Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハーデンベルギアの花言葉
◆9話(2-2)

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「放り込むってなに!?ミカゲさんに酷いことをしたら僕が許さないよっ!」

「は?冗談に決まってんだろ。なに本気にしてんだよ」

「キミは乱暴だから、ミカゲさんに触らないでくれる?ケガでもしたら大変だから」

 ラズはそう言うとミカゲをかばうように、両手を広げてカツマの前に立ちはだかった。

「おのれクソガキ」

 こぶしを握り締め、今にも掴みかかる勢いのカツマ。

 また始まった……。
 セレナは大きなため息をついた。

 この2人は出会った時から相性が最悪だった。
 それ以来、事あるごとに言い争いが絶えない。

「ミカゲさんのことはザザさんに任せましょう。ね?カツマさん」

 いつも仲裁をしているザザがいない。
 セレナは苦笑しながら、やんわりとカツマをなだめた。

 一緒に旅をし始めて幾分慣れたものの、カツマのセレナに対する対応はまだぎこちない。
 カツマは渋い顔をして返事をしなかったが、素直に振り上げたこぶしを降ろした。



     +++++



「ん?」

 風に揺れる草木の音だけがする森の中、人の気配を感じたザザは立ち止まって辺りを見回した。
 しかし誰もいない。

「……気のせいか」

 そうつぶやくと彼はまた歩き出した。

 背の高い草をかき分けて前に進むと、水の音がだんだんと近づいてくる。
 と、突然、視界が開けて涼しげなせせらぎを響かせる川岸に辿り着いた。
 小川というには幅の広い川が目に映る。

「よし、さっさと汲んで戻るか」

 そう言って彼は腕まくりをして腰を下ろした。
 手に伝わるひんやりとした水の感覚が心地いい。

 三つの水筒を満たして、待たせている仲間のもとに戻ろうと立ち上がったその時。

「こんにちは。旅人さん」

 背後から声をかけられた。
 ザザが振り返ると、そこには花束を持った女性が立っている。

「こんにちは」

 穏やかに挨拶を返すザザ。
 
 赤紫色が印象的な美しい花束を持っているだけの、軽装の女性である。
 近くに住んでいるのだろうか、旅人ではないみたいだ。

     


     

「綺麗な花ですね」

 何気に花束に目をひかれ、そう褒めるザザ。
 女性はにっこりと笑ってザザの目の前に花束を差し出した。

「お気に召しました?クレマチスという花です。花言葉は『旅人の喜び』。よろしかったら、どうぞ」

「え?……あ、ありがとう」

 強引に渡された花束を受け取り、戸惑いながらもザザはお礼を言った。

 間近で見るとまたひときわ鮮やかな色合いの花である。
 少々気になるのは、その花の甘い香り。
 思ったよりも重くしっとりとして強い。

 ザザが受け取ったことを確認して女性はニヤリと笑った。

「そうそう、この花には別の花言葉もあるんですよ。……とても素敵な花言葉」

「え?」

 ザザが花束から女性に視線を移したその時。


「『甘い束縛』」


 女のこの言葉と同時に、ザザの体が動かなくなった。
 まるで金縛りにでもあったかのように、自分の体が動かせないのである。
 そのうえ徐々に意識も遠のいていく。

 不安と焦りの中、ザザは必死に意識をとどめて言った。

「これは……スキル、か……」

 女は彼のその様子を見て、とても驚いている様子だった。

「スキル発動しているのに意識があるんだ。おかしいわね。あんた、スキル獲得者じゃないって聞いたけどホントなの?」

「なん、で……?」

 必死にこらえていたザザはもう限界だった。
 成すすべもなく膝から崩れ落ち、薄れゆく意識の中で女の声を聞いていた。


「でも、好都合。このスキルを使ってミカゲってやつを倒せるわ」



     +++++



 ザザが水を汲みに行って、しばらく経った頃。
 多少心配しつつイライラしているカツマがいた。

「おせーな。何やってんだ?ザザのヤツ」

 すぐ戻ると言ったはずだ。
 地図で確認しても、ここからそんなに離れている場所ではない。
 こんなに時間がかかるはずはないのだが。

「道に迷っているか、道草しているかのどっちかだね」

 木の枝に座り足をブラブラ揺らしながらラズはそう言った。

「ザザに限ってどっちもあり得ねぇよ。あいつは方向感覚に優れているし、お前みたいにチョロチョロ道草しないからな」

「僕がいつ道草したって言うんだよ!?」

 高い位置からカツマを見下ろして、ふくれっ面を見せるラズ。
 カツマはニヤニヤと意地悪に笑う。

「歩くのに飽きたら鳥に乗ってフラフラ飛んでいくだろ?」

「しょうがないでしょ。みんな歩くスピードが速すぎるんだよ。ついて行くのがやっとなんだからっ!」

「あ~、お前、足が短いもんな~」

 そう言うとカツマは腹を抱えて笑った。

「はぁ!?」

 ラズはカツマのその様子に怒りを覚えたらしい。
 座っていた枝から勢いよく飛び降り、戦闘態勢になった。

 2人の間に再び不穏な空気が流れる。

「カツマさん、ラズさん、落ち着いて下さい」

 2人の様子を見ていたセレナは、その険悪な雰囲気にオロオロしていた。
 ザザの帰りを誰よりも待ちわびているのは、どうやら彼女のようだ。

 今にも喧嘩が始まりそうな中、セレナの背後から突然気だるそうな声が聞こえてきた。

「るせーな。なに騒いでるんだ……」

 2人の言い争う声で目覚めたミカゲが、上半身を起こして顔をしかめている。
 彼女は頭をかきながらあくびをひとつした。

「あっ、ごめんなさい。起こしてしまいましたね」

 セレナは振り向き、申し訳なさそうにそう言った。
 ミカゲは詫びる彼女をチラリと見た。

「まぁな。てか、何してるんだよ」

 そう言いつつ、ミカゲは辺りを見回している。
 異常事態か?と警戒しているのである。

 そんな中、ラズが素早くミカゲの側に駆け寄った。
 彼はカツマを指しながら訴える。

「ミカゲさん聞いてよ。あいつね、さっきミカゲさんをリュックに押し込めようと……」

「おまっ、卑怯だぞ。チクんな!」

 カツマは慌ててラズの言葉をさえぎった。
 その動揺した様子を見て勝ち誇った顔をするラズ。

 そんな2人の様子に察しがついたミカゲは大きなため息をつく。

「……なんだ、またケンカか。お前らも飽きないな」

 彼女は心底呆れていた。
 と言うよりむしろ、そんなくだらないことで起こされて怒りさえ覚える。

「だってコイツ、僕のことを馬鹿にするんだよ」

「てめーだって俺を馬鹿にしたじゃねーか!」

 また、2人の言い争いが始まった。

「うるせえ!!おいザザ、あのバカ2人を黙らせろ!!」

 いい加減にぶちギレしたミカゲが、その場にいないザザを呼んだ。
 もちろん彼がいなくても、ミカゲのその一喝で2人の言い争いはぴたりと止んだのだが。

「……ザザさんは水を汲みに行って、ここにはいないのです」

 少し遠慮がちに今の状況を説明するセレナ。
 彼女の言葉にミカゲはもう一度辺りを見回した。

「そういや見当たらないな」

 あれだけ体が大きいのだ。
 近くに居たら目に入らないはずがない。

 セレナは口元に手を当てて心配そうに、ザザが歩いて行った木の陰を見つめている。

「なかなか戻ってこないのですよ。もう戻ってもいい頃合いなのですが……」

「道に迷ってんだろ」

 至極当然のようにそう言うミカゲに、カツマは異論を唱える。

「いや、だからそれはあり得ないって。もしかして事故でも起きたんじゃね?ケガして動けなくなったとかさ……」

 そう言うと自分の推測に急に不安になった彼は、腕を組んで考え込んでしまった。

「じゃあ、ペットたちに探させるか」

 そう言うとミカゲは召喚のスキルを発動しようと手を広げた、その時。

 ザザが水を汲みに行った方角から草をかき分ける音が聞こえてきた。
 みんないっせいに音に反応して、その木の陰を見ている。

 姿を現したのは、やはりザザだった。
 どこを歩いたのだろうか服が木の葉や砂で汚れている。
 彼に何かが起きたことは確かなようだ。

 しかし、何はともあれ無事に戻ってきたことにみんなはホッとしている。

「おい、遅かったな。何してたんだよ?」

 カツマが安堵の表情でザザに話しかけた。
 服は少々汚れてはいるものの、どうやら怪我をしている様子ではなさそうだ。

「……道に迷っていたんだ」

 抑揚のない口調でそう言いながら彼は、カツマとラズに水筒を渡した。
 水筒を受け取りながらカツマは信じられない思いでザザを見る。

「道に迷っていた?……お前が?」

 ザザが答えた理由と感情がまるで見えない表情に、カツマは眉をひそめた。

 その後ろでミカゲが別の事で眉をひそめている。

「なぁセレナ、変な匂いがしないか?」

「匂いですか?……そう言えば甘い匂いがしますね。花の香りではありませんか?」

「花?それらしいものは見当たらないんだが」

 あたりに花なんてどこにも咲いてない。
 こんなにも強く匂うのに、近くに咲いてないはずはないのだが。

 2人の会話を聞いていたカツマも、この匂いに気付いた。

「確かに変な匂いだな。ザザ、お前も匂うか?」

「……」

「おい、ザザ。聞いてんのか!?」

「……なんだ?」

 ザザはカツマの質問が耳に届いていなかったらしい。
 ゆっくりとカツマの方を向き、聞き返した。

 その様子にカツマは呆れる。

「大丈夫かよ?水汲みの時、何かあったのか?頭でも打ってんじゃないか?」

 さすがにこれは様子がおかしい。
 いつものザザではない。

 カツマは心配するのと同時に、彼に妙な違和感を感じていた。

「あーこの匂い、キツイな……」

 だんだんと匂いが強くなってきている。
 ミカゲは顔の前で手のひらを団扇のように仰ぎながら、場所を移動しようとした。


 と、その時。


「あ、あれ?……なんか、おかしいな。体が動かないんだけど」

 突然ラズが声をあげた。
 みんなを見回しながら、訴えるような表情をして続ける。

「誰かに押さえつけられているみたい……。動かないよ」

「わ、私もです」

 自身の両腕を掴み、眉をひそめて苦しそうな表情をしているセレナ。

「なんだ?……大丈夫か、お前ら!!」

 尋常ではない仲間たちの様子に、大声になるミカゲ。

 その刹那、かたわらでドサッと崩れ落ちる音がした。
 振り向くミカゲの目に映ったのは、地面に倒れこんでいるカツマの姿。

「なんなんだ、いったい……?」

 ミカゲのこの言葉と同時に、ラズとセレナも崩れるようにその場に倒れこんだ。
 彼女は一番近くにいたセレナに素早く駆け寄り、彼女の様子をうかがう。

 大丈夫、息がある。
 眠っているだけのようだ。

 これは何が原因だ?
 考えられるのは……この匂い!!

 そう察したミカゲは、慌てて鼻と口を手で覆った。

「おい、ザザ!お前は大丈夫かっ!?どうやらこの匂い、危険だ!」

 ザザは慌てふためくミカゲの様子を、何も言わずにじっと見ている。

「……ザザ?」

 返事をしない、まるで人形のように動かないザザ。
 ミカゲはようやく彼の様子がおかしいことに気付いた。

 そして気付いたのと同時に、ミカゲの体にも異変が起きたのである。

 しかしそれは匂いのせいではない。
 いきなりどこからともなく現れた大小様々な植物のつる。
 ミカゲはそれらに絡まれて体の自由を奪われたのだった。

     


     

 これは『スキル・植物』の能力だな。

 ザザが自分の意志でやっているとは到底思えない。
 ……操られているのか。
 誰かが操りながらこいつのスキルを発動させているんだ。

 獲得者ではないはずなのにスキルを発動しているのもおかしな話だが、現に発動されている。
 体が思うように動かせない……面倒だな。


 そこまで思って、ミカゲはある一点を凝視した。
 女がゆっくりと姿を現し、近づいてきたのである。
 両手には短剣が握られている。

「仲間だと思っていた男から能力を食らう気分はどう?」

 腕を組み勝ち誇ったような笑みを浮かべて、女は言った。

       

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Neetsha