Neetel Inside ニートノベル
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ハーデンベルギアの花言葉
◆16話(2-9)

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「その子は今どうしている?捕らえているのか?」

「捕らえる……ですか?まだ子供です。7歳と言ってました。父親を亡くして、少し混乱しているのでしょう。城に連れてきて保護をしています」

 動揺をしているツキナリに、ティファレは穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。


 いくらなんでも小さな子供が父親を倒すことなど出来るはずがない。
 そのうえ、その父親は極めてスキルの高い獲得者で殺人鬼とまで言われた人物である。
 どう考えても無理な話。


 ティファレはその子の話をまるで信じていない。
 そんな彼女の様子をいぶかしげな面持ちで見るツキナリ。

「その子供、人に危害を加えたりしないのか?」

「はい、おとなしいものです。駄々をこねたり暴れたりせずに素直について来ました」

「……そうか。その子に会わせてくれ」

 ツキナリは複雑な心境でティファレにそう言った。





「名前はミカゲと言うのか」

 簡素なイスとテーブルしかない部屋の中で、男性2人に囲まれた幼い子供はそう聞かれた。
 子供はなにも言わずにうなずく。

「しかしなぁ、父親を倒したって言われても……」

 2人のうちのひとり、かなり大柄な体格で『植物』スキル獲得者のガゼルは、困った表情で頭をかいた。

 こんな小さい体でいったいどうやって?
 ティファレ同様、彼も信じられない様子である。

「父親が亡くなっているし、そのうえ母親もいないようだしな。……ま、混乱するのも無理はないさ」

 もうひとりの男性『火』スキル獲得者のエンは、腕を組んで苦笑いしながら言った。



     +++++



 ガゼルとエンとティファレの3人が、ツキナリの命令でカゲマルを探していたのはつい最近の話。

 ある日、思わぬところでカゲマルの居場所が分かった。
 城からそう遠くもない山の中。
 生い茂る雑草や木の陰に隠れて、その家はひっそりと建っていたのである。

 3人はカゲマルの所在を確認しようと様子を見ていた。
 そこにミカゲが現れたのだ。

 彼女は体に似合わない大きなシャベルを手に持ち、泥だらけになって穴を掘り始めた。
 ただ黙々と手を動かし、せっせと掘っている。
 そんな彼女の様子を3人はしばらく見ていたのだが、やがでティファレが声をかけた。

「なにをしているの?」

 その声にミカゲは振り向く。

「穴、掘ってる」

「どうして穴を掘ってるの?」

「死体を埋めるためだよ。知らないの?」

 なぜそんな質問をされるのかと不思議そうな顔をするミカゲ。
 そのあどけなさが逆に3人の背筋を凍らせた。

 彼女は続ける。

「とーさん、殺しても埋めないから。埋めてやってるんだ」

     


     

「お父さんって……、カゲマルか?やはりここにカゲマルがいるんだな?」

 ガゼルは少し厳しい口調でミカゲに聞いた。

「かたきを討ちに来たの?とーさんは、もういないよ」

「いない?どこに行ったんだ?我々は仇討ちではない。カゲマルの居所を知っているなら、教えてくれ」

 ガゼルは彼女に近づきながらそう言う。
 それを聞いたミカゲは話がうまく伝わっていないと感じ、もどかしい表情になった。

「んーと……、私が倒したんだ。だからいないんだよ」

 衝撃な言葉を聞いて3人は絶句した。


 まだ幼い子供だ。
 きっと自分が何を言っているのか分かっていないのだろう。
 3人はみな心の中で同じことを思っていた。


「なんで埋めないのかな」

 そうぽつりと言うと、ミカゲは休めていた手をまた動かした。



     +++++



 ミカゲがいる部屋に行く途中、ツキナリはティファレからミカゲと会った時の話を聞いていた。

 ツキナリはしばらく考えていたが、やがて口を開く。

「埋める……か。シスター・テラの思想だ。その子はテラの修道院で生活したことがあるのかもしれない」

「テラの修道院と言えばカゲマルが襲った場所ですね。そこにいた半数もの人たちが犠牲になったと言われている場所。やはり、その子と何か関係があったのでしょうか?」

「多分な……」

 話をしているうちに彼らは部屋の前に立った。


 言うなれば自分の姪にあたる子供。
 カゲマルの悪行がなければ、その子供は我が一族として温かく迎え入れることが出来たのかもしれないが。

 『時間』と『召喚』の間に生まれ、しかも父親を倒したとなるとそうはいかない。
 いくら子供であろうとも。


 ツキナリはドアのノブに手をかけ、意を決して部屋のドアを開けた。

「ツキナリ様」

 部屋のドアが開いて入ってきた人物に、ガゼルとエンは立ち上がって一礼をした。

「ご苦労」

 2人にそう言うとツキナリは、椅子にちょこんと座っている幼い子供に視線を向ける。

 黒い髪に青い瞳。
 見た目は『時間』スキルの種族そのものの風貌である。
 今見ている限り『召喚』スキルの種族特有のタトゥーのような模様は見られない。

「ミカゲと言ったな。カゲマルを……父親を倒したというのは本当か?」

 ミカゲをまっすぐに見てツキナリはそう聞いた。

「そう」

 事の重大さを知ってか知らずか、大きくうなずいてミカゲが答える。
 ツキナリの質問は続く。

「どうやって倒した?」

「ペットが食べたんだ」

「ペット……とは、何だ?」

「うーん??」

 ミカゲは首をかしげている。
 何だ?と聞かれ、彼女はどう答えていいか戸惑っている様子。

「召喚獣か?」

「分からないけど、そうかな」

「そのペットとやらを出してみなさい」

 ツキナリはミカゲを試していた。


 いくら2つの種族の間に生まれたとしても、昔話のようなあの破壊的なスキルレベルが備わっているとは限らない。
 もし備わっていなければ、カゲマルを倒すことなど出来るはずがないだろう。
 この子が言っていることは嘘になる。

 ……願わくば、そうであって欲しいのだが。


「うん、いいよ」

 こともなげに言うと、ミカゲは両手を広げて精神を集中した。
 召喚したのは手のひらに乗る大きさの獣。
 かすかに発光しているように見える。

 ガセルやエンやティファレは、それが何なのか分からなかった。
 少なくとも3人が把握している召喚獣ではないことは確かだ。
 今まで見たこともない獣。

「これは……!」

 ツキナリはその獣を見るなり驚きの表情になった。

     


     

 それは『時間』スキル獲得者であれば誰もが知っている獣だったからである。
 時間を止めるとどこからともなく出てくる、時間の狭間の獣。

 今、ミカゲが召喚したもののように害がない獣も多いのだが、中には召喚獣も及ばないくらい極めて凶暴な獣もいる。
 稀にではあるが時間を止めた時に凶暴な獣に出会ってしまい、命を落とした者もいるのだ。

「その獣で……、カゲマルを倒したのか?」

「ううん、こいつはネズミって言って人は食べないよ。とーさんを食べたのはもーっと大きい、トラってやつ」

 屈託のない笑顔を見せ、みんなを見回したミカゲ。

「トラを出したら、みんなを食べちゃうよ。……死にたくないでしょ?」

 そんなミカゲの様子にツキナリをはじめ、その場にいた4人は血の気が引く思いで確信した。


 カゲマルは自分の娘に倒されたのだ。
 殺人鬼と言われ一族から追われていた者の末路。
 これは掟を破り子供を作った事の、報いなのかもしれない。


 ティファレはツキナリに問う。

「ツキナリ様、この子をどうされますか?」

「子供とはいえ親を殺めたとなると、牢屋に入れるしかない」

「それではあまりにも……。ご覧の通りまだ子供です。自分がどんなに重い罪を犯したのか、分かっているとは思えませんが……」

 ティファレの言葉にツキナリは、大きなため息をついて言った。

「分かっている、それは後で思案する。それまで牢屋に入れておけ」





 ツキナリの命令により、ミカゲが牢屋に入れられて幾日か過ぎた。

 彼女を城に連れてきた3人は、やはり彼女の様子が気になるらしい。
 入れ替わり立ち代わり、ことあるごとに顔を出していた。

 ミカゲも彼らの顔と名前を覚え、ずいぶんと慣れてきた様子である。
 特にティファレは、成人しているのに外見は10歳くらいという『鳥』スキル特有の容姿をしているので、ミカゲは友達感覚で接していた。

「大丈夫?寒くない?」

 高く積み上げたレンガに囲まれ陽もあたらない場所に閉じ込められているミカゲ。
 そんな彼女を心配するティファレの言葉に、ミカゲはニッと笑って答える。

「うん、家より寒くない。ご飯も美味しいし」

「え?牢屋のご飯が美味しいって……、今までどんなものを食べていたの?」

 囚人に用意された粗末な食事だ。
 腹が満たされるだけないよりはましだが、お世辞にも美味しいとは言えない。

「どんなものって……木の実とか草とか」

「え……道端に生えているものや落ちているものを、拾って食べてたの?」

「あと、虫とかトカゲとかカエル……」

「ああ、分かったわ。もういい」

 放っておいたら延々と続くだろう、いわゆるゲテモノ系の食材にティファレはめまいを覚えた。


 要するに、人が調理した食べ物を彼女は口にしていなかったのだ。
 母親はいなくて父親があの様子だったので当然のことだろう。

 知れば知るほど、ふびんな子……。


 ティファレは心の中でそう思い、涙した。

「ん?」

 突然、ミカゲが何かに気付いた。
 不快そうに眉をひそめて辺りをうかがう。

 彼女の様子を不思議そうな面持ちで見るティファレ。

「どうしたの?」

「誰か来るよ。……なんか、嫌な感じ」

 ミカゲの言葉の直後に足音が聞こえてきた。
 複数人がこちらへ向かっているようだ。
 ティファレも反射的にその足音のする方を向いた。

 現れたのは幼い男の子。
 ミカゲをひと目見るなり、まるで宝物を探し当てたかのように喜んでいる。

「牢屋に女の子がいるってウワサは、本当だったんだ」

 ひょっこり現れた男の子にティファレは目を丸くして驚いた。

「て、天新様!なぜこのような所に……?」

「ウワサを聞いて確かめに来たんだ。お父様の許可も取っているよ」

 見ると後ろに屈強な兵士を2人引き連れている。

「あの子はなぜここに居るの?どんな悪いことをしたの?」

 まくしたてるような天新の質問に、困惑するティファレ。
 ミカゲの目の前で彼女の罪状を言うのに少し抵抗があったのだ。


 誰が天新様に、このことを喋ったのだろう。

 ツキナリ様をはじめ、ほんの数人しか知らない事なのだ。
 おしゃべり好きで天新様のお気に入りであるガゼルの可能性が高いのだが。

 まぁ、今更そんなことを言っても始まらない。
 とにかく天新様には、一刻も早くこの場を去って頂かないと。


「ご質問があれば、お部屋で伺います。お部屋にお戻り下さい」

「分かったよ。ウワサを確かめたいだけだったし。今日は戻るよ」

 上機嫌でその場を去る天新の後ろ姿を見ながら、ティファレは大きなため息をついた。


 何にでも興味を持つお年頃。
 同世代の者が牢屋に入っていると聞けば、興味を持つのも当然である。

 しかし相手は父親を殺めて平気でいられる子供。
 今まで接してきて、それほど危険な人物とは思えないものの万が一と言うこともあり得る。
 大事な天新様に、もしものことがあってはいけない。

 今後、天新様がここに足を運ばれることは予想出来る。
 警備を強化しなければ。

       

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