
 懸念されていようが関係ない、と言わんばかりの余裕だ。
 ――ここはクロエを信じよう。
 もとより、自分の『夜明光(サンライズ)』では正攻法では天を倒せない。
「まあ――だとしても、関係無いけど。あんたが生きて出てくること、まったく想定していなかったわけじゃないのよ」
 天は、上唇まで滴り落ちた血を舐め取り、にやりと笑った。
 そして――陽日輝たちからは死角になっている、瓦礫の裏側にかがみこみ、何かを掴み上げた。
「――!?」
 天に腕を掴まれ、瓦礫の裏側から引き上げられたのは、気を失ったままの相川千紗だ。
 そしてそれだけではなく、天は同じ動作で、今度は同じく気絶している安藤凜々花を引き上げ、足元に放るようにして置いた。
 ――自分たちが校舎内にいる間に、二人を近くまで運んでいたのか……!
「この二人、大切なんでしょう?」
「お、お前――……!」
「私から時雨を奪ったあんたに、とやかく言う資格は無いからね? ふふふ――あはははは! そこの子がどんな能力を持っていようが関係無いわ! 少しでも不審な動きをしたらこの二人を殺す――私が殺されようと絶対に道連れにする――それでもよければ、いつでもどうぞ」
 天は、威嚇するように左の翼を拡げてみせた。
 舞い散った何枚かの羽根が、風に運ばれてこちらの足元にも転がる。
 ――古典的だが、極めて有効な手だ、人質を取るというのは。
 ツボミが凜々花を、自分が藍実を人質に取って対峙したときのことを思い出しながら、陽日輝は歯噛みした。
 もう一度横目にクロエを見るが、「――まんまとやられましたわね」と苦虫を噛み潰したような表情で呟いている。
 やはりクロエにとっても、この状況は好ましくないようだ。
「……一応聞いておきますけれど、凜々花たちを見殺しにするという選択肢はありますの? でしたらいくらでも手はありますが」
「あるわけないだろ――二人とも死なせないし、もちろんお前も死なせない」
「そう言うと思いましたわ。まったく――この期に及んで甘すぎますわよ。ですが、そんなあなただからこそ――私は買っておりますの。この状況を打破する方法、考えて差し上げますわ」
 クロエはそう言いながら、灰色の瞳をそっと細めて天を見据える。
 陽日輝は拳を握り締め、天との距離を目測する――全力で殴りかかっても、それよりも先に天が凜々花と千紗を害した上で飛翔するほうが早い。
 どうにかして、天がアクションを起こすよりも早く攻撃を当てる方法を練るか、あるいは、天を凜々花たちから離れさせるか。
 しかしどちらも、簡単なことではないだろう。
「私の『硬水化(ハードウォーター)』も『大波強波(ビッグウェーブ)』も、あちらに届くまでにラグがありますわ。陽日輝の言う通り、若駒ツボミがいれば一瞬で片が付いたのは認めざるを得ませんわね」
 クロエはそう呟いてから――天に対して、高らかにこう告げた。
「霞ヶ丘天――と言いましたわね! あなたもその負傷に加えて仲間を失っている以上、これから先のことを考えれば、私たちと組むというのも選択肢に入るのではありませんの?」
「クロエちゃん……!?」
 思わずぎょっとしてしまい――すぐに気付いた。
 クロエはどうにかして、時間を稼ごうとしているのだろう。
 ならば、こちらはその思惑に気付かない振りをして、驚いてみせるのが正解か。
 陽日輝はそう判断し、
「何言ってんだよ――散々殺し合って、今さら組むなんてできるわけないだろ!?」
 と、素っ頓狂な声を上げてみせた。
 ――もっとも、台詞自体は嘘ではない。
 ここに来ての共闘や同盟、あるいは一時休戦は、天の眼中にないだろう。
 時田時雨の仇である自分を殺し、そしてそれが済めば、彼女は凜々花や千紗も殺す。
 その後のことなど――半分考えていないに違いなかった。
 そしてだからこそ、今のこの状況は厄介なのだ。
「いいえ陽日輝、これが得策ですわ――今の私たちではこの状況を覆すことはできませんもの。凜々花たちの手当も必要ですし――天さん、どうか賢明なご判断をお願いいたしますわ!」
「……ふうん、随分とお利口な仲間がいたのね。でもダメ。私は時雨を殺したそいつを許さない」
 天がそう言って、足元に倒れている凜々花の頬に爪先を押し当てた。
 凜々花の柔らかな頬がぐにゃりと歪む。
 ――それを見た瞬間、陽日輝は胸の奥から不快な塊が込み上がってくるような感覚を覚えた。
 血の気が引くような、それでいて体温が上がるような、そんな感覚。
 それは――怒りだ。
「やめろ――凜々花ちゃんから、足をよけろ」
「……何それ。自分は散々奪っておいて、奪われるのは我慢ならないの?」
「……。ああ、そうだ。聖人ぶるつもりも正義感振りかざすつもりもないよ。――もう一度言う、その足をよけろ」
「開き直るのね。――でも、あんたにも分かっているでしょう? 私があんたの期待するような選択を取るはずがないって」
 天はそう言って、凜々花の頬をさらにグリグリと踏み躙る。
 未だ意識の戻らない凜々花の顔が、ほんの僅かに苦悶に歪んだように見え――陽日輝はますます、自分の腹の底で黒い熱がたぎるのを感じていた。
「ところで、そこの銀髪のお嬢さん。クロエ――と呼ばれてたわね? あなた、そいつを私に突き出す気はない? このままでは時間の無駄だと思うわよ?」
 天がクロエに向けた言葉に、陽日輝は思わずクロエの顔を見やった。
 そう――天にとって、自分は憎むべき仇敵だが、クロエはただ突然現れただけの第三者だ。
 だから、この膠着した状況を打破するために、クロエを利用しようとすることはおかしくない。
 そして、クロエにはその提案に乗るという選択肢もあるのだ。
 北第一校舎で共に戦い抜いたクロエがそんな選択肢を選ぶはずが――というのは、自分がそう思いたいだけだ。クロエの立場で考えれば、それは十分に『アリ』だということは否定できない。
 だから――
「――陽日輝。私のことを見くびらないでくださいます?」
「! えっ――」
「顔に迷いがありありと出てますわよ。あの方の戯言に惑わされてるのが丸分かりですわ。――まったく、失礼しちゃいますわね」
 クロエは、目を細め、いわゆるジト目でこちらを見た。
 その灰色の瞳に内心を見透かされ、思わずドキリとしてしまう。
 ――そんなに分かりやすい顔をしていたのか、俺は。
「ご、ごめん、クロエちゃん。でも――」
「でもじゃないですわよ、ふざけんなですわ――私はあなたと凜々花を買っているんですわよ? あんな支配者面した女に従うつもりはありませんわ」
「……分かったよ、ごめん。――でも、実際問題この状況、どうするつもりなんだ?」
「何を言っているんですのー―もう、整いましたわよ」
 クロエはそう言って。
 ごくごく自然な動作で、左手を振り上げた。
 天はすぐさま身構えたが、クロエは何も投げていない。
 手に何かを持つ暇もなかったし、そんな仕草があれば、天は見逃さなかっただろう。
 だが――陽日輝には分かる。
 ……クロエの左手の指。
 そこには、天とこの場所で対峙したときにはなかったものがあった。
 ――それは、クロエが生理現象として、自然に流した、汗だ。
 そして、その汗が浮かんだ指を、手を、振り上げたということは――
「クロエ、ちゃん――」
「だから言ったんですわ、見くびらないでくださいませと。この涼しい中汗をかくのは大変でしたわよ――真夏を想像して頑張りましたわ」
 クロエがそう言ってシニカルに笑ったのと、クロエの汗の滴が、天の頬を掠めたのとはほぼ同時。
 ――『硬水化』によって固められ、切れ味を得た水滴が。
「うっ……!?」
 天は右目を失っていることもあり、右頬に当たる滴に気付かなかった。
 とはいえそれがナイフだったり、そうでなくとも、クロエがベルトに取り付けているペットボトルから出した水だったなら、天も相応の警戒と対処をしただろう。
 だからこそクロエは、天に気取られないよう自然に流した汗の滴を使ったのだ。
 そしてそれも、クロエの能力を天が知らないからこそできる、一回きりの不意打ち。
「この……!」
 右頬を切られた天が、次の行動を起こそうとする。
 凜々花か千紗を盾にするか、あるいは一思いに殺すか。
 もしくは空を飛んでこちらに向かうか、逆に距離を取るか。
 しかしそのいずれにしても――クロエは、その隙を与えなかった。
「これが私の切り札ですわ――陽日輝。あなたも、嫌というほど目にした能力ですのよ」
 クロエのその言葉の意味を、陽日輝は目の前で生じた現象により理解する。
 ――自分や凜々花にもまだ見せていない切り札。
 それは、確かに切り札と呼ぶに相応しいものであり、そして――陽日輝と凜々花をある意味最も追い詰めた能力かもしれない。
 それを、天めがけて放たれた、二対四本の黒い杭を見て、思い出す。
「『死杭(デッドパイル)』……ですわ」
「そんなもの……!」
 天が翼をはためかせて風を起こしたが、杭は多少揺れただけでその勢いを止めない。
 天が歯軋りし、一瞬、足元にいる凜々花を見――しかし、彼女を盾として拾い上げる余裕は無いことを悟り、すぐさま飛翔した。
 だが――その程度では、あの黒杭からは逃れられないことを、陽日輝は知っている。
 『死杭』のその恐ろしさは、どれだけ距離を取ろうがどれだけ進路を変えようが、執拗かつ精密に追尾を続ける特性にこそある。
 陽日輝はそれを一度食らうという、その後治療を受けられなければ死んでいた実質相討ちの戦法でしか破ることができなかった。
「なあっ!?」
 空中に逃れた自分に向けて進路を変更した杭に気付き、天が驚愕と動揺の声を上げる。
 それでも――片翼を失ってなお、天が飛ぶ速度のほうが、上だ。
 そう――『死杭』は決して、速度という点においては優れてはいない。
 とはいえ、それなりの速度を半永久的に維持し続けているので、いずれは対象の体力が尽きるのが関の山だが。
 しかし、自由自在に空を飛べる天にとっては、そこはさして問題にならない。
 実際、『死杭』のスピードがそこまでではないと気付いた天は、すぐさま弧を描くように軌道を変えると、クロエめがけて急接近していった。
 厄介な能力も、使い手の息の根を止めてしまえば消える。
 そう考えてのことだろう――しかし、『死杭』から逃げることに神経を割いていたせいか、天のその判断は、迂闊だった。
 凜々花や千紗から離れた今の天は、飛び道具を持たない陽日輝ならともかく、クロエにとっては格好の的だ。
「これで終わりですわ」
 クロエは、ペットボトルのキャップを外してひっくり返し、そこから出た水を手刀で切るようにして、天めがけて水の刃を飛ばした。
「当たらないわよ……!」
 天は、空中で翼をはためかせて別方向に飛び、水の刃をかわす。
 だが、その間に杭との距離が詰まってしまう。
「くっ……!」
「もう一度言いますわ。これで終わりですのよ」
 クロエがそう言っている間に、天は上に上にと飛翔していく。
 水の刃が届かない高さに、ひとまず逃れたのだろう。
 ……だが、それがその場凌ぎでしかないことは、陽日輝にも、そして当の天にも分かっているだろう。
「空を飛べても、逃げ続ければ体力を消耗することにはかわりありませんわ――かといって、『死杭』をどうにかしようと高度を下げれば、再び私の『硬水化』の的となる。――あの方はもう詰んでますのよ」
「……そう、なるのかな」
 高々と飛ぶ天と、それを追う黒杭とを見上げながら、陽日輝は呟いた。
 ……クロエの言う通り、この状況に持ち込めた時点で、天にはもう打つ手はない。
 ないはずだが――陽日輝は、漠然とした不安を拭い去ることができずにいた。
 それは、復讐に燃える天の、あの尋常ならぬ執念を肌で感じてきたからか。
 ――その懸念の答えを知るのは、この数分後のこととなる。

       

表紙

紗灯れずく 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha