Neetel Inside 文芸新都
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オーディション

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ドラマーが見つからないまま、文化祭の有志発表のオーディションが行われる。なんだか有志の数が規定数を超えたため、生徒会執行部、先生などが審査員となってオーディションを行って発表する有志を決めることとなったらしい。
このオーディションのせいで朝っぱらから重労働を行うこととなった。ストラトシェイプは勿論、兄貴の六十Wを越えるアンプを学校に持ち込んだからだ。
 ギターだけでも十分に目立つのに、はたから見れば馬鹿みたいにでかい箱を持ってるんだから、学生のみならず、ゴミ出しに家を出ているおばさん達のも注目の的となった。唯一の救いは家から学校までが近かった、と言うことだけだろう。
 事前にオーディションで使う機材を置く場所を職員室に作っておいて貰った。麻美子のクラスの担任の井森先生が音楽の先生で、文化祭でライブをしたいと言ったら、喜んで協力してくれた。
 帰りの会が終わり、皆が下校する中、僕たち三人は職員室に道具を取りに行った。機材を三人で体育館に運ぶ途中でも注目の的となった。朝もこんな感じだったと二人に言うと充が、笑いながら
「俺もスゲえ見られてたよ。まだベースだけだったら良かったけどね」
 充は吹奏楽部がベースに使うアンプを使うことになっていたため、ベースだけだったのだ。羨ましい気もするが、充は学校に自転車で通っているほど家が遠いからおあいこ、と言うところだろう。
 麻美子は今は吹奏楽部のアンプを持っているが、朝は手ぶらでいつも通りだったらしい。勿論この前使っていたマイク二本も僕が鞄に入れて持ってきた。
 体育館にはいるともうすでに有志のオーディションが始まっていた。観客や有志でステージに立つ人が思った以上に多く、体育館はざわついていた。そのざわめきを気にせずに、ステージの上で十人ぐらいが海外のラップに合わせてブレイクダンスを踊っている。
 僕たちはステージに一番近い位置に機材を置き、楽器のチューニングを始める。
ラップが止まり、ステージで踊ってた人たちが一列に並び礼をした。
 生徒会執行部の溝田が僕たちに近づき
「今から始まる劇の次出番だから、スタンバイしてくれ、楽しみにしてるぜ」
そう言うと足早に審査席に戻っていった。
 民族間の話し合いをテーマとした演劇らしく、二種類の特徴ある服を着た男女が二十人ぐらいステージの上に並びお辞儀をした。拍手が響き、それぞれの持ち場に着く。
 「勇、お前緊張しないのか?」
充に声をかけられ、ステージから充に目を移す。
「まったく緊張してないよ?」
 見栄ではなく本当だった。だからこそ劇を集中して見ている余裕があった。
「案外図太いんだな、俺はスゲえ緊張して足ががくがく言ってるってのによ」
 僕はそれを聞いて笑ったが、麻美子も充も笑わなかった。本当に緊張してるんだ。もしかしたら、二つの有志を見て無理かも知れない、と思っているのかも知れない。
「大丈夫、いつも通りやればこの体育館にいる奴ら全員がファンになるよ」
リラックスさせるため言ってみたが、効果はなかった。
 どうにせよ出番はもうすぐ。今更緊張しても意味がないんだ。僕は思ったが口に出さないことにした。その方が二人のためだと思ったからだ。
劇が終わり、二十人近くいる男女が狭そうに一列に並び礼をする。いよいよだ。
 劇をしていた男女がステージから降り、拍手が鳴りやまないうちに僕たち三人はセッティングに入る。
 軽くストロークをしながらアンプの音量とエフェクターの設定を確認をして、マイクの位置を少し下げた。少し時間はかかったが、問題はない。僕は二人を見てオーケーと伝える。
 二人ともうなずき、ギターをアンプに立てかけ、僕が真ん中、右に充、左に麻美子、三人で並び礼をする。
 二人とも震えていたのが分かった。演奏に入る前に二人を呼び、小声で
「ここまで来たんだからやるしかないよ、思いっきり楽しもう」
 充は目が変わったが、麻美子はまだ目が死んでいた。緊張をしているのだ。
 会場がざわつき始めたが、僕は気にせずギターを肩にかけ、前奏を始めた。
 体育館が僕のギターの音だけとなる。僕だけに与えられた時間。僕だけに与えられた快感。
 失敗することなく初めのギターソロをクリアする。心配なのはここからだ。僕は麻美子が歌い出せるかが心配だから、念のため歌を歌うつもりだった。
 前奏が終わる。歌が入る。
 案の定麻美子は歌えなかった。マイクは握っていたが声が出なかった様に見える。ベースは問題なく僕たちを支える。声が小さいせいか、一小節目は聞こえたかどうか分からない。二小節目からは僕は必死で歌い始めた。麻美子を生き返すために。
 僕は一人でAメロを歌いきった。
 Bメロに入り加速する。まだ麻美子の声が体育館に響かない。僕は一人麻美子が生き返ることを願いながら必死に歌う。
 ベースを太ももまで下げた充を見ると、充も麻美子を見ていた。充もベースで麻美子に訴えかける。歌ってくれ、お前の声が聞きたい。
 Bメロの最後にさしかかる。音が切れる前の一言。愛してる。
 くさい台詞だがここでヴォーカルが叫びさびの盛り上がりに繋がるのだ。
 麻美子は僕らの必死の呼びかけに答え、やっと目を覚ました。今まで聞いたこともない最高の、愛してる。を聞いた。
 ここで音が切れ、ベースのソロが入る。攻撃的で難しいフレーズを、スラップで弾く。これが充のアレンジだ。
 サビに入ると麻美子はA,Bメロを歌わなかった分を取り返すかのように、マイクを小さな両手で握り激しく歌った。僕も負けじと全力で歌う。うまくハモっている。この前兄貴に絶賛を貰ったときよりもさらに上手くなっている。
 二番のAメロBメロを歌いながらさらにテンションをあげていく。二番のサビでは充が一オクターブ下で歌い出した。
 静かだった観客も一緒に歌い出す。胸からわき出る気持ちをギターサウンドと歌声に変えてぶつける。
 観客も歌声で僕たちに胸からわき出る気持ちをぶつける。体育館内の雰囲気が変わってきたのが分かる。上限を知らないこのテンション。
 二番のサビを終え、ギターソロが入る。今日もワウペダルを踏んで16ビートを刻む予定だったがやめにした。オーバードライヴからディストーションに代えて音を大きく歪ませる。
 ソロの途中でAのコードを押さえ、ストロークを二回入れ、音を切る。会場がとまどい出す。
 ディストーションからオーバードライヴに戻し、ソロの続きをワウペダルを踏みながら演奏する。僕だけに与えられた空間が欲しいのだ。
 ギターソロを終える、最後のサビに入り、一度冷めた観客をもう一度熱する。
 
 飢えているんだ、僕たちも含め、みんな。刺激が欲しいんだ。辛いことを気にせず盛り上がりたいのだ。

       

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