Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第二話「エンジェル・インターセプター」

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 バンドを結成したガクショクたちは、その足でSGの自宅へ向かった。SGは同居している男をドラマーにしようと考えていた。その男も無職であり、二人揃って気ままな生活を送っているのだという。
「あいつはルックスと生活スタイルがロックだ。良いビートになるに違いない」とSGは自信有り気に言った。

 駅裏の住宅地の一角にある、今にも自壊しそうなオンボロアパートがSGの家だった。ドアに鍵はかかっていなかった。「盗まれるものは何もないからな」と彼は言いながら、無造作に靴を脱ぎ捨てて入っていく。ガクショクたちも続いて中へ入ると、ゴミ袋がいくつも玄関に積み重ねられていた。それをSGは蹴ってどかす。
 台所は食べ物の容器や空き缶などのゴミで足の踏み場もない。しかもすえた臭いが漂っている。
「なんかの培養実験か、これは」流しの惨状を見たグレッチが顔をしかめて言った。出しっぱなしの食器の表面に黒いなにかが付着し、羽虫が飛び交っている。
「まあその辺りに座ってくれ」流しの件には言及せず、居間に入ってSGがそう薦めたが、
「その辺りって、どの辺りだよ」他の三人は困惑した。六畳の居間は、CD、本、ゴミなどで埋め尽くされていた。床はまるで見えず、フローリングか畳かすら分からない。とりあえず、無理やりそれらをどかし――あるいはそれらの上に直接座った。床はべたつくフローリングだった。
「さて、紹介しよう。あいつがオレの同居人の『ヒッピー』」
 部屋の隅にある、本やCDの山を指差してSGが言う。そこには一人の男が埋もれるように寝ていた。
 ただ伸ばしただけ、といった様子の髪が肩まであり、ひげも伸び放題だ。
「おいヒッピー、起きろ」
 SGが呼ぶと彼はうなり、のそのそとゴミを掻き分け、上体を起こした。
 しばらくボーっとしていたが、部屋に来客がいるのに気づき多少驚く。
「ん……どうしてこんなに人がいるんだ?」寝起きのかすれ声で彼は聞いた。
「バンドだよ、オレバンドを結成したんだ。『スマッシング・レッド・フルーツ』って名前。こいつらはそのメンバーだよ」
「ふーん、そうなのか。じゃあ、おれはまた、一時くらいまで寝るんで」
「ああ寝てろ。ヒッピーは深夜番組見るのが趣味なんだよ」
「夜行性ってわけか……こんな汚い部屋でよく寝られるな」グレッチは呆れたように言う。
「さて、メンバーが集まったところで、さっそくスタジオ入りしたいと思うんだが」
「おお、スタジオか、そいつはバンドらしいじゃねえか」赤髪はスタジオという言葉を聞いただけで、にわかに高揚した。「いつにするよ。オレはずっと暇だからいつでもいいぜ」
「俺もだいたい暇だな」「あたしも予定ナシ」
 ガクショクとグレッチもそう言ったので、SGは頷く。「じゃあ明日で。すぐ近くにスタジオあるんで、そこへ行こう。ありがたいことにかなり安い。ただ……」
「ただ?」
「……欲を言えば、もっと大人数で行きたいんだよな」
「え、何でだ?」と赤髪が聞く。
「スタジオは基本的に、人数と料金が関係ないんだ。一人で入ろうが五人で入ろうが、料金は同じ。ということは、だ。割り勘でいくなら人数多い方が、当然得だろう?」
「ああ、なるほどな」
「例えば、スタジオの料金が一時間で二千円だとしよう。オレたちは五人だから、一人四百円。八人で入れば、一人二百五十円だ。二十人で入れば一人百円、そして百人で入れば一人二十円!」
「どんなでかいスタジオだよ……まあ、もう一人くらいいてもいい、ってのは同意かな」グレッチが言う。「あとはキーボードかな。あたしたちと同じで年中暇な奴がいいな。集まりやすい」
 キーボードと聞いてガクショクには思いあたるふしがあった。
「そういえば、なんか学校の近くの川原でいつもキーボード弾いてる人がいるな」
「ほう、どういう人だ? 暇そうか?」SGはさっそく興味を持ったようだ。
「全身真っ黒で、髪がすごく長い女の子。ヒッピーより長い。弾いてるって言っても、音を適当に出してるって感じだったな。気だるげに」
「なんだか似たにおいを感じるな。よし、スカウトに行くか」
「おいSG、今から行くのかよ。もう日が落ちるし、そいつもいないだろ」立ち上がったSGを見てグレッチは面倒くさそうに言う。
「行ってみなくては分からないぞ。なんならオレとガクショクだけで行ってもいい」
「そうしろ。あたしは飲んでるよ」
 グレッチはギターケースから酒瓶を取り出し、豪快に飲み始めた。
「じゃあオレは漫画でも読んでるぜ」赤髪は散らばっている漫画本を拾い集めている。ヒッピーは相変わらず寝息を立てている。深夜まで起きそうにはない。
「じゃあ適当に時間潰しててくれ。すぐにキーボーディストを連れて来る。行くか、ガクショク」
「ああ。多分こっからなら、歩いて十五分くらいかな」
「よし。失敗したら、その辺歩いてる人を適当にスカウトしよう。音さえ出せれば文句はないからな」
 再びゴミ袋を蹴り飛ばしモーゼのように玄関への道を作るSG。ガクショクも後に続いて家を出た。

 街の空はすでに、赤く染まりつつあった。
「そういえば、ガクショクは何でバンドを始めようと思ったんだっけ」SGがそう聞くと、
「暇だったから」とガクショクは即答した。
「そうか、オレもだ。暇で暇でしかたなかった。だから適度に時間を食うバンドを始めようと思い立ったわけだな。ギターかきならせば発散できるしな。ストレスに悩む現代人は音楽を始めるといいと思う。けっこう運動になるし」
 話しながら線路下のトンネルを通り抜ける二人。その汚れた壁面にピンク色の落書きが描かれているのが眼に入った。
「あ、これ、最近よく見るんだよな」ハートに片翼が生えたそのマークを指してSGは言う。
「これ何?」
「さあ、何のマークか知らないけど、流行ってるんじゃないのか? ラブアンドピースの象徴だろうか」
「そんなところかな。……マークか。俺たちにもマークがあったらいいな」
「おお、いいな。……そうだな、やっぱり、赤い果実が割れているマークだな。そいつにハロウィンカボチャみたいな不気味な顔がついてたらいいと思う」
「へえ、それいいね」
 二人はそんな話をしながら、仕事帰りの人たちでごった返す大通りやアーケードを抜け、街から少し離れた川原までやって来た。
 夕日が水面をオレンジ色に輝かせている。街中とはうって変わってひと気はない。
 風が草を揺らす音に混じり、安っぽいピアノの音が聞こえた。
「あ、あの人だ。まだいたんだ」
 草の上に腰を下ろしている、黒い姿が見えた。
 膝の上に小さな、おもちゃのような電子ピアノを乗せて、それをときどき思い出したように弾いている。
 二人が近づくと彼女は振り返った。長い前髪で顔はよく見えない。
「こんにちは。あなたたちも交信にいらしたの?」意外と幼い声で、黒服の女性は言った。
「交信?」
「そう」微笑んで、空を見上げる彼女。

「私は今、天使と交信しているんだよ」

       

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