Neetel Inside 文芸新都
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翌日、いつも通りに起きた俺は、昼前まで軽く部屋の掃除をしていた。
折角気持ちの切り替えのためにもらった休暇だが、何をして時間を潰せばいいのか
色々考えてもなかなか思い浮かばない。
結局、神奈川県警から警視庁に配属変更の為に引っ越して以来部屋の中に
置きっぱなしだった、生活必需品の入ったダンボールを開けて中身を
片付ける事ぐらいしか、やる事が思いつかなかった。
とは言え、その荷物もそんなに多く無く、昼前にはほぼ全て片付いてしまった。
「……何、しよっかなあ………。」
部屋の隅のベッドに仰向けに寝転がり、昼から何をするかを少し考えていた。

昼過ぎ、一人の男がラーメン屋の扉を開ける。
「へい、らっしゃい!」
店内に、店主の威勢の良い声が響く。
「久しぶりだな。」
ふて腐れた表情を浮かべながら答えた男に対し
「おっ、久しぶりだねい……どうした、何かあったか?」
店主は明るく話しかける。
「まあ、色々とな。」
狭い店内には、2~3人先客が席に着いている。
皆、テーブル席ばかりで、カウンター席には誰も座っていない。
男は、カウンター席に座ると
「醤油叉焼(しょうゆチャーシュー)ねぎ盛りで」
と、注文する。
「へいっ、醤油叉焼ねぎ盛りね。」
店主が注文を明るい声で復唱し、注文されたメニューを作り始めた。
「一ヶ月ぶりか…仕事で何かあったのか」
メニューを作りながら、男に話しかける店主。
陽気な店主に対して、男は答えた。
「新しく入ってきた同僚と…少し喧嘩をして…な。
 同じ職場で働いていても、目的や理想まで同じとは
 限らないんだな。」
出された水を飲みながら話す男に
「よくわからねーけど大変なんだな。」
チャーシューを少し焦げる程度に焼きながら、店主が答える。
「そいつの持つ、青臭い理想は、俺だってできる事なら実現させたい理想なんだ。
 だけど、それを実現するのはとても難しいんだ。」
言葉を続ける男…。
「なら、そいつの理想を実現できるように、お前さんがバックアップしてやれば
 いいんじゃないか?
 お前さんには、お前さんにしかできない事がある。
 そいつにはそいつしかできない事がある。
 そいつの目的や理想が、お前さんも『できる事なら実現させたい』物なんだったら
 力を合わせれば良いじゃないか。
 ………へいっ、醤油叉焼ねぎ盛りお待ちぃ。
 叉焼一枚多めに入れといたから元気出せよ。」
できあがったメニューを、男の前に置きながら答える店主。
「力を…合わせる?」
男は、驚いた表情で店主の顔を見上げる
自分にそいつと同じ力があれば…そいつとと同じ事をしてたかも知れない。
そいつの力は、自分の力とは違う。
自分が、憧れていた力だった。
詰まる所、自分はなりたかったのだ。G-6装着員ではなく、仮面ライダーに。
そして、人を救い、人に危害を加えようとする異形を倒すその両方を
やってのけられる戦士になりたかった…。
自分はライダーシステムの適合者ではなかった、でも自分には自分にできる事がある。
「お前は、お前のできる事をやったらどうよ?」
店主が、屈託のない笑顔を店ながら言葉を続ける。
「その内、その同僚を店に連れて来いよ、元原。…早く食わねーとのびるぞ。」
元原は、言われてハッと気付くと醤油叉焼ラーメンを食べ始めた。

俺は、バイクを走らせていた。
何をするか、あの後色々と考えている内に思いついたのは
気分転換に山に登ろうという考えだった。
東京郊外の山中の登山用自動車道をバイクで登る。
もう少し登った所に、東京を一望できる休憩所兼展望台がある。
神奈川県警に居た頃から、何度かその展望台には来た事があった。
そこから東京湾の景色を見ていると、色々と嫌な事を忘れられる。
雲の少ない青空が、登山道の右手に見える東京の景色を映えさせる
演出の様に感じられた。

程なく、登山用自動車道から突き出た形に作られた展望台に着く。
展望台には、一台のバイクが停まっていた。
「先客、かな…?」
思った事をそのまま口にして、展望台の縁に木材で作られた柵の方に
目をやると、そのバイクの持ち主らしき人物が立っていた。
柵に近寄る俺の足音に気付いたのか、その人物が振り向く。
「……良い景色だろ。」
少し無愛想な感じに見える、その人物に声をかける。
「そうだな。」
眼下に広がる、東京の景色に目をやりながら"彼"は答えた。
声をかけられたのが気に入らなかったんだろうか…機嫌の悪そうな声だ。
柵に両手を乗せ、眼下に広がる東京の景色に目をやる。
東京都庁や東京タワーも小さく見える。
「こうして見ると…俺達の世界なんて、小さな物なんだなって思うよ。」
思った事が素直に口をついて出た。
「だが、その小さな世界で皆必死で生きている。」
先に展望台に来ていた"彼"が、反応する。
そうだ、…必死で生きている人達の生命を理不尽に奪おうとする未確認生命体
から、人々を守るために作られたのがライダーシステムなんじゃないのか?
未確認生命体を倒す事だけが、人の命を守る方法だとは、俺には思えない。
そんな事を考えていると、柵に乗せている自然と力が入る。
「もっと、肩の力を抜いたらどうだ?」
その様子に気付いたのか、"彼"が呟いた。
「えっ?」
何を言われたのかと一瞬、俺は戸惑う。
「お前一人じゃないんだ、一人ではできない事も…力を合わせれば
 できるかも知れない。」
何故、俺が思っていた事が"彼"に解ったのか解らず、俺の頭の中で一つの疑問が浮かぶ。
「お前は………。」
俺の質問に答えず、"彼"が口元を歪めた。
不敵な笑み、俺には"彼"の表情が、そんな表情に見えた。

       

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