Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハーデンベルギアの花言葉
◆4話(1-4)

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 その後、小鳥の集団が飛び立った後に残っていたものは、無数の羽とその中でぐったりと横たわるカツマの姿だった。
 小鳥たちに突かれ少し傷口が開いたらしい。
 さっき巻いたばかりの包帯が血で赤くにじんでいる。

「……で?お前ら、セレダの村に何の用だ?」

 一息ついたミカゲが切り出した。
 その質問にザザが答える。

「俺たちの父親の知り合いに会いに来たんだ。これから遠くに旅立とうと思っているから顔見せにね。それと……情報収集も出来ればいいかなと思って」

 彼は「情報収集」と言うのを少しためらった。

 しかしラズはスキル獲得者であり、ミカゲも何かのスキルを持っているようだ。
 セレダの村の真の姿を当然知っているだろう。



 のどかでどこにでもあるような山奥のひとつの村のように見えるセレダの村。
 しかしその村は情報収集と発信の基地の役割をしていた。
 さまざまな種族の優れたスキル獲得者たちが集って収集し、その情報は世界中に点在する多くの種族、獲得者に利用されていたのである。

 今は『聖興軍』の支配下となっているこの世界なのだが。
 10年ほど前までは様々な種族が連合して当時の国王を支持する『国王軍』と対立していた。
 セレダの村は『国王軍』の為に大いに活躍をし、そして軍が敗れた後もひっそりとその活動は続けていたのである。

 ……3年前のあの惨事が起こるまで。



「知り合いか。やっぱりな」

 予想が当たったと言わんばかりに、腰に手を当ててうなずきながら続けるミカゲ。

「その知り合いっての村長のブラハム爺さんだな」

「ああ、そうだよ。でもなぜそれを?」

「あの剣には見覚えがあるんだ。エンのだろ?あいつの剣の師匠、ブラハム爺さんだったらしいからな」

 カツマの剣を指しながら懐かしそうに言うミカゲに、ザザは目を見開いて驚いた。

「きみは……エンさんを知っているの!?」

「まぁな。ちなみにお前の親父はガゼル」

 ニヤリと笑いピタリと当てる占い師のようなミカゲに、ますます驚くザザ。

「きみは一体……?」

 その問いかけにミカゲは腕を組んで遠い目をした。

「私をこの村に連れてきたのはこの2人だったからな、いろいろ世話になった。……10年以上も前の話だけどさ」

 そしてザザに視線を向けて続ける。

「エンも亡くなってたんだな。いつ亡くなったんだ?」

「半年前に……。俺たちの村を聖興軍から守って、力尽きたんだよ」

「そうか、エンらしいな」

 ミカゲはエンの顔を思い浮かべながら、懐かしそうにそう言った。

 生真面目で責任感の強い男だった。
 ガゼルに命を救わた恩もあり、ガゼルが亡くなった後の彼の故郷を守っていたのは知っていた。
 最後の最後まで力の限り戦ったであろうことは容易に想像できる。

「そして息子が跡を継いでいるってわけか。あいつは『スキル・火』を獲得してるのか?」

「ああ、獲得しているよ。でも使いこなせてないんだ。剣の腕前と同じでエンさんの様になるには、まだまだ修行が必要かな」

 道端に横たわり、ぐったりしているカツマを見ながらザザが言った。
 同じようにミカゲも彼を見る。 

「あいつは跡を継いでいるみたいだが、お前は親父の跡を継がなかったのか?ガゼルはチカラ自慢の武闘家だったよな」

 ザザは頭をかいて苦笑いをした。

「ああ、それは兄弟たちが継いでるよ。俺には能力が無いから」

「能力が無い?『スキル・植物』を獲得できてないってことか?」

「もちろんそれもあるけど、武術の才能もなかったというか……。幼い頃から体が小さかったから父も俺には期待しなかったんだよ」

 それを聞いたミカゲは腹を抱えて笑った。

「あははは。何言ってんだお前。そんだけデカいのに」

     


     

 パッと見、2mは軽く超えている。2m半足らずといった感じだろうか。
 それで小さいと言うのだから、どれだけ大きい種族なのだろうか。

「俺の種族の中では小さいんだよ。父は3mを超えてたからね。きみも父を知っているなら分かるだろう?」

 爆笑されたザザは真っ赤な顔になり心なしか拗ねている様子。
 どうやら身長はコンプレックスのようだ。

「ああ、ガゼルな。山のようにデカかったな……」

 気は優しくて力持ちを地でいくような大柄な男だった。
 子供好きで面倒見も良く、10歳そこそこだったミカゲはよく遊んでもらっていたのだ。

 その男が故郷で聖興軍と戦って命を落としたことを知ったのは、この村に連れて来られて別れた日からそう遠くもなかった。
 もう遊んでもらえなくなったと当時は漠然と寂しい気持ちになったものだが……。

 そこまで思いを巡らせたミカゲは、もう少し思い出に浸りたい気持ちを押さえて話題を変える。

「それより、お前ら無駄足だったな。ここまで来たのに村は無いんだから。ご苦労さん」

「村は無いって……本当なのか!?一体どういうことなんだ!?」

 先程からラズに何度も言われていたが、どうしても信じられない。
 信じられない……というより信じたくない。
 ザザは眉をひそめミカゲをまっすぐに見て疑問をぶつけた。

 そんな彼の様子に痛い所を突かれたような居たたまれない気持ちになったミカゲ。
 彼と視線を合わせずにくるりと後ろを向いた。
 そして歩きながら手を振る。

「……ま、行ってみりゃ分かるさ。ラズ、案内してやれ」

「うん、いいけど。ミカゲさんは行かないの?」

「ああ、寝る」

 あくびをしながら家路に帰るミカゲの後ろ姿を見ながら、大きくため息をついてラズはつぶやいた。

「なんかイヤだな。こいつを案内するの」

 口をへの字に曲げて明らかに不満げな彼を、苦笑いしながらなだめるようにザザは言う。

「まぁ……そんなことを言わずに。頼むよ」

「あっ、きみのことじゃないよ。僕、あいつ嫌いだ」

 ラズは小鳥の羽にまみれてぐったりと横たわっているカツマをピシッと指した。
 それを見たザザは頷きながら言う。

「カツマはここに置いていこう。とても動き回れる状態じゃないから」

 そしてザザとラズの2人は、セレダの村へと歩き出した。





 広場を抜けたザザとラズは岩場が多い緩やかな坂道を登っていく。

 気付けば日もだいぶ落ちてきたようだ。
 空を見上げると太陽がオレンジ色になりつつあった。

 昼間とはずいぶん違う影の長さに、そして鳥たちが集団になってねぐらへと帰っていく様子に、日暮れまでに下山するつもりだったザザは山の中で一晩過ごすことを覚悟した。

 自分の前をやや駆け足でトコトコ歩いているラズに、ザザは話しかけた。

「えっと……ラズ、だったね」

「うん。正確には「ラズグレイ」なんだけど。ミカゲさん曰く「名前が長い」ということで、ラズって呼ばれてるよ」

 人懐っこく笑いながらそういう彼に、ザザは先程の疑問をぶつける。

「きみは本当に成人しているの?とてもそうには見えないんだけど……」

「うん、よく言われるよ」

 ラズは頭をかいて苦笑いした。

「あまり詳しくは説明できないんだけど『スキル・鳥』は特殊でね。獲得すると成長が止まってしまうんだ」

「成長が止まる?それは不思議だね」

「それに、誰にでも獲得できるってものじゃなくてね。獲得できる家系の中でもチャンスがあるのは30年に一度、たった1人だけなんだ」

 ラズの説明を聞いてうなずきながら、感心したようにザザはつぶやく。

「たった1人か。じゃあスキル獲得のためにきみは大変な努力をしたんだね」

「……いや、その反対だよ。誰も獲得したがらなくってね」

 そう言うとラズは小さなため息をついて視線を落とし、寂しそうな面持ちになった。

「スキルと引き換えに寿命が縮むって言われていて、実際、長生きは出来ないらしいんだ。その割には鳥と仲良くなる程度で、それほど強い能力でもないし」

 そう続けるラズの横顔を見ながら、ザザはなんと言葉をかけていいのか分からなくなった。

 自分はスキルを獲得できず情けない思いをしているのだが。
 世の中にはスキルを疎ましく思う種族もいるんだな。

 でもラズの話を聞く限り、自分の人生を大きく左右する難儀なスキルらしい。
 獲得をためらう気持ちも分かる。

 ザザは世界でも稀なスキルをもつラズに同情していた。

 その思いは表情にも表れていたのだろう。
 彼の様子を見ていたラズは、声のトーンを上げてカラ元気とも思える明るさになる。

「でも、誰かが必ずならなきゃいけないものだからね。僕は鳥が好きだし。鳥に乗って空を飛ぶのは最高に気持ちがいいんだよ!」

 そう言うと彼はザザを見てニッと笑った。
 そのラズの笑顔に、遠い記憶の中にいるある人物がザザの脳裏をよぎる。

「そうだ『スキル・鳥』と言えば、ずっと前だけど会ったことがあるよ。女の子でね、確かティファレって名前だったかな」

 ザザが言った名前に目を輝かせるラズ。

     


     

「ティファレ!?僕のおばさんだよ。懐かしいなぁ、おばさん元気かな……。いつ会ったの?」

「15、6年前かな、父の仕事仲間って聞いたけど。父も亡くなったし、その後の彼女の事は知らないな。元気にしているといいね」

 そう言ってにっこり笑うザザ。

「うん。同じスキル獲得者同士、生きていることは分かっているんだけど。でも、なかなか連絡が取れなくてね」

「生きているか亡くなっているか分かるってことかい!?つくづく不思議なスキルなんだな……」

 成長が止まること一つを取っても相当不思議なのに、そういうチカラもあるのか。
 ザザはまじまじと見ながら驚きの表情でそうつぶやいた。

「それにしても、おばさんの仕事仲間かぁ。きみのお父さんは国王軍幹部直属の部下だったんだね」

「そうだよ。カツマの父親とティファレさんの3人でチームを組んでいたらしい」

 そう言ってザザはハッと気が付いた。

「3人の親族がここに集まったのか。なんだかすごい偶然だな。きみはどうしてここに?」

「2年前、僕もブラハム爺さんを訪ねてここに来たんだけどね。村もなくなってたし行くところもなくって、ここに住み付いたってわけ」

 そこまで言ったラズの顔がパッと明るくなった。

「でもミカゲさんに会えたし、ここに来て良かったよ。ね、ミカゲさんって美人でしょ。それにめちゃめちゃ強くてカッコイイんだよねー!」


 ……ん?美人?


 一瞬動きが止まって考えたザザは、ラズの言葉に飛び上がって驚いた。

「美人って。えー!?あの人、女性だったのかっ!」

「……なんだよ。失礼だなきみは」

 大げさにも見えるザザのその驚きっぷりに、ラズは呆れた顔でそう突っ込んだ。

       

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