よう。
おれは鉛筆だ。
もし、おれが初投稿した漫画もどきを読んだ奴なら俺が誰だかわかるだろう。
もしくは、おれの説明力か、画面の前の人間の理解力のどちらかが絶望的なら、わからないかもしれない。
……まあ、そんなことはどうでもいいんだ。
はじめまして、おれは、鉛筆だ。
……。
……挨拶が終わったところだ。
ま、結論から言おう。
この文章に内容はない。以上。
「おいおい、そりゃないだろ」
と、思われるかもしれないが、無いものはない。
恥ずかしながら、大変恥ずかしながら、鉛筆は、
「小説を書きたい」
という性分と
「自分の書いた文章をネットに投稿したことがない」
という2つの性分を併せ持つ。
……クソクソ雑魚なヒソカの念能力紹介みたいな説明になったなぁ。
そもそもこの例えが通じるのだろうか。
ともかく、鉛筆はネットに文章を書いたことがない、拗らせ小説家”になりたい”人なのだ。
恥ずかしいことこの上ない。
ならば、もっと恥ずかしがれよ、
慎みを持てよ、
悔い改めてまともな作品を投稿しろ、
……と言う声が聞こえてきそうだが。
ともかく、この「拗らせ小説家志望」という属性から脱却したく、せめてなんでもいいから文章を投稿しよう、という慣らし運動が、これだ。
もし、
万が一、
いや億が一にも。
この画面の目の前に、
「新都社にもまだとんでもない神作が」
「今度こそ、この作品こそきっと」
と期待してページを開いた人間が居るのならば、是非今すぐ土下座している鉛筆を蹴り飛ばす妄想をして鬱憤を晴らすか、ブラウザを閉じもっと素敵な時間を過ごしてほしいと願う。
まあ、ここまで読んでくれている人間がいれば、の話だが。
そんな人間が居たら、普通に嬉しい。ありがとうございます。
そんな人間のために、鉛筆がわずかに持っている、絞り粕のような雑談を提供しようと思う。
絞り粕でも、これしか鉛筆にはないのだ。
どうか許してほしい。
そうだなぁ。
自分語りと、自分の身の回りの人間の話と、どちらがいいかなぁ。
……後者にしてみよう。
鉛筆の父上の、友達の友達の話をしよう。
(それは「身の回りの人間じゃなくて他人じゃないか!」というツッコミが聞こえてきそうだ)
父上の友達の友達―――Wとしよう。
Wは、頭が良かった。
Wは、その市で一番偏差値の高い高校に行って、しかし(その学校内では)あまり胸を張れない偏差値の国公立大学に1年浪人して入学し、最終的には、東大大学院に進んだ人間だ。
ちなみに東大大学院に進んだ後、しばらくして連絡が取れなくなって、それきりらしいのだが。
それはまた別の話。
ある日、父の友達はWから相談を受けたんだ。
東大大学院に進んだWは、落ちこぼれて、精神的に参っているのだと言う。
「落ちこぼれている」というのだから、さぞかし東大大学院の授業は難しいのだろうと、父の友達は思った。
何せ東大だ。東京大学だ。日本一の大学だ。(……だよな? 鉛筆には一般常識が欠如している気があるんで、自信がない。鉛筆がぼーっとしている間に、日本一の大学は兄弟あたりに乗っ取られているかもしれない。なにもわからぬ。まあ、それはいい。何度も脱線してわ悪い。)
しかし、いざWのテストの答案を見せてもらうと、80点、90点、85点……。
高得点ではないか。
しかも、東京大学(院)の試験でこの成績だ。
どこが落ちこぼれと言うんだ、馬鹿にしているのか。
そう、父の友達が言う。
しかしWは「違うんだ」と語る。
東大大学院ともなれば、天才ばかりが集まるのだと。(当たり前だが)
だから、東京大学の難しい授業もあっさりと理解してしまい、テストで平気で満点を取ってしまうバケモノが沢山いるのだ。
試験で90点を取っても、自分以外全員が100点なら、落第生だ。
Wは、頭は良かったが、天才ではなく秀才だった。
……と、いうことだったらしい。
……。
……どうだろうか。面白かったかな。
まあ、つまらなくても、「ほーん、頭ええヤツも大変なんやなぁ」という豆知識を得られたことと対価に許してほしい。
……
なんだか今、文章を書いているのに、なぜか謝罪ばかりしていて、鉛筆はむかむかしてきた。
なぜ、わざわざ文章を書いてまで、人に謝罪しなければいけないんだ。
……なんてくだらないことを考えるから、ニートなのかなあと思うよ鉛筆は。
書くのも疲れるんだな。この辺で終わりにする。
自己紹介したり、駄弁ったり、謝ったり、怒ったり……変な文章だという自覚はあるんだが、ここまで読んでくれた人間はありがとう。
鉛筆の父上は、大学時代ネットが普及したばかりの頃、吸血鬼を名乗ってネットをして名を馳せていたらしい(本人談)。
鉛筆が鉛筆と名乗るのも、その血を継いでいるのかもしれない……
PS
全て書き終えてから気づいたことがある。
ネットで文章を書いたことがないと言うのは、嘘だ。
まだTwitterだった頃、ツイートしたことあるし。
以前に「日記」の「first time」を新都社に投げた時、作者コメント書いたし。
己の記憶すら、こんなにもいい加減な人間が語る話なのだから、上記の東大大学院生の話も、鉛筆の父親の話の信憑も揺らがせてしまうのではないか。
と、わずかに罪悪感めいたものを腹のあたりに感じたが、
書き直すのが面倒くさいので、このまま投稿させてもらおうと思う。
いい加減なところがあったら、ごめんな(´>ω∂`)☆