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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百十五話 死書

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【10日目:夕方 西第一校舎二階 旧音楽室】

 鷹田征一郎の『死書(デッドハンティング)』が、死亡した生徒を蘇らせることができる能力であることは、まず間違いないだろう。
 その能力があれば、先ほど無惨にも爆発に巻き込まれた瓦木始を蘇らせることもできる。
 しかし、花桃香凛の『大怪盗(ファントムシーフ)』は、すでに他の生徒から能力を盗んでいる状態で別の能力を盗んだ場合、以前に盗んだ能力のほうは持ち主に返還されてしまう。
 今は向井羽月の『爆心地(グラウンドゼロ)』を盗んでいる状態だが、征一郎の『死書』を盗んだなら、また羽月が自爆可能になってしまうわけだ。
 もちろん、『死書』が征一郎のものでなくなったなら、羽月には彼のために文字通り命がけで尽くす必要性はなくなる。しかし、先ほどの二人のやり取りを見るに、征一郎は相当の恐怖で羽月の心を支配している様子だ。
 自分が『大怪盗』の効果を明かし、説得を試みても、聞き入れてくれるとは思えない。むしろ、征一郎にこちらのタネが割れるリスクのほうが大きい。
 だから香凛は、羽月を利用することは諦め、正攻法で征一郎を倒すことにした。
「羽月の能力は封じた。あとはあなたを殺せばそれで終わりだよ」
「ふうん、俺を殺す、ねえ……」
 羽月が自爆しなかった、否、できなかったときの動揺はすでに消え、征一郎は冷静にこちらを見据えている。
 ――もしかしたら、『死書』以外の能力も持っているのかもしれない。
 だとしても、自分にはここで征一郎を倒すしかない。
 香凛は、ポケットから一本のマイナスドライバーを取り出した。
 軽くて取り回しの良い武器、ということで選んだものだが、体格で勝る相手と相対するのにはいささか心もとない。
 実際、征一郎はドライバーを見て鼻で笑い、言った。
「そんなモノで俺を殺そうっていうのか? 俺が向井におんぶにだっこだと思われてるのなら心外だな。そいつが使い物にならないなら――それでいいんだよ」
「……! ま――待って、鷹田、先輩……!」
 羽月が、縋るような声でそう言って、征一郎のほうにフラフラと近付いていく。
 自分の腕を掴む羽月を、征一郎は鬱陶しげに見下ろした。
「わ、私、なんでもします。鷹田先輩の望むことなら、なんでも……! だから、だから――!」
「――はっ。なんでもするんなら、俺のために死ね」
 征一郎は。
 そう言って、腕を振り上げるようにして羽月を払いのけると、言った。
「向井羽月より今一度の生を剥奪せよ――『死書』」
 瞬間。
 なおも征一郎に追いすがろうとした羽月の肉体が、消失した。
 まるで、先ほど『爆心地』により自爆した直後のように、その場には羽月の制服の欠片と大小様々な肉片、そして大量の血が出現する。
 ――それだけで、香凛はすべてを理解した。
「……能力を解除すれば、元の死体に戻るんだね」
「そういうことだ。俺のためにならないなら要らないからな」
「……あなたはクソだね」
「上級生に対する口の利き方がなってないな。これはそういうルールのゲームだろう? お前らだってここまで生き残ってるんだ、一度も手を汚したことがないなんて言わせないぞ」
「そうだね、私も始君も、潔白じゃない。だけど――あなた、愉悦が漏れてるよ。気付いてない? 口角が上がってるの」
 征一郎が『死書』という能力を正しく活用しているのは間違いないだろう。
 しかし、征一郎は明らかに、愉しんでいる。
 自分が他人の生殺与奪の権を握っているという、その圧倒的アドバンテージを。
 羽月が絶望の中で二度目の死を迎えたとき――征一郎は、笑っていた。
 彼の自尊心と優越感が満たされていくのを香凛は見た。
 だから――この男に対しては、自分も一切の容赦をしない。
 そのくだらない自尊心と優越感を――叩き潰す。
「言っとくけど、私は今度はあなたの能力を封じてるよ。羽月以外にもあなたが都合良く生き返らせて利用できるようにそそのかしてる誰かがいるのかもしれないけど、そもそも、もうそれ、できないから」
「ああ――分かってるぜ。ただそれは、お前を殺せば解決することだ。――お前、能力を封じてるんじゃなくて、奪ってるんだろ?」
「……!」
 動揺が顔に出てしまい、しまった、と思ったときにはもう遅い。
 より一層の確信を得た征一郎が、満足げに頷き、後ろにある黒板をバン、と叩いて言った。
「お前はそこで死んでるソイツを『救う』って口走ってたな。すでに死んでるソイツを救えるとしたら、それは俺の『死書』のように死んだ奴を復活させられる能力だけ。そして同じような能力が二つあるとも思えない。となるとお前の能力は、他人の能力のコピーか強奪。前者なら向井が能力を使えなくなっていたことの説明が付かない。だから後者だろ? お前の能力は」
「……面白い妄想だね」
「そんな苦し紛れの返ししかできない時点で、認めたも同然なんだよ」
 メガネを指でクイッと上げて、征一郎はそう言い放つ。
 ……参ったな、『始君を救う』なんて啖呵を切ったのはまずかった。
 能力を封じる能力、というテイでいくつもりだったんだけども――仕方ない。
 香凛は、ドライバーを構え直した。
「やめておけ。他人の能力を奪える能力、確かに便利だが」
 征一郎は、香凛に対して左の掌を向け――その直後、香凛の手から、ドライバーがすっぽ抜けていた。
 あさっての方向へと飛ばされ、クルクルと放物線を描いて落下する。
 香凛はポケットから別のドライバーを取り出したが、それもポケットから手を引き抜いた直後には取り落としていた。
「……ッ! ……相手が手にしているものを強制的に放させる能力――かな?」
「その通り、『武装解除(パーツパージ)』という能力だ。やはり武器は侮れないからな。そして、相手が素手なら」
 征一郎は、香凛が瞬きする間に一気に間合いを詰めていた。
 軽く握った両の拳を顔の前に構え、スムーズな足運びで接近してくる。
「うっ……!」
 香凛は反射的に身を引いたが、そんな香凛の動きを追うように、征一郎が前傾ぎみの姿勢で繰り出した右ストレートが、香凛の鼻っ柱を捉えていた。
「あうっ!」
 身を引いたおかげで直撃ではなかったが、それでも鼻の骨が圧される鈍い感触と共に、鼻全体に熱が広がり、直後、視界がブレて背中から転倒してしまう。
 征一郎は、冷徹な眼差しで香凛を見下ろした。
「俺はこう見えて、空手を少しやっている。口で言って聞かせても納得しようとしないようなもの分かりの悪い連中には、こうして拳で分からせるのが一番だからな」
「……優等生みたいな雰囲気させといて、東城先輩と同類なんだね」
 東城要の悪名は、一年生である香凛の耳にも届いていた。
 友人の中には、東城一派の被害に遭った生徒もいたくらいだ。
 香凛の目には、今の征一郎も同じように映っていたのだが、征一郎は心底不満そうに舌打ちした。
「暴力しか取り柄の無いクズと俺を一緒にするな。俺の空手は手段の一つに過ぎない。この生徒葬会でも同じことだ。現に暴力しか取り柄の無い東城とその取り巻き連中は全員死んだ。生き残るのは、強さと賢さを併せ持った人間だ」
「……あは。それがあなただって言うの? 冗談キツいよ。女の子自爆させたり殴ったりして悦に浸ってるような輩が、クズ以外のなんだって言うの?」
 香凛は、上唇まで垂れてきた鼻血を手の甲で拭いながら立ち上がる。
 ドライバーはまだ何本か携帯しているが、どうせ取り出したところで『武装解除』を使われるだけだろう。
 それなら――もう武器は、必要無い。
「――殺す」
「図星突かれたらそれだもん、分かりやすいね。それじゃあ――クズにはクズらしい最期をプレゼントしようかな」
 香凛は征一郎を煽るだけ煽る。
 『大怪盗』を見抜いた彼の洞察力は厄介だ。
なるべく彼から冷静さを失わせ、次に自分が打つ手への対応を遅らせる。
 香凛はそのつもりだったが――そのときだった。
 ――旧音楽室の窓が轟音と共に砕け散ったのは。
「「!?」」
 香凛と征一郎の両方が驚愕する中、二人の間にあたる位置、ちょうど旧音楽室の中央あたりに現れていたその生徒は――。
 ――その顔を見た瞬間には、香凛は行動を開始していた。
「瓦木始に今一度の生を与えよ――『死書』!」
 直後、後方にあった始の遺体が消失し、同時に香凛のすぐ隣に、無傷のままの始が出現する。
 『死書』で蘇生した生徒の出現地点は、自分の半径三メートル以内でランダムということは、『大怪盗』で『死書』を盗んだ直後に感覚的に理解していたが(それも『大怪盗』の能力の特性だ)、近くで助かった。
「なっ、あ、お、俺、確か死――」
「始君! 逃げるから、能力使って!」
 香凛は始の腕を掴み、叫ぶ。
 それだけ事態は逼迫していた。
 そして香凛のその慌てよう、目の前にいる見知らぬ生徒二人――それらの情報から、始もそれを察知したらしい。
「ああ――『透過(デバッグテスト)』!」
 始が叫ぶと共に、香凛の足元から感覚が消失する。
 始の能力『透過』は、自分および自分と接触している人物に、壁や床などを透過して抜ける力を一時的に付与するというもの。
 その能力により、香凛と始は旧音楽室の真下にある旧化学室に床と天井を抜けて移動していた。
「おっと!」
 真下にあった長机に、始と香凛はお互いに支え合うようにしながら着地する。
 足元がグラリとしたが、なんとか倒れずに済んだ。
「大丈夫か?」
「それはこっちの台詞だよ――始君、死んでたんだし」
「やっぱり、そうだよな――なんで俺、生き返ってるんだ?」
「その説明はあと。早くこの校舎から逃げるよ」
 香凛はそう言って、長机からぴょんと飛び降りた。
 まだ少し混乱している様子の始に対し、香凛は言う。
「私は生徒葬会が始まって、始君と合流するよりも前に、アイツを見かけた。――アイツは危険すぎる」



「……ここは二階だぜ。どうやって飛び込んできたんだ?」
 征一郎は、目の前に立つ男子生徒に対し静かにそう問いかける。
 自分が先ほどまで対峙していた女子生徒は、自分から奪った『死書』を使って連れを蘇生させ、その連れの能力と思われる効果でこの場から逃れた。
 『死書』を奪われたまま逃げられてしまった悔しさはある。
 しかし、今はそんなことを考えている暇ではなかった。
「お前――相当、殺してるな。顔を見れば分かる」
 黙ったままの男子生徒に、征一郎は言葉を重ねた。
 人形のような無表情で無機質な顔には、敵意も悪意もない。
 にも関わらず、これほど恐ろしい人間を、征一郎は未だ見たことがなかった。
 コイツは――きっと、本来あるべきものが欠落した人間。
 この生徒葬会で壊れた、というわけではなく――ずっと以前から。
「なんか言えよ。――俺を殺すつもりなんだろ?」
 征一郎の問いかけに、彼はようやく反応を示した。
 コクリと頷き、ポケットからナイフを取り出す。
 征一郎は掌を彼に向け、『武装解除』を発動した。
 彼の手からナイフが取り落とされる。
 それを彼は、何の感慨もなさそうに見つめた。
「これは重症だな。よく今まで普通に学校生活送ってこれたな、お前」
「普通には送れてない。なれるものならなりたかったよ、普通ってやつに」
 口ではそう言いながらも、彼の心はまるで揺れていない。
 征一郎は溜息をつき、「それで? 生きる意味あるのかよ、お前」と言った。
「生きてて楽しくないだろ、そんなんじゃ」
「楽しくはない。だけど進んで死にたいとも思わない。生きているんだから」
「……はっ。その終わってる情緒でよくそんなことが言えるな。――俺は楽しいぞ。生きていて楽しい。俺より劣ってる奴を内心見下しながら、表向きは優等生のように振る舞うと、それに気付かない馬鹿な奴らの馬鹿さ加減にますます楽しくなってくる。心にもないことを言って尊敬を集めるのも面白いぜ。ああ、コイツら何も分かってないなって。それで勘違いして言い寄って来る女なんて傑作でしかない。――お前にはないのか? そういう楽しみが」
 征一郎は、自分が危機的状況にあることを理解している。
 目の前に立つ男子生徒が、『殺し』というものに関して自分を凌駕する才覚を持っていることくらいは、こうして向き合っていれば自ずと分かるというものだ。
 それでも、征一郎はどこか愉快さを感じていた。
 それは、何の感情も持たないように見えるこの男になら、何の遠慮も無く本心をぶつけることができるからだろうか。
 征一郎自身にすらそれは分からなかったが、いずれにせよ。
「何の楽しみも無いなら、生きようとするのはやめろ。意味ねえよ」
 征一郎は、男子生徒との間合いを一気に詰める。
 ――そして、その一瞬ですべてが終わった。
「意味なんて必要無い。僕はただ死ぬまで生きる」
 ――征一郎の拳が、男子生徒を捉えることはなく。
 それよりも先に、何かしらの手段によって、征一郎の喉笛は真一文字に切り裂かれていた。
 そこから噴き出す血のシャワーが、すでに向井羽月の遺体によって汚された床や壁を上塗りしていく。
 征一郎の身体があっけなく血の池に倒れ伏すのを、彼――赤辻煉弥(あかつじ・れんや)は、やはり何の感慨も無さそうに見下ろした。
 ささやかな好奇心を満たすことが、強いて言えば自分の楽しみ。
 しかしそれも、この生徒葬会でいくつもの死体にいくつもの試行錯誤を行ううちに、次第にどうでもよくなってきていた。
 普段の日常生活では、法律の壁に阻まれるから試せなかっただけで、こうして自由に他人を殺し、傷つけ、解体できる状況になってしまうと、あっけなく好奇心は満たされ、大したことではなかったと気付かされる。
「生きる意味か」
 煉弥は、半ば無意識にそう呟いていた。
 征一郎は、彼に一瞬で敗北し、死亡したが。
 征一郎が煉弥に投げかけた言葉は、確かに彼の心に刺さっていた。
 しかし、彼がそれをハッキリと自覚するのは、もう少し先の話になる。

       

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