Neetel Inside ニートノベル
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デマゴーグ
火種

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 藤原は目が覚めて、自分の部屋でなかったので飛び起きた。
 そうだ。昨日は大学に泊まって、スマホをいじっているうちに寝てしまったんだった。
 スマホを見ると4月2日のまだ朝4時だ。
 あの大変な一日は終わっていた。もうウソみたいなことは起きないだろう。エイプリルフールは過ぎ去ったのだから。
 藤原はまた横になって目を閉じてみたが、ついぞ眠れなかった。
 5時にベッドから這い出すと、隣に女の子が寝ている。正確には隣の二段ベッドの1段目に女の子が、2段目に男が寝ていた。まだ寝ぼけているのか。頭が働いてきて、ようやく清原沙奈子と高坂竜次であることに気づいた。
「えっ、どうして」
 藤原は驚いて、宮川隊長に聞きに警備員控室に行く。
「いや、驚かせてしまって悪かった。昨日巡回していたら、2階北の休憩所のソファーで二人が寝てたんだよ。事情を聞いたら、二人とも大阪キャンパスの生徒だから5階の仮眠室に行けなかったらしいんだ。それで警備員用のベッドを使ってもらった」
「そうだったんですか」
 確か5階に入れないのは黒いIDカードだ。黒いIDカードは保護者用のカードで1・2階以外入れないと、昨日宮川に説明されている。どうやら他キャンパスの生徒も黒カードらしい。しかし変だ。大阪キャンパスの二人がなぜここにいるのだろう。世界システムを見にはるばる来たとも思えない。
 だが、そんな考えはすぐに頭の隅に追いやられた。今はまたしてもチャンスが到来したことが重要だ。せっかくだからもっと稼ぎたい。
「それなら、宮川隊長も杉村さんも一睡もしていないってことですよね。今日から僕も夜勤に入れてくださいよ。そうすれば残り一つのベッドを3人でかわるがわる使えるじゃないですか」
「そうだな。ちょっと考えておく」
 宮川は笑って答えた。
 昨日はシャワーも浴びてないから臭うし、勤務時間が始まるまで時間もある。混雑する前に藤原はシャワールームを使った。
 急いで警備員の制服に着替えると、ちょうど勤務時間となる。
 宮川が朝礼で今日気を付けるポイントを教えてくれた。
「今日の18時までに状況が変わらなければ、昨日と同じ内容の放送をするように。じゃあ、杉村さんはモニター監視から。藤原は巡回から始めてくれ」
「わかりました」
 藤原は巡回を始めた。1階セキュリティゲート前に2、3人人が集まっている。
 休憩所で朝飯を缶詰のパンと缶コーヒーで済ませていると、また宍戸圭馬が騒ぎを起こしているのが聞こえた。
「本当に警察は対応しているのか? 何も作業している様子はないじゃないか!」
 確かに防火壁はまだ閉まったまま放置されている。
 藤原はすぐさまゲート前に急行すると宍戸の説得に取り掛かった。
「また君か。落ち着きなよ。すぐには警察も動けないって。昨日みたいな事態が起こらないように、僕たちが24時間ここを守ってるから安心して欲しい」
 宍戸は納得していないようだ。
「学長か上野教授を出せ。あんたじゃ話にならない。昨日みたいなことが起こらない保証なんてどこにもないだろ?」
「それは、そうかも知れないけど」
 藤原は言葉に詰まった。
 セキュリティゲートの防火壁が閉じてしまった原因は解明されていない。宍戸が言った通り何かが起こってからでは遅いし、すでに手遅れに近い状況だ。外に避難しようにも、今のところロックを解除する手段はないのだから。
「とにかく! ここは僕たちに任せてくれ」
 そう言って、藤原は強引に宍戸を追い出そうとする。宍戸は頑として動かない。もみ合っているうちに、騒ぎを聞きつけた馬場学長がやって来た。
「この騒ぎはなんだ」
 藤原が事情を説明する。馬場学長は少し考えてから宍戸に語りかけた。
「君、名前は?」
「宍戸圭馬です」
「よし、宍戸くん。ここは警備員に任せてくれ。それよりも私の部屋に来て、腹を割って話そうじゃないか」
しばらく沈黙していたが、宍戸はさらにまくし立てた。
「ここでは話せないことなんですか。他の生徒に聞かれると都合が悪いことなんですか」
「ああ、そうだ」
 馬場学長が開き直った。
「あの未完成な世界システムの電源を切ってみてくださいよ。それでゲートが開けばしめたものだし、開かなかったとしても不測の事態を防げます」
 宍戸の弁はいちいちもっともらしい。
「電源を切ったほうが、かえって不測の事態を招いたらどうする」
 馬場学長は逆に質問した。
 宍戸は一瞬黙ってしまったが、すぐに反論する。
「ひょっとして、すでに電源を切るくらいのことは試しているんじゃないですか? それで電源を切ることすらできなかった上、世界システムの評判を下げたくない一心で隠しているとか」
 馬場学長はだんまりを決め込んだ。宍戸が図星を指したようだ。
「何してる、警備員! さっさとそいつを捕まえろ。わかったな」
 そう言うと馬場学長は警備員控室に向かった。しかたなく藤原は宍戸の右手首をつかんで連行する。これでこの騒ぎも収まってくれるだろうか。
 藤原は警備員控室に宍戸を連れて来た。
「それで、話というのは?」
 宮川が聞く。馬場学長は椅子に深く腰掛けて、足を組んで答えた。
「実はな、この生徒をここで軟禁して欲しい」
 馬場学長のあまりに重い措置に藤原と宍戸は思わず顔を見合わせた。
「理由は?」と宮川は返す。
「こいつは生徒たちの不安を煽った。私が指示するまで警備員控室で預かって欲しい」
 馬場学長はそう答えた。
 藤原も宍戸もそれは無理だろうと思った。警備員は警察と違い、犯罪者を逮捕する権限などない。
 説明して、当然宮川も断った。
「馬場さん。すまないが、ここで宍戸君を預かることはできない」
「学生の安全を守るのが君たちの役目だろう! そうだ、私人逮捕ならできるはずだ」
「私人逮捕は限定的です。現行犯かつ逃走のおそれがある場合に限り、警察官以外にも逮捕が可能になります。この密室となった大学で逃走の心配はないですよ。仮に逮捕できたとして、軟禁なんてもってのほかです。すみやかに検察に引き渡さなければなりません。学長はそれがわからない人ではないと信じます」
 藤原も宮川に同意する。馬場学長はあきらめたようだ。
「わかった。本来なら警察に突き出しているところだが」
 しかし、馬場学長はふと何かを思いついたようだった。
「いや、警察に突き出す前に試したいことがある。いいかね?」
 馬場学長の目が怪しく光る。なんだか嫌な予感がした。
「宍戸くんと言ったね。君は反省してるか? 反省するまで自主的にここに留まりなさい」
 馬場学長はしどろもどろに命令した。
「待ってくださいよ。反省するのはそっちでしょう。僕は何もしていません」
 宍戸が反論する。
「いいや、君は重大な罪を犯した。この大学に混乱をもたらした罪は大きいぞ」
 馬場学長は結局、警備員たちに面倒を押し付けて出て行った。
「ど、どうしよう」
 藤原が頭を抱える。
「ゲートが閉まっている以上、交代要員は来れないんだ。仕事は3人で回していくしかない。今度学長が用事を頼んできたら、即座に断ろう」
 宮川が強い口調で言った。

       

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