Neetel Inside 文芸新都
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ファーストステップアップ
メンバー集結 ピナット結成

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 文化祭が近づいてきた。今は十一月の半ば。実際今年も椅子に座って寝てようと思っていたが、生徒会執行部の溝田から
「今年は有志の発表が出来るらしいから、お前のお得意のギターでも構えてライブでもやってみれば?」
と言われた。
 実際適当に流していたのだが、今考えるとかなりいい話だと思う。メンバーを今週中に見つけることが出来れば、二週間練習する余裕がある。
 二ヶ月前からメンバーを捜していたが、実際自分自身で仲の良い友達に声をかけて回っていただけだった。この行事をエサにやり方を変えれば何とかなるかも知れない。
 考えた末に思いついた集め方は、初歩的だが噂を流すと言う事だった。
『今度の文化祭で武宮勇がライブをやるらしいんだけど、メンバーがいないんだってさ。だからメンバー募集してるらしいよ』
 実際この程度の些細な噂だが三日後には成果が上がった。僕の元にベースをやりたいと言ってきた同級生大林充。ヴォーカルっているの? と聞いてきた隣のクラスの宮部麻美子。
 三日で二人と順調に来たのだが、一週間経ってもドラマーが見あたらなかった。
 土曜日早速二人を僕の家に呼び、演奏を合わせた。麻美子はマイクを持ってなかったので、兄貴達が使っていたマイクをあげた。
 僕と充が好きな音楽の違いから、合わせられた曲は一曲しかなかった。学園物のドラマの主題歌だけだ。
 一曲しか合わせられなかったが、充と麻美子の実力は十分に分かった。
 麻美子は声域が広いのか、低い声から高い声まで幅広い声が出る。音程もしっかり取れているし、リズム感も悪くない。
 充も上手かった。聞いてみればベースを始めたのが中学入ってすぐだとか。僕よりも全然キャリアが違うのだから、逆に足を引っ張らないようにと、少しプレッシャーを感じている。
 ほぼ初対面の三人だったが、麻美子と充は楽しい奴らで、三人の笑い声が部屋に響くまでは時間はあまり要らなかった。
 日曜日も同じように二人を呼んだ。何度か合わせた後、麻美子が言った。
「ライブの時はやっぱり今やってる歌を歌うの?」
 僕はそのつもりでいたが、充は
「もっと盛り上がれる曲にした方が良いんじゃない? 二週間あれば演奏の方は大丈夫だと思うしさ」
 確かにこのドラマの主題歌の曲は有名ではあるが、盛り上がれる感じの曲ではないし、二週間あれば演奏も問題ないだろう。
 だが、この曲は見せ場が多くある。ギターソロがあり、ベースにもソロがある。それにギターよりも目立つ場面が多々ある。歌詞だってまさに受験生の僕たちにあっている曲だと思ってる。だからこそ僕はこの曲をやりたいと思っていた。
 麻美子と充は有名な曲名をあげて、どうしようか、と言っている。ここで僕の意見を無理に通す事が正しいのか、それとも多数決の原理にしたがった方が良いのか。
 一緒に音楽をやり出して二日目だが、ここでバンドの難しさを知った。人の集まりだからこそ自分勝手が出来ない。自分勝手を押し通して嫌々演奏されても、良い音楽なんて生まれない。
 だが、ここは下がりたくない。どうしても僕はドラマの主題歌を観衆の前でやりたいんだ。
「俺は今やってる曲がやりたい」
別に大きな声で言ったわけではないが、麻美子と充は驚いた顔をして僕を見た。
 どうやら二人は僕も曲を代えることに賛成している、と思っていたのだろう。 
「ギターソロとベースも目立つし、歌詞も俺は凄く気に入ってる。だから俺はこの曲をやりたい」
 充は少し不満な顔をしている。麻美子は少し考え込んでいる様な感じだ。三人の間に初めて集まったとき以来の沈黙が生まれる。僕は手元を見てる。
 沈黙に耐えかねた充は、ベースを手に取り何も言わず座ったまま、どこかで聞いたことのあるフレーズを弾き出した。僕と麻美子は充を見るが何も言わない。
 僕もこの沈黙をかき消すために、ストラトシェイプをスタンドから持ち上げ、アンプの電源を入れる。ストラップを肩にかけて立ち上がり、ドラマの主題歌を弾きながら歌い出す。
 二人が一斉に僕を見る。何も言わないが僕を見続ける。気にせず歌い続け、ゆったりとしたAメロを歌い終える。ここで充が立ち上がりベースが参加する。
 Bメロに入り一気に加速する。ベースのおかげで随分と歌いやすい。実際ギターを弾きながら歌うことが良くあったが、ベースが入ると全然違う。砂の上で歌っていたが、今はアスファルトの上にいるようだ。水が来ても流されることはない。
 Bメロの最後は一回音が全部切れ、ベースの短いソロが入りサビに入る。
 充がベースソロを終え、ベースのヘッドを勢いよく天井に向ける。充も乗ってきた。
 サビを歌い出すと、麻美子も歌い出した。二人で歌を合わせたことは無いが、うまくハモっている。
 凄く気持ち良いし、楽しい。三人とも演奏を楽しんでいる。麻美子も今まで見せた事がないような雰囲気で、マイクを強く握りしめ歌っている。
 二番のAメロBメロを歌い終え、二度目のサビに入る。下がることの無いテンション。
 二度目のサビが終わり間奏のギターソロが始まる。マルチエフェクターのワウペダルを踏み、16ビートのソロを弾いていく。やってみようと思っていたが、実際にワウを踏みながら演奏してみるのは今回が初めてだった。
 最後のサビは充が一オクターブ下で入って演奏しながら歌った。充もしっかりハモる。 歌い終えてから他に合わせることが出来る曲が無いせいで、三人は残念ながらも微笑みあって楽器を置いた。
「凄く気持ちよかったよ、もう本当に最高! この感じなら充分ライブも行けるんじゃないかな?」
 充も頷いていた。僕も麻美子の意見に賛成だった。これが本番で決まれば、生徒の間で語り継がれるんじゃないか、なんて少し自惚れるぐらいに。
 「俺、勇と宮部のツインヴォーカルが良いと思うんだけどさ、勇歌う気ねえ?」
麻美子もそれに賛成という感じでにこにこしている。
「そうだなぁ……」
と、つぶやくと麻美子は真顔に戻って、説得力のある顔になり、
「勇君が歌ってくれると、私も歌いやすいよ、それにハモってると、全然歌の感じが変わってきて、盛り上がれると思うの」
 正直歌っても良いと思っている。だが、観衆の前で歌うのが少し恥ずかしいから、ツインヴォーカルに賛同できないのだ。
「ギターが大変なら、サビだけでも良いから、一緒に歌おうよ」
 僕と麻美子の間の沈黙に充が間を割って入ってきて、
「勇、やってくれよ。お前が歌わなくちゃ、俺たちは完成しない。俺だってコーラスもやるからさ」
 サビだけなら歌っても良いかも知れないし、ここまで盛り上がってるのに断る、というのはメンバーに失礼だ。
「じゃあ、サビだけだよ」
この言葉を聞き、麻美子と充は笑って、拍手をしてくれた。続けて口を動かすと二人は黙って僕を見た。
「後さ、このバンドをただのコピーバンドで終わりたくないんだ。だからさ俺たちだけのアレンジを加えた曲にしよう」
 二人はそのつもりだ、と顔で答えた。
「流石、リーダー。言ってくれるぜ、だが安心してくれ、俺がいるからただのコピーバンドじゃ終わらないさ」
 どうやら僕はリーダーらしい。確かにこの二人を集めたのは僕だからリーダーになるのが自然なのかも知れない。
 「でさ、俺たちの名前はなんて言うんだ? いくら何でも名無しのまま活動していく気はないだろ?」
 確かに充に言われて気が付いたが、僕たちにはまだ名前がない。名前が無い?
 「Present To Name All People」
名前がないなら付ければ良い、と思って出てきた英文だ。実際文法にあってるかは分からない。
「Present To Name All People?」
麻美子と充が二人がほぼ同時につぶやいた。しっかりとハモってる。しかし、それを恥ずかしがる様子もない。かなり良いバンドになるかも知れない。このとき僕は思った。
 「すべての人々に名前を与えるってことだよね、規模凄くでかいよね」
麻美子は訪ねたが、まったくその通りだ、中学生が名乗るには規模がでかすぎる。
「そのぐらい大きく出たほうがいいさ、俺たちの音楽で一人一人の本当の自分の姿に気づかせるって意味合いもあるんだろ?」
 どうやら充はこの名前が気に入ってるみたいだ。
「意味は各自考えてくれてかまわないよ。けどこの名前長くない? 短縮した名前も考えようよ」
 三人の間で少し沈黙が生まれる。
「P,N,A,Tでピナットってのは?」
沈黙を破ったのは充だった。
「ピナットねえ……」
今度は僕と麻美子がハモった。僕は良いんじゃ無いかと思っているが、麻美子はそうでもないようだ。
「いいんじゃない? ピナット」
僕が言うと少し間を開けて麻美子も続く、
「確かにそれが良いかもね、と言うよりも、私はまったく他の短縮を思いつかないからそれで良いよ」
「うん、じゃあ、ピナットで決定だな」
 僕がリーダーなのに充が締めた。そんなことを思っても実際はバンドにリーダーなんてものはいらないと僕は思っている。
 このとき、Present To Name All People改め、P,N,A,Tが誕生した。

       

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