Neetel Inside 文芸新都
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兄貴の嫌味

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 二人を家の外まで見送った後、部屋に入ろうとするとき、隣の部屋から出てきた兄貴が声をかけてきた。
「なんだっけ? あの曲。ドラマの主題歌だっけ? 途中からかなり良かったんじゃない? 俺も少しブルっちまったぜ。お前もやっぱり俺に似てるおかげで人を見る才能があるみたいだな。急にバンドなんて組んで、ライブでもやるつもりか?」 
今日はアルバイトもなく、バンドでの練習もないから兄貴は家にずっといた。僕たちの演奏を聞いて当たり前だと言ってしまえば当たり前だが、この自意識過剰の兄貴が僕たちを褒めてくれるとは思わなかった。
 「今度の文化祭で演奏しようと思ってるだけだよ。兄貴からそんなお褒めの言葉をいただけるって事は、俺たちの演奏はそりなりの形になってるって考えて良いのかい?」
 兄貴は僕に一歩歩み寄り、少し頬の肉をつり上げて
「認めたくないけど、そう言うこと。まあどうにせよお前じゃなくて、他の二人がうまいからだよ。だから気を付けろよ? 下手なお前なんていつメンバーの頭数から消えてるか分からないぞ?」
 まったく嫌味な兄貴だ。嫌になる。が、兄貴は兄弟だからと言うわけではないが、本気で嫌いになれない人間だと思う。
 と言ったものの正直、この発言なら本気で嫌いになれるかも知れない。
 この兄貴は人が本当に悩んでることでさえ軽く言ってしまうのだ。もしかしたら兄貴は悪気がないのかも知れない。悪気がないからこそ困るのだ。悪気があるのなら兄貴を責めればいい。が悪気がないと言うことは言っても反省出来ない、意味がないと言うことだ。
 それに自分自身では足を引っ張ってるつもりはないが、二人の足を引っ張っているかも知れない。二人にそのことを聞いたとしても、二人とも、そんなことはない。と言うだろう。口だけなら何とでも言えるのだ。心を読める人間なんていない、だからこそ人間関係は難しく、また面白いのだと思う。今現在人間関係が面白いなんて言ってられる状態ではないが。
 僕が黙り込んでいると兄貴は困った顔をした。今頃気が付いたのだ。自分が何を言ったのかを。慌てて兄貴はさっき言ったことを誤魔化すように
「冗談だよ、本気にすんな」
と一言言って部屋に入っていった。
 部屋に入り兄貴が言ってた事を少し考えてみる。
 どうせ文化祭が終わったら、バンドも自然に終わると思っているからあんまり深く考えなくても良いと思っているが、確かにあの二人から見れば僕は劣っている。楽器の腕前だけでなく、性格、外見などを含めてみても。 もしかしたら二人は文化祭が終わってからもバンドを続ける気かも知れない。続けるなら喜んで一緒にやりたいと思うが、ここで改めて腕前、性格、外見の問題が出てくる。
 性格はともかく、メンバーの腕前と外見はバンドのステータスになる。腕前か外見のどちらかが素晴らしく優れていれば、劣っている片一方をカバーすることを出来る。
 僕の場合腕前も外見も良く言って中の下。最近ちょっとしたスランプなのか毎日二時間近く弾いていても、ちっともうまくなっている気がしない。バンドの練習が始まれば、刺激となって実力向上に向かうと思っていたが、実際そんなことはなさそうだ。
 文化祭までは僕が集めたメンバーだから、僕が抜けることはないだろう。心配なのはその後だ。
 兄貴が言っていた
「いつメンバーの頭数から消えてるか分からないぞ?」
と言う言葉が頭をよぎる。
 ありがとう兄貴。兄貴が言った悪気のない嫌味は予想以上に僕を悩ませてるよ。

       

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