Neetel Inside ニートノベル
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ハーデンベルギアの花言葉
◆1話(1-1)

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 それは3年前。

 山奥にある一つの村が聖興軍(せいこうぐん)に襲われた。


 あたり一面は火の海。
 灼熱の炎とむせ返る煙の中、かすかに血の匂いがする。

 炎に包まれすでに建物とは言えなくなったガレキと、まるで捨てられた人形のように無造作に横たわる人々の亡骸。
 その地獄絵図のような場所でかすかに動くひとつの人影があった。

 他に生きている人の気配はない。
 
 人影は炎から少し離れた岩場に腰かけ、ため息交じりにぽつりとつぶやいた。


「なんてザマだ……」


 目が覚めたらこんな有様だった。
 村は炎に包まれ聖興軍が村人を襲いつくしていた。

 気付いた瞬間、体は動いた。
 敵を倒しつつ生き残っている者はいないか必死の思いで探した。

 だがもうすでに遅かったのである。
 世話になった者たちが、親しい者たちが、見慣れた顔ぶれが、あちこちで血を流して倒れていた。
 何度名前を呼んでもピクリとも動かない。


 昨日会った時はあんなに元気だったのに。
 あんなに笑っていたのに。

 誰一人助けられなかった。


 そしてうつろな目でいつまでもいつまでも、ゆらゆらと揺らめく炎を見つめていた。





   ◇◇◇◇◇





 世界には東西南北と4つに分けたエリアがある。
 その東のエリアに位置するフォルトス島に朝日が顔を出した。


 聖興軍の襲撃から3年。
 あの惨事がまるでなかったかのように何事もなくこの山はそびえ立っている。

 しかし、その穏やかな風景の中に人の姿は全くない。
 この山を登って家路につく山奥の村人がいなくなってしまったからである。
 あの惨事の名残は今でも間違いなくあるのだ。

 普段は人がほとんど通らないこの山道を、この日2つの人影が歩いていた。

 1人は赤い髪に紫の瞳の若い男性、名前はカツマ。
 青年一歩手前といったその風貌に似つかわしくない、年季が入った立派な剣を身につけている。
 彼が体を動かすたびに柄の飾り細工がキラキラと光っていた。

 もう1人は茶色い髪に緑の瞳の男性、名前はザザ。
 2mはゆうに超えているだろう大柄な青年で、大きくて重そうなリュックを背負っている。

「まだ登んのかよ~」

 息も絶え絶えのカツマは情けない声をあげる。

 山の中腹あたりだろうか、坂はそんなに急ではない歩きやすい道だ。
 しかし早朝から山を登り始めて随分と経っていた。
 疲れと苛立ちから、ついついザザを責める口ぶりになる。

「道、間違えてね?こんなに登ったっけ?」

 それを聞いたザザは呆れた様子でその問いに答えた。

「登ったよ。お前は本当に忍耐力がないな。そんなんじゃエンさんのような立派な剣士にならないよ」

「うるせえ、お前がおかしいんだって。休憩なしでこんな山道歩いてて、なんでそんなに涼しい顔をしてるんだよっ」

 息を切らせながらも怒る気力があるカツマはザザに噛みつく。

 やれやれ……ここで言い争いをしている時間はないのだが。
 そう思ったザザは足を速めた。

「この山、夜は危ないんだよ。日暮れまでに用事を済ませて山を下りたいから、急ごう」





 それからどれだけ時間が経っただろう、黙々と山を登っていたカツマが何かを見つけて話しかけた。

「おいあれ、村人じゃね?」

 彼が指す方に目を凝らすザザ。
 確かに道端奥にある岩場の近くに人影が見える。
 若い女性だ。

 流れるような金の髪に赤くて大きな瞳、そして透き通るような白い肌。
 草木が生い茂る緑の中にまるで光をまとった妖精のごとく、その姿には目を引くものがあった。

 向こうもこちらに気付いたらしく、目を見開いてひどく驚いているようだった。
 彼女は慌てた様子で彼らに背を向け岩場へと姿を消した。

     


     

 目が合って逃げるように去られたものの、2人は一様にホッとしている。

「山を登り始めて全然人に会わなかったから安心したよ」

「それな。以前ここを通った時は人とすれ違った記憶があるんだけど、今日は全然見てなかったしな」

「もともと人通りの少ない山道だからこういう日もあるんだろうけど、人がいないとちょっと不安になるよな」

 目を細め穏やかに笑うザザ。

 しかし笑顔とは裏腹に、彼は不安を完全に拭い去ってはいなかった。
 女性の行動がやや不穏だったのが気になるのである。

「にしても……、俺たちを見て逃げるように去って行かなかった?」

 その疑問にカツマは彼を指して笑いながら言った。

「お前をクマと勘違いしたんじゃね?図体デケェから!」

 あっ……そうなんだ、クマ……。
 いくらかモヤモヤした気持ちはあるものの、そういう理由なら気にするほどの事ではない。
 ザザは気持ちを切り替えて村を目指すことにした。





 しばらく進むと目の前を遮っていた岩場や草木が途切れ、視界がパッと開けた。
 休憩が出来る広場に着いたようだ。

 それは自然に出来た広場ではない。
 木を切り倒し地面を平らにした、明らかに人が作り出した広場。

 記憶の片隅にある、村の近くの小さな広場に辿り着いたようだ。
 ここまで来ると幼い頃に一度しか訪れなかったカツマもうっすらと思い出していた。
 目的地まであと少しのようだ。

 ザザも懐かしい思いで辺りを見回し、ふと広場の隅にあるベンチに目をやった。
 その瞬間、彼は眉をしかめた。
 なにやら様子がおかしいことに気が付いたのだ。

 彼の記憶の中では真っ白にペイントされていた鉄製のベンチだったのだが、それは明らかにサビつき赤黒くなっていた。
 そのうえ背もたれの部分は腐れてぐにゃりと曲がっている。

 ベンチだけではない。
 よく見ると広場の手入れもされてないらしい。
 平らだった広場には雑草が生い茂り、所々にぽつぽつと木の新芽が生えている。

「おかしいな。ここはみんなの憩いの場のはずなのに。手入れがまるでされてないじゃないか」

 なにか得体のしれない不安がザザの脳裏をよぎった。

 その時。

 彼らの目の前にセレダの村への道をはばむ人影が現れた。
 どうやら小さな男の子のようだ。

 10歳にも満たないだろうか、やわらかい金の髪に青い瞳が愛らしい。
 しかしその表情は硬く、明らかに警戒している雰囲気を醸し出している。

 近くに親がいるのかとあたりを見渡したが、それらしき人影はない。

「きみたちは聖興軍?それとも山賊かな?」

 しばし黙って睨んでいた男の子が口を開いた。
 静かに、しかし明らかに敵意があると分かる口ぶりだ。

 男の子の言葉に途端に不機嫌になるカツマ。
 山賊はまだしも父の仇である聖興軍に間違えられたのがよほど頭にきているらしい。

「誰が聖興軍だっ。いいからそこをどけ。邪魔だ!」

「まぁどっちでもいいけど。この道は行き止まりで村なんてないよ。さっさと引き返すんだね」

 今度はそれを聞いたザザが驚いた。

「ちょっと待ってくれ、そんなはずはないよ。間違いなくこの道の先に村があるはずだけど?」

「村なんてないよ」

 ザザの質問に間髪を入れずキッパリと言い放つ男の子。
 わけが分からず困惑気味にカツマとザザは顔を見合わせた。

 道を間違えた?
 いやいや、ザザが何度も足を運んでいる見覚えのある道である。
 そのうえすでにこの広場まで来ているのだ。
 道を間違えているなんてあり得ない。

 この子が嘘をついて旅人を追い返そうとしているのだろうか。
 少々悪質な気もするが子供にはあるだろう単なる悪戯である。

「……お前セレダの村のガキか?妙なウソ、ついてんじゃねぇよ」

「嘘だと思ってるんだ。おめでたいね」

「は?そんなのウソに決まってんだろ!!」

 にらみつけ声を荒げて威圧するカツマに全く動じない男の子。
 むしろ煽って余裕の笑みさえ浮かべている。

「嘘じゃないし、この道は通さないよ」

 男の子のこの言葉と同時に、広場全体から一斉に奇妙な鳴き声がした。
 耳をつんざくような不快な鳴き声。
 それが幾重にも重なり、耳をふさぎたくなるほどうるさくてしょうがない。

 そして風も吹いていないのにやたらと木がざわめき、木の葉が落ちてくる。
 どうやら2人の周りで多数の獣がうごめいているようだ。

「なんだ?この鳴き声……」

 異様な空気の中ザザは顔をあげ辺りを見渡す。

 と同時に、何かが2人めがけて風のような速さで突っ込んできた。
 間一髪、慌ててそれを避ける2人。

 その刹那、視界に入ったものにザザが叫んだ。

「鳥だ!!」

 それはどこにでも生息している、小鳥というにはやや大きめな1羽の鳥。
 薄茶色に黒のまだら模様の羽が特徴的な鳥である。
 性質は極めて臆病でおとなしく、人を襲うことはまずない。

 その鳥がカツマとザザに向かって体当たりをしているのである。
 何度も何度も風を切り低空飛行で襲ってくる。

「一体、どうなってんだよっ!?」

 攻撃を紙一重でかわしながらカツマは叫ぶ。
 ザザも大きい体を左右に揺らしながら攻撃をかわしていたが、何かに気付き男の子を見た。

「この鳥、まさか……きみが?」

 その言葉に鳥はぴたりと攻撃をやめ、高く掲げた男の子の右腕にとまった。

「もう一度言うね。この道は通さないよ、僕たちが守る」

     


     

 2人は男の子の意図をまだ理解出来ずにいた。

 守るとは何を守っているのか?
 もしセレダの村だとして、なぜこんな幼い子が?
 村はないなどと嘘をついて……。

 ザザは思った。

 鳥の行動を見る限り、この子は鳥を操れる『スキル・鳥』の獲得者なのだろう。
 スキル獲得者だとしたら、噂に聞くセレダの村のゲートキーパーなのかもしれない。

 しかし、だとしても旅人を山賊などど間違えて攻撃するなんて考えられない。
 やはりちょっと行き過ぎた子供の悪戯の感がぬぐえない。

「そういや山のふもとの町で妙なウワサを聞いたな」

 カツマは何かを思い出したらしい。
 男の子をにらみつけながらザザに小声で話しかけた。

「俺たちがセレダの村に行くと知ったら「お前たち死にに行く気か!?」って驚いててさ。どうせくだらねぇウワサ話だと思って気にも留めなかったけど」

「噂って?」

「なんでもセレダの村へ向かった名の知れた山賊のヤツラが、山を登ったきり行方不明になってるらしい。一人残らずな」

 それを聞いたザザは驚いて男の子からカツマへと視線を移した。

「まさか、この子と鳥が!?」

「いや、あんなガキと小鳥だけで山賊がやられるかよ。……でも何かいる気がする」

 カツマはチッと舌打ちして吐き捨てるように言う。

「どうやらウワサじゃないかもな」

       

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Neetsha