Neetel Inside 文芸新都
表紙

God Only Knows
I'll Always Love You

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 モディリアーニかと思ったらルソーだった。そんな体験を力説している僕に微笑みながら相槌を打ってくれる。
 私はシャガールのが好きだけどな、とストローでモカ・ラッテに浮いた氷を転がす。シャガールもいいよね。
 ころんころんと音がする。ガラス張りのドアが開いて、美大生だろうお揃いのボーダーシャツを着た男女が現れる。外の喧騒が店内に入り込み、空気に溶け込んで消えていった。ケーキを切るフォークの音がする。
 じゃあ二人ともパリ派だね、と向きなおして言うと彼女がほころぶ。恥ずかしくなって頭を掻こうとしたが、思い直してニット帽をつまんでごまかした。それを見て彼女が微笑んだ。あったかくて毛玉みたいに軽い縫ぐるみを抱いて寝転んでいる、そんな気持ちになった。
 美大生はなにやら画集を広げて語り合っている。その横には一面のガラス張りの壁で、街行く人々の姿が見えた。

 別に付き合っている訳じゃない。ただ美術部の同輩というだけだ。仮に僕が願ったとしても、そもそも付き合えない訳がある。
少々神妙な面持ちでカフェモカを啜っていると、彼女となんとなしに目を合わせていた。恥ずかしくて視線を逸らしたら他の目と合った。マスターが僕を見据えて微笑む。
 いやあ、そんな訳じゃないんだ。彼女が一年上の先輩と付き合っているのは知っているし、コンドーム付けるだの付けてないだのすら話してるし。
高校生の分際で恋だの愛だのと語り合う時にもその話が出てくるし。大体、大概の男友達より友達っぽいぞ君は。
 でも僕は、今確かに幸せだね。彼氏さんには悪いけど、今だけは彼女と僕は二人っきりなんだ。
「そういえばさ、さっきのアレはすごかったよね」
「ああ、アレ?」
 頬杖をつきながら首を傾げて話す。なんだかお腹が一杯になってすぐの子猫みたいだ。
「そうそう。なんで『20世紀現代アート展覧会』に古そうな石柱があるのかってねえ」
「不思議だよね。どうやって作ったんだろアレは」
 僕にはわかんないなあ、君にはわかる? わかんない。
 彼女と向き合うのに慣れてくると、いよいよ体の火照りが収まった。冷房が心持ち寒々しい。
「ちょっと寒いね」
「そうかなぁ。まあ、ルソー君は最近寒がりだよね」
 最近は特にね。曖昧に返事をすると彼女は少し困った笑顔。グラスにも溶けきらない氷しか残っていない。
「まあ、そんな気にしなくてもいいよ。心配してくれてありがと」
 この辺で帰る時間かな。そろそろ出ようか。あ、そうだね。僕は先に立ち上がって、コートを羽織ろうとしている彼女の横に立つ。
「もうルソーではからかわない事」
 やんわりとしたゲンコツをお見舞いしたら、いてて、とベロを出してはにかんだ。
 可愛いからお代はお兄さんに持たせなさい。

 駅まではそれなりの距離があるけど、僕たちは歩く事にした。京都の街はもうすっかり冬で、それは僕の肩ぐらいしか背がない
彼女の前髪についた粉雪とか、人々の吐く白い息とか、雪に霞んだ遠くの街灯とかに現れていた。
 ぽつりぽつりと展覧会や部活のこれからについて話すと、もう京都駅前だった。本当に楽しい時間は、本当に早く過ぎてしまう。
夢中になりすぎて、僕はその間の出来事について覚えていない。とにかく、駅前に着くと彼女は本屋とCDショップの紙袋を持っていた。

 駅前には談笑しているサラリーマンや煙草を吸いながら話し合っているタクシーの運転手達とかストリートライブをやっている大学生だとかがいた。
視界の遥か先まで暖かい光で充満していて、冬の寒さだとかそんなものがどうでもよくなった。

 長い正面玄関の前で僕達二人は電車を待った。
「今日は楽しかった」
「僕も楽しかったよ。来てくれてありがとうね」
彼女が俯いた。僕はその顔を想像してしまうのが辛かった。視界が磨りガラス越しになり、とりわけ冷たい冬の風が一筋に頬を伝っていった。
 こんな僕を、自分自身で幸せ者と呼んでもいいだろうか。

 ああそうだ、確かに幸せさ。僕の頭から髪がすっかり抜け落ちて、今日が街を歩ける最後の日でも。本当は今日も駄目だったんだよ?


 知ってるかい? そこの涙が隠しきれてなくて、でも懸命に笑顔を保とうとしてるお嬢さん。
 もう立っているのがやっとだけど、君と一緒にいて幸せなんだ。

       

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