とかくこの世は生きづらい。妖怪とバレれば迫害を受ける。わしは抱っこされると体が重くなることと、赤子の泣きまねしか能のない弱い妖怪じゃ。だから強そうな太った老人に擬態して、町を徘徊する。どこかに景気の良い話が転がっていないものか。
「あ、あった」
わしは新野辺家と書かれた指差し看板を見つけた。こいつは景気が良さそうだ。
わしは指差し看板をたどって新野辺家の葬式にたどり着いた。
「やってるかい」
わしは玄関をくぐった。
「はいはい、どちらさま?」
奥から出てきたのは中年女性だ。新野辺夫人だろうか。私は愛想笑いを浮かべた。
「わしは生前ご主人にたいへん世話になりまして」
「あらまあ、ご丁寧にどうも。主人は今ちょっと出てますけど」
死んだことを今ちょっと出てますけどとは言わないじゃろう。どうやら死んだのは主人ではないらしい。話を合わせるために生前なんて言ってしまった。やばい。ごまかさねば。
「いえ、あの、実はわし、探偵をしておりまして、新野辺さんの死に不審な点があったので、お話を聞かせていただきたい」
「探偵? どうしてまた? お義父さまは大往生ですのに」
しまった。死んだのは父親で、しかも老衰だ。不審な点なんて何もない。
「はい。実は、新野辺さん、たいへんな相撲好きでいらっしゃったでしょう。それでわしも縁があって相撲部屋を開いているんです。相撲探偵ですじゃ」
「はあ」
わしは咄嗟に出まかせを言った。しかし、よく考えればこれはたいへんよくできた嘘じゃ。太った老人に擬態しているのをうまく活かせたと言えなくもない。相撲が嫌いな老人はいないし、大丈夫じゃろう。
夫人はむりやり納得したように頷いた。
「確かにお義父さまは相撲好きでした。ああ、ええ、主人が戻るまでこちらでお食事でもどうぞ」
こいつを待ってた。
知らぬ家の葬式に上がり込んで、話を合わせてタダ飯を食らう。これぞ新世代妖怪のテクニック。
「うま! うま! ごっつぁんです!」
わしは出された飯を片っ端から平らげた。夫人はにこにこと笑っている。わしは人を騙すのに少しの罪悪感も抱かない。妖怪だからである。
「ところで相撲部屋はどちらの方で? 」
「いえ、えー、あのー、部屋部屋部屋部屋、あっ、あれです。子供部屋ですじゃ」
「ほう、子供部屋親方。子供部屋オジサンみたいね」
「はは、そうですね」
玄関の戸が開く音と声がする。
「ただいま。送り出してきたよ」
「主人が帰って来ましたわ」
まずい。逃げなければ。わしは席を立とうとした。
「まあまあ、お食事ぐらいごゆっくり」
「いただきます」
仕方ない。食事だけいただいてとんずらじゃ。私は箸で白米を持ち上げ、ふと顔を上げると主人がじっと私を見つめていた。目が笑っていない。なんだか怖いぞ。
「この人、相撲部屋の親方なんですってね。あなたに世話になったって」
「は? こんな人、知らないけど」
主人は突然わしの首根っこを掴んだ。すごい力だ。私は抵抗できないまま畳に押し倒される。なんだこの馬鹿力は。
「知らないはずはない。あんたは父親が亡くなって、気が動転してるんじゃ」
「父は寿命だったんだ。動転なんかしてない。何が親方だ。弱いじゃないか。それも嘘だな」
「まあまあ、落ち着いて。はっけよーい、のこった!」
夫人が割って入る。なんじゃなんじゃ。これはどういうことじゃ。嘘でなけりゃ相撲で勝ってみろと言うのか。
老体には厳しい。わしは主人に吊り上げられて、うっかり地声が出た。
「おんぎゃあー」
主人の手が止まる。ややこしいことになったぞ。なんてこった。
「おんぎゃあー! おぎゃあ!」
わしが慌てて口を塞ぐ。
「あかちゃんの泣き声が聞こえたぞ、なんだ?」
「子供部屋親方ですから」
「意味わからん」
ああ、ややこしいことになったぞ。わしは頭を抱えた。もうどうにでもなれ。
わしは石のように体を重くした。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「のこった! のこった!」
ああ、もうだめだ。わしは観念して泣き出したのだった。
わしを支えられなくなって、主人は尻もちをついた。
「後ろもたれ~。子供部屋親方の勝ち~」
わしは主人をふりきって逃げ出した。
「いったい、なんだったんだアイツは」
主人は息を整えて言う。
「あの人、ひょっとしたら人間じゃないのかも」
「怖いこと言うなよ」
「あなたのこと生前に世話なったって言ってたのよ、まるで自分が死んでるみたいに。きっとあなたと相撲取りたくて化けて出たのよ。お義父さま相撲好きだったから」