雄大な砂漠の上に轍がある。この轍、一体誰が付けたものだろうか。
カラカラカラ…そう音を立て、轍ヲつけているものがいる。轍と共に水滴がポタポタと落ちていた。水滴が落ちるとき、陽の光が水滴に集中し、輝かしい、きれいな子太陽ができていた。その子太陽はすぐに消えてしまうが。
水滴、そして轍を辿っていくと大きなこぶと繊細で黒っとしたまつ毛がまなこに乗っていた。ラクダだった。はてな。なぜただのラクダが轍をつけるのか。注目してほしいのは足だ。そう、足なのだ。皆が見るラクダは黄土色の細い四本脚のラクダだろう。だが、このラクダは違う。本来、足として生える部分に黄土色の車輪があったのだ。四本の脚ではなく、四輪の車輪が生えていたのだ。
その車輪がくるっ、くるくると回っている。
ラクダも落ち着きに満ちた表情をしていた。
この何も変わりやしない砂漠、青空の色と砂漠の黄土色が広がっている。この単純な二色は一生交わらないだろう。
ラクダは車輪を回し、移動すると、砂埃がぐわっと、ぼわっと黄土色の煙が巻いて舞って、黒の繊細な一本一本のまつげに細々とした砂粒が着陸する。ラクダはガッと咳払いし、瞼を開いて閉じて砂粒を出すため涙を出していた。
ラクダがふと見ると、砂埃が舞う中、黒い影があった。黒と砂埃の黄土色。交じり合いグラデーションを作っているのだ。近づくにつれ黒が鮮明だ。砂漠に一歩、一歩と足跡が付くにつれ、いわゆる女性だと気が付いたのだ。黒い影はどんどんどんどん女性に投影されていき、影と服の色は表裏一体に。影は女性になった。黒いハット、サングラス、ピチッとした黒いスレンダードレス。陽が黒に集まり、見るからに暑そうだ。黒い影に包まれ
黄土色に合わない女性は妖艶だった。女性としてのスレンダーなラインはまた更なる妖艶を醸し出すのだった。日が当たり、彼女の琥珀色の肌が透き通る。女性は口を開く。唇は陽に当たり、美しい光を出してから、申し訳なさそうに話し出した。
「あのぉ。グラスガラスの森に行きたいのですが、」
彼女は勘違いをしている。このラクダをタクシーか何かだと間違え、運転手がいるのだろうと。だが、その勘違いに気付いている紳士なラクダ。
「ぼぉうぉー」と鳴いた。この時、ラクダの首にぶら下げていた牛皮の水筒はぶるぶると共鳴していた。水筒は上から見ると水面が見える。共鳴して、水面が波を打ち、ぶるぶるぐるぐると振動し、三秒ごとに波が文字へと変化していった。三秒ごとに変わる文字をつなげると「そのもりどこ」だった。ラクダの伝えたいことに気づいた女性は唇を光らせ、こう喋る。
「えぇと。都を超えて、リトル湖の近くです。」
まぁ、遠いが、ラクダにとっては楽勝だ。また「うごぉお」と鳴き、水面に文字を浮かばせた。「わかったせなかにのって」そう文字が浮かぶと、女性は乗ろうとした。ラクダの固いこぶに手をかけ、足をかけ。ラクダはたしかに背が高い。でも、このラクダは足が車輪なので、皆が見ている物より、背が低いのだ。女性はくっと腰を上げてやっと乗り上げた。「ぐぁおお」とラクダは雄叫ぶと一気にスピードが上がった。ラクダに掴む所などない。女性は、ラクダの太い黄土色の毛にしがみ付いた。速い。速い。速くて女性は口に空気が一気に入り、歯茎が見えるほどだ。
「落として!スピード落として!」
「ぐぁおおおおお」雄叫びを上げて減速するラクダ。通った道は、摩擦であちぃ様子だった。いつのまにやら女性のハットとサングラスを落としていた。でもそんなこと女性は気にしなかった。女性には行く先しか瞳には映らなかった。彼女の目は瑠璃色に奥から光っていた。口を開く彼女。
「あの。あなたはどこから来たの?」
「ぐぉおおぁ」浮かぶ文字。
「とおいくらいなか」
「そこは楽しかった?」
「たのしくなんかない」
「その暗い所には居たくなかった?」
「いたくなかった。でたい」
水筒の水面は次々に文字を浮かばせこたえていく。
都まで。まだ少し遠い。この砂の光景が後まだ少し続いていくのか。そう考えると頭やら五臓六腑やら少しぽぉぉっと気が遠くなるのだ。走る。回る。走る。砂の色は変わらない。後ろを振り向くと轍がついていく。せっせとせっせと轍はついていく。ついてついていたが、ピタリと轍は止まった。ラクダが止まったのだ。息を吐き出す。はぁはぁと。女性がスラリとして手でラクダを触ると、じんわりと汗を出していた。
「くわぁぁがぁ」乾いた喉で鳴いた。水筒は微小に動く。
「みずヲくれ」女性は水筒を持ち、スラっと砂に降り、ラクダの口に注いだ。ごくっごくっ。水が喉に届く音が聞こえる。聞こえる。
ラクダの瞼はすくすくと動き、「もう走れますよ」という気持ちが少しばかりは出ていたと思う。ラクダは首を曲げ、鼻で背を指している。「乗っていいよ」を表している。女性はこぶをギュッと持ち、ラクダの背に乗ることにした。またまた、ラクダは歩をはじめたのだ。
元来、ラクダは人が乗るための乗り物として生まれたわけではない。まぁそれは四本脚のラクダの話。じゃあ車輪のついたラクダはどうだろう。まぁ、お察しの通り、乗り心地は悪い。ガラスグラスの森までまだ少しある。女性は凸凹だらけの砂漠に揺られることになってしまった。
凸凹と揺れるラクダに女性が嫌気がさしていると、都市の影が揺れているのが見えた。何本とも揺れる鉄柱に、囲むようできている泥色の茶色の家たち。電線が出ていて、大きな都市に何本も何本も電線が張り巡らされていた。なんとも、鳥類が生きづらそうな環境でここの人は暮らしていた。そこの都市は様々な人が住んでおり、老若男女誰でも何でも住んでいる。広大な砂漠の中、ポツンと巨大な大都市。それはとても不自然であり、人工的であり、自然に背いていた。濃い顔。直射日光でどんどん日焼けし、日を追うごとに色が黒くなる。皆、笑顔だった。金属やらガラスやらでできていた建物の群たちは、太陽を浴びに浴び、もう一つの太陽として存在するようだった。その太陽まであと少し、あと少し。あの巨大な鉄の柱、太陽に照り輝くガラス窓まであと少しなんだ。そう、あと少し。ラクダ、音を立て走ると、なぜか轍をつけるのをやめた。不思議に思う女性。首を出して見ると、ぱちぱちと、きらめくなにかがあった。
そのなにかは女性を映し出していた。鮮明に映し出していた。自分はこんな顔だったのかと、思い出すほど鮮明だったのだ。なんだろう不思議に思い、ラクダはペロッとなめると液状のものだとわかった。そのなにかは大都市を囲んでいる。怖かった。こんな液状の物なんかに、大都市は囲まれてしまうのかと。
女性は気づく。これは怖くなんかない。そして気づく。これは川だ。そのなにかは川だった。川だった。川なんかに怖がっていたのかと、女性は自分で呆れ、鼻で笑った。点々ときらきら光る川。酸素と水素が混ざり合いできた、水たち。それは多くの流星群のようで足もとを見てみれば、深く、長い宇宙だったのだ。そう考えると何百年と見たくなる澄んだ光景が足元に広がっている。幸せなことではないか。女性はそうポジティブに考えたのだった。
でもポジティブに考えたってこの状況は変わらない。水は澄んでいるが、奥深くになればなるほど、色が濃くなり何も見えなくなるのだ。深い。深い。深い水について女性が深く考えているとラクダは意を決した面持ちになっていた。目の奥は次の行動を見据えていた。「おおぁヴぉお」水面の奥から文字が。
「つかまって」
その時。ラクダは酸素を吸い込んだ。肺に酸素をためた。酸素を吸い込み、吸い込む。振動するほど全力で吸った。腹が膨らみ、こぶが膨らみ。その時。車輪がグルグルと回り、そのまま川へ落ちていった。ザぷんという大きな破裂音と共に、水に溶け込み、沈んだ。
だが沈んだだけではなかった。肺に溜まった
酸素はまだ生きていた。ぶくぷくぬくとこぶが浮上。頭が浮上。車輪以外のすべて浮上。
そう。すべて浮上。よかった。生きててよかった。ラクダは心の底からそう思ったのである。ラクダ自身、浮くかどうかも危ういと思っていたが、一か八かで挑戦したのである。
これが失敗したら、二つの生物が消えてしまうので、ラクダは恐ろしく緊張していた。そういうことで、ラクダの心は限りない解放感に溢れていた。日光が当たるが、さっきまで水の中に居たので、風が当たり、涼しく、太陽をいないほど涼しかった。
この前までいた砂の世界とは違い、銀色の世界が広がっている。それはとても自然的ではない。砂漠にはいない、四輪の車に跨る大人やら子供やらがいた。皆、砂漠にはない感情を持ち、砂漠とは違う楽しさ、辛さを感じ生活をしていた。見たことのないものには感銘を受ける純粋なラクダと息苦しさを感じる女性。ラクダにとって初めての世界であり、ラクダは新しいものは拒まず、受け入れてみようという心の持ち主だった。初めて見る銀河のような銀色の世界。宇宙に届くかもというほどのビルたち。ラクダは唖然とし、都会の美しさを毛と肌、すべての体で感じていた。 一方、彼女にとって都会やガラスだらけのビルほど嫌いなものはなかった。嫌な思い出、思い出したくもない思い出が脳裏に一杯とあったのだ。
都会の人は皆無表情だ。都会は一つのグループではなく、多くのグループが連なりあい出来たもの。なので、協力だとかそんなものはなく、個々の世界の住人なので皆冷たい。
まぁ人によりけりなので人によっては違うが
確実に女性の出身地の村より他人に対し冷たい。だから若干の嫌悪感を感じてる。なのでこの地に触れたくなかったのだ。まぁでもそれは彼女の偏見であり、一回経験しただけ。それでもここまでの偏見を付けたのだから、相当彼女にとってはショックだったのだろうとわかる。さぁ、大都市。大都市だ。人がごった返し、賑わいがあり、女性は肌に受け付けられない。ラクダは楽しかった。美しくわからない環境というものは生き物を迷わせるものだ。ラクダは当然地図を見れない。なので女性が地図を見て、右に曲がるときは右肩を叩き、左の場合も左肩を叩いていた。でも如何せん地図が見づらい。字もちゃんと読めない。道路が交差、交差していて、細かく書かれているので本当に見づらかった。目を薄く狭め、細かい交差した地図をやっと見ていた。右肩、直進、直進、左肩。そう進んでいく。やっとの思いで着いた。ふっと見ると、そこは住宅街で…違う。
ここじゃない。初めて都会に来たラクダでもわかる。ちがう。僕たちが行きたいのはここではないと。白く濁った家たち。みんな同じような形をして、美しく不気味だった。女性はあることに気づく。逆だ。地図が逆だ。そうか。字が見づらさはこれでしたか。地図を逆にすると、とても見やすく、女性は感銘する。
最初不慣れだったものが、少し変えることで以前とちがう楽しさが出る。それはとても素晴らしいことだった。
彼らが本当にいきたかったのはリトル湖である。リトル湖は都会の中でも数少ない自然の一部であろう。きっとこのリトル湖は都会に酔ってしまった人たちへの酔い止めとしての作用があるのだろう。ラクダは自分の住んでいる数少ない水を見るため見に行くのだ。
理由というのはそれだけだ。只それだけなのだ。そういうものなのだ。
この都会というものはまったく静けさがない。まぁ、だいぶシーンとした光景がない。
昼夜問わず、音があるのだ。ラクダは静かな砂漠という環境に慣れていたので、この騒音な環境はだいぶ慣れない。身体的に不快であった。慣れない環境にポツンと立たされた時
不安や不快感が伴われる。
そしてラクダは色々な所に設置してある信号機というものを魅力に感じた。砂漠には細い鉄で、チカチカと光る物なんてないからだ。ただだだっ広いだけなのだ。あんな便利なものを見たことない。信号が一つの指標になっていて、交通事故が起こり次第、だれが悪いかすぐにわかる。それが素晴らしかった。力ではなく、機械をつかい、善悪を定める。素晴らしいと思った。人間にとってありふれた変わらぬ日常は別の物から見た非日常。ラクダは非日常に思えたのだ。三色で映る信号機。鉄柱で一見不愛想に見えるが、美しかった。ラクダは「夕日には負けるが美しい」と思った。女性はどうだろうか。女性から見る都会。女性はやはりこの地に触れたくなかった。性格上、一度塗ってしまったものは拭えない。それが彼女の心だった。早くリトル湖に行きたい。地図を間違えなければ。そういう後悔心を持っていた。早く。早く。早くグラスガラスの森や、リトル湖へつきたい。そう彼女の心では思っていた。
「ねぇ。君もっと早く走れない?」
「ぐううおおおおおー」
「はしれるよ」
『ほんと!じゃあ走って!』とその瞬間。ラクダの脚は何回転何回転もし、八十キロ以上のスピードは出、猛スピードで道路を走っていった。女性はとっさにしがみ付いた。体の中のものたちが飛び出るほどの速さだったからだ。周りの人も驚き、車も驚き。女性が目をつぶって開けると、あの大きな都市を背にしていた。服を見ると濡れている。自分が気づかぬ間に川さえも跳んで行ったのが女性でもわかった。ゆらゆらと動く都市の影と、自分に当たる風がとても気持ちよくなった。前を見ると、オアシス。大きなオアシス。
それはリトル湖だ。自然に放置されているというより、人の手で保護されており、冊が囲んでいる。ここを観光地にするのか。まぁ仕方がない。ラクダはスピードを遅くし、リトル湖周辺にストップ。
砂漠に大きな湖。それを囲む草花。草花が彩り豊かにしてくれている。黄土色の土地に彩色のある湖がある。突拍子はないが、美しいものだ。
ラクダはこの美しい湖に近づくと、女性に
「降りろ」と首で指示を出し、女性はすっと降りた。日が当たり、湖に反射している。二個の太陽が轟轟と煌めいていた。ラクダは首を下げ、あの長いベロでちゃぷちゃぷと水をすくい飲んでいた。水筒の水はぬるくなっていた。ラクダはぬるい水が嫌いだ。十分だと思うと、首をグイと上げ、また乗るよう催促した。また乗ると、車輪をごぅんごぅんと回して、また黄土色の世界へと走っていった。
変わらぬ風景。なにか変わった所を見付けようと女性やラクダは探すが、そう簡単には見つからない。影が、揺れ動いている。なんの影なのだろうか。ふさぁと動く影。遠すぎて、物体が黄土色に重なっている。ラクダはまたごぅんごぅんと車輪を回す。すると、あの重なっていた黄土色がどんどんと薄れていき、とうとう重なっていった物がハッキリとわかった。
「あれよ。あれがグラスガラスの森よ。」女性は溌剌とした声で喋った。ラクダも多からず少なからず達成感を感じていた。砂漠に突如として現れる森。それは都会より、リトル湖より、不思議な物だった。グラスガラスの森に近づくにつれ、森の一本一本の木の大木さがわかっていった。とうとう森の目の前へ。
ラクダは下ろそうとするが女性は断った。
「わたしは森の中へ入りたいわ。入ってちょうだい。」
ラクダは暗い森へと入っていった。木漏れ日が気持ちよかった。星々のような木漏れ日に照らされて。幹が大きく分厚くラクダと女性はガタガタと揺れていた。
女性が肩を叩く。
「ここに止まって頂戴。」
ラクダはかがむと、女性はすくっと降り、感謝を述べた。
「ありがとう。長くて気が落ちそうだった。
でもここまで運んでくれてありがとう。優しさに触れられよかった。」女性はそういうと、ラクダに背を向け、足を使い、奥へ歩いて行った。ガタガタと車輪を鳴らし、寂しさを少し抱え森を出た。寂しさがあり、ふと森のある方向を見ると、グラスガラスの森など、女性の影などなかった。ラクダは更に寂しくなった。不安と寂しさがラクダの目の前に押し寄せて、ラクダは走り去っていった。その時はじめてラクダの頭は恐怖を覚えた。
夏のある国のある砂漠での一瞬の出来事だった。