Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハーデンベルギアの花言葉
◆6話(1-6)

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 その家は山道から遠く外れた緑の深い所にひっそりと建てられていた。

 時折獣たちの鳴き声や物音が聞こえるものの、あたりは暗くてしんと静まり返っている。
 そんななか家の中に人がいることを示すかのように、窓から温かい光がもれ煙突から煙が出ていた。

 家に入ったカツマとザザはリビングの椅子に座り、ゆったりとくつろいでいた。
 2人のほかにリビングには誰もいない。

 セレナとラズは奥のキッチンで夕食の準備をしていた。
 リズムよく野菜を切る音や何かを炒めている音が聞こえてくる。
 ミカゲはどこかに出かけているらしく家にはいない。

 しばらくして脇腹を押さえ渋い表情をしているカツマが、ザザに向かって切り出した。

「あいつにやられたキズ、すぐに治んねぇの?」

「ああ、命には別状ないけど思ったより深いよ。一週間は安静にしていたほうがいい。明日山を下りたら、ふもとの町で薬を分けてもらおう」

「げっ、一週間も!?大丈夫だって。さっさと聖興軍の根城に向けて出発しようぜ」

 そう言って元気だと見せ付けんばかりに腕を回すカツマ。
 しかし無理をしたのか次の瞬間、苦痛に顔をゆがませて彼は脇腹に手を当てた。

 それを見たザザが苦笑いをする。

「無理するな。一週間、絶対安静だよ」

 そう言うと彼はふと、カツマと一緒に旅立った時の事を思い出していた。


 『スキル・火』の能力も剣士としての腕前もかなりのもので、村人から信頼と尊敬をされていたエン。
 カツマにとって父親であるエンは自慢であり目標だった。
 そのエンが村のために聖興軍と戦って命を落としたのは半年前。

 カツマの2人の姉たちは気丈にも父親の死を受け入れたのだが。
 まだ二十歳にも満たない彼には、あまりにも衝撃が強すぎて、いまだに受け入れられずにいる。

 そんな中、敵討ちのため聖興軍の本拠地に乗り込む決心をしたカツマを、姉たちは止めなかった。

「ま、いいんじゃない?うるさいのが出て行って静かになるわ」

 と上の姉、アヤネ。

「この村は私たちが守ります。カツマなどまだ未熟者。ここに居ても、なんの役にも立ちませんので」

 と下の姉、フジノ。

 相変わらずカツマに対して厳しいお2人だと思っていた矢先。
 俺はフジノさんに呼び出された。

「カツマと一緒に旅をしてくれませんか?あの子1人では旅先で野垂れ死にするのが目に見えています。そそっかしいので怪我をすることも多いでしょう。医者であるあなたがいてくれると助かります」


 そこまで思い起こし、彼はカツマの今の状況に笑いを押し殺した。


 フジノさんには勝てないなぁ、カツマ。
 全部お見通しのようだ。

 カツマの年上女性が苦手な原因は、この厳しい姉たちにあるのだが。
 厳しくとも自分を想ってくれているのに気付くのは、いつになることやら。





 しばらくして玄関のドアが開いた。
 ミカゲが帰ってきたのだ。

 カツマとザザを見たミカゲが右手を上げて挨拶する。

「よっお前ら、元気か?」

「元気なわけあるか!お前が付けたキズ、どんだけ深いと思ってるんだ!?」

 即座に反応して文句を言うカツマ。
 彼の様子を見て怒鳴りつけるくらい元気だと解釈したミカゲは、満足そうにうなずいた。

 怒りをあらわにしているカツマの隣でザザが礼を言う。

「一晩泊めてもらえるみたいで助かります」

「ああ、このあたりは夜になると野獣がうろつくからな。野宿だとお前ら食われるだろうから」

 くくっと笑って恐ろしいことを言うミカゲ。

 野獣の事は以前村の人たちに聞いてザザも知っていた。
 数は少ないが夜行性で凶暴な獣がいるらしい。
 だから日暮れまでの下山にこだわっていたのである。

「獣と言えば、さっき光る生き物を見たんですが。ネズミっていう……」

「ああ、光るネズミ。珍しいだろ?」

「あの生き物は、何ですか?」

「何ですかって?……ううん、そうだなぁ。時間を止めるとどこからともなく出てくるんだよ。珍しくて面白いやつばっかりなんで、ペットにしてるんだ」

 ほら、と言ってミカゲはザザの前に右手の手のひらを突き付けた。
 すると何もなかった手のひらに魔法陣がぼんやりと浮かんだのである。

     


     

 魔法陣の上で徐々に光が集まり、まるでマジックのように先程のネズミがスッと現れた。

 ザザは驚く。
 これはもしかして『スキル・召喚』の能力ではないのだろうか?
 ザザ自身初めて見る能力なので確かなことは分からないのだが。

 しかしもし召喚だとしたら、そのスキルを何の違和感もなく使うミカゲを見てあることに気が付いた。



 彼女は『スキル・時間』の獲得者……。



 そこまで思ってザザはゾクッと背筋が寒くなる思いをした。

 思い出したのである。
 幼い頃聞かされとても怖かった、ある昔話を。


 時間と召喚のスキルを併せ持つ、遠い昔を生きたある者の伝説。
 言い伝えがあまりにも酷すぎて尾ひれがついているとすら疑われる、残酷な歴史の一部。


 そして彼はカツマを見てホッと胸をなでおろし思った。

 同じスキルを併せ持つとはいえ、もちろん目の前の彼女が昔話と同じだとはさらさら思わないが。
 強力な能力なのは間違いないだろう。

 よくこの程度の怪我で済んだものだ。
 一歩間違えれば大惨事になっていたかもしれない。





 それからしばらくした夜更け頃。
 夕食を食べ終え、みんなリビングで思い思いにくつろいでいた。

「セレナさんはセレダの村の人ではないですよね?どうしてここに?」

 セレナとラズ、3人で雑談していたザザがそう聞いた。
 彼の質問に彼女の顔が少し曇る。

「私は山のふもとの町、グレンタの教会で生まれ育ちました。父は牧師だったのですが1年前、聖興軍にとらわれて連れていかれたのです」

「連れていかれた?どこに?」

「それは……分かりません。私が襲われた時父が助けてくれましたが、目の前で捕まってしまって……」

 その様子を思い出しているのか彼女の組んだ手が震えている。
 よほど恐ろしかったのだろう。

「まだ追ってくる聖興軍から必死に逃げて山に迷い込んだ時、ミカゲさんとラズさんに助けてもらったのです」

 それを聞いてラズが得意げな顔をする。

「ミカゲさんのペットたちが異常に騒がしかったからね、何事かと思ったら聖興軍が近くをうろついてたんだ。ミカゲさん、秒で倒してたよ」

 ははは、秒で……。
 ザザは心の中で冷や汗をかいた。

「やはりスキル獲得者ということで狙われたのかな。俺の村も半年前に襲われて、カツマの父親が亡くなったんだ」

 ザザの推理になるほどとラズは思った。
 彼の知識の中に引っかかるものがあったからである。

「ここ最近、聖興軍の侵略が活発になってるらしいよ。10年前国王軍と決着がついた時に、この土地一帯は種族の生活圏だと奴らも認めたはずなのにね」

 大きなため息をつきラズが続ける。

「3年前に奴らの内情が大きく変わったという噂を聞いてるから、なにか関係があるのかも」

 それを聞いてザザは腕を組んで考え込んだ。

 3年前というのは、セレダの村が襲撃された時期と一致している。
 聖興軍内部で何が起こっているというのだろうか。

 彼の隣で一言も言葉を発しなかったカツマが、突然口を開いた。

「オヤジの仇は絶対とる!聖興軍の根城に乗り込んであのヤロウを見つけ出して、絶対に!」

 あり得ないことを口走るカツマにラズは目を見開いて驚く。

「は?聖興軍に乗り込むって!?馬鹿じゃないの、自殺行為だよ!」

「なんだと!?このガキ!!」

「頭を使って考えなよ。どう考えてもきみ達だけで行けるわけがないでしょ。根城どころか領地内だって入れないよ」

 心底呆れ果てている様子のラズ。
 大げさにも見えるため息をついて、彼はザザを見上げた。

「きみもこんなのに付き合うことないよ。馬鹿に付き合って命を落としたなんて、シャレでも笑えない」

 ザザは彼の言葉に、ただ苦笑いするしかなかった。

「へぇ、お前ら聖興軍に行くつもりなのか」

 ラズたちの会話を聞いていたミカゲが口を開いた。
 その言葉にどうにも怒りが収まらないカツマが突っかかる。

「ああそうだよ。お前も文句があるのかっ!?」

「文句はないけどな。へぇ……」

 それだけ言うとミカゲは彼から視線をそらし、あさっての方を向いて何やら考え込んだ。



「あっ、そう言えば。話は変わるけど」

 突然何かを思い出したザザが、ラズに向かってきく。

「山賊が狙っている宝って、結局どんなものなのかな?セレダの村には宝という宝は無いはずだけど」

「うん、何もないよ」

 さらっと言うラズに、ますます首をかしげるザザ。

「じゃあなんでそんな噂が流れているんだろう?」

「噂の種は僕がまいたんだよ」

 ニコニコ笑ってラズは続ける。

「この近辺ではもともと、セレダの村は謎に包まれていたらしいからね。宝があるって噂を流せば、それ目当てに山賊が集まってくるでしょ?中には名の売れた山賊が来てくれてね。僕たち賞金稼ぎだから、稼がせてもらったよ」

「……そうなんだ」

 無邪気に目を輝かせて自慢げに言うラズ。
 そんな彼をかなりの策士だと感じたザザは困惑した笑みを浮かべた。

 しかし、ラズは急に寂しい表情になる。

「でも、村のみんなが生きてた頃は宝はあったよ。情報っていう宝。ここに来ればいろんな情報が手に入ったからね。僕も頼りにしていたんだけど……」

 そう言いながら遠い目をした彼は、かつての活気あふれるセレダの村の様子を思い出してつぶやいた。



「ほんとにもう、何も無くなっちゃった……」

       

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