Neetel Inside 文芸新都
表紙

恋愛小説集「銀魂vs小島信夫(最終回)」
「レスラーvsコーナーポスト」

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「パパは日本人ですか」と娘に聞かれた。
「そうだよ。じいちゃんもばあちゃんも日本人だし」
「じゃあなんで、高校時代にモテたかとか聞くと『ニホンゴムズカシイカラヨクワカラナイ』って片言になるの?」

 それでは恋愛小説を始めよう。

*

 自作から恋愛要素の強い話を探してみた。一編心当たりがあったのだ。

「ぶんげいっ」(文芸部活動記録小説)泥辺五郎短編集より
https://neetsha.jp/inside/comic.php?id=6557&story=7

 小説家を目指す少年が、伝統のある文芸部がある高校に入学する場面から始まる。文芸部の部室を訪ねようとしたところで、キックボクシング部の特待生ジャクリーンと出会う。最終的にはメキシコの麻薬カルテルの撲滅を誓う話である。

 ジャクリーンが照れ隠しでレズっ気のある先輩と乱闘を始めるあたりが、恋の駆け引きともいえよう。

 これを読んでいて思い出したのが、元々この作品集の二編目に書こうと思っていた話である。尿路結石騒ぎですっかり忘れてしまっていた。格闘家の純愛の物語。では始めよう。

*

 母校での凱旋興行で、私たちのプロレス団体「メタル・マッスル」は、まあ、そこそこの客を集めた。人間椅子の名曲「芋虫」を入場曲にしてリングに這いずりあがった私を観客の悲鳴が迎え入れてくれる。ヒールである私は鬼の形相がデザインされた覆面で素顔を隠している。私は覆面の下から、客席にいる先輩の顔を盗み見た。レスリング部の先輩だった彼は、奥さんと二人の子どもを連れて楽しそうに観戦していた。いつの間にか試合が始まっており、私はコーナーポストへと叩きつけられた。そこから見上げる先輩の顔は眩しくて、人がやられているのにとても爽やかな笑顔で、もうトレーニングはしてないであろう、少したるんだ体形が、逆になおさら今の私の好みとなっていた。

 いつまでもそのコーナーポストに抱き着いていたかったがそうはいかず、私は鬼となって相手レスラーをぼこぼこにしたり、また反対にやられて芋虫となって這いずりまわったりした。最終的には踏み潰されるようにしてノックアウトされた。

 興行は二日あったので、「メタル・マッスル」の面々はリングなどそのままの状態で、体育館に寝泊りした。宿泊施設に泊まるにも金がかかる。地方興行ではよくあるパターンだった。

「先輩来てたか、芋虫」ベビーフェイスの「なまはげ」が話しかけてきた。
「来てたよ。幸せそうな家族だった」
「妬くなよ。あっち側の人間なんだよ彼は」
「分かってたよ、最初から」
「俺の身体なら空いてるんだが」
「ヒールとベビーフェイスが付き合うのは御法度だろ」
「なまはげ」は私の脇腹を指でくすぐって寝床に帰っていった。

 皆の寝息を確認した後、私は設置中のリングに静かに上がり、先輩を見上げていたコーナーポストに再び抱き着いた。先輩に抱き着くことができない代わりに、コーナーポストにしがみついていたかった。コーナーポストは無言で私を受け止めてくれた。

 正直に言おう。私はそこで果てた。自分のセンターポストからほとばしらせた。

 翌朝、目を覚ますと小さなプロレスリングが生まれていた。
「俺の子か?」コーナーポストが答えてくれるはずもなかったが、私には頷いたように感じた。社長が近づいてきて「あらあら」と言った。
「可愛いリングができちゃったわね。どうしようかしら」社長はあごひげを撫でながら思案していたが、伝手があるのかいろいろ電話をかけ始めた。20㎝四方の小さいリングの上でも闘えるレスラーを探しているらしい。

 動物レスラーの手配師からハムスターのレスラー二匹が到着し、その日の午後の興行に間に合った。それぞれ「蟲」「地獄大鉄道」と、人間椅子の曲名からリングネームが与えられた。人間レスラーの試合前に前座として行われたハムスタープロレスでは、特に子どもたちが喜んでいた。二日連続で観戦に来てくれた先輩は、昨日よりずっと喜ぶ子どもたちを見て微笑んでいた。私にとっては、その光景を見れただけで、これまで生きてきた、闘ってきた甲斐があったと思えた。

 以後も私はコーナーポストとの関係を続け、新たに四つのリングが生まれた。最初のリングも成長していったので、動物レスラーも大型化していき、そちらがメインになっていった。今では私も「なまはげ」も現役を退いて、動物レスラーたちの世話に忙しい。

 儲かるようになったが目まぐるしい忙しさでもある。疲れ切った時に、いつかのように私は夜中にリングに上がってコーナーポストにもたれかかる。もはや果てるような元気はないし、これ以上リングも必要ない。ただただ眠りにつくだけだ。そんな私を、いつでもコーナーポストは黙って受け止めてくれる。夢で見るのは、リングを這いずりまわって痛めつけられた日々のことばかりだ。そんな私を嬉しそうに見つめる先輩の顔も、ずいぶんぼやけてきてしまった。

(了)


※生成画像は本文と関係ありません

     


       

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