Neetel Inside 文芸新都
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漂泊者
2.北海道「Y島」(2025/11/07更新)

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 島にフェリーが到着したとき、本土ではぐずついていた天気が生憎の雨模様に変わっていた。
 岸壁では作業員が移動式のタラップを船に接続している。
 この悪天候の中を降りていくのか、やれやれと思いながら、送迎や作業の車で賑わいを見せる波止場に降り立った。
 一夜の宿に決めていたキャンプ場まで四十分かかるとスマホの地図が告げる。三角形のような島の、底辺をてくてく歩いて折り返したその先にある、まだ見えぬキャンプ場を思い気鬱になりながら水たまりを眺めていると、後ろから女性の声がした。
 「もしかしてキャンプ場に行きます?」
 「そうですけど……」
 「わっ、目的地が一緒なんです。タクシーに乗って向かいませんか?」
 突然の申し出。どこかで見覚えのある、根明そうな見た目の若い女の子――。
 それは、幼馴染でもなければ、遠い昔に離れ離れになってしまった恋人でもなく、数時間前に本土のフェリーターミナルでちょっとした一言、会話を交わした関係でしかなかった。コープで買い出し終え、券売所でチケット購入して、食堂の壁に掲げられたウニ丼四千円のメニューなどを眺めながら待合所のベンチで出発までの束の間を過ごしていると、「予約していないと船にバイクを載せられないんですか……」と、フェリーの作業員と話し合っているのを横目に眺めていた。出発前にバイクを置いた駐輪場で、「バイクで来たんですか?わたしもなんですよー。バイクを船に載せようと思ったんですけど、予約が要るみたいで……、その代わり、そこの屋根のあるところの下に停めておいてもいいと言われたので、一緒にどうですかー?」
 相好を崩して話しかけてくるので、「僕は許可を貰ってないのでここでいいっす」……、そう斜に構えて、「そうですかー」というやり取りをした。

 タクシーというよりは観光用のマイクロバスといった感じで、こうして船が来るたびに観光客をガイドして副業収入を得ているという風だった。
 ドライバーを握るのはハンチング帽を被った小太りの老人で、隣に座る女の子と島についての会話をしている。
 「こう言ったらちょっとアレかもしれないですけど、ここの羊がとても美味しいみたいですね」
 わざとっぽく口に手を当てて笑みを浮かべて「知ってました?」と僕にも尋ねる。
 小さい島なのでものの十分程度でキャンプ場に着いた。運賃は二人で千円だったが、「この雨の中で一人五百円は安いですよね。……誘ったのは私なので払わせてもらってもいいですか?」という申し出に僕は頭を振った。親切心からではなく、女性一人で車に乗るのが心細かったからただ誘っただけなのかもしれないが、自分が払わない理由も特に無い気もした。
 キャンプ場は町外れの、海沿いにある荒涼とした草原の中にあった。
 すでに先客の家族用の大きなテントが三張りあって、車を横付けしやすいように入り口に近いところに陣取ってあった。車なら三十分ほどで一周できてしまいそうな島に車でやってきてキャンプする気持ちに寄り添えなかったが、趣味が高じて家族も持ってしまったらそうなってしまうのかもしれない。混雑しなさそうだし、クマも出ないだろうし。
 「普段は使っちゃダメなんだけど、雨だし海水浴で使ってる脱衣所を寝泊まりに使ってもいいよ。二人で」
 トイレや炊事場を巡り、僕らをカップルと見なしたタクシーのお爺さんが言っていた三角屋根の脱衣所を開いてみる。中は六畳ほどあって、カーペットが敷かれてあり、テントで夜を明かすよりは遥かに居住性が良さそうに思えたが、長く密閉された空間はカビの臭いが鼻をついて、とてもじゃないけれど不健康そうに思えた。
 「脱衣所で寝るんですか?」
 しばらくして、同じように寝る場所を選定をしていた女の子がそっと尋ねてきた。
 「建物にいると全然スマホの電波も入らなそうだから、外で寝るよ」
 「そうなんですか、私はあそこにテントを立てようと思ってて」
 ぐるぐる巡っているうちに、まずまずの一等地だなと思っていた場所に立てるというので、僕は、柵で囲まれた敷地の、対角線上にテントを立てることにした。
 テントを立て終わると、徒歩で島内を回ることにした。
 北国の早い夏の終わり、どこか憂いた空を眺めながら、黒々とした海と道路脇に広がる背の低い笹薮を眺めながら、集落の方へと足を向ける。町外れには漁業用の倉庫なのか、年季の入った木組みの建物があって、風雪による厳しい自然環境で無惨にも倒壊して、何もされず野ざらしになっている。
 本土へ行ったときに困らないよう教育用に設置された信号や、戦時中に一周道路が拓かれたことを記念した石碑なんかを眺め、波止場に辿り着き、そこから島の中心を通る森の中に入って、高台にある広大なめん羊牧場と、遠くにいる顔の黒い羊を薄目で見ながらキャンプ場の方へ向かっていると、すっかり空が暮れようとしていた。
 テントに戻り、お湯を沸かして簡単な食事を摂ると、スマホを触ろうにも電波状態が良くなく、いよいよやることがなくなって、寝袋に包まってまぶたを強制的に瞑る。
 孤独に閉ざされて、朝まで眠ってやり過ごそうとしていると、外で問いかけるような声が聞こえたような気がした。
 「寝てるのかな」
 風の音かもしれない。気の所為だと思って、寝袋の外に出るのも億劫で固まったままでいた。
 まんじりとし始め、何時間経ったのか、数十分しか経っていないのか、一度意識が浮上した時に、「起きてる?」という声が明瞭に聞こえたので、天幕から顔を覗かせて、肌寒さを感じる外気に身を晒すと、昼に話した女の子がそこに立っていた。
 「ほらほら見て、星が綺麗だよ」
 何を見ても感動を覚えない僕は、都会の空より幾分輝きを見せる空に向かって、「ああ、ほんとだ。綺麗だね」と相槌を打った。

 追記

 次の日に隣の島へ渡ってみたところ帰りの船が欠航になり、どうしようか悩んでいると波止場に◯◯大学交流センターというイベント用に使用するのだろう住み込み用の小さなスペースが土産物屋などの一角にあって、ここは雨露を凌げそうだと思っていると、ほどなくして一緒の便に乗ってきた女の子と港で出会い、同じく帰れなくなったことに曇った顔をしていたのでここを譲ることになった。
 テントを持っていたので観光協会の方に港で野宿をしていいか許可を貰ったものの、急に体に力が抜けるように具合が悪くなって、集落から離れた無人の山小屋の軒下で休むことになった。
 次の日の朝、帰りのフェリーで、
 「もうほんと二日もお風呂に入ってないので……、もう一泊したかったんですけど、最初の島にテントも置いてきてるので、それを回収したら午後の便で帰ろうと思ってます。温泉とセイコーマート欲が凄くて」
 そう言って船から下りていく女の子を見送る。その後、デッキの欄干に手をついて「あ、手を振ってくれるんだ」と思った。
 タクシーのおじさんと女の子が小さくなっていく。
 それから時間経過をすっ飛ばして、奥尻島に寄ってから北海道を出て盛岡で体調が限界を迎え、当時まだ回数券だった18切符で帰宅した。
 結局世界的に流行っていた病気で一ヶ月寝込んだ。

       

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