Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハーデンベルギアの花言葉
◆17話(2-10)

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 ティファレの予想通り、天新はことあるごとに地下牢に足を運んだ。
 大人ばかりの城の中で子供がいること自体が珍しく、彼はいい話し相手が見つかったと喜んでいる。

「そうそう!今日は面白いもの、持ってきているんだ」

 天新はそう言うとポケットの中を探り、それを取り出した。

「ちょっと前のゲームなんだけど、面白いんだ。貸してあげるよ」

「ゲーム?ふーん……」

 天新から手渡された手のひらサイズのゲーム機を受け取り、それをまじまじと見るミカゲ。
 にっこりと笑いながら天新は言う。

「こんな所にいると何もすることがなくてヒマじゃないかな。いいヒマつぶしになるよ」

「そうだな、うん」

 そう言うとミカゲはさっそくゲームを始めた。

 簡単なアクションゲームだった。
 天新にゲームの操作を教わり、ミカゲが何度目かのチャレンジをした時。

「……すごい。始めたばかりなのに、僕の最高得点を超しちゃったよ」

「うん?」

 ひとりで興奮している天新に、訳が分からず首をかしげるミカゲ。

「1ヶ月間頑張った僕の最高得点を越したんだよ。すごいな。ミカゲはゲームの才能があるのかもしれないね」

「ふーん」

 ゲームの才能ってよく分からないのだが、とにかくすごいことらしい。
 褒められているようだ。

 そう思ったミカゲは上機嫌になった。

「そうだ。ミカゲならこのゲーム、クリアできるかも!」

 突然、天新は何かをひらめいたらしい。
 彼は期待で目をキラキラさせながら続ける。

「エンディングが見たいんだけど、僕じゃ一生見れないんだよね。これ貸してあげるから、クリアしたら僕に見せてくれないかな?」





     ◇◇◇◇◇





「……そう言えば、そういう事もあったな」

 遠くを見つめ物思いにふけりながら天新はそうつぶやいた。


 ミカゲにゲームを貸した後、彼らは一度も会うことはなかった。
 次の日にミカゲは地下牢から解放され、城にはいなかったからだ。

 どこかの小さい教会に身柄を移され、牧師が付きっきりで教育しているというウワサを聞いていた。
 そして、しばらくして国王軍の情報収集と発信基地、セレダの村に門番として派遣されたというウワサ。

 確かに当時は寂しい思いをした。
 しかし遠い昔の話であり些細な出来事である。


 天新は手のひらのゲーム機を見ながら言った。

「よく覚えていたな、そんな約束」

「約束は守るもんだろ?牧師も言ってたよ」

 得意気にそう言うミカゲ。

「牧師?ああ、サミュエル牧師か」

「そう。セレナの父親。いまどこにいるのか知らない?生きているらしいしさ」

「捕らえた者を管理するのは別の部署だから知らないな。しかし捕らえられたとなると……」

 視線を落とし間をおいて、天新は続ける。

「あまり期待をしないほうがいい。聖興軍にとってスキル獲得者は軍事力か研究材料だ。俺たちみたいに兵士となっているならまだしも、研究材料になっているのなら、むごいものを見ることになる」

 そうか……とつぶやくミカゲの横顔は心寂しげだった。
 しかし気持ちを切り替えたのだろう、天新に視線を合わせてゲーム機を指した。

「それより、電源を入れてみ。エンディングが見れるからさ」

 彼女の言葉に天新はゲームの電源を入れる。
 セーブした画面を開くとエンディングだろう物語が始まった。

 その物語を見ていた天新の顔が瞬く間に曇っていった。

 それは、主人公と一緒に戦って敵に倒されてしまった仲間が生き返るシーンだった。
 タイムマシンで過去の元気だった仲間と再会、そして現在に戻るというシーン。

「妙に仲間が死んでいくと思ったらこんなオチかい、って思ったよ。まぁ仲間が生き返って、めでたしめでたしだな」

 ミカゲがおどけた調子で言う。
 天新はそんなミカゲを羨ましく思いつつ、遠い目をした。

「過去に戻って仲間に会いに行くのか……」


 『幻影』スキルの獲得者が国王軍にいるというのは、ミカゲの存在と同じくシークレットな事だった。
 それでも、少ないながらも仲間はいた。

 10年前のあの時、一緒に戦っていた仲間はみな帰らぬ人となっている。
 唯一、ツキナリ様の娘ミヅキ様だけが生き延びている状態。

 そして今、聖興軍の兵士となっている自分がここにいるのである。

 もし自分が過去に戻ったら、今の自分の行動を仲間たちはどう思うのだろう。
 仕方がないことだと言ってくれるだろうか?
 それとも、裏切り者だと軽蔑するのだろうか?


「俺は、遠慮する」

 自虐的な笑みを浮かべて天新は言った。

「そうか?会えないと思っていたやつに会えたり、生き返らせたり出来るんだ。もうけたって感じしないか?」

「本当にお前は、変わらないな……」


 ひょうひょうとしたその態度。
 ポジティブなのか何も考えてないのか分からない、その言動。
 遠い昔、牢屋で会話した時の彼女とまるで変っていない。

 俺が……変わり過ぎたのだろうか?
 昔の俺だったら彼女の言葉に正直にうなずいていただろう。
 何のためらいも疑問も抱かずに。

 どこでこうなってしまったのだろう。

 国王軍が敗れてからの10年間、命の恩人である国王と仲間たちの復讐のことばかり考えていた。
 どうすれば仇を打てるのか、そればかりを考えていたのである。

 それが生きるかてであるかのように。


「ガゼルに会ってみたいな。あいつ、面白かったし。お前は誰に会ってみたい?」

 屈託のない笑顔を見せて、懐かしい名前を出すミカゲ。

 天新はゲーム機をそっとミカゲに渡した。
 そして天新の姿からククルの姿に戻る。

「ミカゲ、俺はもう天新様ではない。聖興軍のククルだ」

 ククルはミカゲに背を向けて、歩きながら続ける。

「今回は戦う気がないが、今度会う時は戦う時だ。どんな手段を使ってでも命をかけて戦う」

「うん、まぁ、そうなった時はしょうがないな。受けて立つ」

 ミカゲは腕を組んでうなずきながら答える。
 その言葉にチラッと後ろを振り返り、ククルは微笑んだ。

     


     

「本当に、変わってないな……」

 そう言うと彼はフッと姿を消した。


 そう、昔の俺ではない。
 何があろうとも計画の邪魔になるものはすべて排除する。

 たとえそれが、変わらない昔の友であろうとも。



     +++++



 次の朝になった。
 昨日に引き続き爽やかな朝である。

 ミカゲたちはククルのアジトから解放され、今、空を飛んでいる最中。
 フージンが先頭に立って彼らを導いている。

 フージンはククルから彼らを関所まで運ぶように、そして無事に関所を通らせるようにと頼まれていた。
 しかし彼は少々不満げな様子である。
 セレナを見ながら残念そうに口を開く。

「あーあ、ここでお別れって寂しくない?俺たち出会ったばっかりだよ?」

 フージンに話しかけられ困惑するセレナ。
 彼女の気持ちをまったく無視したフージンの思いは続く。

「こんなに可愛いんだ、悪い虫がつかないか心配だな。……ま、この3人は大丈夫そうだから安心しているけど」

 カツマ、ラズ、ザザを見ながら彼はニッコリ笑った。
 どの顔を見ても、女性に縁がありそうな面構えをしていない。

 そしてフージンはミカゲに視線を向けて考える。


 うーん、この人が女性で良かった。
 もし男性だったら、ちょっと手ごわかったかもな。


 フージンが何を思っているのか知る由もないミカゲが、彼に言った。

「お前、こうやって空を飛べるし。時々セレナの様子を見に来たら、いいんじゃね?」

「あっ、そうか!いいね、それ。そうしよう!」

 ミカゲの提案に満面の笑みでうなずくフージン。

 それを聞いていたセレナはさらに困惑して訴えるように首を横に振った。
 そんな様子を見ていたカツマは、たまらず口をはさむ。

「ミカゲっ!こいつに変な知恵をつけさせるな。まじで来るぞ。そーゆー奴だぞ!」

「本当に来ると、やだなー」

 ラズはその時の状況を想像しながら顔をしかめた。
 その隣で、ザザは思い出したようにミカゲに視線を向けて話しかけた。

「そう言えば、ククルはミカゲさんと話をしたがってたけど。俺たちが眠っている間、彼と話をしたの?」

「まぁな。今度会う時は戦う時だってさ」

「……そうか。いい人たちっぽいけど、やっぱり聖興軍なんだな。強そうだし、俺たち戦えるかな」

 ザザはフージンを見ながら不安そうにそうつぶやく。

「それは、その時になってから考えるしかないな」

 ミカゲのその言葉に、ザザは笑いながら素直にうなずいた。





 しばらくして目的地の関所に着いた。

 まるで砂漠のオアシスのように、地面に草ひとつ生えていない荒れた土地の中にその場所はあった。
 レンガで出来たアーチ状の門をくぐると、そこは大勢の人が行きかう街だった。
 旅人だろうかそれとも商人だろうか、様々な人が歩いている。

 いろんな店が立ち並ぶ街道を通り抜けると、見上げるほどの大きな壁が見えた。
 壁にはトンネルのような道があり、そこから長い行列ができている。
 ここが関所だ。

     


     

 関所を目の前にしたフージンはみんなに向かって口を開いた。

「いいかい、今から君たちは聖興軍の軍隊志願者だ。本来そういう者たちは一箇所に集められ、馬車で連れて行かれるうえに審査にも時間がかかるんだけど。でも君たちは特別!」

 じゃーん!と言って彼が取り出したのは、1枚の紙だった。
 何かの書状らしい。

「ミヅキ様の推薦状だよ。君たちは幹部から推薦されてる軍隊志願者ってわけ。幹部の推薦だから契約の手続き無しで、すんなり通してもらえるよ。……ただし、通行の証明として顔写真と名前は登録されてしまうけどね」

 みんなは一様に驚きフージンを見ている。
 眉をしかめて困惑しているザザが問う。

「ありがたいんだけど、なんでそこまで俺たちに協力してくれるのかな?君たちには何のメリットもないよね?」

「放っておいたら君たち何するか分からないからね。最悪、関所を襲撃してでも突破しかねないと思ったんだ。そうなると騒ぎが大きくなって、こっちも困るんだよ。メリットじゃなくてデメリット回避だね」

 苦笑いしながら頭をかくフージンはそう答えた。
 彼の言う最悪な方法を手段のひとつとして考えていたミカゲは、フージンを指してニヤリと笑った。

「まさに、それやろうとしてた」



 関所の審査はいくつかの質問、顔写真と名前の登録であっけなく終わった。
 彼らは無事、聖興軍の領地に足を踏み入れたのだ。

「君たち、絶対に騒ぎは起こすなよ。スキル獲得者が騒ぎを起こしたら、本当に面倒な事態になるからね」

 フージンがみんなを見回しながらそう言う。
 カツマはまだ納得してない渋い表情だったが、彼以外のみんなは一様に彼の言葉にうなずいた。

「じゃ、俺は仕事に戻るから。セレナさん、またね~!」

 セレナに向かってにこやかに手を振るとフージンはふわりと宙に浮き、大空へと飛んで行った。
 フージンの最後の言葉を聞いたカツマはミカゲに向かって声を荒げる。

「やっぱりあいつ、セレナに会いに来る気満々じゃねーか。どーすんだよ!?お前のせいだぞ!!」

「ま、いいだろ。細かい事にこだわるなよ」

「細かい事か!?これが!?」

 眉を吊り上げてまくし立てるカツマ。
 それを尻目に、ミカゲは大きなあくびをひとつした。

「じゃ寝る。後はよろしく」





     +++++





 聖興軍の領地に点在する支部の間では、盗賊団のウワサで持ち切りだった。
 人的な被害はまだないのだが、支部にある貴重品や情報などを根こそぎ取っていくらしい。


 状況を考えるとスキル獲得者の集団のようだが聖興軍のデータには登録されていない者達らしく、名前はもちろん、いまだにどんなスキルを扱うのかさえも分からずじまいの神出鬼没さである。
 ただ、防犯カメラの画像により男2人と女2人の4人組であることは確からしい。


「畜生!またやられた!あいつらどうやって侵入してんだ!?」


 聖興軍の怒号が今日も響いたのであった。



―――――――――― 第2章・関所 終 ――――――――――

       

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