Neetel Inside 文芸新都
表紙

猿人生芝居
リーさんのフィールドワーク

工場で働いていたころの話。

廃棄の食パンを求めて聖杯戦争が勃発する。同じ時間帯で働くジジィが濁った瞳を光らせている。
このジジィの食パンに対する執着。まだ期限が切れてないパンを自分のロッカーに隠して寝かせていたときは笑った。ハムスターかお前は。社員から「あなたが思うより窃盗です」とAdoみたいな説教を受けて以来ボケたハムスターは姿を見せなくなったが、年寄りはすべからく和食が好きだと思っていた。

俺が食パンを獲得できたときは、帰路の途中にある池に住むカモのつがいに餌付けしていた。パンをちぎって投げる。パンを食うカモを眺める。なんだか頭がボーッとしてくる。

「コンニチハ」
アインシュタイン稲田をsnowアプリで女体化したような女だった。カタコトの抑揚から日本人じゃないことはすぐに分かった。

「名前はなんですか?」
いちいちカタカナにすると予測変換がぐちゃぐちゃになるから普通に書く。
その頃は野球をよく見ていたから俺は「内川」と偽名を名乗った。

「あなたの名前は?」
最初の質問はカモの名前を聞いていたようで、質の悪いすれ違いコントをしてしまった。
俺の名前が内川だと訂正した。偽名だけど。
相手方も稲田は偽名で(勝手に名付けて偽名とはどういうことだ)、本当の名前はリーというらしかった。

この鳥はマガモですと教えると、リーさんは首にかけたカメラで写真を撮り始めた。そして聞いてもないのに大学のゼミで地域の野生動物を調べていることを教えてくれた。

「本当は二人一組で活動するのに、私のパートナーは他のグループのところに行っちゃったんです」
私が中国人だから差別されているんです。
初対面の人間に言うことか。事情も分からないのに適当に慰めるのも嫌なので無視して餌付けを再開したら「私と一緒に回ってほしい」と頼まれた。
どうせ帰ってもシコって寝るだけだ。リーさんに付き合うことにした。

「あれはなんですか?」
「秋田犬」
「あれは?」
「ダルメシアン」
「あれは?」
「ボルゾイ」
一時間ほどでリーさんは満足したらしく、笑顔でお別れした。いや飼い犬って野生動物なのか?
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