Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハーデンベルギアの花言葉
◆14話(2-7)

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 セレナをはじめ他のみんなも彼女の存在をすっかり忘れていた。
 いきなり声をかけられ、少し戸惑っている。

「天新様なら……、もう……、お亡くなりになっています……」

 目を伏せてつぶやくように言った彼女の言葉に、全員が目を見開いて驚いた。
 特にカツマは激しく動揺している。

「お前、嘘ついてんじゃねーよ!聖興軍の言うことなんか信用できるかっ!」

「やめろ、カツマ」

 今にも殴り掛からんばかりの彼を押さえ、ザザはサラサに向かって疑問をぶつけた。

「天新様がお亡くなりになっていると、なぜ知ってるんですか?」

 ザザのその質問に、両手を前に差し出すサラサ。

「ここに、いらっしゃいますよ……。天新様……。若くして、亡くなられたみたいですね……。わずか8歳で……。お気の毒に……」

「え、8歳?……えーっと、10年前の戦争が終わる直前まで、ご健在でしたけど。10年前は確か15歳のはずですが?」

 矛盾している彼女の話に、さすがのザザも怪訝な面持ちで彼女を見る。

「なに言ってんのか分かんねーな、こいつ。相手にすんのやめようぜ」

 頭をかきながらダルそうな調子でカツマはそう言った。
 他のみんなもカツマと同じ心持ちらしく、それ以上はサラサに話しかけない。

 何とも言えない気まずい空気がしばらく続いた。


 そんな雰囲気のなか不意に玄関のドアが開いた。
 夕食の材料だろうか、大量の荷物を抱えたフージンが帰ってきたのだ。

 フージンは何よりも先にセレナを見つけて声をかける。

「ただいま、セレナさん」

「お、お帰りなさい……」

 セレナは戸惑った様子で、そう返事をした。

「また変なのが現れたな。誰だよ?」

 いきなり玄関から登場した彼を横目で見ながら、面倒そうにそう言うミカゲ。
 彼女の言葉にフージンは振り向いた。

「ああ、君がミカゲさんだね。ククルから話は聞いているよ。ふーん……」

 そう言った彼は、うなずきながらミカゲの顔を穴が開くほどじっと見る。


 顔は知らなかったが、名前は以前から知っていた。
 テラの修道院とは因縁の相手だということも分かっている。
 それゆえ、仲間の中にはこの人物の命を狙っている者もいる。

 だけど。

 会えてよかった。
 生きていてくれてよかった。


 フージンはそんな思いをぐっとこらえて平静を装った。

「なるほど。ミヅキ様を男前にした感じで、雰囲気はよく似ているな。さすが『時間』のスキル同士だね」

「だから、誰だよ?」

「俺はフージン。仲間から話を聞いてない?」

 フージンは親指で4人を指し、首を傾けた。
 彼の言葉にミカゲは、さっき聞いたザザの言葉を思い出す。

「……ああ、そういや『風』スキルの奴がここに連れてきたらしいな」

「そうそう、それ俺だよ。よろしくね」

 人懐っこい笑顔をミカゲに見せた後、フージンはぐるりとみんなを見回した。

「ところで、君たちの意見は決まった?……旅を諦めてくれてたら嬉しいんだけど」

 フージンの言葉に戸惑いを見せる4人。
 お互いに顔を見合わせ、誰も彼の質問に答えない。

 そんな彼らの様子に、フージンはうなずいた。

「そうか。まだ迷ってる、と言ったとこかな」

 迷っているということは、少しは我々の意見が彼らに伝わっているということ。
 このままおとなしく自分たちの居るべき場所に帰ってくれたら、ありがたいんだけど。

 血を流さないのであれば、それに越したことはないのだから。

「分かっているとは思うけど、どうしても領地に入りたいって結論だったら俺たちは君たちにケガをさせてでも止めるかも。……こんな脅しは言いたくはないんだけど、これが聖興軍のやり方だからね」





 フージンにうながされ再びテーブルを囲んでの話し合いが始まった。
 とはいえ話し合いをしているのは4人で、その中にミカゲは加わっていない。

 もちろん4人はミカゲの意見も聞きたいのだが、彼女にはまるで興味のない話題らしい。
 「おまえら勝手に決めろ」とだけ言うと、それ以降会話には混ざらなかった。
 そして彼女は頬杖をついて4人の話し合いを見たり、暗くなりつつある窓の外の様子を眺めたりして時間をつぶしていた。

 そんなミカゲが、4人の様子を見守りつつ壁に寄りかかって立っているフージンと目が合った。
 何を思ったのかおもむろに席を立ち、彼に近づくミカゲ。
 そして彼に疑問をぶつける。

「お前、テラの修道院の生き残りなんだって?」

 いきなり自分に話題を向けられたフージンは一瞬目を丸くしたが、にっこり笑って質問に答える。

「ああ、そうだよ」

「『風』スキルでテラの修道院の生き残りを知ってんだけどさ。そいつ、フージンって名前じゃなかったんだよなぁ」

 ミカゲはニヤッと笑って続ける。

「名前を変えたってことは『風』スキルのトップを倒したってことか。風人〈フージン〉」

 一瞬、沈黙の時間が流れた。

 ミカゲも自分の事を覚えていたんだと、フージンは心底驚いている。
 そしてフッと笑って口を開いた。

「そうだね。念願の仇を取ったんだよ。名前は変えたくなかったけど種族の掟だからしょうがないよね」

 それを聞いたミカゲは、ただ腕を組んでうなずいた。

     


     

 ミカゲとフージンがこうやって言葉を交わすのは初めてである。
 双方とも修道院にとって訳ありな子供だったせいか、交流は一切なかった。

 だけど、いろんな思いがこの2人の間にはある。


「……それはそうと、ミカゲさん。テラの修道院の生き残りに命を狙われているんだろ?旅なんかしてて大丈夫?」

「家にいようが旅をしてようが返り討ちにするだけだ。それに、以前よりはだいぶ減ってる」

「テラの修道院が無くなって15年か。ずいぶん経ったよね。生き残りが少なくなったってことかな……」

 フージンは遠い目をする。


 スキルが獲得できる種族は、ほぼすべて受け入れていたが唯一『風』スキルの種族だけは断っていたというテラの修道院。
 そこでの生活は『風』スキルの種族である彼にとって正直、居心地がいいものではなかった。

 特例で住まわせてもらっていたものの隔離状態で、出会える人はごくわずか。
 周りにいた者たちはみな優しく接してくれていたが、やはりどこかよそよそしく遠慮しているようだった。
 子供ながらに寂しい思いをしていた。

 だけどテラ様の教えを聞くのは大好きだった。
 その時間だけは修道院のみんなと同じものを共有できたからである。
 そしてなにより、テラ様の教えはとても優しく温かいものだった。


 そんな思いを抱いてるフージンを横目でチラリと見たミカゲが言う。

「テラ様の教えが消える日も近いのかもな。それはそれで寂しい話だ」





 ミカゲとフージンがそんな話をしている中、他のみんなは話し合いを終えようとしていた。

「俺は何があっても行くぞ。もしかしたらあいつらは本当に俺たちと戦いたくないのかも知んねーけど、だからって意見を押し付けられてたまるか。俺は、親父の仇を討つんだ!」

 やはりカツマは父親の仇討ちを諦めない様子である。

 この旅の発端はカツマの仇討ちだと言っても過言ではない。
 ミカゲは村の者の仇を討つこと、そしてセレナは父親の行方を知るため。
 それぞれに理由を持って旅に出てるが、カツマと出会わなければ旅に出ることもなかっただろう。
 ザザもラズもそうである。

 そんなカツマが旅を諦めないとなると当然、みんなも諦めたくなくなる。

「……そうだな。ククルの話も気になるが、カツマがそう言うなら旅をやめるわけにはいかないな」

 ザザはそう言うとミカゲに視線を向けた。

「そういう結論になったよ、ミカゲさん」

 それを聞いたミカゲは口角を上げてうなずく。
 まるで、そうなることを予想してたかのような余裕の笑みだ。

 そしてザザはフージンの方を向いた。

「いろいろ説得してくれたのに悪いけど、やっぱり旅を続けるよ。これが俺たちの答えだ」

 彼の言葉に、フージンは大きなため息をついてつぶやく。

「これだけ言っても無駄だったか……」

 正直お手上げである。
 もし相手が格下のスキル獲得者で、それでも旅を続けると言い張るのだったら。
 自分の強さを見せてねじ伏せ、何がなんでも領地に入れないようにするのだが。

 ミカゲの能力は、聞けば聞くほど厄介なものだ。
 どんなシミュレーションをしても時間を止められたらそこでおしまい。
 その時点でもう命は無いのである。

 ……初の仕事失敗か?
 フージンは心の中で苦笑いした。



「お父様の、仇を討つと……、おっしゃっていましたが……」

 不意に部屋の隅から声がした。
 座り込んでいるサラサが、カツマをまっすぐに見て口を開いたのだ。

「本当に仇討ちだと……、思っているのですか……?それはあなたの、自己満足に過ぎませんか……?」

 白い霧に包まれ声も消えてしまいそうだが、サラサの目は強い光を宿していた。

「またお前か。お前、なに言ってんのか分からないから、しゃべるな」

 カツマは呆れた様子でサラサに辛辣な言葉を浴びせる。
 その横でフージンが笑顔を取り繕いながら、彼女をかばった。

「サラサさん流の説得の仕方なんだ。というか、こういう説得は彼女にしか出来ないけどね」

「説得?言ってることが分かんねーのに、説得なんか出来んの?絶対、話がかみ合わないって」

 フージンのフォローに、ますます呆れるカツマ。

「旅の目的も考え方もバラバラみたいだから多分、君たちには刺さらないだろうね。でも聞いてみるだけ損はないと思うよ」

 そしてフージンは意味ありげに笑って付け加える。

「面白いものが見れるしね」

 彼のこの言葉に、みんなは不思議な面持ちでサラサを見た。

「……そうですか……、あなたのお父様は「エン」とおっしゃるのですね……」

 サラサのこの言葉に、カツマは目を見開いて驚く。

 親父は確かにエンという名前だ。
 ここに来て一言もそんな話はしていないはずなのに。
 こいつ、なんでそんなことを知っているんだ!?

 急にうすら寒い気分になるカツマ。

「お亡くなりになった方のほとんどは……、身内に仇など求めていません……。穏やかな暮らしを望んでいるものです……。あなたのお父様も……、例外ではありませんよ……」

 サラサはそう言うと両手を広げた。
 ゆっくりとだが徐々に白い霧が集まってきている様子だ。

     


     

 得体の知れないスキルなので少し警戒しつつも、カツマのぞんざいな口調は変わらない。

「でたらめ言うな。親父は聖興軍との戦いの中、死んだんだ!聖興軍を恨んでいて当然だろ!」

「それは……、お父様を亡くされて……、あなた自身が悔しいのです……。聖興軍を恨んでいるのは……、あなたのほう……。お父様の思いではありません……」

「だからなんで、そんな事が言い切れるんだよっ!?親父が恨んでないとか、穏やかな暮らしを望んでいるとか……」

 そこまで言ったカツマは、だんだんと形が整いつつある彼女の白い霧の正体を知って言葉をなくした。

「サラサさんは『スキル・御霊(みたま)』の獲得者で、霊を操ることが出来るんだよ」

 フージンの言葉にみんなが驚いた。
 特にカツマは、サラサの能力で徐々に浮かび上がってくる人物を見つめたまま、驚きの表情で微動だにしなかった。

「……親父」

 カツマはその言葉を言うのが精一杯である。

 半年前、聖興軍との戦いの最中に無念の死を遂げた父が目の前に現れた。
 もう二度と会うことは出来ないと思っていた父が。
 柔らかい笑顔を見せて。

『カツマ。村を守るんだ』

 おぼろげだが父の声が耳に届く。

「だけどさ、聖興軍に倒されて悔しくねぇのかよ、親父!」

『お前が無謀なことをする方が、よほど悔しい』

 そう言われたカツマにはもう返す言葉も無かった。
 彼の中でいろんな感情が湧きあがり、混乱して言葉が出てこないのだ。

 カツマとは対照的に何事にも冷静沈着だった父。
 もし生きていたらきっと、同じことを言っていたに違いない。

 この仇討ちは父の為だと思っていたが、自己満足に過ぎないのだろうか。
 自分が父を亡くして悔しいから、仇を討とうとするのだろうか。

 茫然とするカツマの目の前でエンは白い霧に戻り、再びサラサの周りに集まった。

「私は……、お亡くなりになった方の遺志を……、伝えるのが使命……。お聞きの通り……、あなたのお父様は仇討ちを望んではいません……」

 一息ついてサラサは続ける。

「聖興軍には武術に優れた方たちが……、大勢いらっしゃいます……。自分の大切な人が……、仇討ちのために戦って傷つく姿など……、誰も望まないはずです……」

 サラサの言葉が重く響いているのか、カツマは黙り込んでしまった。

       

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Neetsha