Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハーデンベルギアの花言葉
◆7話(1-7)

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 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 みんなが寝静まった深夜、ミカゲはあの時の岩場に腰かけていた。
 3年前に炎とガレキを呆然と見つめていた、あの時の岩場だ。


 胸の痛みと共に当時の記憶がよみがえる。

 後悔と自責の痛み。


 かたわらにはまるで鳥のぬいぐるみのような、丸々とした獣がいた。
 この獣もまた、月明かりに照らされた荒れ果てた景色を見ている。

「なぁトリ。今日来たやつらは聖興軍の根城にいくんだってさ」

 ミカゲが獣……トリの頭をなでながらそう言う。

『そうなんだ。いいな、俺たちも行こうよ』

 声真似をするオウムのように流暢に言葉を使う。
 どうやらこの獣は会話ができるらしい。

 好感触な返事に満足げなミカゲ。

「お前もそう思うか。聖興軍まで旅しに行くんだ、楽しそうだよな」

『うん、楽しそうだね』

 トリは風景からミカゲへと視線を向けて続ける。

『村のみんなの仇を討ちたいな。聖興軍の根城に乗り込んで暴れてやるんだ。きっと楽しいよ』

 そう言うとトリはケケッと笑った。


 ミカゲと一緒に村を守っていた時間の狭間の獣たち。
 彼女と同様、中には彼女よりも村人との絆が深い獣もいた。

 そんな獣たちが村を焼き尽くされた恨みを忘れるはずもなく。
 聖興軍と聞き仇を討ちたいと思うのは、当然と言えば当然のこと。


「仇討ちかぁ……」


 ミカゲはそうつぶやくと、月明かりの中荒れ果てたこの地をゆっくりと歩き出した。
 一歩一歩踏みしめるたびにいろんな思い出が頭をめぐる。


 なにかと口うるさかった村長のブラハム爺さん。
 お節介なほど世話をかけてくれた仕事仲間。
 うんざりするほど話が長い学者。
 自分を怖がって近づかなかった子供たち。

 そういや1週間後、結婚を控えていたやつがいたっけ。
 生きていたら今頃、子供のひとりでもいたりしてな……。


 そして、彼女はうなずきながら口を開いた。

「そうだな。お前たちも行きたいのなら良かった」





 空が白々と明けてきた。
 うっすらと霧がかった神秘的な山に朝日が差し込む。
 木々を駆け巡る爽やかな風に雲一つない空。
 今日も昨日に引き続き暖かい穏やかな天気になりそうである。

 窓の外から心地いい小鳥のさえずりが聞こえるなか、ザザが目を覚ました。
 そしてあたりの様子に思わず声をあげる。

「なんだ、これは……?」

 目覚めて最初に目に飛び込んできたものは、見たこともない細長い緑色の獣。
 その獣が自分の体に巻き付いているのである。
 椅子の背もたれに寄りかかって寝ていたせいで、まるで椅子に縛り付けられているようだ。

 ザザが起きたことを確認したその獣はするすると彼から離れた。
 水中で海蛇が泳ぐ、そんな様子さながらに宙に浮いたままゆったりと空中を泳ぐ獣。
 やがて開いていた窓から外へと出て行った。

 その様子を呆然と見ていたザザはつぶやく。

「ええと、あれは多分ミカゲさんのペットなんだろうな。本当に珍しい獣ばかりだ。複数いるらしいけど、何種類いるんだろう?」

「そーだな……時間を止めると無数に出てくるが、私が召喚できるのは12種類だな」

 いきなり背後から声がして、ザザは飛び上がって驚いた。
 いつの間にかミカゲが立っている。

     


     

「!!……っあ、ミカゲさん。おはようございます。12種類か。かなり多いな」

「まぁな。おかげで半分くらいは最近全然会っていない。元気にしているのやら」

 はははと豪快に笑うミカゲ。

 ペットと言うわりには世話をしている様子もなく、家族っぽい雰囲気に欠けている気がする。
 よりお互いが自由な、友達や親しい知り合いの関係に近いのだろう。

 しばらくザザとミカゲが雑談に花を咲かせていると、キッチンからいい匂いがしてきた。
 セシェナが朝食を作っているみたいだ。

 そのいい匂いにつられたのかカツマが目を覚ました。
 彼は背伸びをしながら大きなあくびをひとつしたが次の瞬間、顔をゆがめ脇腹を押さえた。
 やはり昨日の怪我の影響は大きいらしい。

 彼のその様子を見て声をかけるザザ。

「カツマ、おはよう。怪我は大丈夫か?」

「ああ、まぁ大丈夫」

 寝起きで不意打ちの痛さに涙目になっているものの、首を縦に振りカツマは答えた。

 いい匂いにつられたのはカツマだけではなかった。
 ラズが奥の部屋から寝ぼけ眼でひょっこり現れたのである。

「ミカゲさん、おはよう~」





 全員が朝食を食べ終わったころ、ミカゲが切り出した。

「お前ら聖興軍の根城に行くんだろ。私も行く」

「「「「はっ!?」」」」

 突然のミカゲの意思表明にその場全員が仰天した。

「ミカゲさん、行くって……聖興軍に?本当に?」

 ラズが目を見開いて困惑気味に彼女に確認した。
 ミカゲは腕を組んで大きくうなずく。

「いずれは乗り込んでやろうと思っていたところだ。いい機会じゃないか」

 行く気満々だよ……ラズは心の中で落胆した。
 そのとなりで意を決して口を開いたセレナ。

「あの、私も同行してよろしいでしょうか?」

 彼女は遠慮がちに続ける。

「捕らえられた父を助けたいと思っているのですが、私ひとりでは聖興軍を目指すことも出来ませんでした。足手まといにならないように気を付けますので、お願いします」

 カツマとザザは顔を見合わせた。

 『スキル・時間』と『スキル・召喚』を併せ持つミカゲ。
 その能力はカツマの『スキル・火』とは比べ物にならないくらいケタ違いに強い。
 仲間になってくれるのなら、これほど心強い味方はいないだろう。

 セレナも昨日のカツマの治療で優れた『スキル・水』の能力を発揮してくれた。
 何が起こるか分からないこの旅路、なくてはならない能力だと思う。

 この2人の申し出はかなりラッキーだと言える。

「……ま、いいか。強いヤツと治療出来るヤツ。なんか役に立つかもしんないし」

 ぼそっと言ったカツマの言葉にザザは笑顔になった。
 どうやら同じことを考えていたらしい。

「えー!?ミカゲさんたちが行くなら僕も行くよ!」

 それまで話の成り行きを見ていたラズが慌てて口を開いた。
 そのラズの言葉にカツマは目を吊り上げて怒鳴る。

「何だと!?お前は俺の聖興軍行きをさんざんバカにしてたじゃねぇか!!とんだダブスタだな!!」

「それとこれとは話が別だよ。僕はミカゲさんとセレナさんについていくだけ」

「あー無理無理。ぜってー無理。お前は足手まといになるだけだから、ついてくんな」

「そんなの、行ってみなければ分からないじゃないか!」

 初対面の昨日から何かと衝突する2人の言い争いが始まった。

 やれやれ。
 呆れ果てて彼らのケンカを止める気も失せているザザ。
 そんな彼にミカゲは言う。

「……ま、よろしくな」





 昨日に引き続き晴天の旅日和。
 木漏れ日が涼やかで小鳥たちのさえずりも耳に心地いい。

 長年暮らしていた家とも今日でお別れとなるミカゲは、後ろ髪をひかれつつもドアを開けて外へ出た。
 かすかに香る草木の匂い、そして自分を照らす日差しの眩しさ。
 こうして彼女は旅への第一歩を踏んだのである。

 しかしみんなで山を下りようとしたその時、彼女はハッと何かに気付いた。
 そして腕を組んで考え込んでしまう。

「どうしたんですか?」

 ザザがそれに気付いて声をかけた。
 ミカゲは眩しそうに手をかざして太陽を見上げると、恨めしそうな表情をする。

「うっかり忘れていたが、私はそろそろ就寝時間だった」

 そう言うとおもむろに、これまた初めて見る奇妙な獣を召喚した。
 頭の両側に丸くカーブしたツノが生えている、全体が白くモコモコした大きめの獣。
 そのフワフワな毛並みは見ただけで肌触りが良さげである。

 後で聞いたがそれはヒツジという獣らしい。
 しかし、後ろ足が魚の尾びれのような不思議な形をしており、何より羊とは比べようもないくらい大きい。

 彼女はヒツジに寄りかかり横になった。

「では、おやすみ」

「おい待ておやすみじゃねーし!こんな道端で寝るな!」

 カツマはミカゲのあり得ない行動に、至極真っ当に突っ込んだ。





「……で、こんな状態になってるんだけど」

 あれから眠ったままのミカゲをなぜかお姫様抱っこして下山しているザザ。
 傍から見たらなかなかにシュールな絵面だと、彼も自覚している。

     


     

「あらためて考えると、生活リズムが違う人と旅をするのは難しいかもな……」

 大きなため息をつき遠い目をしてザザはそう言った。
 いきなり課題に直面して先行き不安になっているのだろう。

「じゃあ置いていくか?」

 けけっと意地悪な笑いをして冗談交じりにカツマが言う。

「置いていくのはやめた方がいいよ。その後、恐ろしい事態になりそうな気がする。例えば、あの妙な獣たちを使って追いかけてくるとか……」

 チラッと視線を向けた先にはさきほど召喚したヒツジがいる。
 尾びれみたいな後ろ足をひらひらさせて空中を泳ぐように、みんなの後をついてきている。
 セレナになついているのか、彼女のそばから離れようとしない。

「……」

 ザザの言葉にカツマはその状況を想像したのだろうか、一瞬青ざめた。

「……うーん、じゃあ、そのリュックの中にでも放り込んどけば?」

 カツマは考えるのが面倒になったのだろう、あからさまに投げやりなことを言った。

 だがそれを聞いたザザは、その手があったと大きくうなずく。

「それいいな、そうしよう。じゃあ、今入ってるリュックの中身を持つのを手伝ってくれ」

「はっ?、やべぇ。意見採用された。本気か!?」

 まさかこの投げやりな案を取り入れられるとは思ってもみなかった。
 カツマは適当に言ってしまった自分を呪った。





「……。俺、怪我してるんだけど」

 歩きながら不満げにそう言うカツマ。

「だから、軽いものを持たせてるだろ?セレナさんにも手伝ってもらってるんだ、文句言うな」

 いつまでもぼやいているカツマにザザはいい加減、渋い表情になる。
 そして隣で荷物を持ってくれているセレナに、本当にすみませんと頭を下げた。

 いえいえ、と穏やかな笑顔を見せるセレナ。

「てか、おいそこのガキ!お前も持つのを手伝えよ!」

 のん気に前を歩いているラズが、どうにも気に入らないらしい。
 カツマは彼を指しながら声を荒げた。

 ラズは冷めた視線をカツマに向ける。

「えー?やだ」

「あ?新入りのくせに態度がでけぇな」

「新入り?ちょっと何言ってんのか分かんない」

 カツマをそうあしらったラズは、彼を無視してザザに話しかけた。

「ふもとの町に行くんだよね?じゃあ僕は先に行って待ってるよ」

 先に行くって?ザザが疑問に思って聞こうとしたその時、どこからともなく大きな鳥が舞い降りてきた。
 今まで見たこともない巨大な鳥だ。
 ラズがその背に乗ると、その鳥は空に向かって飛び立った。

「……ああ、そういうことか。移動に便利なスキルで羨ましいな」

「ラズさんはもともと、いろんな所を気ままに旅していたらしいです。本当に自由で羨ましいですね」

 ザザとセレナは飛んでいく大きな鳥を見ながら和気あいあいとしている。
 同じく空を見上げていたカツマはまだ頭に血が上っているのか、吐き捨てるようにつぶやいた。

「くそガキ、覚えてろっ」





   +++++





 場所は変わって聖興軍のとある一室。



 薄暗い部屋の中に、かすかに動く人の気配がする。
 人影はふたつ、ひとつは怯えているようにも見える。

「定位置より大幅にずれているわ。あの人、山を下りたみたい…どうしましょう」

「この様子だと軍の関所に向かっているみたいですね。通行証を持っていないから通れませんが……あいつのことだ、関所を壊してでも通ろうとするかもしれません」

「面倒事は起こされたくないわ。何とかならないの?」

 そう問われたもう一方は少し考えを巡らせ、こう言った。



「分かりました、足止めをしてみます。……なぜ今になって動き出しているのかも気になりますから」



―――――――――― 第1章・セレダの村 終 ――――――――――

       

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