Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第二十八話 冷気

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【8日目:昼 北第一校舎三階 教室】

 暁陽日輝はすでに、東城要との実力差を痛感させられている。
 体格だけではない、相手に知られていない自身の『能力』という切り札の使い方、そこでミスを犯した自分と違い、東城は絶好のタイミングでその切り札を切った。
「か……はっ……!」
 東城の『氷牙(アイスファング)』は、手だけではなく足の指にも纏うことができる能力。
 それを身を以って味わいながら、陽日輝はそれでも、渾身の力を込めて、跳んだ。
 その後でどんな激痛が襲ってくるかなど考えない、否、考える余裕のない跳躍。
 それでも、ここで動かなければ待っているのは確実な死。
 それゆえに、陽日輝が半ば直感的に選んだ退避先は、東城が鎮座していたピラミッドの下だった。
 机の脚と脚の間に飛び込み、そのまま床を泳ぐようにしてピラミッドの内部、その中央辺りまで移動する。
 東城はこちらの『能力』による一発逆転を警戒しているはずだ。
 なら、迂闊にこの狭い場所に潜り込んでくることはない――少なくとも、すぐには。
 陽日輝は、暗いピラミッドの中でなんとか上体を起こし、ブレザーの裾から手を入れて、東城の蹴りを受けた左脇腹を直に触ってみた。
「っ!」
 脳天を突き抜けるような鋭い痛みが走る。
 東城の蹴り自体の威力に加え、強烈な冷気によって凍傷を負っているのだということが分かった。
 こういうとき、『夜明光(サンライズ)』が自分自身には効果が無いことが恨めしく思える。
 陽日輝は乱れた呼吸を整えながら、ピラミッドの外に見える東城の足を見つめた。
 まだ東城はその場から動いていない。
 冷気を帯びた足で蹴られたためか、やけに寒い。
 歯がカチカチとなりそうになるほどの凍えを感じながら、陽日輝はそれでもぐっと体に力を込めて、気力を維持させていた。
「時間稼ぎのつもりなら無駄だぜ、暁。――お前らもさっさと片付けろ」
「は、はい――うぎゃあ!」
 東城に返事をした取り巻きの一人が、短い悲鳴を上げる。
 悲鳴がした方向に目を向けると、首から血を噴き出させながら、取り巻きの一人が倒れ込んだのが見えた。
「きゃあああああ!?」
 女子生徒たちの悲鳴。
 そして、残る一人の取り巻きが息を呑む音すら鮮明に聞こえてきた。
 この極限の状況で、感覚が研ぎ澄まされてきているのかもしれない。
 ――どうやらクロエが、二人のうち一人を仕留めたらしい。
「歯応えがないですわ。所詮は虎の威を借る狐ですわね」
「はん、随分と日本語が上手じゃねえか」
 東城がクロエに対し鼻で笑うようにそう言ったのが聞こえる。
 陽日輝は、右の拳を握り締め、狭いピラミッドの中で机や椅子に体が当たって物音がするのをなるべく抑えながら、すぐにでも動き出せるような体勢を整えた。
 ――正攻法では、東城を倒せない。
 なら、堂々と――意表を突いてやる。
 陽日輝はそう腹を括った。
 その間も、東城とクロエの会話は続く。
「お前はそいつの相手をしてろ。暁を殺した後で相手してやる」
「あら? あなたはもう陽日輝に勝った気になっていますの? そういう油断は大敵ですわよ」
「お前こそ。まだ一人残ってるぞ」
 東城のその言葉とほぼ同時に、床を蹴る音が轟いた。
 東城の取り巻きの最後の一人が動き出した音だ。
 クロエもまた床を蹴り、両者の戦闘が再開する。
 その直後、ピラミッドの下から見える東城の足が、ゆっくりとこちらに向かって来始めた。
「暁。お前も小学生の頃、理科の授業で習ったろ? 暖かい空気は上に行く。そして、冷たい空気は下に行く」
「……!」
 陽日輝は、東城のその台詞を聞いて初めて、自分がすでに攻撃されていたことに気付いた。
 ――この寒気は、直に冷気を帯びた蹴りを受けたことによるものだとばかり思っていた。 
 しかし、そうではない――この寒気は!
 東城の足から漏れ続けている冷気が、床を伝ってこの教室の低所を冷やし続けている!
「お前の掌が光る能力と違って、俺の『氷牙』は目では見えないからな。気付けなくても仕方ねえ。寒いだろ? もうその場所は冷凍庫になってるはずだぜ」
「こ……これくらら――」
 これくらい、と言いかけたが、呂律が回らなかった。
 冷気の効果が表れていることを悟り、東城がニヤリと笑う顔が目に浮かぶようだ。
 『夜明光』は相手を直接殴ることで必殺の威力を発揮するが。
 東城の『氷牙』は、あくまでも冷気を操る能力。
 もちろん直接攻撃すれば相応の威力があるが、このように間接的な攻撃もできるというわけか……!
「寒いだろ? そのままだと満足に動けなくなるぜ?」
「クソッ……!」
 東城が接近してきたところで攻勢に出るつもりだった。
 しかし、どうやら東城は、このまま冷気によって片を付けるつもりのようだ。
 それだけ『夜明光』を警戒しているということだろう。
 とはいえ、ピラミッドから出て戦うのは分が悪すぎる。
 顔や手といった肌が露出している部分はすでに張り詰めるように冷え、全身が小刻みに震えるのを止められない。
 こんな状態で東城と真っ向勝負をしたら、結果は目に見えている。
 クロエが取り巻きを仕留めて加勢してくれるのを待つか?
 いや――この冷気、あまりにも急速に広がり続けている。
 もはや自分に猶予はない――!
「ちく……しょおおおお!」
 陽日輝は、『夜明光』を両手に纏い、渾身の力で床を殴り付けた。
 橙色の光は重なり合ってより大きな光となり、轟音と共に床を焼き壊す。
 直後、不快な浮遊感とともに、陽日輝は床の残骸およびピラミッドとともに、二階へと落下していった。
 ――二階で『大波強波(ビッグウェーブ)』の使い手だった伊東と戦ったときには使えなかった手段だ。
 一階は根岸藍実の『通行禁止(ノー・ゴー)』によってバリアで覆われているためこうはいかないが、三階から二階へは、このような力技で抜けることができる。
 ――本当は、東城が接近してきたときに床を破壊し、東城を生き埋めにすることを狙っていたが、それが実現できない以上、こうするしかない。
 陽日輝は、二階の床に墜落する前に自ら跳び、落下地点から数メートル離れた床に転がりながら受け身を取った。
 すぐさま立ち上がり、空気の暖かさを感じて安堵する。
 実際には昼とはいえ季節が秋なので、そこまで暖かいというわけではないのだが、先ほどまで冷凍庫の中にいたに等しい陽日輝にとっては暖房が効いた部屋のようにすら感じられた。
「まだ……だ」
 左脇腹の痛みに顔をしかめながらも、自分に言い聞かせるようにそう呟く。
 東城は、すぐに自分を追ってくる。
 落下中は無防備になるので、恐らくはこの穴からではなく、階段のほうから。
 この状況はあくまでも、一時的に難を逃れただけの状態だ。
 依然として自分は手負いで、しかも相手のほうが格上。
 だから――東城がやって来るあと十数秒程度の間に、次の手を打たなければならない。
 陽日輝は歯を食い縛りながら、自分の読み通り、誰か――まず間違いなく東城が走る足音が、頭上を通り過ぎていくのを耳にしていた。

       

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