Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第六十五話 告白

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【9日目:昼 山小屋】

 朝から降り続けていた激しい雨は、正午を過ぎてようやく落ち着いた。
 とはいえ、土砂降りから普通の降りになったというだけで、雨自体は今もまだ降り続いている。
 その間、暁陽日輝、安藤凜々花、相川千紗の三人は、山小屋の中で休息していた。
 といっても最初にしたのは、千紗に仮眠を摂ってもらうことだったが。
 昨夜、『楽園』からの使者である時田時雨によって犬飼切也と日宮誠が連れ出されたことで、千紗は一人きりになり、ロクに眠れていないことは明らかだったからだ。
 気丈に振る舞ってこそいたものの、仲間に去られた精神的ショックも合わさり、かなり堪えていたようで、陽日輝と凜々花の勧めで横になって程なくして、微かな寝息を立て始めた。
 陽日輝と凜々花は昨夜は北第一校舎でしっかり睡眠を摂れているので、千紗が眠っている間は、山小屋の周囲の警戒を交代で行った。
 分厚い雲によって周囲は薄暗く、降り続ける雨によって音もかき消される――そんな中でも近付く者がいれば正確に察知できる千紗の『暗中模索(サーチライト)』は、かなり便利な能力だと認識させられる。
とはいえ、人間は不眠不休で何日も活動できるようにできていない――北第一校舎の鉄壁の守りを実現している『通行禁止(ノー・ゴー)』もまた、使い手である根岸藍実に適度な休息が必要であるという弱点があった。
 まあ、その弱点のおかげで自分と凜々花は命拾いしたのだが――それはさておき。
 千紗が目を覚ましてからは、三人で昼食を摂り、ストーブで乾かしていた制服に着替え直し――雨の勢いがまた少し弱まったのを見届けて、今に至る。
「……雨、止んできましたね」
 凜々花が窓の外を眺めながら呟く。
 この分だと、夕方には完全に止むかもしれない。
 しかし、その間にも生徒葬会は続いていて、百枚の表紙を集め終えた生徒が出てもおかしくない状況だ。
 その不安は、ここにいる全員が抱いているはずだが、それを口にする者はいなかった。
「お手洗いに行ってきます」
「いってらっしゃい」
 凜々花が立ち上がり、千紗が送り出す。
 すでに情報共有や『楽園』についての議論はあらかた終えていることもあり、今はただ雨が止むのを何をするでもなく待ち続けているだけの状況だ。
 かといって雑談に花を咲かせるのもはばかられる。
 凜々花の足音が木の板を軋ませ、トイレの扉を開ける音がしたのを聞き届けてから、千紗が呟いた。
「いい子よね、凜々花」
「……ああ。俺は何度も助けられてるよ」
「凜々花も同じようなことを言ってたわよ、暁」
 千紗は微笑み、しかしその笑みにはどこか陰があった。
 その陰の正体は、ほどなくして分かった。
 いや――本当は、最初から分かっていた。
「……暁、あなたは覚えてる? 私があなたに告白した日のこと」
「…………。忘れるわけないだろ」
「……そう。別に、忘れててもよかったのよ?」
 ――あれは、一年生のときだ。
 自分はそのときからすでに、千紗たちとつるんで学校をサボったり、この山小屋やボイラー室のような人目に付かない場所でたむろして遊んだりしていたが、紅一点である千紗のことは、異性としてというより友人として見ていた。
 そのため、千紗が自分に想いを伝えてきたときには面食らったものだ――失礼なことかもしれないが、それが正直な気持ちだ。
 そして、千紗のことは当然、悪いようには思っていない。
 好感だって持っている――それでも、彼女の想いには応えなかった。
 そういう目では見たことがなかったし、見られそうもなかったからだ。
 千紗に女性としての魅力が無いというわけではなく――悪友として、他の仲間たちと同じように感じていたから。
 そして、千紗は自分の返事を聞いて、『……そうよね。分かったわ、いきなり変なこと言ってごめん。明日からは、これまで通りの私になるから。暁も、これまで通りに構ってくれたら嬉しいわ』と微笑み、それ以来、そういった素振りは見せなかったのだが――
「……私ね、凜々花が暁とそういう関係だってすぐに分かったわ。同じ男を好きだったんだから当たり前よね。……嫉妬の気持ちがないかというと嘘になる。私は犬飼や日宮にも置いて行かれて、独りぼっちなのに、いきなり現れたあの子に暁まで取られちゃったなんて、最低なことを考えたりもしているわ」
「……相川」
「――ああ、心配しないで。私はそれでも、あなたと凜々花を応援する。凜々花がいい子なのは認めるしね。……ただ、この気持ちを吐き出したかっただけ。――これから先、暁や凜々花の命がかかっている状況で、私の中のこの黒い気持ちが、悪さをしないために――今のうちに、聞いておいてほしかったのよ」
 千紗はそう言って、凜々花が出て行った扉をチラリと見た。
 凜々花はまだ戻ってこない。
 この年季の入った山小屋では、廊下を歩くとどれだけ忍び足でも板が軋む。
 それに千紗には『暗中模索』があるので、凜々花が動けばそれも分かるはずだった。
 それでも、気にせずにはいられないだろう。
「……ありがとう。むしろ安心したよ――相川が凜々花ちゃんのことをどう思うかは、正直気がかりだったからな。……俺だって、褒められた人間じゃないし、ましてやこんな状況だろ? 後ろ暗い気持ちの一つも無いなんてこと、ありえないと俺は思うぜ」
 自分は凜々花を守るため、多くの命を奪ってきた。
 そしてこれからも、必要とあれば奪い続けるだろう。
 それに――
「……俺も、相川に話しておかなきゃいけないことがある。もしかしたら、相川も見たかもしれないけど――旧校舎裏で、カケルが死んでたろ。アイツは俺が殺した。――言い訳をするなら、正当防衛だったけど、俺が殺したことに違いはない」
「――っ。……そう、そうなのね。私は見てないけど――嘘を吐いているようには、見えないわね」
 千紗は、目に見えて瞬きの数が増えていた。
 友人が友人を殺していたという事実に、少なからず動揺しているのだろう。
 ――カケルというのは、陽日輝が二日前に返り討ちにした、『創刃(クリエイトナイフ)』の使い手だった友人の名前だ。
 自分たちのグループは五人構成だったが、その内すでに死亡が確定している唯一の生徒。
「そういうことがあったから、俺はお前たちとも殺し合いになるんじゃないかって危惧をしてた。その場合――俺は凜々花ちゃんを守るために、相川たちに対しても容赦をしない覚悟でここに来た」
「――……そう。やっぱり――強いのね、暁は」
 千紗は、見開いた目を今度は寂しそうに、切なそうに細めて言った。
 そこには自分に対する恐れや憎しみは見られない――ただ、哀しみだけがあった。
「……私にはできない。私はきっと、犬飼や日宮を殺せない。――暁にとって、凜々花がそれだけ大切な存在なのは分かるわ。人を好きになるのに時間や経緯や状況なんて関係無い――それは私もよく分かってるから、凜々花が暁にとって、私たち以上の存在になっていることには驚かないし、責めるつもりもない。けれど――私はあなたのその強さに、付いていけるほど強くない」
「……相川。俺はあくまでも、お前たちが俺たちを殺す気ならって話を――」「うん、分かってるわ。分かってるのよ――むしろお礼を言うべきなのかもしれないわね。これで私はあなたへの未練を、振り切れたような気がするから。――私はあなたに釣り合わない。平和な日常の中だと、気付けなかったことかもね。だって私はあなたに振られてからもずっと、いつかあなたと付き合える日が来るんじゃないかって、おこがましいことを考えていたんだから」
 千紗がそこまで言ったところで、トイレのほうから水音が響いた。
 凜々花が程なくして戻って来ることだろう。
 千紗は、彼女自身が言ったように、どこか吹っ切れたように微笑んだ。
「私はあなたたちを応援するわ。あなたたちのように強くはなれない私だけど――でも、生きて帰る目標ができたから、私もあなたたちの足を引っ張らないように頑張ってみる」
「目標?」
「暁に、私を選ばなかったことを後悔してもらえるように、私自身に磨きをかけて、幸せで充実した人生を送るのよ。そして、あなたたちの結婚式で友人代表としてスピーチをしてあげる」
 それは千紗流の冗談なのか、それとも本気なのかは定かではなかったが――千紗の目の奥に宿っていた陰は、綺麗さっぱり消えていた。
 だから陽日輝も笑って応える――それが、一年前の告白に続き、今回もまた、自分の想いのたけを吐露してくれた友人に対する、礼儀だと思ったから。
「ああ――楽しみにしてるぜ。そのためにも、生きてここから出ないとな」
「ええ――、……!?」
 頷きかけた千紗の目が、驚愕に見開かれる。
 彼女は立ち上がり、壁を睨み付けた――正確には、その壁の向こうの『方角』を見ているのだろうということはすぐに察しが付く。
 陽日輝も立ち上がり、小声で「誰か来たのか」と囁いた。
 千紗は頷き、座卓の上に置いていた改造エアガンを手に取る。
「凜々花にも伝えてくる」
「私も一緒に行くわ。大丈夫、まだ物音を立てても気付かれる距離じゃない。五十メートル以内に入られたばかりだから」
 陽日輝と千紗は廊下に出る――凜々花はちょうどそのとき、トイレから出てきた。
「凜々花ちゃん、誰か来たみたいだ」
「――そのようですね」
 凜々花は、陽日輝に言われる前から、陽日輝や千紗と目が合った瞬間に、緊迫した表情から事態を把握したようだった。
「バッグを取ってきます」
「ああ、そのほうがいいだろうな」
「用を足している最中じゃなくてよかったです」
 凜々花が冗談なのか本気なのかそう言って、廊下を逆行していく。
 千紗がぷっ、と噴き出したのを見るに、冗談のつもりだったのかもしれない――少なくとも千紗はそう解釈したようだ。
「凜々花ってしっかりしてるけど、たまに面白いわよね」
「……ああ、割とな。本人は至って大真面目なんだけど」
 ボイラー室でいきなりパンツを脱ぎ始めたりもしたなと、今となっては遠い過去のようにすら感じてしまう、ほんの二日前の出来事を思い返す。
 それはさておき――状況の確認だ。
「近付いてきているのは一人なのか?」
「それが厄介なことに、三人いるわ」
「三人――!?」
「一緒に行動しているみたいね。山道をゆっくり登ってきてる。向こうが『やる気』かどうかは分からないけれど――そうだとしたら、……やるしかないわね」
 千紗がエアガンのグリップを強く握り締め、声を震わせながらもそう言った。
 自分や凜々花と違い、千紗はまだ、凜々花を迎撃したその一回しか実戦経験が無い。
 恐怖や緊張を感じるのは当然だろう――かくいう陽日輝だって、慣れたわけではない。
 相手がどんな『能力』を持っているか分からない以上、常に死の危険はあるのだから。
 それでも、三人だというのなら――人数的には互角だ。
「相川は後ろからそのエアガンで援護してくれ。ヤバイと思ったらすぐに小屋の中にでも逃げてもらったらいい」
「あなたを置いて逃げるなんて――と言いたいところだけど、そう言ってもらえて助かるわ。正直、今すぐ逃げ出したいくらいだもの――もちろん、やれる限りのことはさせてもらうけれど」
「ああ、それでいい。――そろそろ小屋が視界に入ってくる頃か?」
「そうね――このペースならあと二、三十秒かしら。斜面が雨でぬかるんでいるんでしょうね、結構手間取ってるみたい」
 陽日輝と千紗が作戦会議をしている間に、凜々花がバッグを肩から提げて戻ってきた。
「お話は聞かせてもらいました――三人近付いてきているんですね。そういうことでしたら、もしあちらが動き出したら、私が即分身を作ってカードを投げます――散り散りになられると厄介ですし」
「もしかしたら『楽園』からの使者って奴かもしれないしな――とりあえず、最悪の展開に備えておこう」
 陽日輝がそう言った、そのときだった。
『あー、……そこにいるのは分かってるんよ、暁陽日輝に安藤凜々花、それに相川千紗。合ってるよね? まあとりあえず出てきてくれん?』
「「「!?」」」」
 小降りになった雨音を割いて響いた、拡声器を使った女性の声に、陽日輝たちは思わず飛び跳ねそうになるくらい驚いていた。
 向こうがこちらの気配を察知している――くらいならまだ分かる。
 しかし、ここにいる人数とその名前まで、正確に知られているのは理解できない。
 そんな、『暗中模索』の上位互換のような『能力』を持つ者が、近付いてきている三人の中にいるというのか――!?
「どうして、私たちのことを――!?」
「分からない――ただ、そこまで分かっていて、すぐに仕掛けてこないってことは、少なくともまず話し合うつもりはあるのかもしれないな」
「私たちを動揺させるためという線も考えられますけどね」
 三人でコソコソと話し合っている間に痺れを切らしたのか、拡声器の声は再び喋り出した。
『ああ、勘違いしないでほしいんよ――別にウチらはアンタたちと殺り合おうとか考えてないんよ。むしろ、アンタたちと手を組もうと思ってるくらいで』
「手を……組む?」
 陽日輝のその呟きは、当然、彼女には届いていないだろう。
 しかし、彼女はその反応を見抜いているかのように、こう続けた。
『アンタたちのところにも来たんやろ? 『楽園』がどうとか言ってる連中。ウチらもソイツらに殺されかけたんよ。それで、ずっと探してたワケ』
 彼女は、そこで一瞬言葉を区切ってから、こう告げた。
『ウチらと一緒に『楽園』をぶっ潰してくれそうな連中を。――なあアンタたち、ウチらと組まない? 悪い話ではないと思うんよ』

       

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